魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ

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3巻

3-2

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「アスク、暗黒大陸を出たあとはどこへ向かう?」
「俺たちはバングラドって街から出発したんです。そこに残してきた仲間もいるので、報告をねて戻るつもりですよ」
「バングラドか。確か冒険者ギルドがはばをきかせている街だったか」
「行ったことあるんですか?」
「いいや、話に聞いただけだ。あそこは王国とあまり仲が良くないからな。魔法師団の俺が行くと、いろいろ面倒なんだよ」

 俺は兄さんの説明に納得する。
 バングラドはSランク冒険者のガルドさんがトップをやっているギルドがまとめており、王国の庇護ひごから外れている。つまり、自分たちの力で生きていくと決めた人たちの街なのだ。
 そこに王国が介入すると、余計な混乱や反感を生む可能性がある。
 王国に属する人間は、意識的にあの街をけているのだろう。
 おそらくそれは、俺のホームがあるサラエの街にも同様のことが言える。
 サラエで過ごした三ヶ月の間に、兄さんと出会わなかったのはそういう理由だと理解する。

「バングラドへ戻って仲間と合流したら、サラエの街に行くつもりです。サラエには俺たちのホームがあるから」
「サラエも行ったことなかったな」
「あそこも冒険者の街ですからね。兄さんは王都に戻られるんですよね?」
「ああ。この件の報告もあるしな。俺一人だけしか生き残れなかったという結果は……ちと情けないが」
「兄さん……」

 もしも駆けつけるのがおくれていたら……ぞっとする。

「バングラドもサラエも、王都へ向かう道中にある街だ。邪魔じゃまじゃなければ俺も立ち寄っていいか?」
「もちろんですよ。みんなにも兄さんのことを紹介したいですから」

 俺は今、ルリアだけでなく彼女が面倒を見ていた亜人たちと屋敷で暮らしている。そのことは、兄さんには既に説明済みだ。

「ははっ、なんて紹介する?」
「自慢の兄だと」

 素直すなおにそう言うと、兄さんはずかしそうに視線をらした。

「お前からそんな風に言われるほど、いい兄貴でもなかったがな」
「そんなことないですよ。本心です」

 まだマスタローグ家の屋敷にいた頃、俺は感情がなかったことで気味悪がられ、周囲から距離を置かれていた。
 そんな中、兄さんだけはまっすぐに接してくれた。
 よくひどいことも言われたけど、周囲の環境かんきょうがそう言わせていた部分が多分にあると、今の俺はわかっている。
 兄さんは小さい頃から自信家で、裏表のない性格だった。そのため、思ったことはそのまま口にする。よくも悪くも素直で、だからこそ俺に対して本当に自然体で接していただけなのだろう。
 そして俺は、そんな兄さんに救われていた。
 今でもはっきり覚えている。俺のことを、『ちゃんと人間だ』と言ってくれたことを。

「お互い、少しは大人おとなになれたでしょうか」
「どうだかな。それを判断するのは俺たちじゃなくて周りだ」
「ですね」

 少なくとも自分では、あの頃より大人になったと思っている。
 俺たちは笑い合った。


 片付けが済んだ。

「おーい、こっちの片付けは終わったぜ!」

 ちょうどよいタイミングで、バーチェが手を振って教えてくれた。
 俺はみんなに向けて言う。

「よし。じゃあ出発しよう」
「そうね」
「できれば今日中には暗黒大陸を抜けたいよねー」
「戦闘をなるべく避けて進めば、ギリギリ日が落ちる前には出られるはずだ」
「はぁ……やっとこの気持ち悪いのから解放される」

 バーチェはつかれたようにため息を溢した。
 暗黒大陸は闇の精霊と関わりが深く、そのため闇の魔力の濃度のうどが高い。
 悪魔であるバーチェは、その影響えいきょうをより強く受けてしまう。暗黒大陸に入った当初はむしろ絶好調だったわけだが、魔王に近付くにつれ、気分が悪くなっていっていた。
 魔王と戦う時には多少慣れて元気になっていたが、戦いを経てからまた体調をくずしていたんだよな。

「もう少しの辛抱しんぼうだ」
「うん。って! 頭わしゃってするなよ! 子供じゃないんだぞ!」
「そうか? だったらもう俺の毛布に潜り込んでくるなよ」
「うぅ……」

 この生意気な態度も、今では心地よく感じてしまう。ルリアやアリアに向ける感情とは違うけど、俺はバーチェのことも大好きになっていた。
 そんなこと、本人には決して言えない。
 言えば確実に調子に乗るから。


 それから俺たちは、暗黒大陸を抜けるために移動を開始した。
 短い期間とはいえ、この地で過ごしたからだろうか、不思議なことに、ここへ来たばかりの頃に比べて、ここが危険だという意識はうすれたように思える。
 強力な魔物が多くいるはずだが、今のところ襲ってこないしな。
 俺は大気と大地を介して、周囲の状況を把握はあくできる。
 前者に関しては、風の精霊と契約しているルリアも同じだ。

「魔物はいるのに、襲ってはこないのね」
「ああ。一定の距離を保って、こちらを観察しているだけって感じだ」

 魔物たちは俺たちのことを、こちら以上に警戒しているらしい。
 ただしげる気配はなく、距離を保ったままじっとこちらを見張っている。
 ……少々不気味だ。

「理解しているのだ。戦いを挑めば敗北はいぼくすることを」

 唐突とうとつに、サラマンダー先生が口を開いた。
 続けて、補足するようにノーム爺が言う。

「あの戦いを、彼らも見ていたのじゃろうな」
「あの戦い? 俺たちと魔王の戦いをですか?」
「そうじゃ。あれだけ激しい戦いじゃったからのう。アスク坊は今や、この大陸でもっとも警戒すべき存在となったわけじゃ」

 ノーム爺の説明で、俺も理解する。
 動物や魔物は、本能的に相手との実力差を理解し、勝てない戦いには挑まない。
 彼らはあの戦いを目撃、あるいは感じ取ったことで、俺たちには戦いを挑んでも勝てないとさとったのだろう。
 俺が来るまで、この大陸の頂点には魔王がいた。その魔王と激闘をり広げ、完全な勝利とはいかなかったが退しりぞけた。そして、あの戦いのあと、魔王は姿を消している。
 彼らからすれば、暗黒大陸を俺が乗っ取ったように見えるのだろうか。

「なら、やっぱり早く出たほうがいいですね」
「そうじゃのう」

 彼らにとって、俺たちは邪魔者だ。
 魔物には魔物の生活があり、彼らも生きるために必死で足掻あがいている。
 それ故俺たちには、すぐにでも大陸から出て行ってもらい、安息を取り戻したいと思っているに違いない。
 俺だって、無駄むだな争いはしたくないからな。

「バーチェ、クゥを出してくれ」
「え? なんで急に?」
「クゥに乗って一気に大陸を出るんだよ」
「いいのかよ。目立つと襲われるって言ってたじゃんか」
「どうやらその心配はないらしいからな」

 バーチェは首をかしげる。
 彼女はたぶん、魔物が俺たちのことを監視していることにすら気付いていないだろう。
 これでも俺らと出会うまでは魔王を名乗っていたのだから、驚きだ。
 よく俺たちより先に、他の誰かに退治たいじされなかったな。

「はぁ……俺たちが相手でよかったな」
「な、なんだよ? だから頭撫でるなって! ……で、本当にクゥを召喚しょうかんしていいんだな?」
「とにかく大丈夫だ」
「まぁ、アスクが言うなら別にいいけどさ」

 そう言うや否や、バーチェは自らの権能を発動させる。
 バーチェの権能は炎をまとったおおかみのようななりをした召喚獣を呼び出せる、というものだ。名前はクゥという。
 クゥは俺たちを乗せて暗黒大陸の手前まではこんでくれたのだが、足を踏み入れてからは狙われやすくなるだろうという理由で権能を解除してもらっていたんだよな。

んだぜ」
「ありがとう。みんな、クゥに乗って一気に大陸を出よう」

 俺がそうみんなに呼びかけると、ルリアは頷き、アリアは右手を挙げる。

「わかったわ」
「はーい」
「一応周囲は警戒しておけよ。万が一、空中で襲われたら厄介やっかいだ」
「はい」

 兄さんの助言も聞いた上で、俺たちはクゥの背中にまたがった。
 俺はクゥの背中を優しく叩いて言う。

「またよろしく頼む」
「よっしゃ! 行くぞクゥ!」

 バーチェの合図に従って、クゥが地面を大きくって大きな木々を抜けて空へと向かう。
 当然、魔物たちはびっくりして警戒を強めるが、予想通り襲ってくることはなかった。
 むしろ、いなくなってくれてホッとしているかもしれない。
 そのままクゥは、大空を飛翔ひしょうする。
 あとはまっすぐ、大陸の外を目指して飛んでいくだけだ。
 行きは休む間もなく魔物たちの襲撃を受けたのだが、帰りは一切攻撃を受けなかった。

「ホ、ホントに襲ってこねーんだな」

 バーチェは周囲を警戒しながらぼそりと呟いた。
 空中はさえぎるものがないから、ワイバーンの群れが周囲を囲むように飛んでいるのがわかる。
 ここへ辿たどり着いた直後にやつらに襲われた記憶きおくが脳裏によみがえった。
 俺たちは警戒するが、ワイバーンの群れは距離を保って飛び続けており、近付いてこない。
 どうやら、通してくれるらしい。

「彼らの気が変わらないうちに抜けよう。バーチェ」
「わ、わかってるって! 急げ、クゥ!」

 バーチェは怖いようで、いち早く大陸を抜けてくれとばかりにクゥの背中をパンパンと叩いた。
 クゥが空を駆け、空気を切る。
 俺は遠のいていく暗黒大陸の景色けしきを見つめながら思う。
 魔王はどこへ消えたのだろうか。
 俺たちがいなくなれば、再びこの地へと戻ってくるのだろうか?
 だとすれば、時間を置いてもう一度、この地へおもむく必要がある。
 俺は自分がなくしてしまった感情を受け入れると決意した。だからもう一度、魔王と対面しなくてはならない。
 それは果たして、いつになるだろうか。
 その時はまた、戦いになるかもしれない。
 話し合って解決するなら、それでもいいと思っているが……きっとそうはならないのではないかと直感的に思う。
 運命であり、宿命であり、互いが望む邂逅かいこう――
 いいや、今考えるべきはそれではないな。
 とにかく今は、無事に帰路へつけた喜びと安堵あんどを噛みしめよう。


 こうして俺たちは、暗黒大陸を脱出した。


  ◇◇◇


「もう限界……そろそろ降りていい?」

 クゥに乗って暗黒大陸を出て数時間が経過した頃だった。バーチェがグデーとした表情でうったえかけてくる。

「まだ二時間くらいだぞ? もう限界なのか?」
「なんか暗黒大陸から出たってのに、身体がだるいんだよ。魔力の消費もなぜかいつもよりめちゃめちゃ多くなっちまうし……」
「むしろ、暗黒大陸を出た影響じゃないかしら」

 ルリアは人差し指を立ててそう言うと、続ける。

「暗黒大陸は闇の精霊が多かったんでしょう? それから普通の環境に戻ってきたばかりだから、上手く魔力を扱えなくなっているんじゃないかしら?」
「確かに。それはあり得そうだ」

 だとすれば、あまりバーチェを責められないな。
 無理に頑張って空中でクゥが消えてしまっても、大惨事だいさんじになるだろう。
 俺たちは地上を見下ろし、降りられそうな場所を探す。
 少しして、兄さんが言う。

「アスク、あそこに小さいが村があるぞ」
「本当だ。バーチェ、あそこに降りよう」
「わかった」

 クゥがゆっくりと下降する。
 兄さんが見つけたのは、海辺うみべにある小さな村だった。
 いきなり村にクゥが降りたら驚かせてしまうので、少し離れたところにある海岸に降りることにした。
 全員が降りたところで、クゥが消滅しょうめつする。

「うぅ……怠い」
「お疲れ様。もうすぐ夕方だし、今日は近くの村で休ませてもらおう。歩けるか?」
「無理かも……」
「ったく、仕方がないな」

 俺はフラフラのバーチェを、おぶってやる。

「うおっ! なんだよ。おぶってくれるのか?」
「歩けないんだろ?」
「優しいじゃんか! いっつもそうだったらいいのに」
「命令して無理やり歩かせてもいいんだぞ?」
「アスクはいつも優しいなぁ!」

 誤魔化すようにバーチェは大声でそんなことを言う。
 バーチェの首には奴隷どれい首輪くびわまっている。それ故『命令』すれば、バーチェは絶対的に俺に従わされることになる。
 もっともこれは仲間にした際に『反抗されたら仲間に危害が及ぶな』と思って付けたもので、今や命令するのは『お手』や『お座り』をさせるなど、おふざけ目的の時しかないわけだが。
 元気そうでほっとする。魔力が枯渇こかつしただけで、どこか身体が悪いというわけではなさそうだ。
 それにしても……。

「軽いな」

 こうしておんぶすると、彼女がまだ子供であることを再認識させられる。
 子供には過酷かこくな旅だっただろう。
 移動面以外にも、彼女には助けられてきた。
 心臓を失ったアリアが活動できていたのは、失った心臓をバーチェが作った魔導具でおぎなっていたからだ。その管理かんりも、彼女がやってくれていた。
 彼女がアリアの命をつなぎとめていたと言っても過言じゃない。
 俺は背中にいるバーチェに対して、携帯食けいたいしょくを差し出す。

「村につくまではこれで……バーチェ?」
「寝ちゃったよ」

 アリアが背中のバーチェをのぞき込みながら、そう口にする。
 耳をませると、かすかに寝息が聞こえた。

「さっきまで話していたのに」

 俺の言葉に、兄さんが肩をすくめる。

「それだけ消耗しょうもうしてたってことだろ。俺たちにはわからない不快感にずっと耐えていたみたいだからな。文句も言わずによ」
「そうですね」

 そう考えると、バーチェの要望に応えて、もう少し優しくしてあげなきゃいけないかもしれないな。

「アスク……汗臭あせくさい」
「……こいつ」

 寝言でそんなことを言わなければ……なんて思いつつも放っておけない妹みたいで可愛いと感じてしまっている時点で、もうとっくにほだされてしまっているんだよな。


 バーチェを背負って、近くの村へと移動する。
 そして、村長さんの元を訪ねた。
 村長さんいわく、ここは人口二百人ちょっとの小さな村で、海に面しているため、漁業ぎょぎょうさかんであるらしい。
 村には何せきも船があり、人口に比してさかえて見える。
 残念ながら宿屋はなかったが、ちょうどいいが何けんもあり、自由に使っていいとのこと。

「いいんですか? 勝手に使っちゃって」
「構わんよ。どうせ長く使っとらんしな。こんな村に客人が来るなんて初めてのことだから、大した歓迎かんげいもできんが」
「いえ、宿をしてもらえるだけで十分です。ありがとうございます」

 ずいぶんと気前のいい村長さんである。
 俺たちは村長さんに空き家へ案内してもらい、二階建ての一軒家を貸してもらえることになった。
 使っていないと言いつつ、中は掃除そうじされている。
 家具などもそのままで、一晩ひとばん明かすには十分すぎるほどの好環境こうかんきょうだった。

「運がよかったな」
「そうですね」

 家の中をぐるっと確認して、バーチェをベッドに寝かせてから俺と兄さんはそう言って笑った。
 いでルリアとアリアもまじえて、このあとのことを相談する。

「今夜はここに泊まるとして、明日からどうするの? クゥでバングラドまで行くなら、行きと同じで三日くらいかかるわね」
「歩いたり馬車に乗ったりしたら、その何倍もかかるよね」

 アリアの言葉に、兄さんは目を見開く。

「三日はすごいな。俺たちは馬で来たし、王都からだったから一ヶ月以上かかったぞ」
「バーチェがいつ回復するか、それ次第ですね」

 暗黒大陸を抜けた影響がどの程度続くのかわからない。魔力が回復しても、コントロールが乱れたままじゃ長時間クゥを出せないだろう。

「まぁ急ぐ必要はねーんじゃねーか? 魔王は取り逃がしたが、あれだけ消耗させた上にあいつが持っている心臓も幾つかつぶしたんだ。すぐにどうこうはできねーだろうしな」
「それもそうですね」
「元々長い任務になる予定だったし、なんなら移動時間も短縮できるとなれば、俺に急いで帰る理由はない。そうだな……お前らさえよければ、ちょっと息抜きでもしていくか?」
「息抜きって?」

 兄さんは親指を立てて、後ろにあるまどの外を指した。

「向こうに海がある。暗黒大陸じゃずっと気を張っていたし、疲れているのはバーチェだけじゃねーだろ」

 兄さんの言う通りではあった。
 肉体的な疲労だけじゃない。俺たちは暗黒大陸に入ってから魔王と出会うまでも、毎日戦い続けていた。
 その間も心労は蓄積ちくせきされていたし、今だって完全に不安がなくなったわけじゃない。
 心臓は戻ってきたけれど、魔王との問題は解決していないのだから。
 ふと、トントントンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
 俺は振り返る。

「誰だ?」
「私だよ」
「その声は……村長さん?」
「はい。入らせてもらうよ」

 そう言って村長さんは部屋の扉を開けた。
 空き家にはかぎのついていない門がある。建てつけが悪かったから開けるたびに音がするわけだが……誰も気付けなかった。
 やはり、俺らは疲れているみたいだな。

「すまんね。勝手に入ってしまって。取り込み中だったかい?」
「いえ、お構いなく。なんならご厚意こういで貸していただいた、この村の部屋なわけですし。それで、何かご用でしょうか?」
「あんたら、めしはまだだろ? よかったらどうだい? 新鮮しんせんな海のさちそろってるんだ」
「いいんですか?」
「せっかくの客だ。振る舞わせてくれ」

 本当に気前のいい村長さんだ。

「ではお言葉に――」

 返事をしようとしたら、ベッドのほうからぐぅーとお腹が鳴る音が聞こえてきた。
 全員の視線が、音のしたほう――バーチェに向く。
 どうやら目を覚ましていたらしい。

「は、腹減った……」

 俺たちは顔を見合わせて笑い、改めて村長さんにお願いする。

「よろしくお願いします」
「よし来た。今夜は宴会えんかいだ!」


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