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17食目 色鮮やかな魚介パエリア
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おでんを食べたあと、芙美とふたりで隣町を観光することになった。
インフルエンサーの投稿で有名になったという場所に行ってみた。そこは海岸にある洞窟で、崩れた天井に天窓が開いており、その穴から真っ青な海に差し込む光が神秘的なのだという。
しかも上の遊歩道から洞窟をのぞき込むと、地形がハート型になっているそうで、『ハートスポット』としてさらに有名になったそうだ。
その日もたくさんのカップルが写真を撮っていたし、洞窟の周りにはハートをかたどったスイーツの店などがあり、行列ができていた。
他にも芙美の案内でいろいろ回っているうちに、気づけば夕方になっていた。空からはぽつぽつと雨が落ちてくる。
「降ってきちゃいましたね。そろそろ帰りましょう」
「はい」
車で宿まで戻り、芙美より先に車から降りると、十希也が玄関の前でデュオのお腹を撫でていた。
「ただいま戻りました」
梨花の声に、十希也が顔を上げる。あいかわらずふてくされたような表情だ。
「なにしてたんだよ。こんな遅くまで」
「なにしてたって……芙美さんとおでんを食べて、洞窟にも行ってきました。あ、写真撮ったので、十希也さんも見ます?」
梨花がスマホを取り出したが、十希也はうんざりした顔で答えた。
「見ねぇよ。遅いから心配したじゃねーか」
「え……心配してくれたんですか?」
十希也がちっと舌打ちをする。
「俺がいない間に、あんたが海に飛び込んだら困るだろ」
「だからしませんって、そんなこと」
十希也が梨花を睨む。そんな十希也に梨花はおそるおそる言ってみる。
「あの、十希也さん。やっぱり一緒に行きたかったんじゃないですか?」
「は? ふざけんな。俺はあんたらみたいに暇じゃねぇんだよ」
そう吐き捨てると、梨花とデュオを残して宿に入ってしまった。
「どう見ても暇そうに見えたけど……ね?」
デュオに話しかけると、「にゃあ」と答えた。
そこへ芙美が駆け寄ってくる。
「さ、梨花さん、中に入りましょ。風も強くなってきたわね」
「はい」
たしかにさっきよりも風が強い。海も白波が立っている。
「デュオも倉庫に入ってなさい」
芙美が声をかける。雨が降ってくるとデュオは宿の裏にある倉庫で雨をしのぐらしい。
「にゃおん」
デュオは芙美の声に返事をするように、またひと声鳴いた。
お風呂に入って広間に行くと、めずらしく十希也が夕食の準備をしていた。
「あ、十希也さん。ありがとうございます」
十希也はむすっとしたまま座卓に料理を並べている。
さっきのこと、根に持っているのだろうか……。
そんなことを考えながら並んだ料理を見たとき、梨花は思わず「わぁ!」と声を上げてしまった。
黒いフライパンのような鍋に盛られているのは、色鮮やかなパエリアだった。
黄色い米の上に、海の幸がたっぷりとのっている。インパクトのある有頭エビにムール貝、イカに白身魚……。赤と黄色のパプリカがさらに色合いを美しくしている。
のぞきこむとサフランの香りが漂ってきて、食欲を刺激する。
「すごく綺麗だし、おいしそうです」
「ああ、でも……」
十希也がぼそっとつぶやく。
「作りすぎた」
「えっ!」
梨花は思わず声を上げてしまった。
「作りすぎたって……これ、十希也さんが作ったんですか?」
「ああ」
「すごい……」
でもたしかに、これがひとり分だとしたらさすがに食べきれない量だ。
そこで梨花はハッと気づいた。
「それなら、十希也さんと芙美さんも一緒に食べませんか?」
「は?」
十希也があきれたように梨花を見る。
「いいじゃないですか。明日にはもう私……帰るんですし」
そうだ。今夜がこの宿で過ごす最後の夜。
十希也は少し考えたあと、黙って部屋を出ていった。
やっぱり怒っているのかも……。
しかししばらくすると、芙美と一緒に戻ってきた。
「まぁ、梨花さん。お夕飯、ご一緒してもいいんですか?」
梨花の顔がぱあっと明るくなる。十希也が連れてきてくれたのだ。
「もちろんです! 私もひとりで寂しかったので、ご一緒していただけると嬉しいです」
そう言ってから十希也を見る。
「十希也さんも、ぜひ」
すると十希也が、持ってきた皿にパエリアを取り分け、梨花と芙美に渡してくれた。
「まぁ、作りすぎた俺が悪いんだし。食うか」
「そうですよ。食べましょう」
三人一緒に「いただきます」と言い、スプーンで黄色い米をすくう。魚介の旨味が染み込んでいて、口の中にふわっと広がる。
「おいしいです」
「うん。うまい」
「おいしいわね」
この宿に来て、三人で食べるはじめてのごはん。
エビはプリプリしていて、ムール貝は柔らかく、どちらからも海の風味を感じられた。
「十希也さんって、どんなお料理も作れるんですね。しかもこんなパエリア鍋まで持ってるんですか?」
魚介を使っているとはいえ、海辺の小さな民宿で本格的なパエリアが食べられるとは思っていなかった。
「まぁ、料理作るのは趣味みたいなもんだし。小さいころから親父が調理するとこ見てたし。東京でもレストランでバイトしてたしな」
「好きなんですね。ごはん作るのが」
梨花の言葉に、十希也は少し考えてからぼそりと答える。
「まぁ……嫌いではない」
それを聞いた芙美が微笑む。梨花もにこやかに十希也を見た。
「な、なんだよ、ふたりとも」
「いいえ、なんでも。ねぇ、梨花さん?」
「はい。なんでもありません」
そう言いつつも、なんだか頬がゆるんだ。
少しずつ少しずつ、十希也のやり方で変わっていければいいと思う。
十希也は機嫌悪そうにふんっと顔をそむけると、またパエリアを食べはじめた。梨花も黄色い米を噛みしめてから、十希也に伝える。
「本当においしいです。十希也さん、作ってくれてありがとうございます」
そう言って微笑んだ梨花の顔を、十希也はちらっと見て、また顔をそむけた。
インフルエンサーの投稿で有名になったという場所に行ってみた。そこは海岸にある洞窟で、崩れた天井に天窓が開いており、その穴から真っ青な海に差し込む光が神秘的なのだという。
しかも上の遊歩道から洞窟をのぞき込むと、地形がハート型になっているそうで、『ハートスポット』としてさらに有名になったそうだ。
その日もたくさんのカップルが写真を撮っていたし、洞窟の周りにはハートをかたどったスイーツの店などがあり、行列ができていた。
他にも芙美の案内でいろいろ回っているうちに、気づけば夕方になっていた。空からはぽつぽつと雨が落ちてくる。
「降ってきちゃいましたね。そろそろ帰りましょう」
「はい」
車で宿まで戻り、芙美より先に車から降りると、十希也が玄関の前でデュオのお腹を撫でていた。
「ただいま戻りました」
梨花の声に、十希也が顔を上げる。あいかわらずふてくされたような表情だ。
「なにしてたんだよ。こんな遅くまで」
「なにしてたって……芙美さんとおでんを食べて、洞窟にも行ってきました。あ、写真撮ったので、十希也さんも見ます?」
梨花がスマホを取り出したが、十希也はうんざりした顔で答えた。
「見ねぇよ。遅いから心配したじゃねーか」
「え……心配してくれたんですか?」
十希也がちっと舌打ちをする。
「俺がいない間に、あんたが海に飛び込んだら困るだろ」
「だからしませんって、そんなこと」
十希也が梨花を睨む。そんな十希也に梨花はおそるおそる言ってみる。
「あの、十希也さん。やっぱり一緒に行きたかったんじゃないですか?」
「は? ふざけんな。俺はあんたらみたいに暇じゃねぇんだよ」
そう吐き捨てると、梨花とデュオを残して宿に入ってしまった。
「どう見ても暇そうに見えたけど……ね?」
デュオに話しかけると、「にゃあ」と答えた。
そこへ芙美が駆け寄ってくる。
「さ、梨花さん、中に入りましょ。風も強くなってきたわね」
「はい」
たしかにさっきよりも風が強い。海も白波が立っている。
「デュオも倉庫に入ってなさい」
芙美が声をかける。雨が降ってくるとデュオは宿の裏にある倉庫で雨をしのぐらしい。
「にゃおん」
デュオは芙美の声に返事をするように、またひと声鳴いた。
お風呂に入って広間に行くと、めずらしく十希也が夕食の準備をしていた。
「あ、十希也さん。ありがとうございます」
十希也はむすっとしたまま座卓に料理を並べている。
さっきのこと、根に持っているのだろうか……。
そんなことを考えながら並んだ料理を見たとき、梨花は思わず「わぁ!」と声を上げてしまった。
黒いフライパンのような鍋に盛られているのは、色鮮やかなパエリアだった。
黄色い米の上に、海の幸がたっぷりとのっている。インパクトのある有頭エビにムール貝、イカに白身魚……。赤と黄色のパプリカがさらに色合いを美しくしている。
のぞきこむとサフランの香りが漂ってきて、食欲を刺激する。
「すごく綺麗だし、おいしそうです」
「ああ、でも……」
十希也がぼそっとつぶやく。
「作りすぎた」
「えっ!」
梨花は思わず声を上げてしまった。
「作りすぎたって……これ、十希也さんが作ったんですか?」
「ああ」
「すごい……」
でもたしかに、これがひとり分だとしたらさすがに食べきれない量だ。
そこで梨花はハッと気づいた。
「それなら、十希也さんと芙美さんも一緒に食べませんか?」
「は?」
十希也があきれたように梨花を見る。
「いいじゃないですか。明日にはもう私……帰るんですし」
そうだ。今夜がこの宿で過ごす最後の夜。
十希也は少し考えたあと、黙って部屋を出ていった。
やっぱり怒っているのかも……。
しかししばらくすると、芙美と一緒に戻ってきた。
「まぁ、梨花さん。お夕飯、ご一緒してもいいんですか?」
梨花の顔がぱあっと明るくなる。十希也が連れてきてくれたのだ。
「もちろんです! 私もひとりで寂しかったので、ご一緒していただけると嬉しいです」
そう言ってから十希也を見る。
「十希也さんも、ぜひ」
すると十希也が、持ってきた皿にパエリアを取り分け、梨花と芙美に渡してくれた。
「まぁ、作りすぎた俺が悪いんだし。食うか」
「そうですよ。食べましょう」
三人一緒に「いただきます」と言い、スプーンで黄色い米をすくう。魚介の旨味が染み込んでいて、口の中にふわっと広がる。
「おいしいです」
「うん。うまい」
「おいしいわね」
この宿に来て、三人で食べるはじめてのごはん。
エビはプリプリしていて、ムール貝は柔らかく、どちらからも海の風味を感じられた。
「十希也さんって、どんなお料理も作れるんですね。しかもこんなパエリア鍋まで持ってるんですか?」
魚介を使っているとはいえ、海辺の小さな民宿で本格的なパエリアが食べられるとは思っていなかった。
「まぁ、料理作るのは趣味みたいなもんだし。小さいころから親父が調理するとこ見てたし。東京でもレストランでバイトしてたしな」
「好きなんですね。ごはん作るのが」
梨花の言葉に、十希也は少し考えてからぼそりと答える。
「まぁ……嫌いではない」
それを聞いた芙美が微笑む。梨花もにこやかに十希也を見た。
「な、なんだよ、ふたりとも」
「いいえ、なんでも。ねぇ、梨花さん?」
「はい。なんでもありません」
そう言いつつも、なんだか頬がゆるんだ。
少しずつ少しずつ、十希也のやり方で変わっていければいいと思う。
十希也は機嫌悪そうにふんっと顔をそむけると、またパエリアを食べはじめた。梨花も黄色い米を噛みしめてから、十希也に伝える。
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そう言って微笑んだ梨花の顔を、十希也はちらっと見て、また顔をそむけた。
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