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18食目 こってり飴色ブリ大根
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その日は窓を叩きつける風の音で目が覚めた。
梨花は布団から起き上がり、ほんの少し窓を開けてみる。海は白く煙り、高い波が打ち寄せている。大粒の雨が強い風と一緒に部屋に吹き込んできて、慌てて窓を閉めた。
「すごい風……」
スマホを開くと、台風並みに発達した低気圧の影響で、この地域は荒れた天気になるという。いわゆる春の嵐というものらしい。すでに暴風や波浪警報も出ているようだ。
耳を澄ますと、階下から慌ただしい音が聞こえてきた。
梨花はスマホを手に持ったまま、階段を下りた。
一階では、芙美が誰かと電話で話していた。
「えっ、線路も道路もですか? そうですか、わかりました。ありがとうございます」
電話を切り、ため息をついた芙美に声をかける。
「芙美さん……おはようございます」
「ああ、梨花さん。おはようございます」
明るい声で梨花に挨拶をした芙美だったが、すぐに表情を曇らせた。
「さっきこの近くで土砂崩れがあって……線路に土砂が流れ込んでしまい、電車が止まっているみたいなんです」
「え……」
「今日中に復旧は難しそうで……道路も通行止めになってしまったし、梨花さん、今日は宿にいてください」
芙美がそっと近づいて、梨花の手を取る。
「外に出るのは危ないです。私は梨花さんを危険な目に合わせたくないんです」
「は、はい」
梨花が答えると、芙美はホッとした表情をした。
「今日予約が入っていたお客さんもキャンセルになってしまいましたし、もし梨花さんがよければもう一泊していってください。もちろん宿泊料はけっこうですから」
「そんなっ……お金は払います」
「いえ。これは私からお願いしたことなので」
芙美が梨花に微笑みかける。梨花は申し訳ないと思いつつ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「これ以上被害が出ないといいんですけどね。とりあえずは朝食を召し上がってください。宿の中にいれば安全ですから」
芙美に促され、いつもの広間に向かう。座卓の上には朝食が用意されていた。今朝は和食のようだ。
「お魚ですね」
「ブリ大根です。今朝は私が作りました。いまごはんとお味噌汁をご用意しますね」
「ありがとうございます。いただきます」
窓をガタガタと鳴らす風の音を聞きながら、梨花は箸を取った。
こんな天気の日でも、朝ごはんをきちんと食べられるのはありがたいことだ。
見るからに味が染み込んでいそうな、こってりとした飴色のブリを、しょうがと一緒に口に入れる。脂がのったブリの旨味が、舌から口中に広がった。
「おいしい……」
大根も中まで味が染み込み、ほっこりとしている。白いごはんの上にのせて食べたらさらにおいしくて、今朝も完食することができた。
「ごちそうさまでした」
芙美に声をかけて、広間を出る。さっきより風と雨が強くなってきたようだ。
二階へ上がろうとしたとき、玄関にいる人影に気がついた。
「十希也さん?」
十希也が黒い雨合羽を着て、どこかへ出かけようとしている。
「こんな雨の中、どこに行くんですか?」
梨花の声に、十希也が振り向いた。そして少しためらってから、口を開く。
「デュオが……いないんだ」
「えっ」
「雨の日はうちの倉庫にいるはずなのにいなくて……朝飯も食ってない」
「そんな……この嵐の中、どこに行っちゃったんですか?」
「わかんねぇ……。だから俺、捜してくる」
「私も行きます!」
「だめだ!」
強い口調で止められて、梨花はビクッと肩を震わせる。
十希也はそんな梨花を見て、少し声を落として言った。
「危ないからあんたは来るな」
「でも、ふたりで捜したほうが……」
「だめだ。あんたはたまに倉庫に行って、デュオが戻ってないか確認してくれ」
「……はい」
うなずいたものの、三本足のデュオが強い風に吹かれながら、土砂降りの中を彷徨っている姿が頭に浮かび、どうしようもなく胸がそわそわする。
すると十希也がポケットからスマホを取り出して言った。
「大丈夫。きっとそのへんにいるから。見つけたらすぐに連絡する」
「……わかりました。気をつけてくださいね」
十希也はうなずくと、フードをかぶって外へ出ていった。玄関を少し開けただけで、強い風が宿の中に吹き込んでくる。
「デュオ……どうか無事で……」
梨花は自分のスマホを胸に押し当て、ぎゅっと強く握りしめた。
梨花は布団から起き上がり、ほんの少し窓を開けてみる。海は白く煙り、高い波が打ち寄せている。大粒の雨が強い風と一緒に部屋に吹き込んできて、慌てて窓を閉めた。
「すごい風……」
スマホを開くと、台風並みに発達した低気圧の影響で、この地域は荒れた天気になるという。いわゆる春の嵐というものらしい。すでに暴風や波浪警報も出ているようだ。
耳を澄ますと、階下から慌ただしい音が聞こえてきた。
梨花はスマホを手に持ったまま、階段を下りた。
一階では、芙美が誰かと電話で話していた。
「えっ、線路も道路もですか? そうですか、わかりました。ありがとうございます」
電話を切り、ため息をついた芙美に声をかける。
「芙美さん……おはようございます」
「ああ、梨花さん。おはようございます」
明るい声で梨花に挨拶をした芙美だったが、すぐに表情を曇らせた。
「さっきこの近くで土砂崩れがあって……線路に土砂が流れ込んでしまい、電車が止まっているみたいなんです」
「え……」
「今日中に復旧は難しそうで……道路も通行止めになってしまったし、梨花さん、今日は宿にいてください」
芙美がそっと近づいて、梨花の手を取る。
「外に出るのは危ないです。私は梨花さんを危険な目に合わせたくないんです」
「は、はい」
梨花が答えると、芙美はホッとした表情をした。
「今日予約が入っていたお客さんもキャンセルになってしまいましたし、もし梨花さんがよければもう一泊していってください。もちろん宿泊料はけっこうですから」
「そんなっ……お金は払います」
「いえ。これは私からお願いしたことなので」
芙美が梨花に微笑みかける。梨花は申し訳ないと思いつつ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「これ以上被害が出ないといいんですけどね。とりあえずは朝食を召し上がってください。宿の中にいれば安全ですから」
芙美に促され、いつもの広間に向かう。座卓の上には朝食が用意されていた。今朝は和食のようだ。
「お魚ですね」
「ブリ大根です。今朝は私が作りました。いまごはんとお味噌汁をご用意しますね」
「ありがとうございます。いただきます」
窓をガタガタと鳴らす風の音を聞きながら、梨花は箸を取った。
こんな天気の日でも、朝ごはんをきちんと食べられるのはありがたいことだ。
見るからに味が染み込んでいそうな、こってりとした飴色のブリを、しょうがと一緒に口に入れる。脂がのったブリの旨味が、舌から口中に広がった。
「おいしい……」
大根も中まで味が染み込み、ほっこりとしている。白いごはんの上にのせて食べたらさらにおいしくて、今朝も完食することができた。
「ごちそうさまでした」
芙美に声をかけて、広間を出る。さっきより風と雨が強くなってきたようだ。
二階へ上がろうとしたとき、玄関にいる人影に気がついた。
「十希也さん?」
十希也が黒い雨合羽を着て、どこかへ出かけようとしている。
「こんな雨の中、どこに行くんですか?」
梨花の声に、十希也が振り向いた。そして少しためらってから、口を開く。
「デュオが……いないんだ」
「えっ」
「雨の日はうちの倉庫にいるはずなのにいなくて……朝飯も食ってない」
「そんな……この嵐の中、どこに行っちゃったんですか?」
「わかんねぇ……。だから俺、捜してくる」
「私も行きます!」
「だめだ!」
強い口調で止められて、梨花はビクッと肩を震わせる。
十希也はそんな梨花を見て、少し声を落として言った。
「危ないからあんたは来るな」
「でも、ふたりで捜したほうが……」
「だめだ。あんたはたまに倉庫に行って、デュオが戻ってないか確認してくれ」
「……はい」
うなずいたものの、三本足のデュオが強い風に吹かれながら、土砂降りの中を彷徨っている姿が頭に浮かび、どうしようもなく胸がそわそわする。
すると十希也がポケットからスマホを取り出して言った。
「大丈夫。きっとそのへんにいるから。見つけたらすぐに連絡する」
「……わかりました。気をつけてくださいね」
十希也はうなずくと、フードをかぶって外へ出ていった。玄関を少し開けただけで、強い風が宿の中に吹き込んでくる。
「デュオ……どうか無事で……」
梨花は自分のスマホを胸に押し当て、ぎゅっと強く握りしめた。
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