献身と破滅

雨風ニマ

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第1章 急転直下

第3節 世界は一瞬にして

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「急に呼び出して悪かったな」

「ううん、気にしないで。唯が声かけてくれるなんて珍しいから、ちょっと嬉しかったよ。最近忙しそうだったし……元気そうで安心した」

日曜日の午後。秋羅は唯に誘われ、近所のカフェで久しぶりに顔を合わせていた。
唯は高校に入ってから、朝も夜もバイトづけの毎日を送っている。怜にだけは、何不自由ない高校生活を送らせたいーーそんな一心で、進学ではなく就職の道を選ぶつもりなのだという。

「高校生活、どうだ? サッカー部に入ったって聞いた。怜も嬉しそうにしてたぞ。今度、一緒に試合に出るんだってな」

「うん、やっとレギュラー入りできた。怜の足引っ張らないように、全力でやるよ。唯も、もしよかったら見に来てほしいな」

「……悪い。行きたいのは山々なんだけど、その日はバイトが入っててな。でも、心から応援してる」

少しだけ残念だった。でも、それは当然のことだ。唯と怜の生活は、彼の必死の努力で成り立っているのだから。

「ううん、無理言ってごめんね」

「別に大丈夫だ。行ける時は行くから楽しみにしている」

唯の言葉に秋羅は静かに微笑んだ。その様子を唯はじっと見つめる。

「そういえば聞いてよ唯。最近一人暮らしを始めたんだ」

「一人暮らし?大変じゃないのか。学校行って部活もあって、ちゃんとご飯食べてるか?」

「あはは、大丈夫だよ。確かに大変なこともあるけど新鮮で楽しいよ」

秋羅の言葉に唯はフッっと目を細める。見守るような優しい目だった。

「そうか。何か困ったことがあったらいつでも言えよ。俺はお前のことも気にかけてるんだ」

「ありがと、唯。……唯ってすごいよな。なんか、僕も唯の弟に生まれたかったな」

秋羅の言葉に唯は少し照れたような素振りを見せる。

「俺は秋羅を実の弟と同じように大事に思ってる。ずっと一緒にいたんだ。当たり前だろ」

唯のその言葉に秋羅はきゅっと心臓を掴まれたような気分になる。唯の言葉はいつだって真っ直ぐだ。秋羅の心を軽くしてくれる。

「今日は話せてよかった。唯も何か困ったことがあったら言ってね。助けになれるかはわかんないけど頑張りたいからさ」

秋羅の言葉に唯も微笑む。

しばらく雑談を楽しんだ後、唯は時計を見ながら「そろそろ出るか」と言った。秋羅もスマホで時間を確認すると時刻は17時を回っていた。

「この後バイトなんだ。まだ物足りないが解散しようか」

「そっか。また時間が空いたら教えて!」

秋羅は唯に満面の笑みでそう言った。会計を済ませて店から出ると途中まで同じ道だったので二人は歩きながら話の続きをした。会話がふと途切れ、少し沈黙が流れた。唯が歩みを緩め、真剣な顔で秋羅の横顔を見つめる。

「なぁ、秋羅。…怜のこと好きだろ、恋愛的な意味で」

唯の言葉に秋羅は心臓が止まるかと思うほどのショックを受けた。背筋を冷たいものが這い上がる。――どうして、なんで。なんで唯がそんなことを……。頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱される。この思いは誰にもバレずに墓場まで持っていくつもりだったのに、と。

「…ずっと秋羅のことを見てたからわかる。お前は、俺と同じ目をしている」

「え…」

「俺は、お前のことが好きだ。ずっと、恋愛的な意味で」

真っ直ぐ目を合わせながら唯は秋羅に告げる。突然のことに秋羅は口をはくはくと動かすことしか出来なかった。

「唯…」

秋羅の声は掠れていた。そして思い詰めたような顔を見せたかと思うと秋羅は唯に向き直った。

「唯、気持ちは嬉しいけどごめん…。唯の言う通り、僕は怜のことが好きなんだ。お願い、……怜には、この気持ちを黙っていてほしい」

口に出した瞬間思いが溢れて秋羅は泣きそうになった。告白する側も辛いが断る側も辛い。秋羅はひっそりとやはり想いを告げないことは正解なんだと思った。

「……やっぱりな。そう言うと思ったよ」

唯はふっと笑い、けれどその目は笑っていなかった。

「じゃあ、こうしよう。怜にこのことを黙ってる代わりに……俺と付き合え」

唯の声が低く、どこか苦しげだった。秋羅の視線の先では、唯の目が揺れていた。哀しみか、怒りか、それともーー諦めか。感情の色が読めなかった。

「なに、言ってるの…」

秋羅の声は震えていた。それに畳み掛けるように唯は告げる。

「怜はノーマルだ。秋羅だって怜との関係を崩したくないだろ?…悪いようにはしない、必ず好きになって貰えるようにするから。俺を選んでくれ」

唯はそう言いながら秋羅の両肩を掴み、静かに秋羅の唇に己の口を寄せた。

触れるその直前、秋羅は唯の肩を押し返した。

「や……やめて!」

秋羅は反射的に唯の肩を突き飛ばした。
唯の体が、軽くよろめく。
その一歩が、車道へと――。

運悪く――いや、最悪のタイミングで。そこに、大型トラックが走ってきていた。

「あ…」

秋羅は咄嗟に手を伸ばした。けれど――遅かった。トラックのブレーキ音が響く。次の瞬間、鈍く重たい音が辺りに響き渡った。

「唯…唯っ!」

急いで駆け寄るが唯は血塗れで倒れていた。トラックの運転手が降りてきて救急車を呼ぶ。秋羅は泣きながら唯の名前を呼んでいた。

「……秋羅……? 兄さん……?」

その声に振り返ると、道路の向こうに怜がいた。
目を見開いたまま、声も出せず、ただ――立ち尽くしていた。
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