3 / 33
いざ、輿入れ②
しおりを挟む「……お城かな? ここ」
手伝ってもらって馬車を降り、御者との攻防戦の末にトランクは持ってもらうことにして。自分は巾着だけを手にして門をくぐった、ユーフェミアの第一声である。
そんな大げさな、と思うかもしれない。しかしつい先日まで、古式ゆかしいといえば聞こえは良いが、地元の子ども達から『お化け屋敷』なんて呼ばれるほどおんぼろなフィンズベリー邸しか知らなかったのだ。よそへお邪魔するなんて両親が健在の時以来だから、ほぼ初めての経験と言っていい。
そのほぼ初めて見る他所様のお屋敷、エヴァンス邸は大層広かった。門をくぐって最初に目に入る前庭が、ヴァネッサのところでは唯一の庭園とほぼ同じ規模なのだ。至る所に季節の花が鮮やかに咲き誇り、きちんと手入れをされた庭木はお行儀良く、なおかつ生き生きと枝葉を茂らせている。ご当主の意向なのか、本で読んだ迷路のような凝った通路だとか、入り組んだ複雑な仕掛けは施されていないのが好ましかった。
(花や木は出来るだけ自然に、元気よく育ってる方が、見てる側も楽しいよね)
もしかしたらご主人、ちょっと好みが合うかもしれない。そんなことを思ったりしつつ、ようやく本邸にたどり着く。両開きで丈夫そうな、品の良い光沢のある木材で出来た扉の前に立った。……今さらだが、ちょっと緊張してきた。
「……あ、あの、フィンズベリー伯爵家から参りました。ユーフェミアと申します」
「はい! お待ちしておりました、ようこそエヴァンス邸へ!!」
左右に立っている従僕たちに名乗ると、そろってにっこりしてすぐに通してくれる。重たそうな扉が開き切らないうちに、中からわっ、という歓声と拍手の音が聞こえた。びっくりして頻りに目をぱちぱちさせる。
(えっなに、何ごと?)
おそるおそる入ってみたエントランスは、見渡す限り花でいっぱいだった。ホールの左右から上階につながる階段も、その先に連なる中二階の回廊も、初夏に相応しくバラを中心にした飾りつけで、白と薄紅が基調となった明るく可愛らしい雰囲気だ。瑞々しい甘い香りが、正面の大窓から差し込む陽光と一緒に降り注いでいる。
そんな中、エントランスホールの左右にずらっと整列して、熱心に拍手を送ってくれている従僕やメイドの面々がいた。誰しもが明るい表情で、なにか大仕事をやり遂げたような達成感というか、清々しさのようなものが漂っている。ああ、この飾りつけは家人総出で施してくれたものか。それは誇らしい顔になるだろう。
そして、そんな彼らの中心で、同じく笑顔で待ち受けているひとがいた。
「はじめまして、ユーフェミアさん。ようこそわが家へ、邸を上げて貴女を歓迎いたします。
申し遅れました、私はセシリア・エヴァンス。僭越ながら当主を務めさせていただいておりますわ」
歳は二十代の半ば、といったところか。アッシュブロンドの巻き髪を高めにくくって垂らしていて、形の良い瞳は灰がかった紫色、凛としつつも柔らかさを併せ持つ美貌。つい先日まで洗濯するか否かで悩んでいた、一番お気に入りの普段着とは色合いこそ似ているが、生地も仕立ても比べ物にならないほど上質な淡紫のデイドレス。上から羽織ったストールには、繊細な図案で花の刺繍が施されている。そこかしこに配されたバラを背景に立つ姿が、現当主に相応しい気品に満ちていた。
(わあ、ものすごく綺麗な人だー……昔にうちで見た、女神様の絵にそっくり)
今はもう人手に渡ってしまった、両親と一緒に暮らしていた実家。その一室に大切に飾られていた、春を司るとされる女神・クローリスの肖像が、小さい頃は大好きだったっけ――と、見惚れた流れでうっかり回想に浸りかけてハッとする。いかんいかん、最初っからこんな調子でどうする!
1,909
あなたにおすすめの小説
殿下、私の身体だけが目当てなんですね!
石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。
それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。
ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
才能が開花した瞬間、婚約を破棄されました。ついでに実家も追放されました。
キョウキョウ
恋愛
ヴァーレンティア子爵家の令嬢エリアナは、一般人の半分以下という致命的な魔力不足に悩んでいた。伯爵家の跡取りである婚約者ヴィクターからは日々厳しく責められ、自分の価値を見出せずにいた。
そんな彼女が、厳しい指導を乗り越えて伝説の「古代魔法」の習得に成功した。100年以上前から使い手が現れていない、全ての魔法の根源とされる究極の力。喜び勇んで婚約者に報告しようとしたその瞬間――
「君との婚約を破棄することが決まった」
皮肉にも、人生最高の瞬間が人生最悪の瞬間と重なってしまう。さらに実家からは除籍処分を言い渡され、身一つで屋敷から追い出される。すべてを失ったエリアナ。
だけど、彼女には頼れる師匠がいた。世界最高峰の魔法使いソリウスと共に旅立つことにしたエリアナは、古代魔法の力で次々と困難を解決し、やがて大きな名声を獲得していく。
一方、エリアナを捨てた元婚約者ヴィクターと実家は、不運が重なる厳しい現実に直面する。エリアナの大活躍を知った時には、すべてが手遅れだった。
真の実力と愛を手に入れたエリアナは、もう振り返る理由はない。
これは、自分の価値を理解してくれない者たちを結果的に見返し、厳しい時期に寄り添ってくれた人と幸せを掴む物語。
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる