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32 正論 その二
しおりを挟むグレンがどんな顔をしてるかわからない。
「っ、ふっ、グズッ、僕の事なんかほっといて! 所詮、僕らは罪滅ぼしの為に関係を結んでただけのつまんない関係━━━━」
もう決裂することになってもいいと思ってそう口にした。
しかし言葉は途中で口をふさがれて止められる。どういうつもりだとグレンを見えない視界で睨みつけた。
口を押えられたまま一つ瞬きをして目元を擦る、それから口を抑えていた手を強引に取り払って何か反論して見ろと、改めて彼を見た。
「なる。俺があなたの居場所になるし、友達なんかじゃない。俺はあなたが好きだ。関係を絶つことになったらとても悲しいし、ニコ、自分自身を大切にしてほしい」
「え……は?」
「だからここまで踏み込んでる。あなたまで破滅的な未来を怖がらないで進んでいっちゃだめだ。頼れるあては本当にない? あなたは、俺にとって唯一だ。
替えなんか、きかない、ねぇニコラス。
冷静に考えてみて、メロディ様の責任のすべては本当にあなたにあるの? 罪は本来自分で背負うものだ。共有しなくてもい、ニコラスはニコラスだよ。
それに、あの人にはあの人のつながりがある。
それはメロディ様自身の問題だし成果だ。あなたが彼女に、尽くすのはいい、与えるのもいい、でもそれがニコラスが俺たちと同じ社会にいるために必要なものまでなげうって、なくしてまで与える物なら俺はその手を止めてほしいと思う」
「ま、待って……」
「見捨てる、見捨てないなんて話をしているんじゃない、あなたが居場所を保ったまま、できることを尽くす方が俺はずっと将来幸せになれる確率が高いと思ってるって話をしてるんだ。
ニコラス、だからどうか振り返って立ち止まってほしい、俺は━━━━」
「待ってッ!!」
何かグレンは核心的な提案をしようとしていた。それはわかる。
でも、その前のさらっと撫でただけの前提条件こそが大問題だ。それに触れずに結論なんか言わせるわけにはいかない。
そもそも僕はそんな話を信じていない。
「何言ってんの? 意味わかんないっ! え、え? 僕、男! マジでほんとに男っ!! 知ってんでしょ!」
「知ってるが、それにどんな問題がある」
「だ、だって、ノンケでしょ、君! 女の子好きでしょ、間違って男に告白するなんてどういう神経?!」
「……ニコラスが好きだ。それだけ」
「いやいやいやそれだけなわけないでしょっ、バカなの?! 仮にバイだったとするよ? バイセクシャルね、わかる?」
「ああ」
「そうだとしても、周りからいろいろ言われるし! そもそも体の関係があるから勘違いしちゃったんじゃない?! 僕、女装してたし愛着湧いたのと、恋人的な愛情を勘違いしちゃっただけだと思う!」
思わず立ち上がってビシッと指をさしてそう口にする。
乙女ゲームの攻略対象が男に恋なんかできないだろう。できたとしてもそれは博愛的な何かではないだろうか。
優しさからくる同情とか、純粋で優しい乙女ゲームのヒーローだからこその体の関係を持ったせいでの勘違いとかそういう事だろう。
将来の事も考えてまずありえない。そんなのぐらいは知っているんだ、僕だって普通に同性愛者として暮らした人生があるのだから。
それに同性愛者が簡単に恋人を作ることなんてない、まず普通に出会う事すらないし、難しくてリスキーだからこそゲームに手を出していたのだ。
だからこそ断言できる彼は大いなる間違いを犯そうとしているし、長続きしない。
「ありえないから、君が僕を好きだとか、姉さまと同じぐらい僕の事求めてくれるとか絶対にない!」
「……」
「だからそんな言葉も全部無効! 聞かなかったことにするから考え直した方がいいよ、グレン、君は優しくていいやつなんだからほんっとに皆から祝福されるかわいい子に出会えるから」
だからグレンはルシアとは無理でも、普通の女の子と僕の事なんか気にせず幸せになってほしい。
こうして話を聞いて指摘してさらには、自分がそうなろうとしてくれているのだって彼の優しさだ。
きっと、抱かれていたのが僕でなくて、その子が同じように窮地に立たされていたらグレンは迷いなく愛をささやいて手を伸ばしてくれるそういう男なんだ。
「……だ、だから、いいよ。やめよ。そういうの、それにほら、君、僕を拾い上げても別に幸せになれないよ。やだよ。勘違いだよ。君みたいな……心底いい人の、相手が僕みたいなのなんて僕が嫌だよ。ありえない」
話していると次第に勢いがなくなって、声が震える。
そりゃ僕だって、グレンは好きだ。でも恋愛対象じゃない、恋愛対象としてみたら一生消えない傷を心に負う。異性愛者に惚れるっていうのはそういう事だ。
だから、絶対にそういう風に思わないようにガードしてた。それなのに、そんなことを言われたら揺らぐ。
だって僕だってほだされている、彼が好きだ。
「そういう事だから、気にしないで。君と僕は結婚式でぎりぎり呼ばれない微妙な関係の友人的な位置が一番いいよ。
そりゃ、君に抱かれるの好きだったよ僕、ああ、でもそういうのが君に対してにじみでてた? ……っていうかゲイだって話してたっけ? キモイでしょ。いやそうじゃなくて。
……そういう僕の抑えきれない劣情? 的な奴が君を惑わせたみたいなことでしょ。
大丈夫、一夜過ごせば多分誰でも君に惚れるし、試しに、付き合ってあげよっか? 花街とか行く? …………君、人気だと思う……」
ありえないと思うし、ありえてはいけないと思うのに、否定する言葉がどんどん小さくなっていく。
喉が引き攣って、声がうまく出ない。嬉しいって気持ちが心の奥からじわじわせりあがってきて、状況に見合ってなさすぎる。
「っ、……こんな時に、なんでこんなは、話してんだろっ、ああもう……っ~」
ぐっと拳を握って、そもそもこんな色恋の話などするつもりもなかったし僕には姉さましかいないっていう話だったのに、おかしい。
ついに顔を俯かせて黙った。正解がわからない。何が正しくて姉さまとの問題はどうしたらいいんだろう。
僕の事本当にグレンは好きなのだろうか。好きって何だろう。
将来性はあるのか。すぐ飽きるんじゃないか。僕しか知らないからそんな話をしているんだろう。それに姉さまのことだって結局具体的にどうするつもりなの。
ぐるぐると考えが巡って、ふときつく握っていた手にグレンの冷たい指先が触れる。
「っ」
体がびくっと震えて、彼を見た。
「……ニコ、どうしたら信じてくれる?」
まったく諦める気のない声に、僕はなんだか堪らなくなってしまう。
あんな風に言われたら普通に好きだって思っていても腹が立つだろう。むしろ真剣なのだから否定されたら誰だって怒るはずだ。
それなのに、やっぱりグレンはいいやつで、僕の信用、それだけを求めていて決してブレない。
どうあっても信じない、なんて突っぱねる言葉が思い浮かんだ。きっとそれを言うのが正解だ。
信じる条件なんて出してはいけない。自分の為にも、グレンの為にも。グレンに僕は絶対に見合っていない。だって乙女ゲームの攻略対象なのだ。完璧なのだ。
突っぱねるべきだ。そうするだけでいい。そう考えるのに、勝手に開いた口は、駄目だとわかっていても言葉を紡ぐ。
「…………す、好きなら、言わないでよ。姉さまの事とかもう、今は、僕聞きたくない。頭パンクしそう、言わないで」
わがままが口を突いて出る。
彼の言葉は耳に痛くて、正論で、正しくて苦しい、それからグレンに対する感情が僕に続けて言葉を言わせた。
「そ、それに好きだってんなら、普通にさ、一回ぐらい抱いてみてから、言ってよね、じゃなきゃ信じられるワケ、ない……でしょ」
彼の些細な表情の変化も見逃さないようにじっと見つめて僕はそういった。
すると彼はまったくためらわずに、笑みを浮かべて、一言「わかったと」小さく言ったのだった。
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