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第三話
しおりを挟む滞りなく式は終わり、二人は夫婦となった。
祝いの席ではご馳走が振舞われ、親戚一同がドンチャン騒ぎを繰り広げる中、月姫子は他人事のようにその光景を眺めていた。結婚したという実感はなく、喜びもない。ただあることが気になって、ついちらちらと横に座る煌雅を盗み見てしまう。
「俺に何か訊きたいことでも?」
どうやら月姫子の視線に気づいていたらしく、面白がるような視線をこちらに向ける。
「それとも後悔していますか? 目の見えない男と結婚したこと」
「と、とんでもない」
この時ばかりは、月姫子は強い口調で否定した。
「ただ、貴方のように見目麗しく、地位も財もある方が、どうして私なんかと……」
「商家の娘であることに引け目を感じておられるのですか? 貴女の母君は由緒正しき名家のご令嬢でしょうに」
「……そういうわけでは」
「驚いているのはむしろこちらのほうですよ。俺の評判は既に耳に入っていると思いますが」
そういえば、と継母の言葉を思い出す。
『大変なわがままでご気性の荒い方だそうよ。気に入らないことがあれば女子どもにも容赦なく手をあげるとか』
種明かしでもするように、煌雅は言った。
「あれは故意に流した嘘です」
「……嘘?」
「はい、不用意に怯えさせて、申し訳ありません」
「でもどうして……」
「縁談を断るよりも断られるほうが楽なので」
煌雅の答えはあっさりしたものだった。
「最初から誰とも結婚する気はなかったんです。顔も分からない相手を愛せる自信なんてありませんから」
それはそうだろうと月姫子は納得した。
「けれど周りは結婚しろ、嫁を貰えとうるさくて。俺もいい歳ですし」
「でしたら、申し訳ないこと致しました」
「月姫子さんは悪くありません。おそらく貴女の場合、断れない状況にあったのでしょう」
見えないはずの目に見つめられて、月姫子は頬に熱を感じた。
「実は貴女のこと、少し調べさせてもらったんです」
戸惑うような口ぶりを聞いて、ドキッとした。
どこまで事情を知っているのかは分からないが、煌雅の声は驚くほど優しい。
「どうか気を悪くしないでください。ただ 貴女があまりにも可哀想で……」
……可哀想。
それは前妻の子でありながら使用人扱いされていたから?
不器量な上に学校にも通っていないから?
「すみません、目の見えないお前が言うなって感じですよね」
自嘲するように言われ、月姫子はかぶりを振った。
同情でも嬉しいと、素直に告げる。
その時、同類相憐れむという言葉がふと脳裏をよぎったものの、気づかないふりをした。
「ともあれ、書類上あなたは俺の妻になりますが、妻としての義務を果たす必要はありません。俺としても決まった相手がいれば、周りにうるさく言われずにすみますし」
どうやら偽装結婚を打診されているようだと、この時になって初めて月姫子は気づいた。
「もちろん恋愛は自由ですし、離婚となれば、それ相応の慰謝料もお支払いします。どうでしょう?」
離婚後は食うに困らないだけの給金と住まいも提供してくれるという。願ってもない申し出に月姫子は息を飲んだ。いずれ離婚するとなれば、出戻り娘としてそれなりにキズモノ扱いされるだろうが、今より状況が悪くなるとは思えない。
今の月姫子にとってはまさに渡りに船である。
――こんな幸運ってあるのかしら。
試しに頬をつねってみたが、夢ではないようだ。
「……期限は?」
「決まっていませんが、強いて言うなら、俺の目が見えるようになるまで、かな」
ポツリとつぶやかれた言葉に、月姫子はぞっとした。
こんな綺麗な男性に醜い顔を見られるのが嫌で、反射的に痣の部分を手で覆い隠してしまう。
「完全に失明されたわけではないのですね」
「医師の話では、なんらかのきっかけで視力が戻ることもあるそうです。もっともそれがなんなのかはわからないそうですが」
もちろん、このまま一生見えない可能性もあると軽い口調で彼は言う。
「ですからこちらで期限は定めません。貴女が離婚したいと強く望まれる時に、また話し合いましょう」
他に質問はありますかと訊かれて、「いいえ」と苦笑する。
「もしかして呆れていますか? それとも怒ってます? よりにもよって結婚式の日にこんな話をするなんてと」
「どちらでもありません。正直に話してくださって、感謝しています」
「では……」
「ええ、その申し出、私で良ければありがたくお受けいたします」
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