悠久の城

蓬屋 月餅

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【可惜夜を君と】後編

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 元々2人は付き合いが長くなってからもかなりの頻度で体を重ね合わせているような、イチャつき頻度の高いカップルだった。
 そのため穏矢しずなお真祐さねまさの元から離れて行ったあの日の前日が現状彼らが共にベッドを揺らした最後の夜だったのだが、それから6年以上もの月日が流れ、ついに今夜2人は再び熱烈な夜を過ごそうとしている。
 食事を終えて店を出てきたときにはまさかこんなことになろうとは思いもしていなかった真祐だが、しかし流れた月日以上に穏矢への深い想いを積み上げてきていたおかげでそうしたブランクはまったく感じさせずにことが進んでいく。
 じっくりと口づけを交わしながら互いの体を寝間着の上から愛撫し、物足りなくなってくれば今度はその手を寝間着の下にある素肌へと…。
 次第に大胆さを増してゆくその触れ合いに穏矢の呼吸がかすかに乱れると、それによってさらに真祐は焚きつけられ、激しく興奮した。

「穏矢…」

 じんわりと温かい耳の縁を唇でみながら名前を呼ぶと、穏矢の頬と耳とがぱっと紅くなって、彼は少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
 顔を横に向けたことで露わになった穏矢の滑らかな首筋に真祐が吸い付くと、彼は「っあ……!!」と驚いたように体をビクつかせた。
 意図せず敏感に反応してしまったというような穏矢のその様子があまりにも可愛らしく愛らしかったので、真祐はさらに夢中になってそこに顔をうずめつつ愛撫を繰り出した。

 穏矢という男は本当に綺麗な男だ。
 さらさらとした細めのこげ茶色をした髪はいつも上質な絹糸のように艶があり、短髪でも長髪でもない絶妙な長さは彼の顔貌を美しく際立たせている。
 体は少しだけ痩せてはいるものの その手足はすらりと長くしなやかで、銀や青の色をしたものが良く似合う白い肌はキメ細かく整ってすべすべとしているのだ。
 元から脛などの体毛も薄いため、余計に穏矢のそうした肌の特徴は遮られることなく美を見せつけている。
 瞳も不純物などは一切含んでいない硝子玉のように透明感があり、目鼻立ちだってはっきりとしつつも柔らかさと涼しげな様子とが合わさっているような感じで、とにかく彼の美しい点を挙げればいとまがない。
 さらに性格から仕草から、その何もかもが非の打ちどころのない男なのだ。
 それが佐々田穏矢という男。真祐が心から惚れぬいた男なのである。

「穏矢…はぁっ、穏矢……っ」
「んっ、あぁっ…ちょっと……」

 真祐は夢中になって穏矢への愛撫を繰り返しているが、それはただ人肌に触れるのが久しぶりであるからというだけではない。
 口づけたところから伝わってくる穏矢の体温やトクトクと拍動する鼓動、そして穏矢自身の元々の肌の香りに添えられた湯上りのボディソープやシャンプーなどの入浴料の香り。そのどれもが堪らないほど、良いのだ。
 それらを五感のすべてで味わおうとする真祐だが、しかしけっして彼だけがそうなっているという訳ではなく、実際は穏矢の方も負けじと真祐の体を撫でまわしてはできうる限りの愛撫をして興奮を高めようとしているのだった。
 穏矢にとってはいつも自分が使っている入浴料の香りが真祐の体から香っているということ自体がもう堪らない。
 寝室という他に誰も入れたことのない個人的な場所に、入浴料の良い香りを漂わせた想い人がいる。さらにその人は激しく興奮していて、他でもない自分への欲を剥き出しにしつつ口づけや愛撫を繰り返して猛烈に迫っているのだ。
 穏矢の胸の中に積もり積もっていた寂しさや真祐への恋しさが怒涛のように溢れ出し、それらすべてがひとつ残らず喜びへと昇華していく。
 もう自身の気持ちを抑圧する必要はなく、愛する人を諦めようと苦悩する必要もないのだ。
 何もかもを曝け出したとしても真祐はそれをきちんと受け止めてくれるということがよく分かるので、身を委ねると深い幸福感に包まれ、肌から感じる快感以上のものに全身がゾワゾワと支配される。
 このままではすぐにでも達してしまいそうで、穏矢は負けじと真祐のスウェットの裾から手を挿し込むと、すぐ下に隠されている素肌の腹部に触れた。その辺りをさわさわと触れつつ、彼は激しい絡み合いの最中でも自然と足を開き、自らの膝の間に真祐を迎え入れる。
 真祐の腰が穏矢の太ももに挟み込まれた。
 ほとんど挿入しているのと同じ格好になったことで、真祐はまだ一枚も着ているものを脱いでいないにもかかわらず、互いの股を擦り合わせるようにして腰を動かし始めた。
 布地に抑えつけられているせいで十分に首をもたげられずにいるその膨らみは、下着と寝間着越しに擦られると2種類の刺激に見舞われてじれったいようなくすぐったいような絶妙な感覚をもたらす。
 けっして滑らかな動きではないものの、むしろその引っかかる感覚が心地よく、また『挿入していないのに挿入しているような動きをしている』ということがさらに腰の動きを煽り、真祐は穏矢を胸に抱きしめながら軽く腰を押し付けて何度も股を擦った。
 穏矢もしがみついて応じながら擦れ合う2つのその膨らみがどちらも確実に大きくなっていることを感じている。
 だが、ずっとそうしているにはあまりにもじれったすぎて、穏矢は「真祐…真祐、脱いで」と色っぽく吐息混じりに言ったのだった。

「はやく、もう…早く脱いで、脱いで」

 穏矢は覆い被さっている真祐を跳ね除けるようにして体を起こすと、待ちきれないというように性急な手つきで真祐の寝間着を脱がせようとし始める。
 だがあまりにも気がせいているせいかそれも上手くいかず彼の手は真祐の寝間着のズボンを太ももまで下ろすのがやっとだ。
 どうやって脱がせればいいのかを忘れてしまったかのように腰や背の辺りをひたすら彷徨ってばかりの穏矢の手の動きに我慢ができなくなり、真祐は勢いよく自身の上の寝間着を脱ぎ捨てた。
 露わになった真祐の上半身。彼の胸や腹は特別鍛えているという訳でもないのに相変わらずがっちりとした密な筋肉によって形作られていて、きっと誰が見ても惚れ惚れとするであろうという体躯を今もなお保っている。
 穏矢はそんな真祐の肉体の素晴らしさに眼を奪われながら、自身の寝間着のボタンを上から1つ1つ順番に外していった。

 この6年間、1度もこうした触れ合いをしたいと思うことがなかった真祐にとって、この状況は理性を保てと言われる方が酷であろうというほど刺激的であり、もはや手順も何もあったものではない。
 真祐はただひたすら『この目の前にいる上裸の細身の愛おしい男を無茶苦茶にしてしまいたい』という強い欲がもたらす一念に駆られて穏矢のズボンを脱がせた。
 ズボンを剥ぐと現れた藍色のトランクスの中にはすでにはっきりとした『形』が見えている。
 その先端の部分はもうすでに湿って色を濃くしており、すぐにでもこの布地を取り去って自由になりたいと切実に訴えているようだった。
 真祐が顔を伏せてそこを軽く唇で咥えつつ深く息をすると、柔軟剤や入浴料の香りが胸に入り込んできて、他よりも色濃いその香りによってさらに彼は深く吐息を吐く。
 股の間でそんな風にされることの羞恥はいかばかりのものだろうか。
 穏矢はあまりの恥ずかしさに「や、止めて、何してんのそんな…っ!!」と慌ててやめさせようとしたが、真祐はかえって穏矢の太ももを掴み、逃すまいとしながらあむあむと唇を動かして勃起している穏矢のものを根元からトランクスの上に形を浮き上がらせた。
 吐息がかかるくすぐったさも さながら、自らの股の間をそのようにして唇で扱われることによって生じる気分は穏矢にもどのように表現すればいいのかが分からないものであり、妙に気分を紅潮させる。
 だがいくらそれもいいとはいえ、彼が真に求めている刺激とは異なることは確かだ。

早く着ているものすべてを取り去ってしまいたい
真祐が着ているものをすべて暴いて、彼の興奮している様を直接目にしたい
早く中を、あの太く猛々しいものでいっぱいにしてほしい

  穏矢はあえて真祐を手で制したりはせず腰や脚を巧みに、そして妖艶に動かすことでその先へと誘う。
 するといとも簡単に真祐は穏矢の思惑に乗り、彼は身に着けていた一切の衣服をすべて脱ぎ去ったのだった。
 真祐の下着の下に隠されていた雄雄しいものもはっきりと姿を現したが、硬く、大きく、立派に反り勃っているその男根は穏矢の記憶に残っていたもの以上に素晴らしく煽情的で、真正面から見た穏矢はたまらずベッドに仰向けに倒れ込む。
 真祐の方も、穏矢の美しい肌に浮かぶ桜色の乳首をはっきりと目にしつつサイドテーブルから掴み取ったコンドームの箱を開封し、取り出した一つを自身に装着させた。

「………」

 着実に進みつつある夜。
 だがいよいよゴムを装着した時になって、真祐は急に気恥ずかしそうな表情を浮かべてごくりと息を呑んだ。
 あの猛々しく夢中になっていたのがいきなりどうしたのかと穏矢が訊ねると、彼は言った。

「あの、さ…俺、本当に久しぶりなんだよ、こういうことするの」

「だから急にすごく緊張してきたっていうか…その、まぁ、なんだ……」

 すっかりすべての仕度を整えているくせにもじもじと話すその姿は実年齢よりもずっと若く、まるで初めての情事に臨もうとする童貞かのように見える。
 穏矢は思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえながら「久しぶり?久しぶりって?」と横向きに寝転んだ。

「まさか6年間、誰ともシてないとか?」

「君が?本当に?」

 なんと応えればよいのかと困ったように眉をひそめる真祐。
 だが穏矢はそんな彼に柔らかい声音で続けた。

「いいじゃん。そんなに緊張しないで、僕も同じなんだから」
「え…」
「僕も、君とシたっきり…すごく久しぶりなんだってば」

 するとにわかに真祐の頬が熱を帯び始める。
 彼は横向いた穏矢に覆いかぶさると、穏矢の耳元にかかる髪を除けながらしっとりと囁いた。

「俺として以来、誰ともシてないって?」
「…そう言ったじゃん」
「どうして?俺といたときは散々誘って焚きつけてきたくせに。性欲強いくせにどうして誰ともシなかったんだ?相手なんかいくらでも見つけられただろ?」
「…っ、だから…僕は君のことが嫌いになったわけじゃない…から他の人なんて……」
「俺以外とはヤる気が起きなかったって?こんなにいろんなものを用意しておいて…俺はてっきりもう他のヤツとよろしくやってるんだとばかり思ったのに」

 すると穏矢はムッとしたような表情になって、負けじと「…君こそ、のこのこ僕の家までついてくるなんて」と脚で真祐の股を意地悪く刺激した。
 膝でグリグリと押される感覚は薄いゴム1枚のみを装着した敏感な部分にはあまりにも強く、真祐はくぐもった声を漏らす。

「僕は『何もしない』なんて言ってないのに」

 穏矢は真祐を抱き締めると囁いた。

「お互いセカンド童貞ってことでさ…早く、もう、しよ」

「これ以上焦らさないでよ」

 たしかに、もうそれ以上足踏みをしていることなどできなかった。
 穏矢が持ってきていたバスタオルを広げた真祐はそれを穏矢の腰の下に敷き、穏矢も下着を脱ぎ去って従順に足を開く。
 すぐにでも挿入できる体勢だ。
 しかし真祐はオイルの入った容器を手にとってそれを穏矢の体にまんべんなくかけると、なんと手ではなく胸や腹を擦り寄せるようにしてそのままオイルを塗り拡げ始めたのだった。

「せっかくあるんだからたっぷり使わないとな」
「ちょっと…もう、早く中に…」
「急ぐなよ、久しぶりなんだから」

 互いの腹や陰部がヌルヌルと触れ合うその感覚は手で一部分を刺激するのとはまた違う上、密着している部分の熱さと固さ、そしてはっきりと分かる形がさらに気持ちを昂らせる。
 じんわりと体が温まり、そして火照っていくその過程はとても良い。
 我慢できなくなった真祐はもう1枚コンドームの包みを開けると、それを指に装着し、穏矢の秘部にあてがって そこを柔らかく揉み始めた。
 狭かったところが徐々に開き、指が中に入ることを許していくと同時にいよいよこの中に挿入するときが迫っているのだということを改めて感じる。
 記憶を頼りに中に挿入した指を曲げ、腹側の膨らみを探り当ててそこを小刻みに刺激すると、穏矢は「あっ、あっあっ…あっ……」とビクビク体を跳ねらせた。
 その様子は信じられないほど艶めかしく、真祐はしばらく夢中になって刺激し続ける。
 だが、もう少しで穏矢が達してしまいそうだというときになって彼は指を抜き去ったのだった。
 サイドテーブルの上から挿入するのに適した潤滑ゼリーのチューブを取り、中身をたっぷり押し出しながら真祐はそれを自身の陰茎に塗って挿入に備える。

「穏矢…」

 いよいよ訪れたその瞬間。
 熱っぽく囁いてから、彼は穏矢の秘部に自身の肉棒の切っ先を突きつけ、そしてその中へとゆっくり進んでいった。
 指では届かないところに進むにつれ、穏矢は少し苦しげな声をあげる。
 肉壁をこじ開けていくそことで得られる締め付けの強さはそのまま味わっていたいくらいのものだったが、穏矢の負担を鑑みた真祐はそのまま突き進むのではなく、少しずつ抜き差しを繰り返すことでさらなる奥を目指し始めた。
 着実に穏矢の体内へと進んでいく真祐の陰茎。
 ようやくそれがすべて根元まで飲み込まれたとき、真祐は穏矢を固く抱きしめ、すぐにでも射精してしまいそうな思いを必死で堪えた。

「っ…あぁっ…あっ…おっきい……」
「…わるい、すごく…興奮してて……」
「ぜんぶ…挿入はいってる……?」
「あぁ、全部挿入ってるよ、根元まで」
「奥まで……いっぱい……っ」

 喘ぐように呟いた穏矢の髪を撫でながら、髪、額、鼻筋…そして目元や耳元など、あらゆるところへと口づけていく真祐。
 少し馴染んで苦しさが紛れたところで、彼はようやくゆっくりと抽挿を始めた。
 深く奥まで突くことはせず、比較的浅いところにある穏矢のイイ部分を肉棒の先端のくびれた部分で集中的に攻めるように腰を動かすと、ハァハァと荒く呼吸をするくらいだった穏矢はすぐに背を反らしたり腰や太ももをビクつかせたりとし始めた。
 穏矢の反応に乗せられて初めはゆっくりだった抽挿も次第に速度を増し、やがてベッドが軋む音を立てるほど激しくなる。
 その頃にはすでに寝室は果てしなく淫らな音でいっぱいになっていた。

「はぁっ、あっ、きもちいっ……」
「気持ちいいか?」
「い、いいっ…すごく、イイっ……ッ!」

 枕やシーツを手当たり次第に握りしめながら身悶える穏矢はただひたすらに快感を貪っているというような様子で、行為に没頭していることがありありと分かる。
 そしてそうさせているのが自分であるということに、真祐はさらに興奮した。

「あぁ…だめ、だっめ…もうだめ、でそ…う……」
射精そう?」
「う、ん……っ」

 穏矢は脚を伸ばしたり曲げたりしながらまぶたを閉じて必死に頷いていて、もうすぐにでも達してしまいそうなのは明らかだ。
 そこで真祐は腰の動きを止めると、再びオイルの容器を手に取り、穏矢の股や自身の手のひらに無造作にオイルを散らして瞬く間にオイルまみれにした。
 両の手のひらにもオイルを拡げた真祐はそれから穏矢の足の付根を掴み、そこを丹念にマッサージし始める。
 肝心な部分である袋や竿には決して触れず、太ももから足の付根へとつながる曲線に沿って丹念に手を滑らせながら、真祐は揉みほぐしていく。
 くすぐったさよりも快感の方を高めるために、撫で擦るのではなく少し強めに袋と秘部の間に位置する会陰えいんを押したり、陰部のすぐ根元や下腹部を何度も行き来したりすると、穏矢は直接触れていないにも関わらずさらに一回りぐぐっと大きく勃起してふるふると震え始めた。
 それは彼がいつも射精する直前に見せる反応だった。
 じわじわと絶頂まで追い詰められていく感覚は、抽挿による強いものよりもうっとりと とろけるような心地がして、穏矢の射精感を高めていく。

「穏矢、射精していいんだぞ」
「っあ…もう、っ…でそ、うっ…!!」
「抑え込まずに…ほら……」

 それからすぐのこと。促す声に従ったかのように、穏矢は大きく足を広げたまま固く勃起しきった肉棒の先端から白濁を散らした。
 初めの一筋を腹まで飛ばした後にドクドクと先端から流れ出した白濁は彼の棒を伝って下に滴り、真祐がそれをすくって塗り拡げるように手を動かすと、さらにそこから一滴二滴と染み出していく。
 真祐の手はそれらすべてが出尽くすまで動きを止めなかった。
 放った後で非常に敏感になっていた穏矢は手で扱かれてくすぐったさに体を捩ったが、真祐は構わず抽挿を再開させて穏矢をさらに追い詰める。

「ま、まって、今イったばっかなの、に…っ」

 だがそんな穏矢の声は既に真祐には届いていないようだった。
 穏矢を抱き締めたままひたすら一心に腰を打ち付ける真祐の息は荒く、手が付けられないほど興奮していて、逃れることのできない穏矢はそれに従って体を揺さぶられるほかないのだ。
 絶頂した後すぐのためにどんな刺激もくすぐったくてたまらなかった体はやがてさらなる快感の高みに向かって再度熱を帯び、彼は息も絶え絶えに喉を反らす。
 するとそんな穏矢の耳に真祐の小さなかすれた声が聞こえてきたのだった。
 淫らな音に混じって聞こえてきたその声。
 それはまるで泣き出してしまいそうなようにも聞こえるほどに、切実さがこもっていて…。

「なぁ、穏矢…俺な、穏矢がいーひんとあかんのや…ほんまに…ほんまにあかんのや…」

「頼むから穏矢…もう二度と離れんといて、穏矢…俺とずっと一緒に…なぁ…穏矢…しずなお……っ」

 その瞬間、穏矢はとてつもなく深い愛を感じて自然と双眸を潤ませていた。
 穏矢の目に溢れ出した熱い涙はたちまち大きな雫となって目尻から頬をそっと滑り落ちていく。
 胸の奥底の方から込み上げてくるものによって とめどなく溢れてくるその涙を止められるはずもなく、頬は濡れそぼってひやりとするが、そんなことすらも気にならないほど穏矢は繰り返される『しずなお』という声に身を打ち震わせた。
 想いに応えようとしても喘ぎ声ばかりが漏れて上手く言葉にならない穏矢は、四肢を絡みつかせて全力で真祐にしがみつくと、頬を摺り寄せながら何度も激しく頷いて気持ちに応えようとする。
 さらに激しくなる抽挿。
 どちらも、もう何も考えられなくなっていた。

「しずなお……っ」
「さ、さねまさぁっ…!!」

 ひときわ大きくベッドの軋む音が響き、そして2人は同時に絶頂を迎えた。
 体が何度もガクガクと震えて互いの敏感になりきった部分を刺激したおかげで、その余韻はかなり長い間続く。
 彼らの体は少しの隙間もないほどぴったりと重なり合っていた。


ーーーーーー


 ひとしきり情事を終え、ようやく呼吸がいくらか落ち着いてきた真祐と穏矢。
 それぞれベッドの上で思い思いの体勢をとりつつ寝転がり、時々指を絡めて手を握り合ったりしながら静かに夜を過ごしている。
 こうしていると つい先ほどまで激しく乱れていたのがウソだったかのように粛々とした気分になってくるのだから不思議だ。

 しかし、塗り広げられたオイルによっていつも以上にしっとりとしている肌や 白濁を拭った後の丸まったティッシュなどが幻などではなかったということをありありと示している。
 穏矢は真祐の顔をあらためてじっと見つめた。
 凛々しさのある眉やスッとした鼻筋、柔らかく、穏やかな目元。
 まるで竜胆リンドウの花が人間の男に化けたかのような、そんな気品のある姿だ。

「…どうした?」

 あまりにもまじまじと見つめられて気恥ずかしくなったのか軽く眉をひそめて笑みを浮かべる真祐。
 穏矢は静かに首を横に振ると、そっと真祐の胸に寄り添った。
 彼の耳には絶頂間際に聞いた真祐のあの言葉が繰り返し響いていて、それによってまだ体の方も疼きを抑え込めずにいる。
 気付かぬうちに彼の足はもぞもぞと動き、丸いひざ小僧が真祐の股にある大人しくなり始めていたものを刺激していた。

「ちょっ…ちょっと、穏矢…やめろよ、やっと今…」

 腰を引いて穏矢から逃れようとした真祐だったが、なんと穏矢はそんな真祐に見せつけるようにすぐ横でうつ伏せになり、膝を曲げて少し腰を高く上げると、あろうことか ゆさゆさと体を揺り動かし始めたのだった。
 穏矢のうなじから背、そして腰、さらに太ももに至るまでの曲線はどれも言い表しがたいほど美しく滑らかで、そして妖艶だ。
 その誘惑を拒んで無視することのできる者がこの世にいるとは思えない。
 真祐は低く唸って言った。

「ほんっとに俺を煽るのが好きだよな…必死に抑えようとしてるのに いつも俺はその努力を簡単に台無しにされるんだ」

 それから真祐は新しくコンドームの包みを開けると、今夜の2戦目を始めるべく穏矢に覆いかぶさったのだった。







~『可惜夜あたらよを君と』その後~


 やりたい放題をした後の気だるさによって自然と眠りに誘われていた真祐が目を覚ましたのは、そろそろ空が白み始めるだろうかという頃のことだった。
 ずっと前にもこのような時刻に目を覚ましたことがあった彼は、そのときのことを思い出して胸騒ぎがし、飛び起きようとする。
 だがすぐに自身の胸元ですぅすぅと寝息を立てている者がいることに気がついて胸を撫で下ろした。
 無防備な穏矢の寝顔をこんなにも近くで眺めることが出来る日が再びこようとは思ってもみなかった真祐にとって、まだ夢でも見ているかのような気にすらなる朝だ。
 幻ではないと分かっていてもどうしても確かめずにはいられない。
 彼は胸元にいる美しい寝顔をした男、穏矢を起こしてしまわないようにと細心の注意を払いながら、そっと手を伸ばしてこげ茶の髪に触れてみた。
 するとさらさらと指の上を滑り落ちていく感覚が夢でも幻でもないことを報せてくる。
 真祐が安堵の息を漏らすと、穏矢は眉根を寄せながら目を覚ました。
 「…ごめん、起こしたみたいで」と髪を撫でながら詫びると、穏矢は目を閉じたまま「ん……」と応える。

「おはよう穏矢」
「…おはよ」
「うん。おはよう、穏矢」

「その…腰とか体、大丈夫か?」
「…うん」
「そっか、なら良かった…」

 なんとくすぐったくて甘い朝だろうか。
 この今の時間の一瞬一瞬を大切にしたいという思いから穏矢をぎゅっと抱きしめると、素肌の胸や腹がぴったりと隙間なく触れ合って絶妙な くすぐったさをもたらす。
 そのくすぐったさに笑い出しそうになってしまった真祐は、唐突に「なぁ、シャワー借りていいか?」とわざとらしく声を弾ませた。

「ほら、ヤりっぱなしだろ、俺達。まずシャワーを浴びないと」
「うん」
「一緒に浴びるか?」
「…うん」
「えっ、いいのか?本当に?」
「うん…一緒にお風呂、行く」
「じゃあそうしよう。2人でゆっくり朝風呂だ」

「あっそうだ、朝ご飯はどうする?どうせ冷蔵庫には何もないんだろ」
「うん…なんもない」
「やっぱりな。そしたらコンビニに買いに行くか、Eatsイーツで何か頼むか…それかどっか近くのモーニングでも食べに行くか」
「…家から出たくない」
「出たくないか。そうか、それならEatsイーツだな。まだ時間が早すぎて頼めるものはそんなにないと思うけど、シャワー浴びたりなんだりしているうちにいくらか選べるようにはなるはずだから。穏矢はなにが食べたい?」
「…めかぶ」
「め、めかぶか…うん…めかぶだな、よし……Eatsイーツにあるかな…?」

 スマホ画面に指を滑らせてメニューを探し始めた真祐。
 穏矢はそんな真祐の胸元にさらに額をくっつけるようにしてしっかりと抱きついた。

 まだ気だるさの残る朝だが、2人はそうしてベッドの中で時々もぞもぞと動きながら、誰にも邪魔されることのない まさに『平穏そのもの』というひとときを過ごしたのだった。
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