呪われた王子さまにおそわれて

茜菫

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「えっと、あの……フェルディナンドさま」

「うん?」

 フィオリーナがちらりと目を向けると、笑顔のフェルディナンドとばっちり目が合う。すぐに視線を戻し、身を縮こませた。

「……っ、いえ。なんでもない、です!」

「そうかい?」

 隣からくすくすと笑うフェルディナンドの声が聞こえ、フィオリーナは唇をとがらせる。

「笑わないでください……」

「ふふ、すまない。今日はなかなか、目を合わせてくれないから」

「あっ、申し訳ありません! その、けっしてフェルディナンドさまのことが嫌なわけではなくっ」

「……では、どうして?」

「あ、う、……その」

 フィオリーナはしどろもどろになり、言葉を濁す。しかしフェルディナンドはごまかしを許さず、笑顔のままフィオリーナの言葉を待っていた。

「ですから、その」

「うん」

 笑顔でありながらも、けっして逃がさない、というような圧がある。それを感じとり、フィオリーナは根負けした目を伏せ、恥ずかしそうに答えた。

「……フェルディナンドさまを見ていると、胸がどきどきしてしまって……私、恥ずかしくなってしまい……っ」

「ふふ、そうか」

 尻すぼみになっていく言葉であったが、フェルディナンドはしっかりと聞き取ったようだ。うれしそうに笑いながら、フィオリーナの耳元に顔を寄せる。

「そのように言われると、期待してしまいそうだな」

「えっ、……なにを、でしょうか……?」

「きみが、私を好きになってくれたのではないかと」

 フィオリーナはびくりと肩を震わせ、湯気が出るのではないかというほど顔を赤くした。フェルディナンドは目を細め、真っ赤な顔でうろたえるフィオリーナを眺めている。

「……なんてね」

 フェルディナンドは冗談めかしたが、耳元で聞こえた声は甘く、けれどもどこか切なげだった。その声が耳から離れず、フィオリーナは自分の胸を押さえながら小さな声で応える。

「そう、なのかも……しれません……」

 勇気を振り絞ったフィオリーナだが、それ以上は恥ずかしさに耐えきれず、両手で顔を覆ってうつむく。

(言っちゃった……!)

 フィオリーナは頭の中は恥ずかしさでいっぱいだ。そのまましばらく動けずにいたが、フェルディナンドもまったく動いていないことに気づいて、頭が動き出す。

「あの……フェルディナンドさま?」

 なんの反応も返さないフェルディナンドを不思議に思い、フィオリーナは恐る恐る両手を離し、彼の様子をうかがった。フェルディナンドは口元を片手で覆い、顔を真っ赤にしている。

「……、そうか」

 思っても見なかったフェルディナンドの反応にフィオリーナは固まる。フェルディナンドは視線に気づいたのか、さっと顔をそらした。

(あっ、耳が……)

 フェルディナンドの耳が真っ赤に染まっていることに気づき、フィオリーナの胸がときめく。フィオリーナにはいつでも、フェルディナンドには余裕があるように見えていたが、こんな反応もするのかと新しい発見をした気分だ。

「その……ひゃっ」

 フィオリーナがなにかを言おうとしたところで、フェルディナンドは彼女を抱き上げてベッドに下ろす。ベッドの上に座り込んだフィオリーナは乗り上げてきたフェルディナンドと目が合い、恥ずかしさのあまり背を向けてしまった。

「うぅ……っ」

「フィオリーナ……」

「も、も、も、申し訳ありませんっ! でも、どうしても恥ずかしくて……」

「そうか。なら」

 フェルディナンドは後ろに座り込み、腕を回してフィオリーナを抱きしめる。大きな腕と胸に包まれ、フィオリーナは身を固くした。

「これなら、顔が見えないだろう?」

「そう、です、けど……」

 顔は見えないが、背に感じるぬくもりがフィオリーナの胸を高鳴らせる。後ろから回された腕は、まるで逃がさないというようにしっかりとフィオリーナを抱き留めていた。

「……好きだ、フィオ」

 フェルディナンドが耳元でささやく。フィオリーナは体を震わせ、小さな声で問いかけた。

「あの……フェルディナンドさまは、いつから私のことを好いてくださっていたのですか?」

 その問いに動揺したように、フェルディナンドの腕にわずかに力が入る。フィオリーナは不思議に思ったが、後ろから抱き抱えられた状態ではフェルディナンドの様子はわからなかった。

「……もう十年以上も前のことだ。幼いころに、私たちは会ったことがあるんだ」

「え?」

「覚えていないことはわかっているよ。きみの事情は……知っているからね」

 フィオリーナは十六歳で伯爵家に引き取られたが、それ以前の記憶がない。医者によれば、大きな衝撃を受けて記憶を失ってしまったのではないか、とのことだった。

 大きな衝撃については、なにか知っていそうな伯爵や兄らは一様に口を閉ざしたため、フィオリーナは記憶喪失の原因がわからなかった。しかし自分にとって大切な、大好きな魔法の知識だけは消えずに残っていたため、記憶の喪失など重要に思っていなかった。

「迷子になった私と兄さんを、きみが助けてくれたことがあったんだよ」

「ええっ!? 私が、フェルディナンドさまと……おっ、王太子殿下を!?」

「そう。きみの言葉は忘れていないよ。私がいれば大丈夫! ……ってね」

「うぅ……そんな恐れ多いことを……」

 フィオリーナは幼いころの記憶がないのだから、もちろん、まったく身に覚えがなかった。よくも王子さま相手にそんなことが言えたものだと、幼い自分に慄く。

「あの、本当に私が……?」

「ちゃんと裏は取れている。それに私は、ひと目見てすぐに気づいたよ。……フィオ」

 フェルディナンドの唇がうなじに触れる。フィオリーナはびくりと体を震わせたが、それに逆らうことはなかった。

「きみは、私の初恋なんだ。昔も、いまも、きみが……好きだ」

「……フェルディナンドさま」

 十年以上もの間、想われ続けていた。それを知ったフィオリーナはうれしいような、気恥ずかしいような、そんな気持ちで胸がいっぱいになる。

「大きくなったら迎えにくるから、結婚してほしい……なんて、告白もしたのだけれどね」

「うぅ、まったく覚えていないです……本当に、申し訳ないです……」

「はは、いいんだよ。けれど、私の気持ちは変わっていない」

 フェルディナンドはフィオリーナを後ろからしっかりと抱きしめ、彼女の耳元に顔を寄せた。

「結婚してほしい」

『――結婚してほしい!』

 フィオリーナの頭の中で、少年の声と、フェルディナンドの声が重なって聞こえた気がした。記憶をたどっても思い出せない、けれども聞いたことがあるような声だ。

「っ、考えておきます……!」

 フィオリーナはそう答えるのでいっぱいだった。しかしフェルディナンドはその答えでも満足したのか、小さく笑う。
 
「あのっ、えっと……フェルディナンドさま! 時間がなくなってしまいます!」

「ああ、そうだね。きみを愛する時間がなくなってしまう」

「うぅ、そういう意味では……ない、こともない、ような」

「それは、どちらかな」

「……それは」

 こうして話している間にも時間は過ぎている。呪いが発動してしまえば、おたがいなにも考えられずに貪りあうだけになってしまう。

 ただ呪いを解くだけなら、それでも構わない。しかしそうなると、フェルディナンドの言う愛すことはできなくなってしまうだろう。

(私……)

 それはフィオリーナも、どこかで望んでいないからこそ、さきほど言葉が出てきたのだろう。

「フィオ……いいか?」

「……はい」

 耳元でささやかれ、フィオリーナはうなずく。後ろから回されたフェルディナンドの手が紐を緩め、フィオリーナのガウンが肩からずれ落ちた。
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