王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま

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「これは何? わたくしに恥をかかせるつもり?」
「決してそのような」

 エリナの叱責に洋服を手渡した侍女はオドオドと言い訳する。

「早く別のものを。こんな服、私に着せようなんて何を考えているの?」

 そう言ってエリナは青く染められた服を床に投げ捨てた。別の侍女がそれを拾う。確かにエリナに一番似合う色ではなかったが、十分に美しい青の布だった。
 用意された別のドレスにエリナは手を通す。高価な絹のドレスに袖を通すとふわっと舞って、それは美しかった。

「こちらはどういたしましょう?」

 そう言って手渡されたのは、薄い桃色のショールだった。花が散らばるように、小花と葉の刺繍が縫い付けられている。

「ああ、できてきたのね。あら、やっぱり素敵になったわ、思った通りよ」

 そう言ってエリナはそのショールを身につける。

「まるで春の妖精のようなお姿ですわ、エリナ様」

 侍女の言葉にエリナは微笑んだ。

「陛下はどちらかしら。せっかく着替えたんですもの、お茶をご一緒したいわ」

 いつも一番身近で使っている二人の侍女を引き連れてエリナが出ていくと、残ったもう二人の侍女は肩の力が抜けたようにため息をついた。

「確かに着替えた衣装も良かったけど、これも綺麗よねえ?」

 青い衣装を腕にしながら一人が言う。

「一番自分を引き立てるのを召されたいのよ」
「でも、いっつもおんなじようなものばっかりで……、可愛いにこだわりすぎよ」
「別に、良いじゃない」
「王妃様はいろいろ楽しがってたのに……」
「しっ。その名前は禁句」

 二人はなんと無しに周りを見渡すと、散らかった部屋を片付け出す。

「それにあなた、前は王……あの方が節操がないって悪口言ってたじゃない」
「あら、悪口じゃないわよ。ちょっと思っただけでしょ」

 言いながら、飲みかけのカップや脱ぎ散らかされた服を拾い、乱れたベットを整える。ここはエリナが与えられた貴賓のための部屋だった。寝室と昼間過ごすための部屋として分けられてはいなかったが、個室としての一部屋の広さは城内最大というものだった。侍女も四人が専属で付き、三人だった王妃以上だった。

「そう言えば、ついて行ったリーネアたち、どうしているかしら」
「きっと田舎で苦労してるわよ。だって直前まで料理人も見つからなくて流石の女官長も焦ってたじゃない」
「そうね」
「あ、でも大丈夫か。元々平民の娘だし慣れてるかも」
「片親は違うらしいじゃない?」
「街育ちじゃない」
「そうよね。ルミは……ルミだしね」
「そうそう」

 そう言って小さく笑いあうと、服を持っていない侍女の方が、片付ける飲み物やカップをトレーにまとめて手に持つ。

「こんなものかしら」
「あとで花も取り替えに来ないと」
「さっさとやりましょ、戻ってこられないうちの方がいいわ」

 二人は部屋を出ると廊下を早足で歩きながら、青い衣装抱えた侍女が小さい声で囁くように言った。

「そういえばさ」
「何?」
「あのエリナ様の仕立て直されたショール、あれ、どっかで見たことあるよね?」
「しっ、……黙っていなさい。いらないことに首を突っ込むのはやめよ。言われたことだけすればいいのよ」
「わかっているわ」

 言われた方は口の端で笑うと首をすくめた。



 ヴィデル王は中庭にいた。庭の東側にある丘を模したように少し土を盛り上げてあるところに一本の木があるり、座るに良さそうな木の下では木漏れ日を風が揺らしていた。だが王はそこには座らずただじっと風がゆらす梢を見つめていた。

「陛下?」

 エリナが侍女を引き連れてやってくると、声をかけた。

「エリナか」
「はい、陛下。お邪魔でしたでしょうか? お菓子を焼かせましたの。よろしければ一緒にお召し上がりになりませんか? あ、お前達は入り口でお待ちなさい」

 侍女達が指示に従って下がると、エリナは王が組んでいた腕にそっと右手を置いた。

「陛下、このようなところでどうされたのです? 探しましたわ」
「別に風にあったっていただけだ。行こう」

 エリナが腕に手を回したまま二人は歩き出す。と、突風のようなものがエリナを襲った。

「きゃっ」

 エリナが悲鳴をあげる。

「何?何なの?」
「風……いや、鳥だ」

 見ると、何羽かの鳥が木の上に止まったかと思ったら、再び羽ばたいて去っていくところだった。

「嫌ですわ。何かしら、本当……」
「しかし、庭はだいぶ手をかけたようではないか?」

 二人は中庭の開けたところに出た。以前は薔薇や色とりどりの小花が咲いていたが、今は掘り返された茶色い地面に植えられたばかりの、まだ花のない草木がてんてんとしていた。

「ええ、庭師に言って変えてもらいましたの。棘の多い薔薇はとりましたし、小さな花も植え替えてもっと大きな見栄えの良いものにしてくれるはずです。咲くのを楽しみにしててくださいね」
「そうしよう。庭師はよく働いているようだな」

 エリナは笑顔を王に向ける。その顔を王は見下ろすと言った。

「その服……」
「何でございましょう?」
「よく似合っている。そなたは似合うものを知っているな」
「ありがとうございます。……嬉しいですわ」

 見つめ合う二人に春の日差しが降り注いでいる。



 
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