同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

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夏休み旅行編 その2

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 思ったより列は早く進んだ。
 階段を登りきると、大きめの地蔵が立っていて、観光客が熱心に拝んでいる。
 隣の桐生も拝んでいた。

 
「これはなんだ」

「幸福地蔵様だよ」


 劇的に胡散臭い、と顔に出てしまった。桐生は苦笑しながら、丁寧に説明してくれた。


「このお地蔵様には、ふつうのお地蔵様にないものがある。
 頭に笠。手には錫杖。足にはわらじ。
 ここでは、たったひとつだけお願いができる。
 大きなものは叶わない。小さなことを、段階を踏むように叶えるお地蔵様。
 たとえば、恋人が欲しい、と思うとするでしょ?
 それを願っても叶わないんだ」

「なんだそれは。たいして大きいことじゃないだろう」

「まずはね、『いい出会いがありますように』ってお願いする。
 それが叶ったら、『この人と親しくなれますように』。
 それもうまくいったら、やっと、『この人と恋人になれますように』ってお願いができるんだよ。
 この階段と同じだね。一足飛びに大きな願いは叶わない」

「ふむ。論理的ではあるな。ただの神頼みではなく、目標を細分化するところに意味を感じる」

「お寺でそんな分析論しないでよ。笑っちゃうでしょ」

「それで、願いが叶ったらどうするんだ?」

「一回一回、こうやってお礼に参るんだよ。
 それが無理なら、お地蔵様のある方角を向いて、感謝する。
 お守りが売っていてね。願いが叶えば買い替えるんだ。
 お守りに願えることはひとつだけだから」

「見事な商売だ」

「他の神社仏閣で売ってるお守りの中では、格安の部類だけどね?」


 列が進み、寺の中へ案内された。
 畳が敷き詰められた広間は、机と座布団が並べられていて、着席すると、全員の前に一杯の茶と茶菓子が配られた。
 耳を澄ますと、季節外れの鈴虫の声。本当に鳴いている。
 鈴虫の音色はつつましく美しい。飼育ケースの近くに寄りたかったが、オレの席はちょっと遠かった。


 華厳寺は禅寺のひとつで、茶と茶菓子でもてなして説法を聞かせるのがセオリーらしい。
 つまらない話かと思えば、世情やジョーク、客を絡めてのトーク、なかなか面白い。この和尚、やるな。
 せっかくだから茶菓子を食べてみる。この寺の名物らしい。
 ふわふわするようなサクサクするような、しっとりするような? 懐かしい甘みが心をほぐす。
 これは美味い。買って帰ろう。
 隣の桐生が、「僕にはちょっと甘すぎるからあげる」と、茶菓子をくれた。
 確かに甘味は強めかもな。オレには最高だが。


 その時、ちょうど和尚が語った。


「皆様、お茶菓子どうぞ頂いてくださいね。
 この寺の名物でしてね。
 ほら、お菓子に、黒い点々があるでしょう?
 それはこの寺ならではの、鈴虫をすり潰して練りこんだ……」


 オレはお茶を吹くかと思った。


「あははははは! 嘘です、嘘ですよ。
 その黒いのはシソの葉です。
 鈴虫は入っていませんので、安心してお召し上がりください」


 この和尚!!!!
 隣を見ると、桐生が声を殺し肩を震わせていた。
 知っていたなこいつ!!
 後で覚えてろ!!
 ……でもこれは美味い。癖になる味がする。やっぱり買って帰ろう。


 オレと桐生はお守りをひとつ買った。
 とてもシンプルな作りで驚いた。無駄な装飾がない。
 どうやって願いを言うかも教わった。


 オレは教えられたとおりにお守りを手で挟み、無言で地蔵に祈った。
 頭に笠。手には錫杖。足にはわらじをはいた地蔵。
 この地蔵は、願いを告げたひとりひとりのところを訪れて旅をして歩くそうだ。
 だから、順番が来るのが遅い時も、早い時もあるという。
 なんだか微妙に人間らしくて、オレはこの地蔵はなかなかいいと思った。


 ひたすらに祈った。
 小さくて、実現可能で、オレができる第一歩の願い。
 『桐生の心に、もう少し寄り添えますように』……。


 オレが祈り終えるのを桐生は待っていてくれた。
 桐生は何を願ったのだろう。
 確か、願いを聞くのはタブーだったな。互いの胸にしまっておこう。
 きっと桐生は、願いたい何かがあって、どうしてもここへ来たかったのだろう。


 華厳寺は、京都の辺境みたいなところにある。バスが終点なくらいだからな。
 再びバスに乗り、オレたちは嵐山へ向かった。
 渡月橋から、二人で桂川を眺める。水音が涼しくて心地いい。周囲の自然も美しかった。
 ずっと水音を聞いていたいが、熱中症になりそうだ。


「次はオレのリクエスト場所だったな」

「うん。ゆっくりしようね」


 昼飯の抹茶そばをたいらげた後に向かったのは、オルゴール博物館だった。
 クソ暑いのに、屋外ばかり歩いてられるか。
 そんな下心があって選んだ場所だったが、当たりだった。


 オルゴールの音色が優しく流れる。
 大きいもの、小さいもの、年代物、とんでもない歴史をもったもの。
 見目まで美しいもの。不思議なからくり仕掛け。
 電池や電気を使わずに、人間は、こんなに美しい自動演奏装置を作れるのか。


 展示品に張り付くように見ているオレの隣で、桐生も「すごいなあ……」と感嘆の声を漏らしていた。
 ここに来るのは桐生も始めてらしい。
 新鮮な驚きを共有できるのは嬉しかった。


「なんだこれは。変な人形? 物体? があるぞ」

「あははは! 芸術なんだよこれも」


 笑いあって、楽しんで、ともに興味をそそられて。
 思った以上に満足できた時間だった。
 だが、これで終わりではない。
 オレは「手作りオルゴール体験」を予約していた。


「うー----ん」

 
 桐生が頭を抱えている。
 何をそんなに悩むことがあるんだ。オルゴールそのものは既にある。好きな曲を選び、上にパーツでデコレーションするだけだ。
 ピンセットでひょいひょいと小物を掴んでは組み立てていくオレと対象に、桐生の手は進んでいない。


「どうした?」

「令一、なんでそんなに器用なの。すぐ思いつくの。
 難しいよこれ。
 うまく乗らないし、歪んじゃうし」

「どれを乗せたいんだ。言ってみろ」


 桐生が指をさしたパーツを、オレがピンセットで掴む。
 ひょいと置いて固定したら、桐生が拍手した。
 意外と不器用だったんだな、こいつ。
 いやオレが、繊細な作業に慣れているだけか。


 オレは早々に自分の分を完成させ、桐生を手伝った。
 出来上がったものは、お互いにプレゼントすると事前に決めていた。


「ほら。今日の記念に」

 
 オレが作ったのは、緑系統の極小ビーズを芝生のように敷き詰め、花をあちこち配置した中、日向ぼっこするようにたたずむコウモリのデコレーションだった。
 音楽はしっとりとしたクラシック。オルゴールにすると、違った響きで耳に心地いい。
 桐生は嬉しそうに笑って、「宝物にする」と小さなオルゴールを抱きしめた。



つづく
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