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第81話 救護室
しおりを挟む舞原さんが僕の担当をずーっとやれたのは、彼がただのバイトじゃなかったからだ。彼はあのジムの経営者の息子。もしかしたら跡継ぎなのかもね。
――――僕の顔見てすぐわかったとか言ってたけど。実際は来る前から知ってたんじゃないか? 編集長のことも知り合いかもしれないし。今度『鮎川零』が行くからよろしくな、とか言われてたのかも。
なんだかモヤモヤする。妄想が過ぎるかもしれないけど。大体舞原さんは、僕のことを大ファンな作家として迎え入れたはずだ。それがどこでどうなって、個人的な恋愛感情に変わったんだろう。それも謎だな。
それにしても……。
『じゃあ、先生。後半ちょっと先生がぼんやりしてて不安ですけど、今日は帰りますね』
『はっ! す、すみません』
帰る間際、小泉さんは冷たい視線を僕に送る。
『その、ロミオはジムの方がイメージとの話ですが……』
『え? は、はい。そうですが、なにか……』
『いい加減、誠実な恋愛してくださいね。良好な幼馴染関係にも影響しますんで』
最後に強烈な嫌味を放って帰っていった。全部バレてしまった。
僕が舞原さんのことを聞いてからあからさまにおかしくなったので、嗅覚鋭い小泉さんが気付かぬわけはない。何重にも午後のミーティングは失敗してしまった。
ミーティングがあってすぐの水曜日。僕はジムに出かけた。土曜日はまだ行ってない。舞原さんのことがなければ、迷わず行ったかもだよなあ。
「おはようございます。鮎川さん」
告白されてからも、彼の態度はあまり変化がない。いや、実はそうでもない。
なんとなくだけど、大人びた雰囲気を出してきた気がする。能天気な明るさだったのが、大人の笑みに変わった。なんて、考え過ぎかな。
「あっ、痛っ!」
よそ事考えてたからか、マシンに指を挟んでしまった。ピリッとしただけで大したことはなさそう。
「大丈夫ですかっ!」
けど舞原さんが血相を変えて僕の手首を取り、指を見た。
「爪の生え際から血が出てる。とりあえず救護室行きましょう」
舞原さんは僕の指にティッシュを巻いて強く抑える。そのまま、まるで連行されるように救護室に向かった。指先がジンとするのは痛みのせいなのか。それとも舞原さんに掴まれているからだろうか。
高級ジムだからこそ、ちゃんとした救護室がある。ただ、医師が常駐してるわけではないようだ。
「今日は先生いないか。大丈夫ですよ。僕がやりますから」
安心させるような優しい笑みを浮かべる彼。椅子に向かい合って座り、テキパキと治療を始めた。指はサカムケが出来た時みたいになっただけなのに、妙にドキドキする。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
そのドキドキを誤魔化したいわけじゃない。けど、これはチャンスだ。僕はモヤモヤを解消するため、話を切り出した。
「何なりと?」
消毒液を手に持った舞原さんが応じた。
「この間、僕のことは初日にフロントで会ってすぐ気が付いたって言ってたけど、それ本当? 来る前から知ってたんじゃないの?」
つかの間の沈黙。シュッシュッと僕の指に舞原さんが消毒液を吹きかけた。
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