【完結】月の道を辿って、いつかまたあなたに会いたい

水瀬さら

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13食目 家族で作ったアメリカンバーガー(1)

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 その日、十希也が梨花を昼食に誘ったのは、踏切の近くにある小さな店だった。
 海沿いの田舎町にはあまり似合わない、アメリカの国旗やハンバーガーなどのポップなイラストが壁いっぱいにペイントされている。

「カフェ……ですか?」

 さっき泣いてしまった梨花は、まだほんのり赤い目でその建物を見る。

「まぁ、そんなとこ。夜は酒飲む店になるけどな」

 慣れた様子で十希也がドアを開ける。内装も古き良きアメリカといった雰囲気だ。音楽も古いアメリカの曲が流れている。
 すぐに「いらっしゃい!」と元気な男性店員の声が聞こえたが、十希也に気づくと途端に声が低くなる。

「ちっ、なんだ。十希也かよ」

 リーゼント頭で派手なシャツを着た、体格の良い店員が愚痴る。

「なんだとはなんだ。俺は客だぞ。こいつもな」

 店員が物珍しそうに梨花を見た。

「こ、こんにちは」
「あっ、いらっしゃい」
「言っとくけど彼女とかじゃないからな。うちの客で、ちょっとした知り合いだ。アメリカンバーガーとコーラ、ふたつずつで」
「ふーん。引きこもりのお前に、バーガー一緒に食ってくれる女の子なんていたんだ」

 にやにやしている店員を無視して、十希也が一番奥のテーブル席に座る。梨花も向かい側の椅子に腰かけると、店員がはしゃいだ様子でそばにやってきた。

「俺、十希也の同級生の佐藤さとう竜介りゅうすけっす。えっと、あなたのお名前は?」
「あ、吾妻梨花です」
「梨花ちゃんかぁ、かわいい名前だね。てか、十希也の知り合いってどういう……」
「いいから早く作れ、竜介。俺は腹が減ってんだ」

 竜介が「はいはい」と言いながら、店の奥に消えていく。
 十希也はため息をつき、梨花に話した。

「この町にはファミレスもファストフード店もねぇからさ。若いやつらのたまり場はこの店くらい。まぁ平日の昼間はこんな感じだけど」

 店内には梨花と十希也のふたりしかいない。

「十希也さんの同級生ってことは……竜介さんも悠真のこと知ってるんですね?」
「ああ。小学生のころはよく一緒に遊んでたよ」

 梨花の頭にさっき見た小学校の校庭や、昨日見た公園で遊んでいる、幼い悠真や十希也たちの姿がはっきりと浮かぶ。
 やがて竜介がコーラとハンバーガーを運んできた。

「はい! お待たせしました! 当店自慢のアメリカンバーガーっす!」

 竜介の店のハンバーガーは、ふっくらとしたバンズの間から肉やチーズや野菜がはみ出るほどビッグだった。

「わぁ、すごい!」

 肉汁が滴り落ちそうな肉厚パティ、とろける艶のあるチーズ、色鮮やかなレタスやトマト。見ているだけで、お腹がすいてくる。

「よかったら写真撮って、SNSに上げてね、梨花ちゃん」
「え?」

 梨花が首をかしげると、竜介がテーブルの上にあるQRコードを指さす。

「それから、ミンスタのフォローもお願い。拡散して、うちの店宣伝してくれると助かる!」

 そう言ってから、横目で十希也をちらっと見た。

「こいつはさー、SNSやってないっていうから、役に立たなくて」
「すみません。私もです」

 実はここに来る前にSNSのアカウントは全部消去してしまったのだ。

「えっ、そうなの?」

 竜介は苦笑いして頭をかく。

「いやさー、この町、過疎ってるじゃん? でもうちの店をバズらせて、なんとか観光客増やせないかなーなんて考えてて……」
「そんなうまくいくはずないだろ」

 横から十希也がコーラを飲みながら口を挟む。

「はぁ? わかんねぇだろ。隣町だってインフルエンサーが町の景色を投稿しただけで、観光客が激増したじゃん」
「それはたまたま、隣町がうまくいっただけだ。クソみたいなやつらばっか住んでる、こんな死んでる町に、客なんて来るわけねぇよ」

 竜介は腰に手を当て、あきれたように言う。

「あいかわらずだな、十希也は。いつまでも中二病拗らせやがって」
「は? 誰が中二病だよ!」
「だってそうじゃん。たしかに俺だって昔は思ったよ。町民全員顔見知りで、ちょっと人と違ったことすると、噂されたり村八分にされたりする。悠真だって居づらかったと思うよ」

 悠真という言葉に、梨花の胸がざわつく。

「親が自殺したからって、陰口叩かれてさ。悠真の親も親だよな。死ぬのは勝手だけど、残された子どものことも考えろっての。親が死んだあとも、子どもはこの町で生き続けるしかないんだから」

 十希也はなにも言わなかった。竜介は一回息を吐いてから続ける。

「だけどそんなクソみたいな町でも、俺たちが変えてやればいいじゃんって思ったんだ。町中の景気も良くして、閉塞感もなくして、子どもたちが生き生きと暮らしていけるような町にさ。そう思って、俺はここでハンバーガー屋やってんだ。まぁ、ここまでたどり着くには、いろんな職を転々としたけどな」

 梨花は竜介の声に耳を傾けた。

「でもお前はいつまでも変わんねぇ。こんな町こんな町って、親のすねかじってだらだらしやがって。ここに戻ってきたなら、潔く親父さんの跡継いで、自分で変えてけっての!」
「うるせぇな。俺に説教するな」
「はぁ? お前がいつまでも子どもだから、大人の俺が説教してやってるんじゃん」
「お前、俺と同い年だろが!」
「精神年齢のこと言ってんだよ!」

 言い争いがはじまって、梨花は慌ててふたりに言った。

「ハ、ハンバーガーすごくおいしそうです! いただいてもいいですか?」

 ふたりが同時に梨花を見た。

「ああ、どうぞどうぞ、食べて食べて!」
「俺も食うわ」

 十希也が大きな口を開けてハンバーガーにかぶりつく。

「うまい」
「当たり前だ! 俺が作ったんだから」

 ふたりの声を聞きながら、梨花は目の前のハンバーガーを見下ろした。そして両手で持って「いただきます」とつぶやき、大きな口を開けて食べる。
 じゅわっとジューシーな肉汁が口の中に広がり、トマトの酸味と絡まり合う。濃厚なソースともよく合っていて、噛めば噛むほど旨味を感じる。

「おいひいです」

 口いっぱいにバーガーを入れ梨花が言うと、竜介が「ありがとう、梨花ちゃん!」と声を上げた。

「マジで来てくれて嬉しいよ」
「連れてきたの、俺だけど?」
「お前は黙ってろ」

 また言い争いがはじまって、梨花は苦笑いしながら食べる。
 子どものころはこの中に悠真も混じっていたのかと思うと、心の中がじんわりと温かくなった。
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