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1食目 プロローグ
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乗換駅のホームのベンチに、吾妻梨花はひとり座っていた。
次の列車が来るまで三十分。冷え切ったホームにほとんど人影はない。
正午に近づき、日差しはいくらか暖かくなったが、じっと座っていると足元が震えてくる。もう二月も終わろうとしているのに、春はまだまだ遠く感じた。
梨花は両手に白い息を吐きかけて、今朝コンビニで買ったペットボトルのお茶を袋から出す。キャップを開け、生ぬるい液体を口に含みながら、おにぎりも買ったことを思い出した。
レジ袋に手を入れる。カサカサと音を立て、鮭のおにぎりを取り出す。
朝からなにも食べていなかったが、お腹はすいていなかった。けれどまだ先は長い。このあたりでなにか口にしておいたほうがいいかもしれない。
包装のフィルムをはずすと、海苔で巻いた三角形のおにぎりができあがる。
『おにぎりの具で一番好きなのはなに?』
『俺はやっぱ鮭かなぁ』
『私も鮭、好き!』
なにげない会話が頭に浮かび、それを振り払うように口を開ける。
パリッとした海苔の食感。冷たいごはん。何回か噛んだあと、お茶と一緒に無理やり胃の中に流し込む。
ひと口食べたおにぎりは、なんの味もしなかった。
もうずっと、なにを食べても味がしないのだ。
食欲もなかったが、『痩せたね』と会社の同僚から心配されるのが嫌で、こうやって無理やり口にしていたのだけれど……。
「ああ、そうか。もういいんだ……」
仕事は辞めたのだから。
会社の人たちはみんないい人だった。だからこそ、いつまでも立ち直れない自分が申し訳なくて、これ以上あそこにはいられず逃げ出した。
ひと口食べただけのおにぎりを、梨花は袋に戻す。
大好きなおにぎりの具までは、たどり着くことができなかった。
次の列車が来るまで三十分。冷え切ったホームにほとんど人影はない。
正午に近づき、日差しはいくらか暖かくなったが、じっと座っていると足元が震えてくる。もう二月も終わろうとしているのに、春はまだまだ遠く感じた。
梨花は両手に白い息を吐きかけて、今朝コンビニで買ったペットボトルのお茶を袋から出す。キャップを開け、生ぬるい液体を口に含みながら、おにぎりも買ったことを思い出した。
レジ袋に手を入れる。カサカサと音を立て、鮭のおにぎりを取り出す。
朝からなにも食べていなかったが、お腹はすいていなかった。けれどまだ先は長い。このあたりでなにか口にしておいたほうがいいかもしれない。
包装のフィルムをはずすと、海苔で巻いた三角形のおにぎりができあがる。
『おにぎりの具で一番好きなのはなに?』
『俺はやっぱ鮭かなぁ』
『私も鮭、好き!』
なにげない会話が頭に浮かび、それを振り払うように口を開ける。
パリッとした海苔の食感。冷たいごはん。何回か噛んだあと、お茶と一緒に無理やり胃の中に流し込む。
ひと口食べたおにぎりは、なんの味もしなかった。
もうずっと、なにを食べても味がしないのだ。
食欲もなかったが、『痩せたね』と会社の同僚から心配されるのが嫌で、こうやって無理やり口にしていたのだけれど……。
「ああ、そうか。もういいんだ……」
仕事は辞めたのだから。
会社の人たちはみんないい人だった。だからこそ、いつまでも立ち直れない自分が申し訳なくて、これ以上あそこにはいられず逃げ出した。
ひと口食べただけのおにぎりを、梨花は袋に戻す。
大好きなおにぎりの具までは、たどり着くことができなかった。
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