殿下、本日のご命令は?~意地悪攻め王子と生真面目受け執事が織りなす倒錯的日常~

遠野エン

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桜の下の告白

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「なあローラン、ちょっとしたゲームをしないか?」

春爛漫という陳腐な言葉がこれほど似合う日も珍しい。遠くの異国から寄贈された庭園の桜は見事に満開で、風が吹くたびに薄紅色の花びらが出来すぎた舞台効果みたいに舞い散っている。そんな絵に描いたような風景の中で、ウルドはベンチに腰掛け、隣に立つ執事にいつもの思いつきを軽い調子で告げた。

「ゲームでございますか?また、ポーカーか何かで私を打ち負かしてご満悦なさりたいとか?」

ローランはわずかに眉をひそめながらも平静を装って答える。その声はどんな時でも一定のトーンだ。ウルドの気まぐれには慣れっこというわけだ。…が今日のゲームはちょっと毛色が違う。

「ポーカーなんてそんな分かりやすいものは飽きた。もっとこう、心を揺さぶるやつだ。題して『俺を満足させる告白をしろゲーム』」

「……はい?」

ローランのポーカーフェイスに明確な亀裂が入った。鳩が豆鉄砲を食らったなんて古風な比喩がしっくりくる顔をしている。

「ルールは簡単だ。この桜の木の下でお前が俺に告白する。で、俺が『満足した』と判断したらお前の勝ち。どうだ?簡単だろ?」

ウルドは楽しそうに目を細める。春の日差しが彼の整った顔立ちを柔らかく照らしていたが、言っている内容はなかなかに悪魔的だ。

「な…っ、何を仰いますか、殿下!そのような…!ふざけてはいけません!」

「ふざけてないさ。大真面目だ。ほら、早く始めろよ。桜が散っちまうだろ?季節ものは旬を逃すと価値が下がるんだぜ、告白と一緒でな」

「告白と季節ものを一緒にしないでください!」

ローランの白い頬が桜の色に負けないくらい赤く染まっている。ウルドはこの反応が見たくて、つい意地悪なゲームを仕掛けてしまうのだ。ブリキ玩具のネジを一本だけ緩めて、どんな音を立てるか試す子供みたいに。

「いいから、やれ。執事たるもの、主人の命令には『御意』だろ?」

「……御意」

ローランは観念したように深く息を吸い込むと、居住まいを正しウルドに向き直った。その姿はこれから死刑宣告でも受ける罪人のようだ。まあ、ある意味それに近いのかもしれないが。

「…えー…殿下。日頃より、その…ご聡明さとカリスマ性に深く感銘を受けております。貴方様にお仕えできることは、私にとってこの上ない喜びであり…ええと…」

「はい、そこまでー」

ウルドはオーディションの審査員みたいに、ぱんと手を叩いた。

「ダメだ、ローラン。全然ダメ。まるで定型文の挨拶状。そんなんで俺の心が動くとでも?マイナス100点」

「む…!しかし何を申し上げれば…」

「だーかーらー、告白だって言ってるだろ。愛の告白だよ、ラブの。もっとこう情熱的に、あるいはお前らしく不器用にでもいいから、心のこもったやつを言えってことだ」

ウルドはベンチから立ち上がり、ローランの目の前に立つ。至近距離で見つめられると、ローランは居心地悪そうに視線を彷徨わせた。

「心のこもった…」

「そう。お前のその石みたいに硬い仮面の下にある、素直な感情ってやつをちょっとは見せてみろよ」

ウルドはローランの顎にそっと指を添える。びくりとローランの体が震えた。

「さあ、もう一度だ。今度はちゃんと『俺を』満足させてみろよ」

春風がふわりと吹き抜け、桜の花びらが二人の間を舞い踊る。ローランはしばらくの間、何かを決意するように唇を引き結んでいたが、やがてウルドの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。その瞳には先ほどまでの困惑とは違う、真摯な色が宿っている。

「…殿下」

今度の声は少し掠れていた。

「貴方が時折見せる子供のような笑顔や、世を拗ねたような態度の中に隠された優しさ…そういう、アンバランスなところに私は…どうしようもなく、惹かれています」

「……」

「貴方のそばにいられるだけで満たされる。貴方が笑ってくれればそれだけで世界が輝いて見える。…身の丈に合っていない発言なのは重々承知です。ですが、これが…今の私の偽らざる気持ちです」

そこまで一気に言うと、ローランはふっと息を吐き、判決を待つようにウルドを見つめた。その表情は覚悟を決めた兵士のようでもあり、迷子の子供のようでもあった。

ウルドは何も言わずにローランを見つめ返す。予想外のストレートな言葉に一瞬、反応が遅れた。いつものように茶化す言葉がすぐに出てこない。
風がまた吹き、桜吹雪が視界を白く染める。まるで時間が止まったみたいだ。

「…ふん」

ややあって、ウルドはわざとらしく鼻を鳴らした。

「まあ、さっきのよりはマシだな。及第点ってとこか」

「では…ゲームは…?」

「ああ、お前の勝ちだ。ローラン」

ウルドはそう言うと、ローランの顎から手を離し、代わりにその頬にそっと触れた。ローランの体がまた小さく震える。

「で、勝者への褒美だが…」

ウルドは少し意地悪く笑うと、ローランの額に唇をつけた。桜の花びらが触れるような一瞬のキス。

「っ…!」

「今日のところはこんなもんで勘弁してやる」

ウルドはすぐに体を離すと再びベンチに腰掛け、ローランに隣を促した。

「ほら、座れよ、勝者。せっかくだからもう少しこの『出来すぎた舞台効果』でも眺めていこうぜ」

ローランはまだ少し呆然とした表情で、言われた通りにウルドの隣に腰を下ろした。二人の間には言葉にならない空気が流れている。

「…なあ、ローラン」

「はい」

「さっきの告白、メモしとけばよかったな。落ち込んだ時に見ると、ちょっと元気が出るかもしれん」

「! からかわないでください!」

いつもの調子を取り戻したように抗議するローランの声はそれでもまだ微かに震えていた。ウルドはその横顔を盗み見て、内心で小さく笑う。春の柔らかな光の中で、桜はひらひらと舞い続けている。
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