17 / 35
13食目 家族で作ったアメリカンバーガー(1)
しおりを挟む
その日、十希也が梨花を昼食に誘ったのは、踏切の近くにある小さな店だった。
海沿いの田舎町にはあまり似合わない、アメリカの国旗やハンバーガーなどのポップなイラストが壁いっぱいにペイントされている。
「カフェ……ですか?」
さっき泣いてしまった梨花は、まだほんのり赤い目でその建物を見る。
「まぁ、そんなとこ。夜は酒飲む店になるけどな」
慣れた様子で十希也がドアを開ける。内装も古き良きアメリカといった雰囲気だ。音楽も古いアメリカの曲が流れている。
すぐに「いらっしゃい!」と元気な男性店員の声が聞こえたが、十希也に気づくと途端に声が低くなる。
「ちっ、なんだ。十希也かよ」
リーゼント頭で派手なシャツを着た、体格の良い店員が愚痴る。
「なんだとはなんだ。俺は客だぞ。こいつもな」
店員が物珍しそうに梨花を見た。
「こ、こんにちは」
「あっ、いらっしゃい」
「言っとくけど彼女とかじゃないからな。うちの客で、ちょっとした知り合いだ。アメリカンバーガーとコーラ、ふたつずつで」
「ふーん。引きこもりのお前に、バーガー一緒に食ってくれる女の子なんていたんだ」
にやにやしている店員を無視して、十希也が一番奥のテーブル席に座る。梨花も向かい側の椅子に腰かけると、店員がはしゃいだ様子でそばにやってきた。
「俺、十希也の同級生の佐藤竜介っす。えっと、あなたのお名前は?」
「あ、吾妻梨花です」
「梨花ちゃんかぁ、かわいい名前だね。てか、十希也の知り合いってどういう……」
「いいから早く作れ、竜介。俺は腹が減ってんだ」
竜介が「はいはい」と言いながら、店の奥に消えていく。
十希也はため息をつき、梨花に話した。
「この町にはファミレスもファストフード店もねぇからさ。若いやつらのたまり場はこの店くらい。まぁ平日の昼間はこんな感じだけど」
店内には梨花と十希也のふたりしかいない。
「十希也さんの同級生ってことは……竜介さんも悠真のこと知ってるんですね?」
「ああ。小学生のころはよく一緒に遊んでたよ」
梨花の頭にさっき見た小学校の校庭や、昨日見た公園で遊んでいる、幼い悠真や十希也たちの姿がはっきりと浮かぶ。
やがて竜介がコーラとハンバーガーを運んできた。
「はい! お待たせしました! 当店自慢のアメリカンバーガーっす!」
竜介の店のハンバーガーは、ふっくらとしたバンズの間から肉やチーズや野菜がはみ出るほどビッグだった。
「わぁ、すごい!」
肉汁が滴り落ちそうな肉厚パティ、とろける艶のあるチーズ、色鮮やかなレタスやトマト。見ているだけで、お腹がすいてくる。
「よかったら写真撮って、SNSに上げてね、梨花ちゃん」
「え?」
梨花が首をかしげると、竜介がテーブルの上にあるQRコードを指さす。
「それから、ミンスタのフォローもお願い。拡散して、うちの店宣伝してくれると助かる!」
そう言ってから、横目で十希也をちらっと見た。
「こいつはさー、SNSやってないっていうから、役に立たなくて」
「すみません。私もです」
実はここに来る前にSNSのアカウントは全部消去してしまったのだ。
「えっ、そうなの?」
竜介は苦笑いして頭をかく。
「いやさー、この町、過疎ってるじゃん? でもうちの店をバズらせて、なんとか観光客増やせないかなーなんて考えてて……」
「そんなうまくいくはずないだろ」
横から十希也がコーラを飲みながら口を挟む。
「はぁ? わかんねぇだろ。隣町だってインフルエンサーが町の景色を投稿しただけで、観光客が激増したじゃん」
「それはたまたま、隣町がうまくいっただけだ。クソみたいなやつらばっか住んでる、こんな死んでる町に、客なんて来るわけねぇよ」
竜介は腰に手を当て、あきれたように言う。
「あいかわらずだな、十希也は。いつまでも中二病拗らせやがって」
「は? 誰が中二病だよ!」
「だってそうじゃん。たしかに俺だって昔は思ったよ。町民全員顔見知りで、ちょっと人と違ったことすると、噂されたり村八分にされたりする。悠真だって居づらかったと思うよ」
悠真という言葉に、梨花の胸がざわつく。
「親が自殺したからって、陰口叩かれてさ。悠真の親も親だよな。死ぬのは勝手だけど、残された子どものことも考えろっての。親が死んだあとも、子どもはこの町で生き続けるしかないんだから」
十希也はなにも言わなかった。竜介は一回息を吐いてから続ける。
「だけどそんなクソみたいな町でも、俺たちが変えてやればいいじゃんって思ったんだ。町中の景気も良くして、閉塞感もなくして、子どもたちが生き生きと暮らしていけるような町にさ。そう思って、俺はここでハンバーガー屋やってんだ。まぁ、ここまでたどり着くには、いろんな職を転々としたけどな」
梨花は竜介の声に耳を傾けた。
「でもお前はいつまでも変わんねぇ。こんな町こんな町って、親のすねかじってだらだらしやがって。ここに戻ってきたなら、潔く親父さんの跡継いで、自分で変えてけっての!」
「うるせぇな。俺に説教するな」
「はぁ? お前がいつまでも子どもだから、大人の俺が説教してやってるんじゃん」
「お前、俺と同い年だろが!」
「精神年齢のこと言ってんだよ!」
言い争いがはじまって、梨花は慌ててふたりに言った。
「ハ、ハンバーガーすごくおいしそうです! いただいてもいいですか?」
ふたりが同時に梨花を見た。
「ああ、どうぞどうぞ、食べて食べて!」
「俺も食うわ」
十希也が大きな口を開けてハンバーガーにかぶりつく。
「うまい」
「当たり前だ! 俺が作ったんだから」
ふたりの声を聞きながら、梨花は目の前のハンバーガーを見下ろした。そして両手で持って「いただきます」とつぶやき、大きな口を開けて食べる。
じゅわっとジューシーな肉汁が口の中に広がり、トマトの酸味と絡まり合う。濃厚なソースともよく合っていて、噛めば噛むほど旨味を感じる。
「おいひいです」
口いっぱいにバーガーを入れ梨花が言うと、竜介が「ありがとう、梨花ちゃん!」と声を上げた。
「マジで来てくれて嬉しいよ」
「連れてきたの、俺だけど?」
「お前は黙ってろ」
また言い争いがはじまって、梨花は苦笑いしながら食べる。
子どものころはこの中に悠真も混じっていたのかと思うと、心の中がじんわりと温かくなった。
海沿いの田舎町にはあまり似合わない、アメリカの国旗やハンバーガーなどのポップなイラストが壁いっぱいにペイントされている。
「カフェ……ですか?」
さっき泣いてしまった梨花は、まだほんのり赤い目でその建物を見る。
「まぁ、そんなとこ。夜は酒飲む店になるけどな」
慣れた様子で十希也がドアを開ける。内装も古き良きアメリカといった雰囲気だ。音楽も古いアメリカの曲が流れている。
すぐに「いらっしゃい!」と元気な男性店員の声が聞こえたが、十希也に気づくと途端に声が低くなる。
「ちっ、なんだ。十希也かよ」
リーゼント頭で派手なシャツを着た、体格の良い店員が愚痴る。
「なんだとはなんだ。俺は客だぞ。こいつもな」
店員が物珍しそうに梨花を見た。
「こ、こんにちは」
「あっ、いらっしゃい」
「言っとくけど彼女とかじゃないからな。うちの客で、ちょっとした知り合いだ。アメリカンバーガーとコーラ、ふたつずつで」
「ふーん。引きこもりのお前に、バーガー一緒に食ってくれる女の子なんていたんだ」
にやにやしている店員を無視して、十希也が一番奥のテーブル席に座る。梨花も向かい側の椅子に腰かけると、店員がはしゃいだ様子でそばにやってきた。
「俺、十希也の同級生の佐藤竜介っす。えっと、あなたのお名前は?」
「あ、吾妻梨花です」
「梨花ちゃんかぁ、かわいい名前だね。てか、十希也の知り合いってどういう……」
「いいから早く作れ、竜介。俺は腹が減ってんだ」
竜介が「はいはい」と言いながら、店の奥に消えていく。
十希也はため息をつき、梨花に話した。
「この町にはファミレスもファストフード店もねぇからさ。若いやつらのたまり場はこの店くらい。まぁ平日の昼間はこんな感じだけど」
店内には梨花と十希也のふたりしかいない。
「十希也さんの同級生ってことは……竜介さんも悠真のこと知ってるんですね?」
「ああ。小学生のころはよく一緒に遊んでたよ」
梨花の頭にさっき見た小学校の校庭や、昨日見た公園で遊んでいる、幼い悠真や十希也たちの姿がはっきりと浮かぶ。
やがて竜介がコーラとハンバーガーを運んできた。
「はい! お待たせしました! 当店自慢のアメリカンバーガーっす!」
竜介の店のハンバーガーは、ふっくらとしたバンズの間から肉やチーズや野菜がはみ出るほどビッグだった。
「わぁ、すごい!」
肉汁が滴り落ちそうな肉厚パティ、とろける艶のあるチーズ、色鮮やかなレタスやトマト。見ているだけで、お腹がすいてくる。
「よかったら写真撮って、SNSに上げてね、梨花ちゃん」
「え?」
梨花が首をかしげると、竜介がテーブルの上にあるQRコードを指さす。
「それから、ミンスタのフォローもお願い。拡散して、うちの店宣伝してくれると助かる!」
そう言ってから、横目で十希也をちらっと見た。
「こいつはさー、SNSやってないっていうから、役に立たなくて」
「すみません。私もです」
実はここに来る前にSNSのアカウントは全部消去してしまったのだ。
「えっ、そうなの?」
竜介は苦笑いして頭をかく。
「いやさー、この町、過疎ってるじゃん? でもうちの店をバズらせて、なんとか観光客増やせないかなーなんて考えてて……」
「そんなうまくいくはずないだろ」
横から十希也がコーラを飲みながら口を挟む。
「はぁ? わかんねぇだろ。隣町だってインフルエンサーが町の景色を投稿しただけで、観光客が激増したじゃん」
「それはたまたま、隣町がうまくいっただけだ。クソみたいなやつらばっか住んでる、こんな死んでる町に、客なんて来るわけねぇよ」
竜介は腰に手を当て、あきれたように言う。
「あいかわらずだな、十希也は。いつまでも中二病拗らせやがって」
「は? 誰が中二病だよ!」
「だってそうじゃん。たしかに俺だって昔は思ったよ。町民全員顔見知りで、ちょっと人と違ったことすると、噂されたり村八分にされたりする。悠真だって居づらかったと思うよ」
悠真という言葉に、梨花の胸がざわつく。
「親が自殺したからって、陰口叩かれてさ。悠真の親も親だよな。死ぬのは勝手だけど、残された子どものことも考えろっての。親が死んだあとも、子どもはこの町で生き続けるしかないんだから」
十希也はなにも言わなかった。竜介は一回息を吐いてから続ける。
「だけどそんなクソみたいな町でも、俺たちが変えてやればいいじゃんって思ったんだ。町中の景気も良くして、閉塞感もなくして、子どもたちが生き生きと暮らしていけるような町にさ。そう思って、俺はここでハンバーガー屋やってんだ。まぁ、ここまでたどり着くには、いろんな職を転々としたけどな」
梨花は竜介の声に耳を傾けた。
「でもお前はいつまでも変わんねぇ。こんな町こんな町って、親のすねかじってだらだらしやがって。ここに戻ってきたなら、潔く親父さんの跡継いで、自分で変えてけっての!」
「うるせぇな。俺に説教するな」
「はぁ? お前がいつまでも子どもだから、大人の俺が説教してやってるんじゃん」
「お前、俺と同い年だろが!」
「精神年齢のこと言ってんだよ!」
言い争いがはじまって、梨花は慌ててふたりに言った。
「ハ、ハンバーガーすごくおいしそうです! いただいてもいいですか?」
ふたりが同時に梨花を見た。
「ああ、どうぞどうぞ、食べて食べて!」
「俺も食うわ」
十希也が大きな口を開けてハンバーガーにかぶりつく。
「うまい」
「当たり前だ! 俺が作ったんだから」
ふたりの声を聞きながら、梨花は目の前のハンバーガーを見下ろした。そして両手で持って「いただきます」とつぶやき、大きな口を開けて食べる。
じゅわっとジューシーな肉汁が口の中に広がり、トマトの酸味と絡まり合う。濃厚なソースともよく合っていて、噛めば噛むほど旨味を感じる。
「おいひいです」
口いっぱいにバーガーを入れ梨花が言うと、竜介が「ありがとう、梨花ちゃん!」と声を上げた。
「マジで来てくれて嬉しいよ」
「連れてきたの、俺だけど?」
「お前は黙ってろ」
また言い争いがはじまって、梨花は苦笑いしながら食べる。
子どものころはこの中に悠真も混じっていたのかと思うと、心の中がじんわりと温かくなった。
1
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら
藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる