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番外編21 和臣の妄想Ⅰ
十五 ふたたび
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十五
「相田ー、そろそろ終電だよ」
向かいのデスクの事務女子に声を掛けられて俺はパソコンの画面から顔をあげた。
頭の中でいろいろ考えながら忙しく作業していたらあっという間に午後十一時半を過ぎている。いつもそろそろ帰り支度をしている頃だ。
「あー、そっか」
「今日泊まり? 明日休みだよね?」
「もちろん帰ります」
会社に泊まることもよくあるけど、出退勤のホワイトボードには前もって明日休みの旨を書いてあるし、ちゃんと休みのつもり。
デスクを立って、下に置いてるビジネスカバンをとって、デスク上の私物をぽいぽい放り込んで片付け。
作業自体はべつに来週でもいい内容だ。作成途中のWordファイルを保存して打ち切って、パソコンの電源を切る。
「相田、今から予定でもあるの?」
「え!?」
「え……そんな驚かれても……図星刺してごめん。そわそわしてたからさ。楽しんでおいでよ」
「……お先でーす」
職場をあとにしたとき、午後十一時四十分。その足でカズ先輩の自宅マンションのほうへ向かう。
地下鉄やバスでもいいけど、なんとなく徒歩の気分なので歩く。まだカズ先輩からの仕事が終わった連絡はないし。
カズ先輩、まだかな。お互いに遅くなるのはわかってたんだ。日付変わる前には終われるのかな。
確かにそわそわしてる。図星だよ。ここ二週間そわそわしてるよ。
先々週、俺は付き合いたてのカズ先輩の部屋に泊まった。そこまでは友達レベルの話。
だけど翌朝、キスをした。
すんごい緊張して、かちこちになって、いま思い出しても照れる。顔が熱くなって、あれ以来時々、何かの拍子に脳内でリピートしてしまって叫び出したくなる。
キス。カズ先輩と。
恋人同士として。
キスなんてさ、大したことじゃない。俺はしたことなかったけど、映画やドラマでは普通に観てるし、街ゆくカップルが路上でキスしてても、気にしたこともない。
なのに、自分がするってあんなに違うんだ。距離。距離がぜんぜん違う。めちゃめちゃ近い。
あと、におい。すんごい、いいにおいがする。カズ先輩のにおいがする。ふわっとするんじゃなくてダイレクトに。
そして体温。ひとの温度。満員電車でぎゅうぎゅう圧迫されているときの気持ち悪いものとはまったく異なる、好きなひとの体温。好きなひとが自分に向けている温度。自分の体温もあがってた。熱かった。
カズ先輩の顔きれいだと見惚れてたら、近づいてきて、唇が触れて……。あたたかくて柔らかかった。
カズ先輩も俺と同じように緊張していた。カズ先輩の身体が温かくて、においに満たされて、頭が真っ白で、お互いに、どうすればいいのかわからなくなった。
カズ先輩が最初にギブアップ。へろへろになって腰を抜かしてしまい、真っ赤になって倒れた。俺も刺激が強すぎてギブアップ。
それから、平日の夜にごはん食べにいった。そのときは、帰り道に少しだけ手を繋いで、どきっとしたけど、このくらいから始めるのがいいのかなって思ってたんだ。
だけど、駅に着いて……カズ先輩が俺の手をなかなか離したがらなくて、指を絡めたときにドキドキしてきて……。
目を見たら一気に惹き込まれた。
ばちって視線が絡んだ瞬間、何も考えられなくなった。
触りたいんだ。でも指は触れてる。もっと触りたい。カズ先輩のさらっさらの髪とか、あたたかい頬とか……。
突然、一気に、気持ちが加速した。各駅停車だと思ってたら特急みたいに、ぐいっと。
人目を避けて柱の陰に隠れて、ぎゅっと抱きしめられて、くっついているとほっとした。
心臓が壊れそうなほど打っていて叫び出したくて、がちがちに緊張してるのに、なぜか安堵するっていう不思議な感覚。
カズ先輩のほうが体格が良いから、抱きすくめられる形になった。
「タキくん」
「カズ先輩……」
熱くて大きな手で力強く引き寄せられて、肩を抱かれて、俺は身を任せて、そのままキスをした。
初めてのときより、二度目のほうが、お互いに感じている気持ちがおんなじみたいだった。
帰り道はカズ先輩のことで頭がいっぱいで、気づいたら大宮のアパートに着いてたんだ。
カズ先輩からメッセージが届いて、おやすみ、今日はありがとう、と書いてあった。
何気ないメッセージ。以前ならば、なんにも考えずにぱぱっと返信してしまう程度のただの挨拶。
だけどメッセージの向こうで、カズ先輩はきっとまだ起きていて、俺のことを考えていると思った。
すぐに返信するのが妙に惜しくて、しばらく俺のことを考えていてよ、なんて。
でも早く寝かせてあげないと、とも思って、おやすみなさいって送ったんだ。少しして、寝てる犬のスタンプが返ってきた。
そして俺は、寝るまで、カズ先輩とのメッセージのやり取りを眺めていた。手をつないだあの夜を思い出して、手の平を眺めたりもした。
うとうとしながら、次にカズ先輩に会うときまでに、俺はカズ先輩をもっと好きになっていて、しかも会うたびに好きが強くなっていく、そんな気がした。
こんなふうにカズ先輩のことばかり考えて過ごしたら、仕方ないじゃん。そうなっても。
ふと、妙に納得したんだ。ああ、そっか。恋って落ちるものっていうの、わかるな。
どうしようもない。重力に引っ張られてものが落ちるみたいに、コントロールがきかない。あっという間に落ちてしまうんだ。
だけどカズ先輩はタイにふたたび出張らしくて、今度は十日ぐらい。だから会えなくなった。
会えなくなってもやっぱり、毎日カズ先輩のことばっかだった。連絡していても一人でいても、カズ先輩ばっかり。
カズ先輩とは思い出がありすぎて、考えるネタには苦労しないんだ。
あのときも、あのときだって、カズ先輩は俺を好きだったんだ……。そんなふうに。
夜の街を歩いているとメッセージが入ってきた。
『お疲れ様。仕事終わったよ。タキくんは?』
「俺も今終わりました!」
『うち来れる?』
「向かってます!」
『下まで迎えにいくね』
マンションの下に着くと、カズ先輩が待っていた。荷物は持ってないけれど、スーツ姿で、帰宅してまだ着替えてないらしい。久しぶりにカズ先輩と会って、俺は泣きそう。
「タキくん」
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
「タイ、遠いですね。疲れてますよね。大丈夫ですか?」
「タキくんと会えたら全部吹っ飛んだ」
「あは」
カズ先輩は柔らかく明るく笑う。俺を見てる。すごく優しい瞳で、包み込むみたいに俺をまっすぐ見てる。
俺も、全部吹っ飛んでる。疲れも眠気も何もかも。
どうしよう……。
めっちゃ好きかも。
「相田ー、そろそろ終電だよ」
向かいのデスクの事務女子に声を掛けられて俺はパソコンの画面から顔をあげた。
頭の中でいろいろ考えながら忙しく作業していたらあっという間に午後十一時半を過ぎている。いつもそろそろ帰り支度をしている頃だ。
「あー、そっか」
「今日泊まり? 明日休みだよね?」
「もちろん帰ります」
会社に泊まることもよくあるけど、出退勤のホワイトボードには前もって明日休みの旨を書いてあるし、ちゃんと休みのつもり。
デスクを立って、下に置いてるビジネスカバンをとって、デスク上の私物をぽいぽい放り込んで片付け。
作業自体はべつに来週でもいい内容だ。作成途中のWordファイルを保存して打ち切って、パソコンの電源を切る。
「相田、今から予定でもあるの?」
「え!?」
「え……そんな驚かれても……図星刺してごめん。そわそわしてたからさ。楽しんでおいでよ」
「……お先でーす」
職場をあとにしたとき、午後十一時四十分。その足でカズ先輩の自宅マンションのほうへ向かう。
地下鉄やバスでもいいけど、なんとなく徒歩の気分なので歩く。まだカズ先輩からの仕事が終わった連絡はないし。
カズ先輩、まだかな。お互いに遅くなるのはわかってたんだ。日付変わる前には終われるのかな。
確かにそわそわしてる。図星だよ。ここ二週間そわそわしてるよ。
先々週、俺は付き合いたてのカズ先輩の部屋に泊まった。そこまでは友達レベルの話。
だけど翌朝、キスをした。
すんごい緊張して、かちこちになって、いま思い出しても照れる。顔が熱くなって、あれ以来時々、何かの拍子に脳内でリピートしてしまって叫び出したくなる。
キス。カズ先輩と。
恋人同士として。
キスなんてさ、大したことじゃない。俺はしたことなかったけど、映画やドラマでは普通に観てるし、街ゆくカップルが路上でキスしてても、気にしたこともない。
なのに、自分がするってあんなに違うんだ。距離。距離がぜんぜん違う。めちゃめちゃ近い。
あと、におい。すんごい、いいにおいがする。カズ先輩のにおいがする。ふわっとするんじゃなくてダイレクトに。
そして体温。ひとの温度。満員電車でぎゅうぎゅう圧迫されているときの気持ち悪いものとはまったく異なる、好きなひとの体温。好きなひとが自分に向けている温度。自分の体温もあがってた。熱かった。
カズ先輩の顔きれいだと見惚れてたら、近づいてきて、唇が触れて……。あたたかくて柔らかかった。
カズ先輩も俺と同じように緊張していた。カズ先輩の身体が温かくて、においに満たされて、頭が真っ白で、お互いに、どうすればいいのかわからなくなった。
カズ先輩が最初にギブアップ。へろへろになって腰を抜かしてしまい、真っ赤になって倒れた。俺も刺激が強すぎてギブアップ。
それから、平日の夜にごはん食べにいった。そのときは、帰り道に少しだけ手を繋いで、どきっとしたけど、このくらいから始めるのがいいのかなって思ってたんだ。
だけど、駅に着いて……カズ先輩が俺の手をなかなか離したがらなくて、指を絡めたときにドキドキしてきて……。
目を見たら一気に惹き込まれた。
ばちって視線が絡んだ瞬間、何も考えられなくなった。
触りたいんだ。でも指は触れてる。もっと触りたい。カズ先輩のさらっさらの髪とか、あたたかい頬とか……。
突然、一気に、気持ちが加速した。各駅停車だと思ってたら特急みたいに、ぐいっと。
人目を避けて柱の陰に隠れて、ぎゅっと抱きしめられて、くっついているとほっとした。
心臓が壊れそうなほど打っていて叫び出したくて、がちがちに緊張してるのに、なぜか安堵するっていう不思議な感覚。
カズ先輩のほうが体格が良いから、抱きすくめられる形になった。
「タキくん」
「カズ先輩……」
熱くて大きな手で力強く引き寄せられて、肩を抱かれて、俺は身を任せて、そのままキスをした。
初めてのときより、二度目のほうが、お互いに感じている気持ちがおんなじみたいだった。
帰り道はカズ先輩のことで頭がいっぱいで、気づいたら大宮のアパートに着いてたんだ。
カズ先輩からメッセージが届いて、おやすみ、今日はありがとう、と書いてあった。
何気ないメッセージ。以前ならば、なんにも考えずにぱぱっと返信してしまう程度のただの挨拶。
だけどメッセージの向こうで、カズ先輩はきっとまだ起きていて、俺のことを考えていると思った。
すぐに返信するのが妙に惜しくて、しばらく俺のことを考えていてよ、なんて。
でも早く寝かせてあげないと、とも思って、おやすみなさいって送ったんだ。少しして、寝てる犬のスタンプが返ってきた。
そして俺は、寝るまで、カズ先輩とのメッセージのやり取りを眺めていた。手をつないだあの夜を思い出して、手の平を眺めたりもした。
うとうとしながら、次にカズ先輩に会うときまでに、俺はカズ先輩をもっと好きになっていて、しかも会うたびに好きが強くなっていく、そんな気がした。
こんなふうにカズ先輩のことばかり考えて過ごしたら、仕方ないじゃん。そうなっても。
ふと、妙に納得したんだ。ああ、そっか。恋って落ちるものっていうの、わかるな。
どうしようもない。重力に引っ張られてものが落ちるみたいに、コントロールがきかない。あっという間に落ちてしまうんだ。
だけどカズ先輩はタイにふたたび出張らしくて、今度は十日ぐらい。だから会えなくなった。
会えなくなってもやっぱり、毎日カズ先輩のことばっかだった。連絡していても一人でいても、カズ先輩ばっかり。
カズ先輩とは思い出がありすぎて、考えるネタには苦労しないんだ。
あのときも、あのときだって、カズ先輩は俺を好きだったんだ……。そんなふうに。
夜の街を歩いているとメッセージが入ってきた。
『お疲れ様。仕事終わったよ。タキくんは?』
「俺も今終わりました!」
『うち来れる?』
「向かってます!」
『下まで迎えにいくね』
マンションの下に着くと、カズ先輩が待っていた。荷物は持ってないけれど、スーツ姿で、帰宅してまだ着替えてないらしい。久しぶりにカズ先輩と会って、俺は泣きそう。
「タキくん」
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
「タイ、遠いですね。疲れてますよね。大丈夫ですか?」
「タキくんと会えたら全部吹っ飛んだ」
「あは」
カズ先輩は柔らかく明るく笑う。俺を見てる。すごく優しい瞳で、包み込むみたいに俺をまっすぐ見てる。
俺も、全部吹っ飛んでる。疲れも眠気も何もかも。
どうしよう……。
めっちゃ好きかも。
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