忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

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第63話 お尋ね者

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 二人はひそやかに、慎重に、混乱うずまくナバハイル城から逃げ出した。

 馬を駆り、門番を叩き起こし王都の城壁を抜け、北の森の奥へ。
 二人は再び、ロワの元へと身を寄せた。
 午前三時の来訪だったが、ロワは起きていた。まるで二人の訪問を予感していたかのように。ロワはリチェルの腕を見て、口の端を上げた。

「王子様はいっつも血まみれだねえ。アルキバも珍しく怪我してんじゃないか」

「何度もすまない、ロワ殿」

「なに、ちょうど様子が気になっていた所だ。積もる話を聞かせてくれよ」

 鷹揚とした見た目の内に嬉しさを滲ませ、ロワは二人を招き入れた。

◇  ◇  ◇

 治療されしっかり睡眠も取れた、翌朝。
 アルキバがダイニングに入ると、ロワはテーブルに着席し興味深げに新聞を読んでいた。普通の新聞に比べて、だいぶ薄っぺらい新聞を。

「起きたか、護衛騎士殿。お姫様はまだ夢の中か?」

「ああ、昨日は大変だったから、もう少し寝かせてやってくれ。新聞、それ号外か?」

 ロワは読んでいた号外新聞をアルキバに渡す。にやりと笑って内容を報告する。

「狂王子リチェルがダーリアン三世とオルワード第二王子を殺して、城から逃亡したそうだ。用心棒の剣闘士アルキバと共に」

「くそっ!」

 反射的にアルキバは悪態をついた。アルキバは記事内容に目を走らせた。
 ご丁寧にリチェルとアルキバの人相書きが掲載されている。鏡像のようにそっくりな、精巧な人物画だった。懸賞金までかけられている。殺害か拿捕で三百万オン、情報提供だけでも十万オン。

 ロワが茶を入れながら言う。

「ジルソンが新王として即位したそうだ。ついでにパルティア辺境伯のオッド・カニエルが宰相就任。あさって大々的に国葬だってよ。ジルソンは顔に痛ましい火傷を負っていて、それも狂王子にやられたらしい」

 アルキバは新聞をぐちゃぐちゃに丸めて床に投げつけた。

「おいおい、敵の情報源だぜ、大事に扱え」

「だから破らなかっただろ!」

 アルキバはいらいらと、テーブルの上のりんごを掴んで丸かじりする。

「さて、どうすんだい。リチェルといい仲になれたみたいじゃないか、二人で外国に逃避行でもするかい?幸い王都には世界に誇る立派な港があるしな。でかい船に潜り込めば簡単だ」

 アルキバは憤然として首を横に振る。

「いいや、逃げねえ。絶対にジルソンを王の座から引きずりおろして、リチェルを王にする」

 ロワは笑う。

「驚いた、たった二人で王家転覆するつもりか?さすが剣闘士だな。闘魂っつうんだろ、そういうの」

「俺だけじゃねえ、リチェルの闘魂だ」

「ほう?まあ、そういうことなら、うちを隠れ家にしていいぜ。部屋はいくらでも余ってるしな。周囲に迷いの結界を張って、お前たち以外はここにたどり着けないようにしてやろう」

「お前を巻き込んじまうが、いいのか?」

「らしくないことを言うな。二人きりで国を奪うだって?こんな面白そうな話、乗るに決まってるだろ。俺を使わない手はないぜ。十分、暇を潰せそうだ」

 その時かさり、と音がした。見ればリチェルが、丸めて投げ出された号外を広げて目を通していた。

「起きたか。ご覧の通りだ」

 渋面のアルキバに、リチェルは無言でうなずいた。その表情は冷静だった。一通り読み終わって、丁寧に折りたたむ。ロワに静かな声音で言った。

「しばらく世話にならせてもらう、ロワ殿」

「ああ、いくらでも居てくれよ」

 リチェルは視線をアルキバに移した。

「安心してくれ、アルキバ。そなたとの約束は守る。私は必ず王となって、奴隷を解放する」

 そのまっすぐな眼差しに、アルキバの眉間のしわがぴんと伸びる。
 参った、という顔で額を押さえた。

「ったく、かなわねえな、あんたには」

 立ち上がって、伸びをする。両手を組んで頭の後ろに回し、不敵に微笑んだ。

「いいだろう。新王とやらに、うちのあるじを本気にさせたこと、後悔させてやろうじゃねえか」

◇  ◇  ◇
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