忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

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第55話 普通の (5) ※

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 互いの猛りが先走りで濡れそぼる。互いの精がぬるぬると混ざり合う。

 ぬめる二つの欲望を揺すりながら、アルキバはリチェルの唇を食み、頬を舐め、首筋に口付け、胸の粒を舌先で転がす。
 届く範囲全ての肌を、アルキバの口に愛撫され、リチェルは未知の官能に身悶えした。
 
 互いの性感帯がくちゅくちゅと音をたてて一つになり、快感がぞわぞわと下肢をくすぐる。

 やがてリチェルの呼吸が荒くなった。

「ぁっ……はっ、はぁ……っ」

 アルキバは手の動きを早めた。アルキバの腕の中でリチェルが快感に耐えて身をよじる。
 快楽の電流が駆け抜ける。とてもこらえきれない。

「やっ、はっ、もう……っ」

 甘いうめきと共に、リチェルの方が先に達した。
 とぷとぷとあふれ出る白濁が、アルキバの手と性器を汚してしまう。

「ご、ごめんなさ」

 いたたまれない心地で謝ろうとしたら、口で口を塞がれ、そのまま仰向けに倒された。
 押し倒され、苦しげに呼吸するアルキバに見下ろされる。「やはりするのか」と緊張したが。

「大丈夫だ、入れないから。けど……あんたが欲しい」

 アルキバは切なそうな表情でリチェルに覆い被さり、ぎゅっと体を抱きしめてきた。
 胸も腹もぴったりと密着させる。
 リチェルの顔に頬ずりをしながら全身の皮膚でリチェルを味わうように、体を絡ませる。

 ただ触れたいと願っていた、戦神のごとき美しい肉体と裸で抱き合っている。
 憧れの人の肌のあまりの熱さに、リチェルの血潮は燃えるようだった。

(私が……欲しい?アルキバが?)

 アルキバは腰をうごめかす。
 猛りを、リチェルの腹に押し付け、すりこみ、アルキバの腰は波を打つ。

 押し付けられるものの熱さにリチェルは圧倒される。
 それは雄弁に、アルキバの想いを伝えてくる。

 そそり立つ灼熱が、リチェルの腹に狂おしくこすり込まれる。
 やがてぶるりと腰を震わせ、アルキバは射精した。
 リチェルのものですでに濡れてる互いの肌の間に、長い時間をかけて、アルキバの精が放たれる。
 二人の精が肌の狭間でドロドロに混ざり合う。

 全てを吐き切ってなお、アルキバはリチェルを離そうとしなかった。
 リチェルの肉体をべったりと抱きこみ、唇をリチェルの髪に押し付け、名を呼ぶ。

「リチェル、リチェル、リチェル」

 リチェルは陶然としてその声を聞いている。

 が、不意に夢から覚めたように。

 アルキバは、リチェルを抱く腕を緩めた。
 上体を持ち上げ、リチェルから身を離す。

 リチェルの心にすきま風が吹く。
 物悲しく寂しく思った、その瞬間。

 見下ろすアルキバから、掠れた言葉がこぼされた。

「嫌じゃ……なかったか?」

 気遣わしげにリチェルを見つめる、不安そうな瞳。

 リチェルの胸が、キュッと締め付けられた。
 
 リチェルはふるふると首を横に振り、自らの腹の上で混ざり合った、二人分の白濁を手でなでた。
 その感触を確かめるように握りしめる。
 白い肌を上気させ、吐息と共につぶやいた。

 今一番伝えたい、正直な気持ちを。

「こんなに幸福を感じたのは、初めてだ……」

 アルキバは驚いたように、一瞬、言葉に詰まる。そして破顔した。

「俺もだ……」

 アルキバはリチェルの乱れた髪をなでた。その傍に体を横たえ、リチェルの体を引き寄せる。

 再びぎゅっと抱きしめてくれた。
 そしてしみじみと呟いた。

「リチェルを傷つけなくてよかった」

 腕の中、リチェルははっとアルキバを見上げる。
 アルキバはリチェルを見つめ、照れくさそうにこう付け加えた。

「本当は信じて欲しい、俺があんたを愛してるってこと」

 リチェルの瞳にたくさんの光がたまる。
 空気を求めるようにその口は苦しげに喘ぐ。

 長い睫毛を震わせながら、ついに光は零れ落ちた。

「うれ……しい……」

 アルキバは親指でリチェルの涙をぬぐい、目を細める。

「いつか本当に抱かせてくれ。優しくするから。いかせてやるから。俺が全部……忘れさせてやるから」

 リチェルは下唇を食み、うなずいた。
 泣きながら、うんうんと何度もうなずき続けた。

◇  ◇  ◇

 網膜に白い光が触れて、リチェルは目を覚ました。

 体中が心地よい温もりに包まれている。

 なんだろう、この温もりは、と思いながらこうべを巡らし、自分が褐色の肌の美丈夫に腕枕されていることに気づく。

 慌てて身を起こした。
 アルキバはまだ眠っている。その整った顔立ちと濃いまつ毛に見惚れて一瞬、リチェルの時が止まる。

 ゆっくりと昨日の出来事を思い出した。

 裸の肌を重ねたこと。
 傷つけまいと気づかわれ、最後までされなかったこと。
 あれから何度も愛撫されたが、その全てが優しかった。
 そして幾度も、愛してると言われた。

 まるで大切な宝物のように扱ってくれた。
 汚れた自分を、病んだ自分を、狂った自分を。

 たった一日のうちに突然もたらされた幸福に恐怖すら覚えた。これは現実なんだろうか。

 自分は本当はまだあの地下室にいて、ただ夢を見ているだけだったら?

 リチェルはそっと手を伸ばし、両手でアルキバの頬を挟み、見下ろした。
 ただ触れただけで胸がどうしようもなく高鳴る。

 と、アルキバの目が開いた。
 なんの予備動作もなく、いきなりぱちりと。

 びっくりして手を離すこともできず、リチェルはアルキバの顔を手のひらに包んだまま。

 ぼんやりした様子のアルキバが、リチェルを見上げる。形のよい唇が開かれる。

「どう……した?」

 リチェルは赤くなる。なんと答えればいいのだろう。

「ゆ、夢だったら、どうしようかと……」

 妙なことを口走ってしまったと、恥ずかしくてますます赤面する。

 アルキバは、幸福そうに目を細めた。

「ああ、今、俺もまったく同じことを思った」

 そしてリチェルの腕をひき、自分の胸の上に抱きすくめた。

 アルキバの逞しい胸に顔をうずめ、身体中、心臓から指先まで至福に包まれる。

 リチェルの髪を撫でつけながらアルキバが囁いた。

「うん、本物だ。夢じゃないな」

 リチェルはこいねがう。

「いなくならないでくれ……。どうか、ずっとそばに……」

「いるに決まってんだろ。いつまででもそばにる」

「よかっ……た……」

 リチェルは目をつむり、アルキバの心音に耳を傾けた。その律動のまにまに、自分の全てが溶け去ってしまうような心地がした。

◇  ◇  ◇
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