不毛な恋x不毛な恋

ありま氷炎

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8 彼の笑顔

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良くんの家に行ったら、まだ帰っていないということだった。
待とうかと思ったけど、なぜか胸騒ぎがした。
学校から家に戻るにはいくつかルートがあって、達也と良くんが使う道は把握していた。
なので途中で会えるかもしれないと、学校近くまで行くことにした。

「いないなあ」

 すれ違ったのか、別の道を使ったのか。

「あれ、達。あ、違う」

 声をかけられた。
 どうやら弟と間違われたらしい。  
 ってこと達也の友達か。 
 なら、

「えっと良くんはもう帰った?」
「あ、良?うん。帰るところ見ましたよ」
「そう。ありがとう」

 達也の兄とか名乗ればよかったかと思ったけど、なぜか嫌な予感がして礼を言ってすぐに走り出した。
 学校から家へのルートであまり治安のよくない道をわざと選んでみた。
 すると鞄が落ちて、中身が散乱しているのを発見する。
 鞄には良くんの好きなキャラクターのキーホルダーがあって、素早く拾う。耳を澄ますと何か唸り声、外国人のおかしな日本語が聞こえてきた。
 建物と建物間の奥に空間がある。
 そこの奥で二つの影を見つけた。

 大柄な男の背が見えた。
 伸ばされた両足が必死に抵抗している。
 頭に血が一気に昇った。

 「この野郎!」

 俺は鞄を力いっぱい男の頭に振り下ろした。
 男の下にいたのは、良くんだった。

「良くん、早く!」

 良くんの手を掴んで、俺たちは走り出した。
 ある程度逃げてきて、俺は良くんのベルトが緩んでいることに気が付いた。触るわけにいかないから、陰に誘導して閉めてもらおうとしたけど、緊張させてしまった。
 そうだよな。
 それから、なんだか泣き出してしまって、俺はどうしようもなく彼を守りたくなって、抱きしめてしまった。
 でも良くんは抵抗することもなく、俺の胸で静かに泣き続けた。
 子供をあやすように俺は彼の背を撫で続けた。
 
 その後、警察署にいってもよかったけど、俺は部外者だ。
 親御さんに相談した方がいいと思って、彼を家まで送ることにした。なんだかとても心細そうで、俺の庇護欲は掻き立てられてしまった。
 なので、親御さんに説明する時も一緒にいようかと提案。それから警察署に行くときも同行した。
 これは親御さんもほっとしていた。
 取り調べが終わって、家に戻ったのは午前2時ごろ。
 本当はずっとついていたい気持ちだったけど、それは流石にできないし。求められていないと思ったので、俺は家に帰る。
 念のために、学校へに行くときは達也と一緒に行くことを提案した。警察がすぐに動くはわからないし、あいつの仲間が何かするかもしれない。だから、心配だった。
 事情を達也に説明したほうがいいかと思ったけど、良君は自分からするみたい。それがいい。

 疲れていたけど、シャワーを浴びる。
 最悪なことに良くんの泣き顔とか、抱きしめている時の体の感触などを思い出してしまった。
 いや、最悪だと思う。
 だから慌ててシャワーから出て、体を拭いて服を着ると、ベッドに飛び込んだ。余計なことを考える前に眠気がやってきて助かった。

 ☆

 翌日良くんは学校を休んだ。 
 達也が学校帰りに良くんの家によって事情を聞いたみたいだ。
 俺の部屋にやってきて、お礼を言われた。
 いや別に達也から礼を言われる筋合いはない。そう言ったらそうだよなって達也も苦笑していた。
 まあ、幼馴染だからな。
 でも達也は責任をもって、今後は一緒に学校に行くことにしたみたいだ。律義な奴は幸奈にこのことを話していいかと聞き、良くんから許可を取ったらしい。
 律義だけど、いい気分じゃないよな。
 うん。やっぱり達也は疎すぎる。



 一週間後、あの男と仲間が捕まった。どうやら、他にも余罪があったらしい。そうだろうな。あの感じだと。
 一斉検挙でもう大丈夫なはずだ。
 だけど、やっぱり達也とか誰かと一緒に学校行った方がいいと思う。
 良くんは、なんかちょっと隙がありすぎる。
 可愛いし。

「あの、和一さん」

 大学から戻ると、良くんが家で待っていた。

「あ。達也待ち?」

 反射的にそう聞いてしまった。

「いえ、あの和一さんに用があるんです」
「そう」
 
 嬉しい。なんだろう。

「あの、助けてもらったお礼にこれ、どうぞ。誕生日も近いと聞いたので」

 良くんから渡されたのは、時計だった。

「え、これ、高いんじゃないの?」
「いえ、あのお礼ですから」
「いや、もらえない」
「だめです。もらってください」

 いやいや、これブランドもん。
 十万くらいするだろう。
 高すぎ。

「じゃあ、俺にお礼返しさせて。それなら、時計をもらいたい」

 俺だけ得するのはよくないとそう提案した。
 すると彼から「拳の誓い」の鑑賞を提案された。
 
「いや、それでいいの?」
「はい。一緒に見てもらったら楽しいので」

 なんか、俺が得しまくりな気がするけど、まあ、いいか。

「お昼も俺が奢るからさ、またあの店でいい?」
「それは申し訳ないです」
「全然、時計をもらうほうが申し訳ないから」
「……それなら、お願いします」

 そうして、俺たちは次の土曜日にもう一回」「拳の誓い」を観ることなった。
 二回目、また同じ場面で泣いてしまった。
 っていうか前より泣けた。 
 やっぱり最初から観直して観ると、色々伏線がわかっていい。
 
「面白かった」
「はい」

 良くんは3回目のはずなんだけど、物凄い楽しんでいて、俺まで嬉しくなった。
 レストランで、俺たちは伏線の回収の部分など言い合って、時間を忘れて楽しんだ。
 今日はこの間みたいに、遅くならないように食事が終わったら、家に送るつもりだった。
 まあ、夕方になってしまったが……。

「今日はありがとう。俺ばっかりが得してしまった」
「そんな、僕もう一回観れて本当嬉しかったです。ご飯も美味しかった」
「そうか、それはよかった」
 
 良くんが笑顔はとても綺麗で見惚れる。
 切ない顔は色気たっぷりとそそられるけど、笑顔を俺の心を温かくする。

「じゃあ、また」
「はい、ありがとうございます」

 良くんと家まで送り届け、ご両親にも挨拶してから、俺は家に戻った。まあ、隣だけど。
 心が満たされた一日だった。
 
 
 

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