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第十四章 夜会の約束
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夜の王都は灯りで金色に染まり、街路には馬車の列が続いていた。
石畳に車輪が響き、街角ごとに演奏や笑い声が漏れる。
今夜は伯爵家が主催する大規模な夜会——社交界でも注目を集める催しだ。
リディアの前には二つの封筒が並んでいた。
一つは伯爵令息からの、主催者としての招待状。
もう一つはエドガーからの短い便箋——《この夜、俺の隣に》とだけ書かれた手紙。
手首に巻かれた青い布切れに指を添える。
呼吸を整え、決断を胸の奥に沈めた。
会場の大広間は、天井から下がる巨大なシャンデリアと壁の燭台で輝き、中央には花々と噴水が飾られていた。
客たちは色鮮やかなドレスと燕尾服に身を包み、笑顔でグラスを交わす。
リディアが足を踏み入れると、いくつもの視線が一斉に向けられた。
その中に、すぐエドガーの姿を見つける。
黒の礼服に銀のカフリンクス、鋭い輪郭は遠くからでも目を引く。
そして——少し離れた場所には伯爵令息が立ち、穏やかな笑みをこちらに向けていた。
エドガーの瞳がわずかに細められる。
彼は人混みをすり抜け、まっすぐに歩み寄ってきた。
「来てくれたな」
「ええ」
短い返事とともに、手首の布切れを軽く示す。
彼の表情が、ほんの僅かだが和らいだ。
ワルツの調べが始まる。
「——踊ろう」
差し出された手を取ると、エドガーは人々の輪の中へ導いた。
彼の掌は温かく、動きは確かで、周囲のざわめきが遠くなる。
「昨日までの迷いは?」
「……今はないわ」
「なら、この夜を証にしよう」
低く囁かれ、胸が熱くなる。
しかし曲が終わるとすぐ、伯爵令息が現れた。
「次は私と一曲を」
エドガーが何か言いかけたが、リディアは微笑みでそれを制した。
「……ええ」
伯爵令息との踊りは穏やかだった。
彼は会話の合間に、静かに問いを差し挟む。
「公爵様を選んだのですね」
「……どうしてそう思うの」
「あなたの視線が、私ではなく彼を探しているから」
苦笑とともに、彼は続けた。
「ならばこれからは、彼があなたを守り続けられるか——それを見届けます」
その真摯さに胸が少し痛む。
曲が終わり、礼を交わして彼の手を離した。
再びエドガーの元へ戻ると、セリーヌが彼と話していた。
彼女は振り返り、涼しい笑みを向ける。
「まあ、リディア様。——お二人、今夜はとてもお似合いですわ」
「ありがとう」
セリーヌの瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「でも、お似合いだからこそ、周囲は二人を引き離そうとするかもしれませんわね」
意味深な言葉を残し、彼女は去っていく。
エドガーは小さく息を吐いた。
「……気にするな」
「気にしないなんて、無理よ」
「なら、余計に離さない」
夜会も終盤、二人はバルコニーに出た。
夜風が頬を撫で、遠くに街の灯りが瞬く。
エドガーが静かに言った。
「改めて——俺はお前を選ぶ。何があっても」
「……私も、あなたを」
青い布切れの上に彼の指が重なり、短く結び直された。
その結び目は、これまで以上に固く、そして温かかった。
しかし、二人が会場へ戻ると、入り口で執事が駆け寄ってきた。
「公爵様、急ぎの報せが……侯爵家からです」
その声に、再び嵐の予感が胸をかすめた。
石畳に車輪が響き、街角ごとに演奏や笑い声が漏れる。
今夜は伯爵家が主催する大規模な夜会——社交界でも注目を集める催しだ。
リディアの前には二つの封筒が並んでいた。
一つは伯爵令息からの、主催者としての招待状。
もう一つはエドガーからの短い便箋——《この夜、俺の隣に》とだけ書かれた手紙。
手首に巻かれた青い布切れに指を添える。
呼吸を整え、決断を胸の奥に沈めた。
会場の大広間は、天井から下がる巨大なシャンデリアと壁の燭台で輝き、中央には花々と噴水が飾られていた。
客たちは色鮮やかなドレスと燕尾服に身を包み、笑顔でグラスを交わす。
リディアが足を踏み入れると、いくつもの視線が一斉に向けられた。
その中に、すぐエドガーの姿を見つける。
黒の礼服に銀のカフリンクス、鋭い輪郭は遠くからでも目を引く。
そして——少し離れた場所には伯爵令息が立ち、穏やかな笑みをこちらに向けていた。
エドガーの瞳がわずかに細められる。
彼は人混みをすり抜け、まっすぐに歩み寄ってきた。
「来てくれたな」
「ええ」
短い返事とともに、手首の布切れを軽く示す。
彼の表情が、ほんの僅かだが和らいだ。
ワルツの調べが始まる。
「——踊ろう」
差し出された手を取ると、エドガーは人々の輪の中へ導いた。
彼の掌は温かく、動きは確かで、周囲のざわめきが遠くなる。
「昨日までの迷いは?」
「……今はないわ」
「なら、この夜を証にしよう」
低く囁かれ、胸が熱くなる。
しかし曲が終わるとすぐ、伯爵令息が現れた。
「次は私と一曲を」
エドガーが何か言いかけたが、リディアは微笑みでそれを制した。
「……ええ」
伯爵令息との踊りは穏やかだった。
彼は会話の合間に、静かに問いを差し挟む。
「公爵様を選んだのですね」
「……どうしてそう思うの」
「あなたの視線が、私ではなく彼を探しているから」
苦笑とともに、彼は続けた。
「ならばこれからは、彼があなたを守り続けられるか——それを見届けます」
その真摯さに胸が少し痛む。
曲が終わり、礼を交わして彼の手を離した。
再びエドガーの元へ戻ると、セリーヌが彼と話していた。
彼女は振り返り、涼しい笑みを向ける。
「まあ、リディア様。——お二人、今夜はとてもお似合いですわ」
「ありがとう」
セリーヌの瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「でも、お似合いだからこそ、周囲は二人を引き離そうとするかもしれませんわね」
意味深な言葉を残し、彼女は去っていく。
エドガーは小さく息を吐いた。
「……気にするな」
「気にしないなんて、無理よ」
「なら、余計に離さない」
夜会も終盤、二人はバルコニーに出た。
夜風が頬を撫で、遠くに街の灯りが瞬く。
エドガーが静かに言った。
「改めて——俺はお前を選ぶ。何があっても」
「……私も、あなたを」
青い布切れの上に彼の指が重なり、短く結び直された。
その結び目は、これまで以上に固く、そして温かかった。
しかし、二人が会場へ戻ると、入り口で執事が駆け寄ってきた。
「公爵様、急ぎの報せが……侯爵家からです」
その声に、再び嵐の予感が胸をかすめた。
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