天を仰げば青い空

朝比奈明日未

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本編

1−21

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 所を変えてこちら、凪の会社での同日朝。いつもの早朝出勤をしていつものように仕事を片付け、あとは三十一日までにこれを終わらせれば、なんて鼻歌混じりに言った直後のこと。
「はぁ!?今なんて言いました!?」
「だから、今年の業務は二十九日まで。その後は三日まで休み、だわねぇ」
「嘘だろ嘘だろ嘘だろ後二日しかないじゃないですか!実質今日が無いなら残り一日!」
「あらあら、元々書いてあったわよ?ホワイトボードに」
「どうせいっつも俺のこと書いてないから見ないの知ってますよね!?」
「うふふ、知ってる」
「あぁぁぁ、絶対楽しんでる、ゼーったい楽しんでる!」
「楽しいわぁ。でも、終わらせないと行けない仕事は終わってるって言ってなかった?小日向くん」
「言いましたけど!言いましたけど!!」
 そりゃあ終わっている。だって毎年ここで終わらせておかないと来年頭の仕事が大変だ。別に積もる仕事があるわけではない。精々年賀状の確認だのなんだの程度だ。だが、午後になった辺りから不穏な雰囲気になってくる。わかっている。役に立たないボンクラ共が自分を頼りにくるのだ。
 凪は決して仕事が早いわけではない。前々から準備をして、いざという時に動けるようにしてあるのだ。だから手早く動けるだけ。中華料理のようなものなのだ。最初からパパッとできるほどのハイスペックならこんな会社にいないって、と思うくらいには現実主義の努力型なのである。
 と言ってもだ。それでもこの程度の会社にしか入れなかったのだが。
 話を戻そう。
 ここで準備を怠ると、来年始まって早々凪はまた地獄の仕事量になってしまうことを恐れているのだ。
 毎年大晦日まで仕事をして四日から仕事という謎のブラックを発揮しているこの会社。休みたい人は勝手に有給取ったりするのだが、凪はそう言うことをしない。
 何でかと言われれば、する理由も余裕も無いからだ。
 なんとか年明け出勤後の数日だけでも余力がある状態で仕事をしたいという気持ちからなのだが、今年はどうやら急遽二日減ったようだった。休みが増えているから良いことでしか無いはずなのに、凪にとってはこのタイミングで知ったせいで嬉しくない悪いことと化した。大体、総務にいるのに気付かない。そう、これが小さい会社というものなんだよ、いやそれでもそこそこのはずなんだけど。
「小日向さん、仕事し過ぎなんですよ。倒れないでくださいね、本当に」
「それは大丈夫だよ、ありがとうな。営業どもが大人しくしてくれたらこんなにイライラしなくていいし、俺の謎の業務量も少しはマシになるのになぁ」
 残った女性社員二人は心の中で、少しマシと言うよりはほぼ仕事が無くなる可能性すらあるのでは?と思ったが、可哀想で言えなかった。
 何せ、ここの営業は腐っている、と言うのが事務方の総意でまともな奴は辞めてしまうし、能無しはそのまま残ってしまう。まさに蠱毒である。強いやつより頭の弱いやつが生き残ってしまう蠱毒だが。
「年明けすぐに案件なんてないんだから、少し休んだらいいのよ。何より、営業の人たちは小日向くんに頼りすぎだと思うんだけど」
「間違いないですよ!頼りすぎです!それだけじゃなくて、企画の部署だってたまに資料探しさせてますし!社内で一番忙しいじゃないですか!」
「いや流石にそれは言い過「言い過ぎじゃないです!」
「あ、はい」
 事実、これは憶測になるが営業の人間が事の発端であると見ている。営業が凪に頼り、こいつ使えるんだよと他部署に言う、他部署の人間が試しに頼んでみる、やはり成果を出してくる、となると都合よく使ってしまうのだろう。
 他部署の人間は相当きつい時にしか言っては来ないが、年末の入るこの時期はしこたま助けてくれと言われたのだ。そのせいで仕事が思うように行かず、最終的に和田と吉田の二人が今は仕事を引き受けられません!とブチギレまくって阻止したくらいには。
 凪とてできないことや時間的に無理なことは拒否をしている。しているのに置いていく上にできないと怒るのだからタチが悪い。そんなわけで情けない話だが、女性二人がブチギレる以外止める手段が無かったのだ。
 そんな恒例の年の瀬を迎え、今年は一目惚れの相手である陽にお近づきもできたし、なんだったら食事に行ける仲にもなった。あの謎の袋が気になったまま年末を迎えるくらい全然許容できるくらいには良い年だったと思っている。
 ただ、年明け早々あれこれ探しておいてくれとこれまた腐っている企画の人間から言われているのが納得いかない。なんで俺。
 どの世界にも腐った野郎はいるもんだ、と思いながら作業を熟すしかない。最近、本当に他を探すかと迷っているくらいには疲弊していた。それでも今のご時世、正社員でいられるのがどれだけ有難いことなのか、と言うことも理解している身としては、できればもう少し頑張りたい気もする。
 親から今年は帰ってきなさいよ!とお達しもあったし、大人しく帰ろうとは思うが、あの空間は暖かいが自分の心にはこの時期のような空っ風が吹いてくる独特の寒さもあって、覚悟を決めて帰らなければならないと思うと、凪からすれば年末年始なんぞいっそ来なくていいと思える代物だった。

 どうにもいけない。この季節はあまりにも寂しいが過ぎる。
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