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番外編 拍手お礼62
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最近は自分の存在に慣れてくれたのだろうかと、蕎麦を啜りながら藤倉は、向かいに座る人物をちらりとうかがう。品よく整った顔立ちの美容外科医は、機嫌よさそうに天ぷら蕎麦を味わっている。蕎麦は滅多に食べないと言っていたが、どうやら気に入ってくれたようだ。
初めて顔を合わせたときは、まるで地獄に突き落とされたように強張った顔を青ざめさせており、めっきり使いどころがなくなった藤倉の良心もさすがに痛んだものだが、ここ最近はどうにか、世間話ができる程度には打ち解けてきた。
彼の態度も無理はないのだと、藤倉は心の中でそっと苦笑を洩らす。
真っ当な医者として陽の下で生きてきた青年には、長嶺組も総和会もまるで異世界の存在で、さらに忌むべきものだとしたら、親しみを感じろというほうが無理だろう。それでも、ここまで藤倉に馴染んでくれたのだ。
佐伯和彦という人間の機嫌をてっとり早く取りたいのなら、とりあえず美味いものを食わせてみたらどうだとアドバイスをくれたのは、長嶺組の組長だった。
なかなか警戒心を解かない和彦に難儀していると、どこからか聞き及んだらしい。おそらく、第二遊撃隊の中嶋あたりが話したのだろうが――。
藤倉は総和会内では、事務処理全般を担当している。もちろん部下がいるため、何から何までというわけではなく、いわゆる管理職のような役目だ。
一昔前とは違い、今の総和会は一般企業並みのITインフラを整備しており、情報のやり取りを迅速に、効率的に行っている。しかし形式を重んじる世界では、それだけではダメなのだ。文書室筆頭という肩書きを持つ藤倉は、総和会の組織としての伝統と体面を守っていると、密かに自負していた。
総和会の幹部たちですら、挨拶状一つ出すにも藤倉に相談に訪れるぐらいで、おかげで非常に多忙な身だった。
総本部内にある文書室のオフィスにほぼ閉じこもり、持ち込まれる相談事を処理する毎日なのだが、その藤倉が、積極的にオフィスを飛び出すときがある。まさに今、目の前にいる青年に用があるときだ。
彼もまた立派に総和会の一員であるため、目を通してもらいたい書類があるなどと口実をつけては、呼び出すことは可能だ。あくまで事務屋である藤倉は、ひとまず長嶺組長からは無害と認められているようで、おかげで貴重なアドバイスももらえたりしているのだ。
とにかく今は、和彦と顔を繋いでおくことが大事で、総和会という組織の名にも馴染んでもらいたかった。おそらく彼は近い将来、総和会にとって大事な存在になると、藤倉には確信に近い予感めいたものがあるからだ。
昼の混雑時を過ぎた蕎麦屋は、ようやく落ち着いた雰囲気を取り戻しつつある。藤倉は穏やかな声音で話しかけた。
「クリニック開業の準備のほうは、順調に進んでいるようですね、佐伯先生。文書室のほうで今、〈うち〉から治療をお願いした場合の、治療費に関する計算書やカルテのフォーマットを作成していますから、近いうちにご確認をお願いすると思います」
「……治療費って、本来の計算方法とは違ってくるんですよね。もちろん、薬価も。ぼく抜きで、長嶺組との間で決めていただいても大丈夫ですよ」
「治療するのは先生です。書類をやり取りするのも、わたしと先生ですから、やはりきちんと目を通されたほうがいいと思いますよ。自分がどれだけの価値のある仕事をしているか、金額で知ることも大事でしょう」
はあ、と困惑気味に頷いた和彦が、エビの天ぷらを一口かじる。先に食べ終わった藤倉は、テーブルの隅に置いた縁なし眼鏡をかける。
「長嶺組だけではなく、総和会全体が、佐伯先生を頼りにするんですから、遠慮することはありません。見たい資料があれば堂々と要求すればよろしいですし、人員だって、うちから出すこともできます。なんでもおっしゃってください」
藤倉としては、善意からの申し出だったのだが、和彦に余計なプレッシャーを与えてしまったらしく、さきほどまで和らいでいた表情が見る間に曇っていく。
いろいろと考えすぎてしまう人なのだろうなと、藤倉は申し訳なさと同時に微笑ましさを感じていた。
そう気負わなくて大丈夫だとフォローしようとしたところで、スーツのポケットの中で携帯電話が震えた。和彦に断って一度席を立つと、店の外で電話に応対する。藤倉の仕事用の携帯電話にかかってくるのは大抵、人聞きの悪い内容なのだ。
案の定、血判状云々という物騒な問い合わせで、昼飯時に気持ちの悪い電話をかけてくるなと一喝して、藤倉は乱暴に電話を切る。
席に戻ると、和彦は最後に一尾残っていたエビの天ぷらを食べ終えたところだった。
「申し訳ありません。食事中に落ち着かなくて」
「いえ……。筆頭という肩書きがつくと、やっぱりお忙しいんですね」
「立派なのは肩書きだけで、基本的になんでも屋のようなものです。みなさん遠慮なく、細々とした雑事まで持ち込まれてきますから」
ここで藤倉は片手を上げ、お茶のお代わりを頼む。
「――わたし、昔は証券会社に勤めていたんですよ」
熱いお茶を一口啜ってから藤倉が告白すると、思った通り和彦は、目を丸くした。
「縁がありまして、総和会の幹部の方と知り合って、ありがたいことに気に入っていただけましてね。お前、うちに来い、と声をかけられて、今のこの立場にあるというわけです。佐伯先生と同じ、元は堅気だったんですよ。最初はおっかなびっくりで、とんでもない世界に飛び込んでしまったと後悔したこともありましたが、おかげさまで今では、総和会でも古株の部類に入っています」
「……あの、失礼ですが、藤倉さんはおいくつなんですか……?」
「いくつに見えます?」
藤倉がニヤリと笑いかけると、和彦はまじまじと顔を凝視してくる。いつもは、遠慮がちにこちらの様子をうかがってくる青年が、ようやく真っ直ぐな視線を向けてくれた瞬間だった。
「初めて紹介されたときからずっと、四十歳ぐらいだと思っていました。……もしかして、違うんですか?」
「嬉しいですね。人の顔に見慣れている美容外科の先生に、そう言っていただけると」
「その口ぶりだと、もしかして――」
「ちなみにわたし、長嶺会長を含めて歴代五人の総和会会長の、就任時の挨拶状をご用意させていただきました」
感嘆したのか呆れたのか、大きく息を吐き出した和彦が沈黙してしまう。ここぞとばかりに藤倉は畳みかけた。
「生き字引とまでは言いませんが、総和会の大抵の事情やしきたりには通じていますから、お知りになりたいことがありましたら、いつでもご連絡ください」
言葉の勢いに圧されたように頷いた和彦だが、まだ視線は藤倉の顔から外れない。
「……それで藤倉さん、本当は何歳なんですか?」
「まあまあ、いいじゃないですか。おじさんの歳なんて」
行儀のいい青年は、物言いたげな素振りは見せつつも、それ以上尋ねてくることはなかった。
その日の夜、総本部のオフィスに残っていた藤倉は、最後の仕事とばかりにデスクの上に広げた数々の書類を整理していた。総和会にはペーパーレス化の波はまだ当分訪れないだろうなと、毎回思う瞬間だ。
ファイルを閉じたところで、デスク上に置いた携帯電話が鳴る。こんな時間に相談事だろうかと思いながら藤倉が電話に出ると、いきなり、ゾクリとするような笑い声が耳に届いた。
「……もしもし?」
『ああ、悪いな、こんな時間に電話して』
腹にズシリと響く艶のある低く落ち着いた声は、聞き慣れない人間にとっては厄介だ。一瞬、〈うち〉の会長かと聞き間違えてしまいそうになる。
「どうかしましたか、長嶺組長――」
問いかけようとした藤倉は、ここで昼間の出来事を思い出す。反射的に背筋を伸ばしていた。
「もしかして、こちらで何か不手際がありましたか? 佐伯先生とは外でお会いしたのですが、うちの者が粗相をしでかしたのでしたら、すぐにお詫びにあがります」
『そうじゃねーよ。書類に署名するぐらいの用だったんだろう。それで不手際も起こりようもない。肝心の先生は、蕎麦が美味かったと話していたしな』
そう話す長嶺組長自身の口調も穏やかで、藤倉は内心で安堵する。
「それは、よかったです」
『先生からの話を聞いて、さっそく俺のアドバイスを実行に移したんだと思ってな。もっとも先生には、あまり総和会の者と馴染んでもらっても困るんだが……』
冗談めかしてはいるが、長嶺組長の本心ではあるのだろう。総和会と長嶺組の関係は切っても切れないものではあるが、だからといって長嶺組長は、総和会をまったく信用していない。できることなら必要最低限のつき合いで済ませておきたいところに、利用価値の高い佐伯和彦という青年を手に入れてしまった。
総和会は今のところ、有能な医者をときおり貸し出してもらっている立場だが、長嶺組長は当然、総和会に取り込もうとしている動きを察しているだろう。
今のこの電話も、和彦から逐一報告は受けているし、余計なことはするなという牽制の意味もあるのだ。わかったうえで、藤倉も愛想よく電話を受ける。
「佐伯先生と話しているとよくわかりますね。育ちのよさが。いい風を、総本部の中に吹かせてくれる存在だと思いますよ」
『あれでなかなか難しい性格をしているんだ。気持ちよく仕事をさせてやってくれ。あとで機嫌を取るのが大変だからな』
「心得ています。次にお会いするときは、またどこか美味しい店にお連れしたいと思います」
ここまで話したところで、これが本題だと言わんばかりに長嶺組長が声を潜めた。
『――ところで、あんた今、何歳なんだ』
一拍間を置いて、危うく藤倉は噴き出しそうになったが、なんとか堪える。
「佐伯先生から聞かれましたか?」
『けっこう大事になってるぞ。美容外科医としてのプライドにも関わってくるらしい。先生に聞かれて、そういや、俺が初めて会ったときから、あんたは見た目がほとんど変わってねーなと思ってな』
真剣な顔で和彦と長嶺組長が、自分の年齢についてあれこれ推測し合っていたのかと思うと、なんとも微笑ましい。それ以上に、申し訳ないがおかしかった。
とうとう我慢できなくなって、咳き込むようにして笑い声を洩らす。苦々しい口調で長嶺組長が言った。
『笑いごとじゃねーよ。俺の、組長としての面子もかかってるからな』
「……本当に、大事になってますね……」
たかが〈おじさん〉の年齢ごとき、もったいぶるほどのことでもない。
藤倉はあっさりと答えを口にしたが、電話の向こうでは、珍しく長嶺組長が絶句していた。
初めて顔を合わせたときは、まるで地獄に突き落とされたように強張った顔を青ざめさせており、めっきり使いどころがなくなった藤倉の良心もさすがに痛んだものだが、ここ最近はどうにか、世間話ができる程度には打ち解けてきた。
彼の態度も無理はないのだと、藤倉は心の中でそっと苦笑を洩らす。
真っ当な医者として陽の下で生きてきた青年には、長嶺組も総和会もまるで異世界の存在で、さらに忌むべきものだとしたら、親しみを感じろというほうが無理だろう。それでも、ここまで藤倉に馴染んでくれたのだ。
佐伯和彦という人間の機嫌をてっとり早く取りたいのなら、とりあえず美味いものを食わせてみたらどうだとアドバイスをくれたのは、長嶺組の組長だった。
なかなか警戒心を解かない和彦に難儀していると、どこからか聞き及んだらしい。おそらく、第二遊撃隊の中嶋あたりが話したのだろうが――。
藤倉は総和会内では、事務処理全般を担当している。もちろん部下がいるため、何から何までというわけではなく、いわゆる管理職のような役目だ。
一昔前とは違い、今の総和会は一般企業並みのITインフラを整備しており、情報のやり取りを迅速に、効率的に行っている。しかし形式を重んじる世界では、それだけではダメなのだ。文書室筆頭という肩書きを持つ藤倉は、総和会の組織としての伝統と体面を守っていると、密かに自負していた。
総和会の幹部たちですら、挨拶状一つ出すにも藤倉に相談に訪れるぐらいで、おかげで非常に多忙な身だった。
総本部内にある文書室のオフィスにほぼ閉じこもり、持ち込まれる相談事を処理する毎日なのだが、その藤倉が、積極的にオフィスを飛び出すときがある。まさに今、目の前にいる青年に用があるときだ。
彼もまた立派に総和会の一員であるため、目を通してもらいたい書類があるなどと口実をつけては、呼び出すことは可能だ。あくまで事務屋である藤倉は、ひとまず長嶺組長からは無害と認められているようで、おかげで貴重なアドバイスももらえたりしているのだ。
とにかく今は、和彦と顔を繋いでおくことが大事で、総和会という組織の名にも馴染んでもらいたかった。おそらく彼は近い将来、総和会にとって大事な存在になると、藤倉には確信に近い予感めいたものがあるからだ。
昼の混雑時を過ぎた蕎麦屋は、ようやく落ち着いた雰囲気を取り戻しつつある。藤倉は穏やかな声音で話しかけた。
「クリニック開業の準備のほうは、順調に進んでいるようですね、佐伯先生。文書室のほうで今、〈うち〉から治療をお願いした場合の、治療費に関する計算書やカルテのフォーマットを作成していますから、近いうちにご確認をお願いすると思います」
「……治療費って、本来の計算方法とは違ってくるんですよね。もちろん、薬価も。ぼく抜きで、長嶺組との間で決めていただいても大丈夫ですよ」
「治療するのは先生です。書類をやり取りするのも、わたしと先生ですから、やはりきちんと目を通されたほうがいいと思いますよ。自分がどれだけの価値のある仕事をしているか、金額で知ることも大事でしょう」
はあ、と困惑気味に頷いた和彦が、エビの天ぷらを一口かじる。先に食べ終わった藤倉は、テーブルの隅に置いた縁なし眼鏡をかける。
「長嶺組だけではなく、総和会全体が、佐伯先生を頼りにするんですから、遠慮することはありません。見たい資料があれば堂々と要求すればよろしいですし、人員だって、うちから出すこともできます。なんでもおっしゃってください」
藤倉としては、善意からの申し出だったのだが、和彦に余計なプレッシャーを与えてしまったらしく、さきほどまで和らいでいた表情が見る間に曇っていく。
いろいろと考えすぎてしまう人なのだろうなと、藤倉は申し訳なさと同時に微笑ましさを感じていた。
そう気負わなくて大丈夫だとフォローしようとしたところで、スーツのポケットの中で携帯電話が震えた。和彦に断って一度席を立つと、店の外で電話に応対する。藤倉の仕事用の携帯電話にかかってくるのは大抵、人聞きの悪い内容なのだ。
案の定、血判状云々という物騒な問い合わせで、昼飯時に気持ちの悪い電話をかけてくるなと一喝して、藤倉は乱暴に電話を切る。
席に戻ると、和彦は最後に一尾残っていたエビの天ぷらを食べ終えたところだった。
「申し訳ありません。食事中に落ち着かなくて」
「いえ……。筆頭という肩書きがつくと、やっぱりお忙しいんですね」
「立派なのは肩書きだけで、基本的になんでも屋のようなものです。みなさん遠慮なく、細々とした雑事まで持ち込まれてきますから」
ここで藤倉は片手を上げ、お茶のお代わりを頼む。
「――わたし、昔は証券会社に勤めていたんですよ」
熱いお茶を一口啜ってから藤倉が告白すると、思った通り和彦は、目を丸くした。
「縁がありまして、総和会の幹部の方と知り合って、ありがたいことに気に入っていただけましてね。お前、うちに来い、と声をかけられて、今のこの立場にあるというわけです。佐伯先生と同じ、元は堅気だったんですよ。最初はおっかなびっくりで、とんでもない世界に飛び込んでしまったと後悔したこともありましたが、おかげさまで今では、総和会でも古株の部類に入っています」
「……あの、失礼ですが、藤倉さんはおいくつなんですか……?」
「いくつに見えます?」
藤倉がニヤリと笑いかけると、和彦はまじまじと顔を凝視してくる。いつもは、遠慮がちにこちらの様子をうかがってくる青年が、ようやく真っ直ぐな視線を向けてくれた瞬間だった。
「初めて紹介されたときからずっと、四十歳ぐらいだと思っていました。……もしかして、違うんですか?」
「嬉しいですね。人の顔に見慣れている美容外科の先生に、そう言っていただけると」
「その口ぶりだと、もしかして――」
「ちなみにわたし、長嶺会長を含めて歴代五人の総和会会長の、就任時の挨拶状をご用意させていただきました」
感嘆したのか呆れたのか、大きく息を吐き出した和彦が沈黙してしまう。ここぞとばかりに藤倉は畳みかけた。
「生き字引とまでは言いませんが、総和会の大抵の事情やしきたりには通じていますから、お知りになりたいことがありましたら、いつでもご連絡ください」
言葉の勢いに圧されたように頷いた和彦だが、まだ視線は藤倉の顔から外れない。
「……それで藤倉さん、本当は何歳なんですか?」
「まあまあ、いいじゃないですか。おじさんの歳なんて」
行儀のいい青年は、物言いたげな素振りは見せつつも、それ以上尋ねてくることはなかった。
その日の夜、総本部のオフィスに残っていた藤倉は、最後の仕事とばかりにデスクの上に広げた数々の書類を整理していた。総和会にはペーパーレス化の波はまだ当分訪れないだろうなと、毎回思う瞬間だ。
ファイルを閉じたところで、デスク上に置いた携帯電話が鳴る。こんな時間に相談事だろうかと思いながら藤倉が電話に出ると、いきなり、ゾクリとするような笑い声が耳に届いた。
「……もしもし?」
『ああ、悪いな、こんな時間に電話して』
腹にズシリと響く艶のある低く落ち着いた声は、聞き慣れない人間にとっては厄介だ。一瞬、〈うち〉の会長かと聞き間違えてしまいそうになる。
「どうかしましたか、長嶺組長――」
問いかけようとした藤倉は、ここで昼間の出来事を思い出す。反射的に背筋を伸ばしていた。
「もしかして、こちらで何か不手際がありましたか? 佐伯先生とは外でお会いしたのですが、うちの者が粗相をしでかしたのでしたら、すぐにお詫びにあがります」
『そうじゃねーよ。書類に署名するぐらいの用だったんだろう。それで不手際も起こりようもない。肝心の先生は、蕎麦が美味かったと話していたしな』
そう話す長嶺組長自身の口調も穏やかで、藤倉は内心で安堵する。
「それは、よかったです」
『先生からの話を聞いて、さっそく俺のアドバイスを実行に移したんだと思ってな。もっとも先生には、あまり総和会の者と馴染んでもらっても困るんだが……』
冗談めかしてはいるが、長嶺組長の本心ではあるのだろう。総和会と長嶺組の関係は切っても切れないものではあるが、だからといって長嶺組長は、総和会をまったく信用していない。できることなら必要最低限のつき合いで済ませておきたいところに、利用価値の高い佐伯和彦という青年を手に入れてしまった。
総和会は今のところ、有能な医者をときおり貸し出してもらっている立場だが、長嶺組長は当然、総和会に取り込もうとしている動きを察しているだろう。
今のこの電話も、和彦から逐一報告は受けているし、余計なことはするなという牽制の意味もあるのだ。わかったうえで、藤倉も愛想よく電話を受ける。
「佐伯先生と話しているとよくわかりますね。育ちのよさが。いい風を、総本部の中に吹かせてくれる存在だと思いますよ」
『あれでなかなか難しい性格をしているんだ。気持ちよく仕事をさせてやってくれ。あとで機嫌を取るのが大変だからな』
「心得ています。次にお会いするときは、またどこか美味しい店にお連れしたいと思います」
ここまで話したところで、これが本題だと言わんばかりに長嶺組長が声を潜めた。
『――ところで、あんた今、何歳なんだ』
一拍間を置いて、危うく藤倉は噴き出しそうになったが、なんとか堪える。
「佐伯先生から聞かれましたか?」
『けっこう大事になってるぞ。美容外科医としてのプライドにも関わってくるらしい。先生に聞かれて、そういや、俺が初めて会ったときから、あんたは見た目がほとんど変わってねーなと思ってな』
真剣な顔で和彦と長嶺組長が、自分の年齢についてあれこれ推測し合っていたのかと思うと、なんとも微笑ましい。それ以上に、申し訳ないがおかしかった。
とうとう我慢できなくなって、咳き込むようにして笑い声を洩らす。苦々しい口調で長嶺組長が言った。
『笑いごとじゃねーよ。俺の、組長としての面子もかかってるからな』
「……本当に、大事になってますね……」
たかが〈おじさん〉の年齢ごとき、もったいぶるほどのことでもない。
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