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番外編 シャワーの後で
5 舞原トレーナーの場合
しおりを挟む僕は某体育大学大学院1年生、スポーツ科学を専攻している。目下の研究テーマは筋肉の効率的な育成法。要は初心者が筋力をつける経過をデータ化し、最高の練習法を構築するのが目的だ。
で、そのためにジムでバイトをしている。セレブ御用達のジムを選んだのは、マシンも環境も整った場所の方がデータに信頼性があるからに他ならない。
「舞原さん、最近、また可愛い子が入会してきたわね。あの、タレ目で巻き毛の子」
現在研究対象になってる会員さんのトレーニングが終わった僕に、常連のマダムが声をかけてきた。
「横山さん、相変わらず目聡いですね」
「それは舞原さんの方じゃない? なんたって新人キラーだから」
「なに言ってんですか。僕の場合は仕事と勉学のためですよ」
人聞きの悪いことを言うな。もちろん筋肉の研究は趣味も入ってるけど、純粋な学問だぞ。
「あら横山さん。でもあの子、火曜日のキングと仲良しなのよね? ちょっと妬けるよね」
「そうそう、そうなのよ。まあなんたって、プチ王子だからねー」
横山さんと仲良しのマダムたちが寄って来て、キャッキャし始めた。こうなると仕事にならない。僕はお喋りを彼女たちに任せてそっとその場を立ち去った。
――――でもプチ王子か。ふふ。
目下、彼女たちの話のネタになっているのは、最近入会してきた鮎川さんのことだ。確かにちょっとタレ目なところが可愛くて『プチ王子』と呼ばれるのも納得。そして、火曜日の王こと、九条さんに早々に見初められた。
しかもそれだけじゃない。横山さんたちは気付いてないかもしれないが、金曜日のプリンスこと神崎さんも鮎川さんに興味津々なんだよな。これ、一体これからどうなることか。実は僕も興味津々だ。
鮎川さんが入会してから早くも2ヶ月が経った。鮎川さんは毎回一生懸命筋トレに励んで僕もやりがいがあるというものだ。少しずつ筋肉が育っているのも嬉しい。
それにしても、鮎川さんはその時の気持ちが表情や雰囲気、果ては筋トレまでに正直に出る人だ。
少し前までは九条さんといい感じになってウキウキしてたけど、彼が出張でいなくなったらわかりやすくがっくししてた(そこもまた可愛い)。
そして……この間は死んだようになってやってきた。何があったかは僕でなくてもわかる。九条さん、向こうで何してんだ。
まあ、キングの素行は薄々わかってたけどね。シャワールームはシャワーだけするとこだと、苦言を申したかったのは多分僕だけじゃないはずだ。
しかしこれは、金曜日のプリンスが黙ってないな。だから僕は、鮎川さんが金曜日にも来ること、もろ手を挙げて賛成できなかった。
鮎川さんは僕のことを、年下のドSトレーナーとしか見ていない。いや、その通りなんだが。
僕の顔も言葉もどれほど彼の中に残っているか。顔なんかへのへのもへじみたいな感じかも。
だから、時折目力を込めて見つめたり、らしくないことを言ってみたりした。そういう時の鮎川さんの反応は新鮮で、思わぬ手ごたえを感じていた。
――――今の僕では火曜日の王にも金曜日のプリンスにも敵わない。でも、僕はまだこれからだと思ってる。焦るつもりはない。
色んなことがあっても、鮎川さんはジムに来てくれる。今はそれでいいと思ってる。なぜなら僕には、二人にはない切り札があるのだから。
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