涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

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     【7】

 目が醒めた。目の周りに違和感を覚えて手の甲で擦ると、濡れている感触があった。どうやら夢を見ながら泣いていたらしかった。

 昨日覚醒したときとは違い、今日はすぐに自分が核シェルターの「雪の間」で寝ていたことを思い出した。枕元のデジタル時計には赤い数字で「06:15」と表示されていた。

 今日も早く起きすぎてしまったらしい。昨日は部屋を離れたせいで朝日奈さんに迷惑をかけたので、大人しく「雪の間」の中で本を読んで過ごした。6時50分になるのを待って、僕はアラームのタイマーをリセットし、「雪の間」を出た。

 洗面所で顔を洗い、食堂へ行った。朝日奈さんは先に来て僕を待っていた。

「おはよう」
「おはよう。早速、ラジオ体操始める?」
「そうだね」

 僕たちはトレーニング・ルームに移動した。ラジオ体操のCDをラジカセにセットし、再生ボタンを押した。
 やがて、陽気なリズムと、快活な声が流れてきた。気が付くと、朝日奈さんは鏡の前に立っていたので、僕も彼女の右隣りに並んだ。音楽に合わせて身体を動かしていると、今朝、夢を見ながら泣いていたことも忘れることができるような気がした。

 だが、ラジオ体操が進むにつれ、「こんな動き方があったっけ?」と思うものが増えていき、僕と朝日奈さんは想像でそれぞれ全然違う動きをしてしまい、鏡越しに笑い合った。

 CDには号令ありと号令なしの合計四セットが収録されていたので、15分くらいかけて全てやった。
 ようやくCDが終わると、僕たちは息を切らしながらマットの上に座り込んだ。

「真面目にやると、思ったよりハードだったね」

 僕は額の汗を浴衣の袖で拭いながらそう言った。

「本当ね。いつの間にか、すっかり運動不足になってたみたい」

 朝日奈さんは浴衣の着崩れを直すことすらできない様子でそう言った。長年営業で外回りをしていた僕よりも、ずっと市役所でデスクワークをしていた朝日奈さんの方が辛そうだった。

「小学生の頃は、よく毎朝こんなのをやってたよなあ。大人でもきついのに」
「何を言ってるのよ。子供の方が、大人なんかよりよっぽど健康的な生活をしていて、体力もあるのに。――さあ、朝ご飯にしましょう」
「何にする?」
「そうめんにしない? 賞味期限が近いそうめんがあったし」
「ラジオ体操と言えば夏休み、夏休みと言えばそうめん、っていうふうに連想ゲームしただろ」

 僕がそう指摘すると、朝日奈さんは「バレたか」と言って笑った。

 食料庫へ行き、乾麺のそうめんと、麺つゆ、冷凍の刻みネギ、チューブに入った練り山葵、刻み海苔、砕いてある氷を手分けして探した。食材を全て見つけると僕たちは食堂へ行き、朝日奈さんはスパゲティの麺を茹でるのに使ったタッパーにそうめんを入れ、電子レンジで温めた。
 その間に、僕は計量カップに麺つゆを入れ、氷を入れ、水で希釈した。朝日奈さんは茹で上がったそうめんをザルに移して流水で洗い、最後に凍ったままの刻みネギと、刻み海苔をほぐしながら麺の上に載せ、最後に麺を取り分ける用の菜箸をザルの上に置いた。これで完成だった。
 僕は余った冷凍の刻みネギと氷を持って、融けないうちに食料庫の冷凍庫へ返しに行った。食堂へ戻ってくると、朝日奈さんはそうめんに手をつけずに僕が帰ってくるのを待っていてくれた。

「いただきます」

 僕たちは同時にそう言い、そうめんを食べ始めた。ラジオ体操で身体が火照っている状態だったので、冷たいそうめんは非常に美味しかった。朝日奈さんが先に食べ終え、僕は残りを全て平らげた。

 歯を磨いた後、洗濯をすることになった。下着も洗わないといけないので、僕は洗濯を朝日奈さんに任せ、代わりにお茶碗洗いをした。洗い物が終わると、洗濯機のスイッチが切れるまで2人で卓球をすることになった。

 食堂のテーブルの上を片付け、倉庫から持ってきたスケールで長さを測り、十字型に四等分し、白いテープで印をつけた。ネットの代わりに、両端の中心にテープで箸を一本ずつ立て、その箸の先から白い紙紐を伸ばし、もう一方の端の先につけた。

 後は、倉庫から卓球のラケットとピンポン玉を持ってくれば、試合を始めることができた。

「卓球をやるのは初めてだから、ハンデが欲しいな」

 僕はそう言ってみた。

「まずは実力をお互いの実力を確認してからね。でも、最初のサーブは山上くんに譲るわ。まず、自分のコートでバウンドさせて、白紐を超えさせた後、私のコートに当たるように打ってね」
「分かった、やってみるよ」

 僕はそう言ってサーブを打った――つもりだったのだが、球はコートに当たらず、僕から見て左の壁に当たってしまった。

「もう1回やってみて」

 朝日奈さんにそう言われ、僕は球を拾うともう1回サーブを打った。ところが、やはり球は左の方向に大きくずれ、床に落ちてしまった。

「山上くん、ラケットの持ち方を間違えてるよ。基本的にラケットの持ち方はシェークハンドとペンホルダーの二種類あるんだけど、山上くんはどっちの方法で握ってるつもりなの?」
「どっちって言われても……。適当に握ってただけなんだけど」
「じゃあ、シェークハンドの持ち方を教えてあげる。こうやって持つの」

 朝日奈さんはそう言って、自分のラケットの持ち方を僕に見せてくれた。

「こう?」

 僕は朝日奈さんの持ち方を真似した。

「もっと力を抜いて。シェークハンドっていうのは英語で握手って意味なんだけど、誰かと握手をするようなつもりで、もっと軽く握って。そうしたら、人差し指を伸ばすの。――ラケットに垂直になるように伸ばすんじゃなくて、もっと自然な感じで伸ばすのよ」

 朝日奈さんはそう言いながら、僕の右手に触れ、人差し指を伸ばす手伝いをした。朝日奈さんと手を触れ合うのは初めてなので、僕は心臓が飛び跳ねそうになった。しかし、朝日奈さんの方は何も感じていないらしく、真剣な表情だった。

「そう。それでいい。その状態で球を打ってみて」

 朝日奈さんはそう言って、ピンポン玉を床から拾い上げて僕に手渡した。
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