冷たい王妃の生活

柴田はつみ

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第二章「再会の瞬間」

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 雪薔薇祭の二日目、王都の空は冴え冴えと晴れていた。
 王都へ続く街道沿いには、露店と仮設の天幕がずらりと並び、雪を模した白い布飾りが風に揺れている。
 香ばしい焼き栗の匂い、甘く煮た果実酒の香り、遠くから響く楽団の音。
 その喧噪の中を、私はフードを深くかぶって歩いた。

 胸の奥には、まだ王からの書状の余韻が残っている。
 “光を持つなら、来るといい”――あの短い一文。
 挑発なのか、招待なのか、判別はつかない。
 けれど、私の足は迷いなく王都へ向かっていた。

 

 魔法大会の会場は、王宮前の広場を囲む円形闘技場だった。
 高くそびえる観覧席には、各地の貴族や来賓が詰めかけ、氷細工のように透き通った魔法障壁が舞台を覆っている。
 障壁の外側には、冬の陽光を反射して煌めく雪薔薇の花壇が円形に配置され、その中央に儀式用の円陣が刻まれていた。

「……すごい人ね」
 思わず呟くと、隣にいた葵――領都から同行してくれた女友達が笑った。
「王都で雪薔薇祭の“光の儀”を生で見られるなんて、滅多にないわ。しかも今年は陛下が直々に執り行うんでしょう?」
「そうみたいね」

 葵は周囲を見回し、小声で囁く。
「……でも、王妃席が空席のままだって噂よ」
 胸の奥がわずかに疼く。
 その椅子が、今も私のために残されているのか、それとも単なる形式なのか――答えは分からない。

 

 開会の合図とともに、吹雪のような魔法光が空へ舞い上がった。
 場内がどよめく中、王宮側の扉が開き、一人の男が現れる。
 銀糸の髪が陽光を弾き、蒼い瞳が広場を一望する。
 アレクシス――三年ぶりに見る姿は、記憶よりも凛々しく、そして遠かった。

 その隣には、漆黒の髪を束ねた女魔導士――ミレーネ。
 王のすぐ傍らに控え、儀式用の杖を手にしている。
 宮廷で囁かれてきた噂が、耳の奥で蘇る。“王の愛妾”。

 アレクシスは観覧席をゆっくりと見渡し、やがて私の座る方向で視線を止めた。
 心臓が跳ね、指先が冷える。
 だが彼は、感情を読み取らせない無表情のまま、視線を外した。

 

 競技は剣術、弓術、魔法の三部門で行われた。
 私は葵とともに魔法部門の観覧席に移動し、若い魔導士たちが次々と高度な呪文を披露するのを見ていた。
 そんな中、背後から低く、よく知った声が降ってくる。

「……光を持つ者が、なぜ観覧席にいる」

 振り向けば、そこにアレクシスがいた。
 近くで見ると、三年の間に深みを増した瞳の色が、まっすぐ私を射抜く。

「私は、ただの観客です」
「嘘だ。……あの森で、光を放っただろう」
 森――カインと共に戦ったあの夜のことを、どうして彼が知っている?

「誰から聞いたの」
「俺が知らないとでも思ったか」

 距離が近すぎて、息が触れそうになる。
 周囲の視線を感じ、私は一歩下がった。
「陛下こそ、儀式の前にこんな所で何を」
「君に警告しに来た」
「警告?」
「――カイン・ローランドには近づくな」

 胸が強く打つ。
「……またそれ。私の交友関係まで制限するつもり?」
「制限ではない。忠告だ」
「もう、私たちは――」
「離婚した。それでも、君は俺の……」
 そこで彼は言葉を飲み込み、わずかに視線を逸らす。

 その隙に、ミレーネが現れた。
「陛下、儀式の準備が整いました」
 黒髪の奥から向けられる視線は、感情を読み取らせない。
 アレクシスは短く頷き、去り際に一言だけ残した。

「……夜、話がある」

 

 午後、光の儀が始まった。
 アレクシスが魔法陣の中央に立ち、ミレーネが補助陣に入る。
 蒼い魔力の波が広場を満たし、雪薔薇の花弁が一斉に開いた。
 その美しさに息を呑む一方で、私は彼とミレーネの息の合った所作から目を離せなかった。
 まるで長年連れ添った舞踏の相手のように、自然で、滑らかで――。

 祭りの喧騒の中、胸の奥で何かがじわりと広がる。
 それは嫉妬なのか、哀しみなのか、自分でも分からない。
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