王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま

文字の大きさ
3 / 11

3.

しおりを挟む
 王はその場をぐるりと見渡した後、エリナを見た。エリナは大きな薄い碧の瞳に涙をためて、王を見上げた。

「どうしたのだ? 何を……怪我をしたのか?」
「お庭に来たら王妃様がいらして……」
「見せてみろ。どうして怪我を」

 王はエリナの手を取った。

「薔薇の棘か?」
「あ、あの」

 言い淀む彼女を庇うように、お付きの侍女が答えた。

「風でドレスが薔薇に絡まり、はずそうとしているうちにお怪我を」

 その言葉を聞いてリーネアが呟く。

「嘘じゃない。王妃様のせいにしなかっただけマシだけど」

 だが王は「風……?」と呟くと、鋭い視線を王妃に向けた。
 王妃は何かを言いかけて、結局、きゅっと唇を噛んだだけだった。

「とにかく、城内に戻って手当を」

「はい」と、エリナはおとなしく戻ろうとする。がしかし、気づいたように王に向かって言った。

「そうですわ。陛下にお伺いしたいことが」
「何だ?」
「このお庭、私にくださると仰って下さいましたよね?」
「……やる、と言った覚えはないな。ここは王の庭だ」

 気づかないほどの一瞬の言い淀みの後、王ははっきり言った。それを聞いてエリナの美しい顔がはっきり歪んだ。

「ほら」

 と、リーネアが嬉しそうに呟いたが、すぐに苦々しげな表情で黙った。

「だが、好きに使っていいとは言った。何故聞く?」
「そうですわよね」

 エリナは花が咲いたように笑顔を向ける。

「わたくし、この薔薇を抜いてしまいたいですわ。危ないですもの。ええ、私だけでなく陛下だって来られるお庭なのに、こんな」
「好きにしろ、庭師に相談してやるがいい。それより早く手当をしてくるんだ」

「はい」

 前にもまして明るく返事をすると、エリナは庭を出て行った。

「さて」

 エリナの姿が見えなくなると、王は王妃に向き直った。

「何故ここにいる。部屋にいろと言ったはずだ」
「申し訳ありません。少し息抜きに出て来てしまいました」

 王妃は素直に頭を下げた。

「姉上の入れ知恵か? 昨日来ていたようだが」
「お義理姉ねえ様は関係ございませんわ」

 王妃は王の目を見て答えた。

「まあ、いい。どちらにしても同じ事だ」
「陛下、失礼ながらお聞きしても?」
「何だ?」
「こちらを本当にあの方の好きにさせるおつもりですか?」
「聞いたとおりだ。俺は使わないからな」
「……そうでございますか」

 王妃は視線を落とす。二人の間に風が吹き抜けた。

「……エリナに何をした?」
「…………。申し訳ございません」

 その時、侍女のルミが声を上げた。

「恐れながら申し上げます。エリナ様の傷は無理に薔薇を抜こうとして自ら作られたものでございます。決して王妃様のせいではございません」

 頭を下げながらも、落ち着いた声だった。王は僅かに眉をひそめる。

「ルミ、出過ぎた真似を。控えなさい」

 王妃の嗜める言葉にルミはますます頭を低くする。

「申し訳ございません」

 そんな女たちを見て、王は一つ息を吐き出した。

「これも同じ事だな。騒ぎを起こすなと申し渡した筈だ」
「はい」

 王妃は視線を下げた。

「リリアス」

 久しぶりに名前を呼ばれた王妃は、その瞳に明るい光をたたえて王の顔を見た。
 だが、王は堅い声のまま続けた。

「手を入れていた地方の城の改修がほぼ終わった。近日中にそこへ移れ」

 王妃は目を丸くして王を見つめた。

「……一人でですか?」

 問う声が僅かにふるえている。

「身近な侍女など必要と思う者は連れて行くがいい」
「そういう事ではございません……」

 王妃は静かに目を瞑ると、王を再び見てはっきりと言った。

「かしこまりました。仰せの通りに致します」
「話は以上だ」

 背を向けようとする王にリーネアが叫んだ。

「陛下、どうかお考え直しください!」
「リーネア、お止めなさい」
「だって! 王妃様は何もなさっていないのに酷いです! どうか、陛下。お庭に出たのもお体の調子がすぐれなくて、それで少しでもご気分が良くなればと思ったからでございます」
「体?」
「リーネア、もういいからお黙りなさい」

 だが侍女は王妃の言葉に従わず、王に向かって言った。

「そうでございます。王城から追い出すなんてあんまりです。 ……王妃様は今、孕っていらっしゃいますのに!」
「リーネア!」
「だって、王妃様!」
「お黙りなさい! それ以上何か言ったら、そなたを側に置いておく事はできません」

 いつになく激しい王妃の言葉にリーネアはその場で泣き崩れた。王はそんな侍女に目を向けることもなく、王妃を見ながら呟いた。

「孕ってる?」
「陛下、違いま……」
「よりにもよって、今か?」

 王は爪が手のひらに食い込むほどに握りしめた。

「違うの!」

 リリアスは涙目で叫ぶように言った。

「違う?」
 
 王妃は深く息を吸って呼吸を整えると、落ち着いた声で言った。

「違います。この者の早とちりにございます。……どうかお心を乱しました事、お許しくださいませ」

 王は王妃をじっと見ると、冷たい表情で言った。

「そなたの言うことをそのまま信じる事はできぬ。後で医者を遣る。報告は医者から受ける。以上だ」

 そう言うと、王は背を見せ立ち去った。後にはリーネアの泣き声だけが続いていた。

 

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

処理中です...