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第二十章 未来への歩み
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静かな日々が続く中で、季節は初夏へと移り変わっていた。
王都の街路樹は鮮やかな緑に覆われ、カフェのテラス席には涼やかな風が通り抜ける。
リディアは久しぶりに公爵本邸を訪れ、応接間で紅茶を口にしていた。
窓の外では、庭師が花壇の整えをしている。
「呼び立てて悪かったな」
エドガーが入ってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。
「何かあったの?」
「いや……何かを“始めたい”と思って」
彼は机の上に一枚の書類を置く。それは奨学基金と新たな医療支援事業の合同計画書だった。
「これは……」
「慈善事業を形だけで終わらせたくない。お前となら、実際に人を助ける事業を動かせる」
リディアは驚きと同時に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私でいいの?」
「お前だからいい」
迷いのない言葉に、微笑みがこぼれる。
数日後、二人は事業計画のための会合に出席した。
会場はかつて慈善式典を開いた大広間だったが、今は喧噪もなく、実務的な空気が漂っている。
寄付者や専門家たちと意見を交わしながら、リディアは自然とエドガーの隣に立ち、資料を手渡したり、質問に答えたりした。
会合の休憩時間、伯爵令息が近づいてくる。
「……幸せそうですね」
「ええ」
彼は少しだけ寂しげに笑った。
「なら、もう私の出番はありませんね」
「今までありがとう」
その言葉に、伯爵令息は静かに頷き、会場の人混みへ消えていった。
計画は順調に進み、やがて王都の新聞にも取り上げられるようになった。
見出しには、「公爵家とハートリー嬢、未来への共同事業」とある。
それはもう、噂や憶測ではなく、確かな行動として世間に示された二人の関係だった。
その日の夕刻、エドガーはリディアを泉のほとりに連れ出した。
忘れな草が、初夏の陽射しの中で青く輝いている。
「ここからが本当の始まりだ」
そう言って、彼は懐から小さな箱を取り出した。
中には、青いサファイアをあしらった指輪が光っていた。
「リディア・ハートリー。——俺と正式に婚約してくれ」
胸の奥が熱くなり、言葉が少し遅れて出た。
「……はい。喜んで」
青い布切れの上から指輪が重ねられた瞬間、過去の嵐も誤解も、全てが新しい未来のための道筋に変わっていくのを感じた。
泉の水面には、二人の影が寄り添い合って映っている。
その結び目は、もう解く理由も、解ける隙間もなかった。
静かな風が吹き、青い花びらがひとひら、水面に落ちて揺れた。
──完──
王都の街路樹は鮮やかな緑に覆われ、カフェのテラス席には涼やかな風が通り抜ける。
リディアは久しぶりに公爵本邸を訪れ、応接間で紅茶を口にしていた。
窓の外では、庭師が花壇の整えをしている。
「呼び立てて悪かったな」
エドガーが入ってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。
「何かあったの?」
「いや……何かを“始めたい”と思って」
彼は机の上に一枚の書類を置く。それは奨学基金と新たな医療支援事業の合同計画書だった。
「これは……」
「慈善事業を形だけで終わらせたくない。お前となら、実際に人を助ける事業を動かせる」
リディアは驚きと同時に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私でいいの?」
「お前だからいい」
迷いのない言葉に、微笑みがこぼれる。
数日後、二人は事業計画のための会合に出席した。
会場はかつて慈善式典を開いた大広間だったが、今は喧噪もなく、実務的な空気が漂っている。
寄付者や専門家たちと意見を交わしながら、リディアは自然とエドガーの隣に立ち、資料を手渡したり、質問に答えたりした。
会合の休憩時間、伯爵令息が近づいてくる。
「……幸せそうですね」
「ええ」
彼は少しだけ寂しげに笑った。
「なら、もう私の出番はありませんね」
「今までありがとう」
その言葉に、伯爵令息は静かに頷き、会場の人混みへ消えていった。
計画は順調に進み、やがて王都の新聞にも取り上げられるようになった。
見出しには、「公爵家とハートリー嬢、未来への共同事業」とある。
それはもう、噂や憶測ではなく、確かな行動として世間に示された二人の関係だった。
その日の夕刻、エドガーはリディアを泉のほとりに連れ出した。
忘れな草が、初夏の陽射しの中で青く輝いている。
「ここからが本当の始まりだ」
そう言って、彼は懐から小さな箱を取り出した。
中には、青いサファイアをあしらった指輪が光っていた。
「リディア・ハートリー。——俺と正式に婚約してくれ」
胸の奥が熱くなり、言葉が少し遅れて出た。
「……はい。喜んで」
青い布切れの上から指輪が重ねられた瞬間、過去の嵐も誤解も、全てが新しい未来のための道筋に変わっていくのを感じた。
泉の水面には、二人の影が寄り添い合って映っている。
その結び目は、もう解く理由も、解ける隙間もなかった。
静かな風が吹き、青い花びらがひとひら、水面に落ちて揺れた。
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