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第十二話
しおりを挟む爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた煌雅は、しばらくの間、失神していたらしい。目覚めると、激しい耳鳴りと頭痛に悩まされ、再び意識を失い、次に目が覚めた時、病院にいて、視力が戻っていることに気づいたそうだ。
医学的には説明できない、奇跡が起きたとしかいいようがないという医師の説明に、煌雅の家族は大喜びしていた。煌雅自身は、まだ爆発の影響で少し混乱していたそうだが、視力が戻ったことに気づくと、涙を流して喜んだという。無神論者である彼が神の存在を信じ、感謝を捧げるほど。
『それはもう、お前に会いたがっているぞ』
義父の声が遠くに聞こえる。
電話を切って立ち上がった月姫子は、弱々しい声で使用人に訊いた。
「ここから病院まではどのくらいかかるの?」
「自動車で小一時間ほどでしょうか」
小一時間。
残された時間はあまりにも少ない。
「ですから奥様はご自宅でお待ちになったほうがよろしいかと。行き違いになる可能性もございますし」
「……そうね」
使用人に怪しまれないよう、月姫子はゆっくりと離れへ戻った。
そして家に入ると階段を駆け上がり、慌ただしく自室の扉を開ける。
寝台の下から旅行用の鞄を引っ張り出して、最低限必要な物を詰め込んでいく。
月姫子はここを出ていくつもりだった。視力が戻った今、煌雅に自分は必要ない。優しい彼のことだから、多少は気に病むだろうが、きっとすぐに忘れるはず。なぜなら彼の世界は、こんなにも美しい物で溢れているのだから。
――契約結婚の期限は、彼の視力が戻るまで……。
もっともそんなこと、当の本人は忘れているかもしれないけれど。
月姫子にも譲れないものはあるのだ。
――あの人には絶対、見られたくない。煌雅さんにだけは……。
この醜い痣も、身体に残った傷跡も。
見えなければきっと、美しい思い出として覚えてくれるはず。
――ごめんなさい、煌雅さん。ごめんなさい。
支度を終えると、彼の寝室へ行き、紙とペンを拝借した。
そこに彼へのメッセージを残す。
『愛する旦那様へ、この家を出ていきます。もう二度と会うことはないでしょう。私のことはどうか捜さないでください。落ち着いたら住所を知らせますので、離婚に必要な書類を送ってくださると幸いです。それではどうかご自愛くださいますよう。月姫子』
慌ただしく支度を済ませると、月姫子は裏口からそっと抜け出した。
そのまま使用人専用の通路を通って、敷地の外へ出る。
――早く、ここから離れないと。
でなければ煌雅が戻ってきてしまう。
ふと、部屋に置いてきてしまった神の像の存在を思い出して、引き返そうとか迷うものの、
――重すぎて、さすがに連れていけないわね。
住む場所が決まったら他の荷物と一緒に送ってもらえばいい。
行くあてなどなかったが、とりあえず駅を目指して、月姫子は小走りに歩き出した。
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