48 / 49
13-4
しおりを挟む
「仕掛けって?」
「スマホで愛ちゃんへのメッセージを撮影する少し前から、核シェルター全体の換気装置のスイッチを切っておいたのよ。核シェルター内は換気装置のパイプを通じて全部屋が繋がっている。だから、換気装置のスイッチを切ってパイプに耳を押し当てていると、遠くの部屋の音も聞こえるの。気付いてなかったでしょ?」
「そうか……。シャツを手に取ったとき、車の鍵が床に落ちた。あれはそうなるように明日奈が仕向けていたのか」
「ええ、そうよ。シャツの内側に挟んでおいたの。シャツを着ようとして持ち上げると、高い位置から鍵が床に落ちて音を立てるという仕組みよ。その音はパイプを通じて、私の部屋まで届いた」
もしも僕が立った状態ではなく、ベッドに座った状態でシャツを手にしていれば、自動車の鍵は床ではなくベッドに落ち、音を立てなかったのだろう。しかし、僕はいつも完全に立った状態で着替えていた。この1年で、明日奈がそのことを知っていたからこそできた作戦だった。
「廊下が静まり返っていることに違和感を覚えるべきだったな。普段は換気装置の稼働音が聞こえていたんだから」
僕は溜め息混じりにそう言った。
「そうね。――いくつか確認しておきたいことがあるんだけど、いい?」
「この際だから、何でも聞いてくれよ」
「まず、この核シェルターは本物なの? それとも、ただのセットみたいなもの?」
「もちろん本物だよ。本物の核シェルターだということにしないと、建設業者を納得させられないだろ」
「それもそうね。水は地下の汚染されていない深いところから汲み上げているなんて言ってたけど、本当はただの井戸水だったんでしょ?」
「そうだ」
「電気は? 自家発電なんて言うのも嘘で、本当は普通の電力会社が作った電気だったの?」
「いや。発電機は本物だよ。パソコンで発電量を変更できるのも本当だ。ただし、パソコンに表示されている残りの燃料の数値は出鱈目で、発電量に関係なく一定の速度でじわじわと減っていくようになっていた。燃料は充夫が定期的に継ぎ足してくれることになっていたからそれでよかったんだ」
「電気会社が作った電気を使わなかったのはどうして?」
「定期点検とかに来られたら困るからだよ」
「確かにその通りね。納得した。ところでさっき、『充夫』って言ったけど、本物の福田充夫が共犯者だったわけじゃないんでしょ? まさかスーパー『充福』の社長がこんな計画に参加するとは思えないし、私の前で福田充夫と名乗っていた男は、正道が雇った役者か何かだったんでしょ?」
「いや。充夫は本名だよ。『充福』の社長だというのは嘘だけど」
少し迷ったが、どうせ調べられれば分かることだろうと思い、僕は友人を売った。
「よく分からないんだけど」
「去年の4月15日、福田充夫に成りすましていた奴の本当の名前は、松宮充夫だ」
「松宮充夫……もしかして、私と高校で同じクラスだった松宮くんのこと?」
「何だ。憶えていたのか。去年、朝日奈さんと再会したときは憶えていないようなことを言っていたのに」
「ううん、今でもうろ覚えなのに変わりはない。ただ、あのとき正道から、私と同じクラスに松宮という友達がいた、という話を聞いたから、それは憶えていたの。……でも、年齢が違っていたわ。私と同じクラスだったなら、去年の時点で28歳くらいでしょ。だけど、福田充夫を騙っていた人物は40歳代後半くらいに見えた」
「見た目の年齢なんて、どうにでもなるよ。髪の一部を白く染めた後、老けて見えるように特殊メイクをすればいいだけの話だ。同級生だと気付かれないようにするという意味もあったし、本物の福田充夫がそれくらいの年齢だったから、というのもある」
「ええと、何かややこしいんだけど、『充福』の社長である福田充夫は実在の人物だけど、去年の4月15日に私の前に現れたのは、福田充夫の名前を騙った松宮充夫くんだったってことでいいのね?」
「そういうことだ」
僕は頷いた。
「名前が同じ『充夫』だったのは偶然?」
「偶然だ。実在する地元の資産家で、写真嫌いで顔を知られていなくて、明日奈と面識がなさそうで、充夫が変装して成りすますことができそうな人物ということで白羽の矢が立っただけだ。名前が同じことなんて気にも留めなかった。実在する人物にしたのは、明日奈がネットで調べたり他の人に聞いたりしたときに、齟齬が生じないようにするためだった」
「松宮くんが正道に協力していたのはどうして?」
「あいつ、借金で首が回らなくなっていたんだよ。その借金を僕が肩代わりして返済する代わりに、共犯者になってもらったんだ」
「私が福田充夫の取材に行くことになったのは、広報課の課長に命令されたからだけど、課長もあなたの共犯者だったのね?」
「まあ、広い意味で言えば共犯者だね。興信所を使って課長の身辺調査をしてもらったところ、女子中学生と援助交際していることが発覚したんだ。それをネタにして強請り、明日奈に、福田充夫の核シェルターの取材に行くようにと命令してもらった。課長は対外的には、明日奈は全然違う場所へ取材に行ったきり失踪した、という設定で押し通しているはずだ」
「あのセクハラ親父、中学生にまで手を出していたなんて……。ううん、そんなことより、興信所を使って課長の身辺調査をしたってことは、私の身辺調査もしたの?」
この質問には窮したが、今さら取り繕っても仕方がないと思い、正直に答える。
「うーん……。まあ、ちょっとだけ。そうしないと計画を立てられなかったから。ただし、明日奈が児童養護施設出身だということまでは分からなかったくらいだし、本当に表面的な調査しかしていないんだけど」
「最っ低! やっぱりあなたは、ただの異常者よ。大がかりな建物を作って、私の人生を滅茶苦茶にして……。こんな卑怯な真似をせずに、堂々と私に告白すればよかったのに。そうすれば、私だって、こんな――こんな辛い思いはせずに済んだのに。あなたを一生愛し続けることができたのに」
明日奈の両目から、涙が零れ落ちた。
「告白したよ」
「え……?」
「核シェルターに閉じこもる前に、僕は、きみに告白したことがあるよ」
「スマホで愛ちゃんへのメッセージを撮影する少し前から、核シェルター全体の換気装置のスイッチを切っておいたのよ。核シェルター内は換気装置のパイプを通じて全部屋が繋がっている。だから、換気装置のスイッチを切ってパイプに耳を押し当てていると、遠くの部屋の音も聞こえるの。気付いてなかったでしょ?」
「そうか……。シャツを手に取ったとき、車の鍵が床に落ちた。あれはそうなるように明日奈が仕向けていたのか」
「ええ、そうよ。シャツの内側に挟んでおいたの。シャツを着ようとして持ち上げると、高い位置から鍵が床に落ちて音を立てるという仕組みよ。その音はパイプを通じて、私の部屋まで届いた」
もしも僕が立った状態ではなく、ベッドに座った状態でシャツを手にしていれば、自動車の鍵は床ではなくベッドに落ち、音を立てなかったのだろう。しかし、僕はいつも完全に立った状態で着替えていた。この1年で、明日奈がそのことを知っていたからこそできた作戦だった。
「廊下が静まり返っていることに違和感を覚えるべきだったな。普段は換気装置の稼働音が聞こえていたんだから」
僕は溜め息混じりにそう言った。
「そうね。――いくつか確認しておきたいことがあるんだけど、いい?」
「この際だから、何でも聞いてくれよ」
「まず、この核シェルターは本物なの? それとも、ただのセットみたいなもの?」
「もちろん本物だよ。本物の核シェルターだということにしないと、建設業者を納得させられないだろ」
「それもそうね。水は地下の汚染されていない深いところから汲み上げているなんて言ってたけど、本当はただの井戸水だったんでしょ?」
「そうだ」
「電気は? 自家発電なんて言うのも嘘で、本当は普通の電力会社が作った電気だったの?」
「いや。発電機は本物だよ。パソコンで発電量を変更できるのも本当だ。ただし、パソコンに表示されている残りの燃料の数値は出鱈目で、発電量に関係なく一定の速度でじわじわと減っていくようになっていた。燃料は充夫が定期的に継ぎ足してくれることになっていたからそれでよかったんだ」
「電気会社が作った電気を使わなかったのはどうして?」
「定期点検とかに来られたら困るからだよ」
「確かにその通りね。納得した。ところでさっき、『充夫』って言ったけど、本物の福田充夫が共犯者だったわけじゃないんでしょ? まさかスーパー『充福』の社長がこんな計画に参加するとは思えないし、私の前で福田充夫と名乗っていた男は、正道が雇った役者か何かだったんでしょ?」
「いや。充夫は本名だよ。『充福』の社長だというのは嘘だけど」
少し迷ったが、どうせ調べられれば分かることだろうと思い、僕は友人を売った。
「よく分からないんだけど」
「去年の4月15日、福田充夫に成りすましていた奴の本当の名前は、松宮充夫だ」
「松宮充夫……もしかして、私と高校で同じクラスだった松宮くんのこと?」
「何だ。憶えていたのか。去年、朝日奈さんと再会したときは憶えていないようなことを言っていたのに」
「ううん、今でもうろ覚えなのに変わりはない。ただ、あのとき正道から、私と同じクラスに松宮という友達がいた、という話を聞いたから、それは憶えていたの。……でも、年齢が違っていたわ。私と同じクラスだったなら、去年の時点で28歳くらいでしょ。だけど、福田充夫を騙っていた人物は40歳代後半くらいに見えた」
「見た目の年齢なんて、どうにでもなるよ。髪の一部を白く染めた後、老けて見えるように特殊メイクをすればいいだけの話だ。同級生だと気付かれないようにするという意味もあったし、本物の福田充夫がそれくらいの年齢だったから、というのもある」
「ええと、何かややこしいんだけど、『充福』の社長である福田充夫は実在の人物だけど、去年の4月15日に私の前に現れたのは、福田充夫の名前を騙った松宮充夫くんだったってことでいいのね?」
「そういうことだ」
僕は頷いた。
「名前が同じ『充夫』だったのは偶然?」
「偶然だ。実在する地元の資産家で、写真嫌いで顔を知られていなくて、明日奈と面識がなさそうで、充夫が変装して成りすますことができそうな人物ということで白羽の矢が立っただけだ。名前が同じことなんて気にも留めなかった。実在する人物にしたのは、明日奈がネットで調べたり他の人に聞いたりしたときに、齟齬が生じないようにするためだった」
「松宮くんが正道に協力していたのはどうして?」
「あいつ、借金で首が回らなくなっていたんだよ。その借金を僕が肩代わりして返済する代わりに、共犯者になってもらったんだ」
「私が福田充夫の取材に行くことになったのは、広報課の課長に命令されたからだけど、課長もあなたの共犯者だったのね?」
「まあ、広い意味で言えば共犯者だね。興信所を使って課長の身辺調査をしてもらったところ、女子中学生と援助交際していることが発覚したんだ。それをネタにして強請り、明日奈に、福田充夫の核シェルターの取材に行くようにと命令してもらった。課長は対外的には、明日奈は全然違う場所へ取材に行ったきり失踪した、という設定で押し通しているはずだ」
「あのセクハラ親父、中学生にまで手を出していたなんて……。ううん、そんなことより、興信所を使って課長の身辺調査をしたってことは、私の身辺調査もしたの?」
この質問には窮したが、今さら取り繕っても仕方がないと思い、正直に答える。
「うーん……。まあ、ちょっとだけ。そうしないと計画を立てられなかったから。ただし、明日奈が児童養護施設出身だということまでは分からなかったくらいだし、本当に表面的な調査しかしていないんだけど」
「最っ低! やっぱりあなたは、ただの異常者よ。大がかりな建物を作って、私の人生を滅茶苦茶にして……。こんな卑怯な真似をせずに、堂々と私に告白すればよかったのに。そうすれば、私だって、こんな――こんな辛い思いはせずに済んだのに。あなたを一生愛し続けることができたのに」
明日奈の両目から、涙が零れ落ちた。
「告白したよ」
「え……?」
「核シェルターに閉じこもる前に、僕は、きみに告白したことがあるよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる