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番外編 2
決戦は金曜日~そして伝説へ~
しおりを挟むその日、セレブ御用達トレーニングジム「フィットボディ」は異様な雰囲気に包まれていた。火曜日の王こと九条宗太郎と金曜日のプリンスこと神崎優が火曜日のジムに顔を揃えたからだ。
実は彼らが顔を合わせるのはこの日が初めてではなかった。その前の金曜日、神崎がトレーニングしているところに、九条が顔を出したのだ。それは見慣れたトレーニングウェアではなく、三つ揃いのスーツをバシッと纏う、颯爽とした姿だった。
二人は明らかに目が合ったというのに、言葉を交わすことなく静かな火花だけを散らし、周囲の空気を凍らせた。だが、しばらくしてからどちらからともなく視線を外し、九条はジムを後にした。
「九条さん、今日はどうされたんですか? えっと、素敵なスーツですね」
ジムトレーナーの一人が、彼が去ろうとするのを呼び止めた。
「いや、今からちょっとしたパーティーがあってね。好きじゃないんだけど、仕事だからな」
「そうなんですか。めっちゃカッコいいです」
「それはありがとう。ところで、あのヘーゼルアイの彼。いつからここに来てんの?」
「ああ、神崎さんですか? もう2ヶ月くらいになるかな。気になりますか?」
トレーナーに悪気があったわけではない。九条がここに来た理由を探るつもりもなかった。
「ハハッ、まさか。じゃ、また火曜日に」
軽く鼻で笑い、再び踵を返した。
ところがそれで終わらなかった。九条が毎週訪れている火曜日、突然神崎が現れた。いつも通り、長い脚を強調するようなブランドトレーニングウェアに身を包み、不敵な笑みを浮かべて。
「よお、来たのか……。やるか」
そこに長い髪を後ろでにしばり、まるで侍のような威厳を湛えた九条がやってきた。彼もまた逞しい筋肉を黒っぽいウェアでより美しく見せている。
「望むところです」
金曜日、二人は視線だけで約束したのだろうか。余計なことは何も言わず、トレッドミルに足を進ませた。
「10から15。いいか」
「了解です」
ピ、ピ、ピ、ピーと電子音が響く。直後、美しいフォームで走り出す二人。大きな足音もさせず軽やかに足を進ませた。
「ちょっと、あれ見て。キングとプリンスじゃん!」
「本当だ。どうしてえ? みんな見てるよっ。私らも行こう」
「いやん、なにこれ眼福っ」
2台のトレッドミルの周辺には見る見るうちに人だかりができた。会員のトレーニングが、こんなにギャラリーを背負うことなんか今までなかったことだ。トレーナー達もそれに気付くが、解散させるようなことはなく、自然とその輪に加わっていた。
10から15というのは時速のことだ。時速10キロから初めて15キロまで上げる。おそらくマシンにプログラムされているのだろう。
陸上選手でもなければかなり速いと言える速度だ。だが、彼らは息もフォームも乱すことなく坦々と走っていた。その美しい姿にギャラリーからはため息が漏れている。
「おまえ、どういうつもりだ」
「どういう? ジムに来てはいけませんか」
「ふん、魂胆はわかってるからな」
「おやおや、穏やかじゃないですね」
周囲には当然聞こえない会話だ。まさかこのスピードで走りながら会話してるなんて思いもしない。
マシンはどんどんスピードを上げていく。そのうちに二人もさすがに話すことはできなくなってきた。
けど、どちらも負けたくない一心なのか、かなり時間が経ってるのにやめようとしない。ギャラリーがさすがに引き気味になって来た時。
ピーッ! ピーッ!
長い電子音が二つ、相次いで鳴った。
「な、なにするんだよ。舞原さん!」
「そろそろストップしてください。他のお客様に迷惑ですよ」
トレーナーが二人のマシンの『クールダウン』ボタンを押したのだ。トレッドミルは少しずつ速度を落としていく。二人はちらりとお互いの顔に目をやり、ふっとため息を吐いた。
「はい、会員の皆さんもトレーニング再開してくださーい」
謎の緊張が解けたところで、トレーナーがパンパンと手を叩く。
「はあい」「了解でーす」
ここが引き際だとばかりに、ギャラリー達は各々のトレーニングに戻って行った。
「ま、今日はこんなところにしておきますか」
「今日は? ふん、俺はおまえと二度と会う気はないね」
完全に止まったトレッドミルから降り、九条はタオルを首にかけた。
「ああ、偶然ですね。私もです」
二人とも目も顔も合わさない。
「ふん。相変わらず口の減らない奴。盗み食いするのが得意なのに、金曜日の王子様とか笑わせる」
「どうぞお好きなように。火曜日のキングでしたっけ? そっちも相変わらずお盛んみたいじゃないですか」
「な、なに言ってる。おまえ、俺のストーカーかよ」
「心外ですね。今更」
今更そんなこと。お互い様だろうが。二人の視線が、ようやく交わった。神崎のヘーゼルアイが口よりも物を言う。
九条はそれ以上は何も言わず、憮然としたまま筋トレマシンのエリアに向かって行った。一方の神崎がシャワーを浴びてジムを後にしたので、ジムはいつも通りの平穏な場所に戻っていった。
この日、両雄が並び競ったことから、フィットボディ、トレッドミルの伝説と語り継がれることとなったのは既知の通りだ。
それから半年後、筋トレ初心者のラノベ作家がジムを訪れる。以降、本編へ続く。
♡おしまい♡
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