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王子様、冒険者になる
お悩み王子様
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「はぁ・・・。」
ここはリッシュモン王国の王都、その王宮内の一室。深いため息をついているのは国王の三男、アルベールである。
国王の息子と言えば王子様なのだが、微妙な事に彼は三男だった。
嫡男ならば次期の国王として成長し、教育を受けやがて国王になるだろう。政争が無ければだが。そして次男はといえば、嫡男が例えば病気などで倒れた場合に国王として立たなければならない。責任はそれなりに重大だろう。
戦争の多発する時代であればともかく、今は比較的平和な世の中であった。三男までお鉢が回ってくるとはあまり考えにくい。
アルベールは宙ぶらりんだ。
「いや、だからと言って国王になりたいと言う訳でもないのだが、な。」
自分に野心はない、いや、野心のようなものはあるがそれは決して兄二人を追い落として国王に収まるという事では決してない。平和な世を乱したい訳では無いし、二人の兄が嫌いな訳でも無い。
「しかし、だからと言ってこのまま行けば。」
立場としては王弟だ。食うには困らないし贅沢もそれなりに出来るのだろう。直轄地の一つでも任されて、そこで悠々と暮らせるのかもしれない。
しかし、恐らくは過去の王弟達がたどった道を自分も行くのが嫌だった。まるで自分が籠の鳥に思えてしまう。惨めとまではいかないが、退屈なのではなかろうかと想像してしまっている。
無論実際はそこまで甘い訳では無い。王族といえば為政者の立場だ。それなりに重要なポストに就くであろう事は想像に難くない。
勿論彼だってそれは理解しているつもりだ。その為に教養は勿論、剣や馬術、ある程度の魔術などの稽古を受けている。そしてそれは王族のたしなみでもあった。
「いずれ何か考えなければならないな。」
大した理由などというものは無い。ただ何となく定められた人生を送るというのが嫌だった。
しかし今は何も考えつかない。いずれ何かしら思いつくかもしれないが、それはいまでは無いのだ。モヤモヤする胸中の霧を払うようにアルベールは大きく伸びをする。
そしてクローゼットの奥に置いてある袋を取り出すと、彼は自分の部屋からいそいそと出て行った。
「やはり気分が落ち込んだ時は街に出るに限るな。」
30分程後、彼は街の中にいた。袋の中に入っていたのは平民の着る様な普通の衣服。
この普通の衣服を手に入れるのに存外骨が折れた。何せ直接街に出て買いになど行けようはずも無く、また誰かに頼むにしたって誰に頼めばいいのか皆目見当がつかなかったからだ。
結局、年若い女性の使用人に少し多く金を持たせて「剣の稽古に使う服」という名目で買って来て貰うことにした。どうせ汚れるのにわざわざ高価な服を着て剣の稽古をしなくてもいいだろうと言い含めながら。
「実際にこの服で稽古もしているのだから、嘘ではないしな。」
そう言いつつ街を歩くアルベールの足取りは非情に軽やかだ。何せここには自分を自分と知っている人間がいない。つまり誰とすれ違っても頭を下げられることも無いのだ。
王宮内であれば自分とすれ違えばおよそ殆どの人間が足を止めこちらに頭を下げる。アルベールにとっては非常に息苦しい事だ。しかし身分が違うからだという事は分かっているし、自分が嫌だからと言ってそれをやめろという事も出来ない。
そんな事を言ってもそれはただの自分のわがままで、それは相手を困らせるだけなのだ。
アルベールは王子だ、それは疑いようもない。しかし自分が頭を下げて貰う様な人物なのかという事については懐疑的だった。国を治める王ならばいざ知らず、自分はただその息子というだけで特にこの国にとって役立つ何かをしている訳では無いからだ。
だからこそ、誰も自分を知らないこの街の中はアルベールを大いに落ち着かせた。いや、知らないはずはないだろうが、誰も自分が第三王子アルベールであるとは気が付かない。そう、誰も王子が普通の服を着て街の中を散策しているだなどと思わないのである。
「さて、今日は何処に行こうか。」
王宮を抜け出すのが大体昼過ぎであることから、アルベールは大抵そのまま市場の方に出向いていた。市場には出店があり、少ない金で食べ歩きが出来るからだ。
最初はこの食べ歩きという行為に対して結構な抵抗があったものだが、周囲の者が平気な顔で行っている所を見て彼も順応していった。
(今日はそういう気分ではないな。行ったことのない方へ行ってみよう。)
そう思い、彼は歩みを進める。進んだ先には、武器屋等が軒を連ねていた。
「武器屋か、酒場か、か。どうもそういう所であるらしいな。」
王都の中は勿論治安が良い、しかし一歩外に出れば山賊・野盗の類も出るだろうし魔物だって出るだろう。そうした者から身を守る為にはやはり武具を買うより他はない。で、あれば武具を扱う店が軒を連ねている場所があるのも当然だ。
「ここは?武器屋ではないようだが。」
大きく構えた一軒の、おそらくは店の前でアルベールは足を止めた。
武器屋という雰囲気ではなく、さりとて酒場というには少し綺麗なたたずまいのその建物、アルベールには何の店なのかにわかに想像がつかなかった。武具を付けた人々が出入りしている様子から、どうも武具にちなんだ店ではあるようだが。
「入ってみるか。」
興を引かれたアルベールは建物に入っていく。そこに自分の知らないものが待ち受けていると期待して。
ここはリッシュモン王国の王都、その王宮内の一室。深いため息をついているのは国王の三男、アルベールである。
国王の息子と言えば王子様なのだが、微妙な事に彼は三男だった。
嫡男ならば次期の国王として成長し、教育を受けやがて国王になるだろう。政争が無ければだが。そして次男はといえば、嫡男が例えば病気などで倒れた場合に国王として立たなければならない。責任はそれなりに重大だろう。
戦争の多発する時代であればともかく、今は比較的平和な世の中であった。三男までお鉢が回ってくるとはあまり考えにくい。
アルベールは宙ぶらりんだ。
「いや、だからと言って国王になりたいと言う訳でもないのだが、な。」
自分に野心はない、いや、野心のようなものはあるがそれは決して兄二人を追い落として国王に収まるという事では決してない。平和な世を乱したい訳では無いし、二人の兄が嫌いな訳でも無い。
「しかし、だからと言ってこのまま行けば。」
立場としては王弟だ。食うには困らないし贅沢もそれなりに出来るのだろう。直轄地の一つでも任されて、そこで悠々と暮らせるのかもしれない。
しかし、恐らくは過去の王弟達がたどった道を自分も行くのが嫌だった。まるで自分が籠の鳥に思えてしまう。惨めとまではいかないが、退屈なのではなかろうかと想像してしまっている。
無論実際はそこまで甘い訳では無い。王族といえば為政者の立場だ。それなりに重要なポストに就くであろう事は想像に難くない。
勿論彼だってそれは理解しているつもりだ。その為に教養は勿論、剣や馬術、ある程度の魔術などの稽古を受けている。そしてそれは王族のたしなみでもあった。
「いずれ何か考えなければならないな。」
大した理由などというものは無い。ただ何となく定められた人生を送るというのが嫌だった。
しかし今は何も考えつかない。いずれ何かしら思いつくかもしれないが、それはいまでは無いのだ。モヤモヤする胸中の霧を払うようにアルベールは大きく伸びをする。
そしてクローゼットの奥に置いてある袋を取り出すと、彼は自分の部屋からいそいそと出て行った。
「やはり気分が落ち込んだ時は街に出るに限るな。」
30分程後、彼は街の中にいた。袋の中に入っていたのは平民の着る様な普通の衣服。
この普通の衣服を手に入れるのに存外骨が折れた。何せ直接街に出て買いになど行けようはずも無く、また誰かに頼むにしたって誰に頼めばいいのか皆目見当がつかなかったからだ。
結局、年若い女性の使用人に少し多く金を持たせて「剣の稽古に使う服」という名目で買って来て貰うことにした。どうせ汚れるのにわざわざ高価な服を着て剣の稽古をしなくてもいいだろうと言い含めながら。
「実際にこの服で稽古もしているのだから、嘘ではないしな。」
そう言いつつ街を歩くアルベールの足取りは非情に軽やかだ。何せここには自分を自分と知っている人間がいない。つまり誰とすれ違っても頭を下げられることも無いのだ。
王宮内であれば自分とすれ違えばおよそ殆どの人間が足を止めこちらに頭を下げる。アルベールにとっては非常に息苦しい事だ。しかし身分が違うからだという事は分かっているし、自分が嫌だからと言ってそれをやめろという事も出来ない。
そんな事を言ってもそれはただの自分のわがままで、それは相手を困らせるだけなのだ。
アルベールは王子だ、それは疑いようもない。しかし自分が頭を下げて貰う様な人物なのかという事については懐疑的だった。国を治める王ならばいざ知らず、自分はただその息子というだけで特にこの国にとって役立つ何かをしている訳では無いからだ。
だからこそ、誰も自分を知らないこの街の中はアルベールを大いに落ち着かせた。いや、知らないはずはないだろうが、誰も自分が第三王子アルベールであるとは気が付かない。そう、誰も王子が普通の服を着て街の中を散策しているだなどと思わないのである。
「さて、今日は何処に行こうか。」
王宮を抜け出すのが大体昼過ぎであることから、アルベールは大抵そのまま市場の方に出向いていた。市場には出店があり、少ない金で食べ歩きが出来るからだ。
最初はこの食べ歩きという行為に対して結構な抵抗があったものだが、周囲の者が平気な顔で行っている所を見て彼も順応していった。
(今日はそういう気分ではないな。行ったことのない方へ行ってみよう。)
そう思い、彼は歩みを進める。進んだ先には、武器屋等が軒を連ねていた。
「武器屋か、酒場か、か。どうもそういう所であるらしいな。」
王都の中は勿論治安が良い、しかし一歩外に出れば山賊・野盗の類も出るだろうし魔物だって出るだろう。そうした者から身を守る為にはやはり武具を買うより他はない。で、あれば武具を扱う店が軒を連ねている場所があるのも当然だ。
「ここは?武器屋ではないようだが。」
大きく構えた一軒の、おそらくは店の前でアルベールは足を止めた。
武器屋という雰囲気ではなく、さりとて酒場というには少し綺麗なたたずまいのその建物、アルベールには何の店なのかにわかに想像がつかなかった。武具を付けた人々が出入りしている様子から、どうも武具にちなんだ店ではあるようだが。
「入ってみるか。」
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