悠久の城

蓬屋 月餅

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悠久の城

【素の自分でいられる場所】

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 かたや事務所の社長、かたやインテリアデザイナー。
 そんな仕事をしている真祐さねまさ穏矢しずなおはそれぞれ日中忙しくしているので、連絡を取り合うことも、昼食を共にすることもほとんどない。
 時折、自宅で製図などの作業をしている穏矢を真祐が外への食事に誘ったり『夕食は何か買って帰ろうか』などというちょっとしたやり取りをすることがあっても、それ以外にはあまりメッセージを交わすことすらないのである。
 2人共なるべく仕事に専念するようにしているというわけだ。
 しかしそれでも充実した毎日を過ごすことができているのは、彼らが互いに家での時間を大切にしていているからに他ならない。
 外へ飲みに出かけることなどもない真祐と穏矢はいつも夕方頃には帰宅して夕食からの夜の時間を共にするようにしている。
 家で充実した日々を送ることができているからこそ仕事にも精を出すことができ、そして仕事が上手く片付くから家でも充分な時間を確保することができる…まさに好循環な毎日。
 そんな彼らが最も居心地がいい場所としているのは、やはり寝室にあるベッドだ。
 リビングにある大きなソファも捨てがたいとはいえど、肌触りの良い寝間着に包んだ風呂上りのすっきりした体をベッドに横たえさせれば、それだけですべての疲れが溶け出していくかのような心地になるのである。


ーーーーーーー


「……」
「………」

「「…………………」」

 無言のまま、デジタル時計がひたすら時を刻んでいる寝室。
 そのベッドの上では真祐と穏矢がそれぞれ横並びでベッドに寝転がったりヘッドボードに背を預けたりしながら携帯端末や本を手に思い思いにくつろいで過ごしている。
 ちょうどいい室温に保たれた空間の中で心地いい寝具に包まり、足先をさらさらと摺り合わせつつ過ごすというのは…本当になかなかのものだ。
 たとえ会話をしていなくたって構わないのである。隣に互いの存在を感じながら同じこの居心地の良さに浸れているというだけで充分心が満たされてゆくのだから。

「………」

 真祐は学生の頃からもう何度読み返したか分からないというほど繰り返し読んでいる小説にすっかり熱中している。
 とっくに端から端まで1字残らず覚えてしまっているというのに未だに紙のページをめくって読み進めることの楽しさをもたらしてくれているその小説は、まさに文字通り彼の“愛読書”だ。
 静かに、時折 紙のページが1枚めくられる かすかな音だけが響く寝室。
 …だが、それまで携帯端末をじっと見つめていた穏矢が突然静寂を打ち破るように「えぇ…?うわぁ……えぇ~………」と眉をひそめてごろごろと寝返りを打ち出したのだった。

「そうきたか…いや、でもそんな……ええぇ~………」

 そう呟きながら携帯端末の画面を左右にスワイプする穏矢。
 明らかにそれまで目にしていた内容についての大きな不満があった様子だ。
 普通であれば『一体 穏矢は何を目にしたのだろうか』と思うところだろうが、しかし真祐はすでに穏矢が何を見ていたかを知っていたので苦笑いを浮かべながら声をかける。

「うわ…結末がいい感じじゃなかったっぽいね」

 真祐の言葉に穏矢は「うん…」と唸りながら答えた。
 実はこの日、以前から穏矢が楽しみに読んでいた漫画の最終回が更新されていたのである。
 数話分がいくつかに分かれた状態で電子漫画アプリに公開されていたその作品はいわゆる一巻完結型の短編漫画なのだが、題材と内容が穏矢の好みだったらしく、このアプリでの更新がなされることをとても楽しみにしていたのだ。
 風呂を済ませていそいそとベッドに横になり、その漫画の結末を読んでいたはずの穏矢が
 つまり、読んだ結末が彼にとって思わしくない内容だったのだろうという見当が容易についたというわけだ。

「いや…この話って、色々あった主人公が結局最後には“A”と“B” 2人のうちのどっちと付き合うことになるのかっていうのがミソだったのに」
「うん」
「結局…『どっちと付き合うことになったかはご想像にお任せします』っていう…そういう…」
「え、そういう結末?」
「そうだよ…」

 風呂上りに『結末が気になってさ、早く読みたかったんだ』とわくわくしながらベッドに潜り込んでいた穏矢。だが、今はすっかりがっかりして意気消沈してしまっている。
 これまでの経験からして“物語におけるこういった結末の示し方”が穏矢の最も嫌っている終わり方であると知っていた真祐はどう声をかけたらいいだろうかと言葉を探していたものの、携帯端末をベッドサイドテーブルに置いた穏矢は眉間にしわを寄せながら掛け布団に包まって苦々しく話しだした。

「あのさ…もし自分が想像してたのとは結末になったんだとしたら、それはそれで勝手に僕はその後の話を想像するし、なんなら自分なりに納得がいく別パターンの結末を自由に考えたりするからいいよ。でもさ、それはそれとして僕は作者が、この物語を作ったこの作者さんが、どういう結末を思い描いてこれまで進めてきてたのかっていうのが知りたくて読んでるんだよ…!作者さんはどういう結末がいいと思ってたのか、作者さんの考えが知りたくて…それなのに…それなのに想像にお任せって…違うって、そうじゃないんだって……!」

 悲しさやら腹立たしいやら。
 そんな穏矢に「あれだよね、だからどっちのパターンも描かれるのも嫌なんだよね」と真祐が理解を示すと、穏矢は力強く「そう…!!」と応える。

「どっちのパターンの結末も描くっていうのもさ、結局それは作者さんがどっちかを決めてないってことじゃないの?読者それぞれが好きな方を結末としてくださいってことじゃん。だから、作者側はどっちを…どっちを選ぶラストを考えてたのかが知りたいのにそんな…もう…はぁ……」

 深いため息をついて枕に顔をうずめる穏矢。
 それから彼はしばらくして「…最近僕が読んだの、なんか全部そんな感じなんだ」と寂しそうにこぼした。

「読んでて寂しくなるものばっかりっていうかさ…この間なんかも 前から好きだった作家さんの新作が始まったからすごく楽しみにしてたのに、読んでみたらこれまでの温かみのある作品とは全然違ってて…そもそも絵柄が180°変わったし、ストーリーも残虐的っていうか、主人公があまりにも酷い扱いを受けてばかりのやつでショックだったんだ。それでも第2章になればきっといい方向に話は進んでいくんだろうと思ってたけど、むしろ酷くなっててぜんぜん面白いと思えなかった。僕自身も嗜虐的なシーンがある作品を観たりはするけど、でもそういうレベルじゃないんだ。本当に…受け付けないくらいのシーンばっか。もう、耐えられなくて追っかけるのを止めようかなって思ってるくらい。これまでの作品と作家さんの雰囲気が大好きだったから応援したかったんだけど、もう無理なんだ。でももっと悲しかったのは…それでもそれを面白いと言ってる人がいるっていうことと、作家さんも自分の書きたい作品が描けてて楽しいって言ってること」

「別に批判したいんじゃないんだよ。好みなんてそれぞれだし、作家さんもその人なりの筋道があって作品を作ってるんだからそれでいいんだ。作品が好きになれないなら一読者の僕が離れればいいだけ。だけど作者さん自身の作風がガラっと変わったせいでそれまでの…僕が好きだった作品の新しく発表されるイラストも雰囲気が変わってきちゃってて、なんか…『あぁ、もう僕が好きだったこれまでの作品のあの雰囲気とか絵とかはもう帰ってこないんだな』って…寂しくて。ほんと、新しい絵とか作風に慣れる/慣れないとかっていう感じじゃないんだ。『元からこの作風と絵だったらこの作者さんのことは好きになってなかったし、作品も読んですらなかっただろうな』ってくらいの変化なんだよ。作家さんとしては今の方が色々と試行錯誤した上で辿り着いた『前よりも上手くなってる絵・ストーリー』なんだろうけど…僕は変わらないでいてほしかったんだ……」

「この悲しさは人に伝えようとしても伝わらないものだと思う。SNSとかにお気持ち表明をする人の気持ちが僕にも分かる気がするよ。批判するつもりはない、ただ自分では抱えきれない悲しくて寂しい思いを…誰かに吐露したいだけなんだ……」

 心の底から好きだったからこそ、受け入れることができなかった自分が悲しい。
 これまでの作品が好きだったからこそ、変わらないでいてほしかった。
 作風というのは1度変わってしまったらもうかつてのものには戻らないと、分かっている。

 それらの事実が穏矢をひどく落ち込ませていて、ある種の自己嫌悪さえもたらしていたようだ。
 穏矢は「…ごめん、こんなこと言うなんてサイテーだよな……」と話を終わらせようとしたが、真祐は手にしていた本をベッドサイドテーブルに置くと、掛け布団にもぐりこんでいる穏矢をしっかりと抱き寄せた。

「どうして?別にいいだろ、ここは俺達の家なんだから。何を言ったって、どんなことを言ったって…いいんだよ。それに…」

「こういう心の内を話せるってことはそれだけ信頼があるってことだろ。むしろ嬉しいし、もっと話してほしいと思ってる」

 かすかにしわが寄っている穏矢の眉間にそっと口づけた真祐。
 彼は穏矢を腕枕すると、空いている右手で労わるようにゆっくりと髪を撫でながら「俺、穏矢のそういう…きちんと自分の考えを分析できてるところも大好きなんだ」微笑んだ。

「大抵人間ってさ、何か嫌なことがあったりするとそれについて考えるのは避けるものだろ。でも穏矢は『何が嫌なのか』をきちんと考えて分析することができる。『なんとなく嫌い』っていうんじゃなくて『自分はが納得いかない/自分には合わない』っていうところまで突き止めるんだ。それって誰にでもできることじゃないと思うよ。しかも、そうして突き詰めた先の根本にあった『嫌いな理由とか原因』が自分で何とか改善できそうなものならどうにかしようとするし。…ただそれが自分では改善できないことだとこうやって自己嫌悪に陥っちゃうのが、穏矢のたった一つの悪いクセだな」

 そうして髪を撫でていても変わらず浮かない顔をしている穏矢に、真祐はさらに続ける。

「なぁ、穏矢。新しい作品が好きになれないからファンとしてダメだなんて、そんなことはないよ。『好きになれないものは好きになれない』で良いんだ。例えば…有名なアーティストでも同じことが言えるだろ?つまり発表される全部の曲やアルバムを好きになる必要はないってこと。ある一時期までの曲は好きで、それ以降は好きじゃない、ってことがあってもそれで良いんだ。中には『そんなのファンじゃない』なんて言う人もいるかもしれないけど、そんなの全然気にすることない。それに…その作家の作風が変わったのだってさ、それだけ大きく変化したんなら今後また大きく変化することだって大いにありうるんじゃないか?」

「ちょうどこの間2人で見たテレビ番組でもあの有名な画家の話をしてただろ。時代によって絵の技法とかテーマとかがガラっと変わってるから、絵を見るだけでもいつ頃描かれたものかが分かるんだって。水彩画と油絵と点描画をそれぞれ時代ごとに集中して描いてた画家もいるし、ある一時期は特定の色味でしか絵を描かなかった画家もいる。昔の画家だって当時の自分の好みとかハマってるものによって作風を変えてたんだから、穏矢が応援してたっていうその作家も今のその人のマイブームがそういうストーリーとか絵のタッチだっていうだけで、これから先もずっとこのままだとは限らないんじゃないか?もしかしたらもう少し今より良くなっていくかもしれないし、逆に元のこれまでの作風に戻ることだってありうる。そうなった時に好きになったらまた応援すればいいんだ。とにかく今は、無理に追いかける必要はないってこと」

 そうして話をし続けてきたおかげでいくらか穏矢の表情から憂いの影が薄れていく。
 真祐はおもむろに自身の携帯端末を手に取ると、なにやら操作をして、そしてを再生させた。

「…『逃避』、か」

 穏矢が呟くと、真祐は「今にぴったりな曲じゃない?」と片眉を上げる。
 それは2人が気に入ってよく聴いている曲だ。
 清らかなイントロと、落ち着きのあるギターの音、そして穏やかさがありながらも歌詞を真っ直ぐに伝えてくるような歌声が寝室に徐々に広がってゆく。

「…『逃避』って言葉、なんかすごく悪いことな感じがするよな。たぶん『現実逃避』って熟語のイメージが悪いからだろう。でも俺は全然悪いことだとは思わないんだ」

 真祐は言う。

「『逃げる』とか『逃避』っていうのは言い換えれば『その場から離れること』だろ。それの何が悪いっていうんだ?たしかに攻撃は最大の防御ともいうし、問題点に立ち向かうのが有効な場合だってあるのも事実だ。避けてばかりじゃ何の解決にもならないことだってあるし、そもそも問題点から避けるべきじゃないともされてる。だけどそうじゃない。その場から離れることが一番効果的だったりもするものだろ」

 胸の中で顔を上げた穏矢が「…そうかな」と言うと、真祐は「そうだよ」と自信を持って応えた。

「何をするにしたって一番大切なのは“自分の身を守ること”なんだ。自分の身と心を守ること、心身共に健康でいること。それは絶対におざなりにしちゃいけないことだから。こう聞くと『自分さえ良ければいい』みたいな自分勝手な感じがするけど、でも心身が傷ついていたら他の人を助けることだってできないわけだからさ。とにかく周りのためにもまず自分の身を守ることが重要なんだよ。で、自分の身を守ることと真反対のことっていうのは…わざわざ傷つきに行くってことだ。嫌なこと、見たくないこと、聞きたくもないこと。そんなことに立ち向かって無理に慣れようとする必要なんかないんだよ。慣れようとしたり無理に好きになろうとしたりする必要はない。ただそこから立ち去って放っておけばいいんだ」

「そもそも、声を上げて問題点を改善しようとする方法は場合によっては対立を生むばかりで上手くいかないこともあるんだぞ。反発し合ってたらなんにもならないもんな。だけど、もしそこから沢山の人が立ち去ったら…否が応でもその問題点は改善されざるを得なくなる。立ち向かわないことこそ最も有効な手だったりするものだよ。放っておけばいい、関心を向けなければいい。そういうことだ」

 再生されている曲はちょうどサビのところに差し掛かっている。
 歌詞にじっと耳を傾ける真祐と穏矢。
 まさに『煩わしいこと一切から逃れてありのままの自分でいることの大切さ』を示しているその歌詞は真祐の話の裏付けをしているようで、曲調やメロディーの心地よさも相まって内容がすっと穏矢の胸に染み込んでいく。
 ひとしきり聴き、少しだけ口ずさんだりしながら、すっかり吹っ切れたようになった穏矢。
 真祐はそんな彼を改めて大切に思う。

「さっきも言ったけどさ、俺にはなんでもどんなことでも話していいんだからな。悪いなんて思うなよ。」
「…まぁ、そういうことにしとく」
「ほんとだぞ?俺はこれでも穏矢のことをかなり理解してるから、穏矢が何に対して苦々しく思うかとかも分かってるんだ。隠す必要なんかないってこと」
「へぇ。それはどうかな」
「疑ってるのか?じゃあたとえば…テレビで離婚がどうだとかってニュースになってるとどうだ?芸能人とかの結婚の話題はちらちら気にしてるくせに、離婚の話題になると見たくないって感じですぐチャンネル変えるだろ」

 『ほらな?』というような真祐のその指摘は悔しいながらも当たっていたらしく、穏矢はため息をつくようにしながら「…まぁたしかに」と答えた。

「結婚してからそんなに経ってないのに離婚したとかっていうニュースを聞くと思ったりするよ、なんか…どういうつもりで結婚したんだろうって。仕事で忙しいとか、趣味が合わないとか。そもそもそういうのを互いにたしかめるための交際期間だったんじゃないのかって。“思ってたのと違う”っていう理由なら余計僕には分からない。だって、結婚も離婚もそんな簡単にするもんじゃないだろ。価値観があまりにも僕とは違うし理解ができない。そんな人達の話なんて、それこそ本当に興味ないし…幸せな話題ならまだしも……」

 肩をすくめている穏矢から語られる『結婚』という言葉は、真祐にとってはたとえで話されたものではないとしてもやはり特別だ。
 さらさらとした穏矢の髪に触れながら、自然と真祐は口にしていた。

「じゃあさ、俺達も結婚しようか」

「俺達は付き合いも長いし、こうやってもう一緒に暮らしてもいる。互いの生活のことはよく分かってるだろ。だから結婚しても良いと思うんだけど」

 ごく自然に、同じベッドで横になって、同じ寝具にくるまり寄り添いながら。

 図らずもこんな形にはなってしまったが、しかし真祐としては真面目なつもりだった。
 大学生の頃に出会い、紆余曲折を経てこうして同居している今だからこそ“恋人”というステータスを変化させるのにもいい頃ではないかと思っていたからだ。
 穏矢は恥らうだろうか、それともあっさりと承諾するだろうか。
 真祐は何通りもの穏矢の反応を予想する。
 だが、実際に穏矢が示した反応というのはまったく予想外のものだったのだ。

「いや、男同士だから結婚できないし」

 きっぱりとそう言いながら『いきなり結婚だなんて、何を言い出したんだ?』とでも言いたそうな穏矢。
 真祐は少し面食らいながら「そうだけど、でもさ」と食い下がる。

「ほら、月ヶ瀬君と加賀谷君だって結婚したわけだし、男女の夫婦みたいにはいかなくったってそれに順ずることは色々とできるじゃん。手続きしたりしてさ、指輪とかも…」
「だから?あの2人はそうしたっていうだけで別に僕達もそうしなきゃいけないわけでもないんだから」
「え…えぇ~……」

 しっかりとした結婚観があるのに。いや、むしろあるからか。
 妙に冷静に、消極的というのとは違って『俺達は別にそういうのはしなくていいだろ』というスタンスの穏矢。
 真祐はハッとして(ちゃんとロマンチックにプロポーズしろってことか…!?)とも考えるものの、そんな考えを見通したかのように穏矢は「ロマンチックにすればいいとかじゃないから」と先回りして言った。

「どうせ書類上であれこれしたって、今と同じ毎日が繰り返されるだけじゃん。もう結婚してるようなもんだし…それに、そういう手続きをしたからって何かが大きく変わるもんでもないんだから。そんな手続きやら何やらで面倒な思いをするならこのままでいればいいって」

 まぁ、つまりはそんな書類上で証明しなくても自分達が夫夫と思って暮らしていればそれで充分だろう、というのが穏矢の言い分なのだ。
 真祐は「でもさぁ」とさらにさらに食い下がろうとしたものの、結局は「まったく…穏矢って変なところですごく現実的なんだよな」とそれ以上の追求を諦めることにした。

「じゃあ指輪は?せめてそれぐらいしようよ、ねぇ、2人だけの結婚指輪」
「指輪ね…なんかそういうの邪魔になりそうで嫌なんだけど」
「邪魔って、何てこと言うんだ…!きっとつけてたら慣れるよ!それか…それか、じゃあピアスでもいい!2人で片耳ずつピアスを空けてさ、1個ずつ分け合ってつけるんだよ、どう?それなら邪魔にならないしいいだろ?」
「嫌だよ。今までそういうの一切なく生きてきたのになんで今更体に穴を開けなきゃいけないんだ。それにあからさま過ぎて嫌」
「うわ…ほんっとに酷いやつだな…じゃあ…じゃあ分かった、指に嵌めなくても良いから指輪だけはつくろうよ、な?ネックレスにしてつけてたらいいよ、俺はちゃんと左手の薬指につけるけど、穏矢はネックレスでもいいから…」
「でもいちいち風呂のたびに外したりしないといけないのも面倒なんだけど。しかもネックレスって寝てるときは外しておいた方がいいらしいね?そのうちチェーンとか留め具が外れて知らない間に失くしちゃうっていうのもそれはそれでちょっと…」
「も~!じゃあ指に嵌めてよ!そのうちきっと慣れるからさぁ」

 指輪を作るの作らないのでああでもないこうでもないと話し合う2人。
 真祐が何かを言うたびに穏矢は「はいはい」と軽く受け流しているが、それでもやはり口づけにはちゃんと応じてくるあたり、彼も真祐のことを大切に思っているというのは間違いない。
 じゃれ合いの最中さなかに始まった口づけ。
 ベッドの中で寄り添い合っている以上、そのまま大人しく満足して終わることはないだろう。
 次第に互いを見つめる瞳が熱を帯び始めると、彼らのその口づけはさらに深くなっていったのだった。
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