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10食目 ちょっぴり焦げ目のお好み焼き(2)
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ふたりで黙々とお好み焼きを食べていると、杏奈がテーブルにやってきた。
「どう? うちのお好み焼きはサイコーでしょ?」
「はい。とってもおいしいです」
満足そうに笑う杏奈に、梨花は思い切って口を開く。
「あの、私、悠真の歌う歌が好きだったんですけど……あの曲、杏奈さんが作ってたんですね」
杏奈が不思議そうに首をかしげる。
「『ムーンロード』って曲です」
「ああ! あの曲は悠真が気に入ってたからさ、あんたにあげるよって言ったんだ。あたしが歌うより、悠真が歌うほうがずっと素敵だったから。わぁ、梨花ちゃん聞いてくれたんだ。なんか嬉しい」
杏奈がちょっと照れくさそうに頭をかく。
「私、あの曲すごく好きです。自分でも歌えるくらい、歌詞も全部覚えてます」
梨花は杏奈に向かってそう言った。杏奈が満面の笑みで口を開く。
「ありがとう、梨花ちゃん」
その顔を見たら、決心がついた。
「杏奈さん。もう一度だけ、悠真の歌声聴いてみますか?」
「え?」
梨花はバッグの中からスマホを取り出した。そして思い切って電源を入れる。
この町に来てから、スマホの電源は切ったままだった。本当は解約して捨ててしまおうと思っていたのだが、どうしてもこれだけは捨てられず、持っていたのだ。
電源が入ると、梨花は震える指先で写真のアプリを開いた。何度も何度も消してしまおうと思ったのに消せなかった、画像や動画の数々。
この中には悠真との思い出があふれるほど詰まっている。開けば苦しくなるのはわかりきっていたけれど……。
梨花はある動画を見つけると、深く息を吐いてから再生した。それを杏奈と十希也に見せる。
「悠真が『ムーンロード』を歌ってくれたときの動画です」
杏奈は驚いた顔で梨花を見たあと、なにも聞かずに動画を見つめた。十希也も黙って画面を見ている。
悠真がいなくなってから、彼の動画や写真を開くことはなかった。見たら自分がどうなってしまうのかわからなくて、怖かったのだ。
だけど今日、これを杏奈と十希也に見せたいと思った。悠真の歌声を、ふたりに聴いてほしいと思った。
梨花の耳に、懐かしい歌声が流れる。彼はもういないのに、すぐそばで歌ってくれているみたいに。
そして梨花の心はなぜか、凪いだ海のように穏やかだった。
もちろん苦しくて胸が痛いけど、それ以上に優しい気持ちになれた。
そうだ。悠真の歌を聴くと、いつもこんな気持ちになれたんだ。
そのことを、梨花はやっと思い出すことができた。
悠真の歌が終わるまで、杏奈も十希也もひと言も声を発さなかった。梨花と同じように、ただ悠真の声に集中して耳を傾けていた。
「ありがとうね、梨花ちゃん」
曲が終わると、杏奈が目元を拭いながらそう言った。
「よかった。あたしの願いが叶った」
梨花もこぼれる涙を手で拭い、杏奈の前でうなずいた。
「いえ、私のほうこそ、ありがとうございました。ここに来なかったら、たぶん私は……このスマホを捨ててしまったと思います」
「えっ、そんなのだめだよぉ! これは捨てないで大事にして」
杏奈が梨花の持っているスマホを、梨花の胸に押しつける。
「きっとこれは、梨花ちゃんの生きる希望になるからさ」
「生きる希望……」
死ぬことばかり考えていた梨花の頭に、はじめて未来がうっすらと見えた。
「ごちそうさま!」
十希也がそう言って立ち上がった。
いつの間にかお好み焼きはなくなっている。
十希也は机にふたり分の代金を置くと、さっさと店を出ていってしまった。
「え、あっ、十希也さん!」
急いで追いかけようとする梨花に、杏奈がいたずらっぽい顔で言う。
「きっと恥ずかしいんだよ」
梨花が振り返って、「なにがですか?」と首をかしげる。すると杏奈がにかっと笑ってこう言った。
「梨花ちゃんに、泣き顔を見られるのが、だよ」
杏奈にお別れを告げて店を出ると、冷たい風が吹きつけた。
梨花は女将にもらった手袋をはめ、宿のほうへ向かって走る。
すると港の見える坂道の途中で、十希也がしゃがんでデュオを撫でていた。
梨花は黙ったまま、そっと近づく。
『十希也ってさ、ああ見えても意外と繊細だから。優しくしてあげてね』
別れ際に、杏奈に言われたことを思い出す。
梨花がなんと声をかけようかと迷っていたら、デュオに視線を落としたまま十希也がつぶやいた。
「あんな顔、はじめて見た」
「え?」
「悠真の顔。好きなやつの前ではあんな顔して歌うんだ」
梨花の頬が熱くなる。十希也は「はあー」っと大きなため息をついたあと、しばらく黙り込んでいたが、やがて立ち上がって梨花に言った。
「その動画。俺に送ってくれ」
「えっ……」
「俺、悠真の動画全部消しちまったから……でもやっぱりそれはないわ。忘れたら悠真がかわいそうだ」
梨花の胸にその声が沁み渡る。十希也は梨花の前にスマホを差し出す。
「連絡先、交換しよう」
梨花は静かにうなずいて、自分のスマホを取り出した。
「どう? うちのお好み焼きはサイコーでしょ?」
「はい。とってもおいしいです」
満足そうに笑う杏奈に、梨花は思い切って口を開く。
「あの、私、悠真の歌う歌が好きだったんですけど……あの曲、杏奈さんが作ってたんですね」
杏奈が不思議そうに首をかしげる。
「『ムーンロード』って曲です」
「ああ! あの曲は悠真が気に入ってたからさ、あんたにあげるよって言ったんだ。あたしが歌うより、悠真が歌うほうがずっと素敵だったから。わぁ、梨花ちゃん聞いてくれたんだ。なんか嬉しい」
杏奈がちょっと照れくさそうに頭をかく。
「私、あの曲すごく好きです。自分でも歌えるくらい、歌詞も全部覚えてます」
梨花は杏奈に向かってそう言った。杏奈が満面の笑みで口を開く。
「ありがとう、梨花ちゃん」
その顔を見たら、決心がついた。
「杏奈さん。もう一度だけ、悠真の歌声聴いてみますか?」
「え?」
梨花はバッグの中からスマホを取り出した。そして思い切って電源を入れる。
この町に来てから、スマホの電源は切ったままだった。本当は解約して捨ててしまおうと思っていたのだが、どうしてもこれだけは捨てられず、持っていたのだ。
電源が入ると、梨花は震える指先で写真のアプリを開いた。何度も何度も消してしまおうと思ったのに消せなかった、画像や動画の数々。
この中には悠真との思い出があふれるほど詰まっている。開けば苦しくなるのはわかりきっていたけれど……。
梨花はある動画を見つけると、深く息を吐いてから再生した。それを杏奈と十希也に見せる。
「悠真が『ムーンロード』を歌ってくれたときの動画です」
杏奈は驚いた顔で梨花を見たあと、なにも聞かずに動画を見つめた。十希也も黙って画面を見ている。
悠真がいなくなってから、彼の動画や写真を開くことはなかった。見たら自分がどうなってしまうのかわからなくて、怖かったのだ。
だけど今日、これを杏奈と十希也に見せたいと思った。悠真の歌声を、ふたりに聴いてほしいと思った。
梨花の耳に、懐かしい歌声が流れる。彼はもういないのに、すぐそばで歌ってくれているみたいに。
そして梨花の心はなぜか、凪いだ海のように穏やかだった。
もちろん苦しくて胸が痛いけど、それ以上に優しい気持ちになれた。
そうだ。悠真の歌を聴くと、いつもこんな気持ちになれたんだ。
そのことを、梨花はやっと思い出すことができた。
悠真の歌が終わるまで、杏奈も十希也もひと言も声を発さなかった。梨花と同じように、ただ悠真の声に集中して耳を傾けていた。
「ありがとうね、梨花ちゃん」
曲が終わると、杏奈が目元を拭いながらそう言った。
「よかった。あたしの願いが叶った」
梨花もこぼれる涙を手で拭い、杏奈の前でうなずいた。
「いえ、私のほうこそ、ありがとうございました。ここに来なかったら、たぶん私は……このスマホを捨ててしまったと思います」
「えっ、そんなのだめだよぉ! これは捨てないで大事にして」
杏奈が梨花の持っているスマホを、梨花の胸に押しつける。
「きっとこれは、梨花ちゃんの生きる希望になるからさ」
「生きる希望……」
死ぬことばかり考えていた梨花の頭に、はじめて未来がうっすらと見えた。
「ごちそうさま!」
十希也がそう言って立ち上がった。
いつの間にかお好み焼きはなくなっている。
十希也は机にふたり分の代金を置くと、さっさと店を出ていってしまった。
「え、あっ、十希也さん!」
急いで追いかけようとする梨花に、杏奈がいたずらっぽい顔で言う。
「きっと恥ずかしいんだよ」
梨花が振り返って、「なにがですか?」と首をかしげる。すると杏奈がにかっと笑ってこう言った。
「梨花ちゃんに、泣き顔を見られるのが、だよ」
杏奈にお別れを告げて店を出ると、冷たい風が吹きつけた。
梨花は女将にもらった手袋をはめ、宿のほうへ向かって走る。
すると港の見える坂道の途中で、十希也がしゃがんでデュオを撫でていた。
梨花は黙ったまま、そっと近づく。
『十希也ってさ、ああ見えても意外と繊細だから。優しくしてあげてね』
別れ際に、杏奈に言われたことを思い出す。
梨花がなんと声をかけようかと迷っていたら、デュオに視線を落としたまま十希也がつぶやいた。
「あんな顔、はじめて見た」
「え?」
「悠真の顔。好きなやつの前ではあんな顔して歌うんだ」
梨花の頬が熱くなる。十希也は「はあー」っと大きなため息をついたあと、しばらく黙り込んでいたが、やがて立ち上がって梨花に言った。
「その動画。俺に送ってくれ」
「えっ……」
「俺、悠真の動画全部消しちまったから……でもやっぱりそれはないわ。忘れたら悠真がかわいそうだ」
梨花の胸にその声が沁み渡る。十希也は梨花の前にスマホを差し出す。
「連絡先、交換しよう」
梨花は静かにうなずいて、自分のスマホを取り出した。
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