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第2章
勝利の女神
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男たちに嬲られボロボロになったアイルは、意識を失って卓の上に寝そべっていた。宴は終わり、男たちは去っていく。アンソニーはそっとアイルを抱き上げた。
「ん……」
アイルは持ち上げられた浮遊感に一瞬目覚めたが、ぼうっとアンソニーを見上げて、そのまま目を瞑ってしまった。アンソニーは大切にアイルの体を運び、あらかじめ用意させていた湯につからせ、体を洗い流してやる。アイルは湯をかけられる感触でまたゆっくり目を開けた。そしてしばらくぼうっとアンソニーの顔を眺めていたが、自分を風呂に入れているのがアンソニーだということに気づいて、目を見開いた。
「ふあっ! あ、アンソニー様?」
「こら、暴れるな。危ないだろう」
湯の中でバシャバシャ動くアイルを抑えて、アンソニーが言った。
「でも、アンソニー様にお風呂に入れていただくなんて……!」
「いいから、じっとしていなさい」
アンソニーがアイルの身体にこびりついた汚れを丁寧に落としていく。頭のてっぺんから指先まで、アンソニーはアイルの身体に異常がないか、確認しながら洗っていった。手首を洗うとき、アイルが痛みに少し顔をしかめた。その手首は、男に押さえつけられた場所にうっ血の跡が残っている。もう少し時間がたったら、きっと痣になるだろう。アンソニーはアイルの手首をやさしく撫でて、そっと洗い流した。自分が命令したことなのに、何か釈然としない、こみ上げてくる怒りがあったが、それをアンソニーは無視した。
「よく頑張ったな。さすが俺の自慢の奴隷だ」
アンソニーはアイルの体を撫でさすりながら、アイルにというより、自分自身に言い聞かせるように言った。
「今日は特に大変だっただろう。だが、戦争を戦う兵士の士気をあげるのは、とても重要な役目だ。これからも戦争のたびにこういうことはある。また戦地に来ることになっても、ちゃんとやれるか?」
アイルはそっと微笑んだ。
「はい。もちろんです。だって僕は、アンソニー様の奴隷だから」
アンソニーの奴隷だから。それがアイルの存在理由になるよう叩き込んだのは、他ならぬアンソニー自身である。このアイルの奴隷としての仕上がり具合を、主人の自分は喜ばなければならないはずだ。しかし今、アンソニーはそのアイルの答えを、厭わしく思った。
アイルはアンソニーの奴隷。でももし、奴隷と王族としてでなく、対等な関係で出会えていたなら。
一瞬そう思って、アンソニーはその考えのバカらしさに自嘲した。言うて詮無いことだ。だって、そんなことはありえないから。
「これからもよろしく頼むぞ。アイル」
自分の感情に蓋をして、アンソニーはアイルを安心させるように、にっこりと笑った。アイルはアンソニーの手に甘えるようにすり寄り、目を瞑った。
二人の関係はこのままずっと、永遠に変わらない。それがままならぬ、この国の理だった。
アイルはその後もアンソニーの奴隷としてよく働き、強い国を作り上げた国王アンソニーと、その奴隷にして勝利の女神アイルは、国の歴史に名を残すことになる。
「ん……」
アイルは持ち上げられた浮遊感に一瞬目覚めたが、ぼうっとアンソニーを見上げて、そのまま目を瞑ってしまった。アンソニーは大切にアイルの体を運び、あらかじめ用意させていた湯につからせ、体を洗い流してやる。アイルは湯をかけられる感触でまたゆっくり目を開けた。そしてしばらくぼうっとアンソニーの顔を眺めていたが、自分を風呂に入れているのがアンソニーだということに気づいて、目を見開いた。
「ふあっ! あ、アンソニー様?」
「こら、暴れるな。危ないだろう」
湯の中でバシャバシャ動くアイルを抑えて、アンソニーが言った。
「でも、アンソニー様にお風呂に入れていただくなんて……!」
「いいから、じっとしていなさい」
アンソニーがアイルの身体にこびりついた汚れを丁寧に落としていく。頭のてっぺんから指先まで、アンソニーはアイルの身体に異常がないか、確認しながら洗っていった。手首を洗うとき、アイルが痛みに少し顔をしかめた。その手首は、男に押さえつけられた場所にうっ血の跡が残っている。もう少し時間がたったら、きっと痣になるだろう。アンソニーはアイルの手首をやさしく撫でて、そっと洗い流した。自分が命令したことなのに、何か釈然としない、こみ上げてくる怒りがあったが、それをアンソニーは無視した。
「よく頑張ったな。さすが俺の自慢の奴隷だ」
アンソニーはアイルの体を撫でさすりながら、アイルにというより、自分自身に言い聞かせるように言った。
「今日は特に大変だっただろう。だが、戦争を戦う兵士の士気をあげるのは、とても重要な役目だ。これからも戦争のたびにこういうことはある。また戦地に来ることになっても、ちゃんとやれるか?」
アイルはそっと微笑んだ。
「はい。もちろんです。だって僕は、アンソニー様の奴隷だから」
アンソニーの奴隷だから。それがアイルの存在理由になるよう叩き込んだのは、他ならぬアンソニー自身である。このアイルの奴隷としての仕上がり具合を、主人の自分は喜ばなければならないはずだ。しかし今、アンソニーはそのアイルの答えを、厭わしく思った。
アイルはアンソニーの奴隷。でももし、奴隷と王族としてでなく、対等な関係で出会えていたなら。
一瞬そう思って、アンソニーはその考えのバカらしさに自嘲した。言うて詮無いことだ。だって、そんなことはありえないから。
「これからもよろしく頼むぞ。アイル」
自分の感情に蓋をして、アンソニーはアイルを安心させるように、にっこりと笑った。アイルはアンソニーの手に甘えるようにすり寄り、目を瞑った。
二人の関係はこのままずっと、永遠に変わらない。それがままならぬ、この国の理だった。
アイルはその後もアンソニーの奴隷としてよく働き、強い国を作り上げた国王アンソニーと、その奴隷にして勝利の女神アイルは、国の歴史に名を残すことになる。
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バレたらやばい事になりそー(。´´ิ∀ ´ิ)( ˆωˆ )ニヤニヤ
ふふふっ
バレて……た笑
優しいアンソニー様(シ´ω`)シ ((o _ω_)o ハハー
優しい♥
まあ、今までがちょっと…あれですが……笑
ミゼル我慢だ😣絶対手を出したらダメだよ ( 。ω 。)絶対わざと置いていったなアンソニー (*´ω`*)ᕦ( .` ὢ . )ᕤᕦ( .` ὢ . )ᕤ
ふふっ 完全に罠です……!
ミゼルには頑張ってもらいたい……!!