冬空の木漏れ日

わしお

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ライブの後、せっかくだから挨拶に行こうと、社長と翔は楽屋に向かった。

この日はボーカルのKyoyaさんの誕生日らしい。というか、このライブがバースデーライブだった。
どうせなら直接おめでとうを言いたいというのもあり、いそいそと楽屋に向かう。
まさか話ができる日が来るとは思っておらず、翔は緊張を極めていた。

そんな翔を気にした様子もなく、社長がドアをノックする。心の準備が整わないうちに、扉は開かれた。

出てきたのは、キーボードのKoheiさん。特別顔がいいわけではないが、爽やかな雰囲気に親しみやすさを感じる。遠くから見た印象より意外と背が高い。

Koheiさんは作曲を務めていて、Chronicle Growthの楽曲は全てKoheiさんが作曲、編曲をしている。
最近では他のアーティストへの楽曲提供も行っていて、繊細で深みのある、他に類を見ない独特の世界観に定評がある。と、後でネットで調べた。

「社長!お疲れ様です」
「お疲れ様」

社長と共に招き入れられる。入ってすぐに、一人の少年…に見える青年が社長に駆け寄って来た。

「しゃちょ~!聞いてくれたの?」
「ああ。良い演奏だったよ」

駆け寄ってきたのは、ドラムのりつさん。小柄で一見女性と見まごう程可愛らしいが、もう二十四歳の青年だ。
可愛らしい外見からは想像もつかないほど激しいドラムに、ギャップが凄いと評判である。確かに、かなり荒々しかった。

その奥では、三人の青年が「お疲れ様です」と頭を下げている。
右から、ギターのクロユリさん、ベースのMASATOさん、そして、ギターボーカルのKyoyaさん。

クロユリさんは唯一の未成年だ。後ろだけ長い真っ赤な髪に、つり上がった紫色の目が特徴で、Koheiさんに異様に懐いているらしい。一番最近加入したメンバーで、翔がMusic Sparkを見た時にはいなかった。

MASATOさんは右側の前髪が長く、眼鏡をかけている。物静かでクールな印象だ。

そしてKyoyaさんは、長めの茶髪に金色のメッシュという、少々チャラそうな印象の髪型ながら、気遣いができ、スタッフなどへの対応もしっかりしていることから、真面目な青年だと認識されている。

182cmの高身長、細身なのに逞しさを感じる肉体美、理想的な長い足、そして圧倒的すぎる顔面の美しさから、モデルなどの仕事もこなす。

近くで見ても本当に綺麗な顔立ちで、つい整形を疑ってしまいそうになる。
よく見れば赤茶色の瞳はカラーコンタクトだ。キャラ付けのためだろうか。

それにしても、この世のものではないかのような美しさに、翔は言葉を失った。

整っていると言えば、クロユリさんもMASATOさんも怖いくらい美人なのだが、Kyoyaさんに目が行くのは身長の問題か、もしくは好みの問題だろう。

この人が、あの繊細な歌を歌っている。憧れが目の前に現れたようで、不思議な心地だった。

社長はつかつかと奥に歩いていき、同時にKyoyaさんが社長に向かって歩いて来る。

「Kyoyaくん、お誕生日おめでとう。途中からしか聞いていなくて申し訳ないけど、素晴らしいライブだったよ」
「ありがとうございます」

社長とKyoyaさんが言葉を交わす。その横顔まで美しくて、視線が引き寄せられる。

ついぼーっとしてしまったが、ふと気が付けば皆の視線がこちらに向いている。
翔は慌てて頭を下げた。

「は、初めまして!今日からお世話になります、高木翔です!よろしくお願いします!」
「専属マネージャー候補ではあるけど、まだ誰に付くか決まっていなくてね。タレントみんなを見て回っていたんだよ」

社長が補足を入れれば、みんな興味深そうに翔を見る。
最初が肝心だというのに、頼りなさそうに思われただろうか。

ビクビクする翔を気にした様子もなく、りつさんが無邪気に話しかけてくる。

「かけるっち、今日のライブ見てくれた?」
「え、あ、はい」

急にかけるっちとあだ名をつけられたことに驚いたが、今まであだ名をつけられた経験がほとんどない翔は少し嬉しくなった。
りつさんは嬉しそうに笑う。

「本当!?どうだった?僕可愛かった?」
「はい。可愛らしいのに、ドラムが凄くて……」
「でしょ!!他は?どこか印象に残ったとことかある?」
「えっと……」

りつさんの質問攻めに戸惑いながらも、印象に残った部分を考える。

りつさんのドラムは凄かった。力強くて、しかし全体のリズムを正確に刻んでいた。
MASATOさんのベースもかっこよかった。もう弾いている姿がかっこよかった。
クロユリさんのギターも、独特の存在感があってよかったと思う。
Koheiさんのキーボードは非常に繊細で、技術の高さがうかがえる。ばらばらになりそうなそれぞれの演奏を一つにまとめているのも、Koheiさんだと思う。

だがやはり一番印象に残っているのは、Kyoyaさんの歌だった。

「Kyoyaさんの歌が、凄く頭に残っていて……」

そう言うと、Kyoyaさんが少々驚いた顔をする。他のメンバーも興味深そうに聞いていた。

「透き通った綺麗な声で、かっこよくて、でも、どこか寂し気に聞こえて……」
「寂し気?」

りつさんが首を傾げる。クロユリさんとMASATOさんも、社長も不思議そうな顔をしていて、やはり自分がおかしいのかと焦ったが、出してしまった言葉は飲み込めない。Koheiさんは興味深そうに翔の言葉を待っている。

Kyoyaさんは無表情で、怒らせてしまったかとひやっとする。

やはり翔の勘違いだろうか。言うべきではないだろうか。しかし、みんなが言葉の続きを待っている。これは逃げられそうにない。

「いや、あの、オレの個人的な感想なんですけど、なんか……」

歌っているKyoyaさんの姿を思い出す。小さくてよくは見えなかったが、その瞳も、どこか寂しそうに見えた。
その表情は、まるで。

「泣いてるみたいに、聞こえたんです」

置いて行かないでと、泣き叫んでいる子どものように見えた。
辛そうで、悲しそうで、つい手を伸ばして抱きしめたくなるような、そんな脆さを感じた。

「………ふーん……」

地を這うような低い声が聞こえて、翔ははっと我に返る。

顔を上げれば、Kyoyaさんは翔に向かって真っすぐに歩み寄ってきた。
高身長に圧倒され後ずさるが、壁にぶつかって身動きが取れなくなる。

見上げればKyoyaさんが、光のない瞳で、意地の悪そうな微笑みを浮かべていた。

「社長、俺たちにも専属マネージャーつけたいって言ってましたよね」
「え?うん。そうだけど……」

Kyoyaさんがにいっと口の端を吊り上げる。それが獲物を捕食する前の肉食獣のように見えて、翔は肩を震わせた。

「それ、高木さんにお願いしたいんですけど、いいですか?」

驚きと恐怖に声が出なかった。
これは明らかに、地雷を踏んだ。

社長はそんな翔の様子に気づいていないようで、嬉しそうに手を叩いた。

「もちろんだとも!そう思ってくれて嬉しいよ!」

Kyoyaさんはふっと笑って、翔に手を伸ばす。

「では、これからよろしくお願いしますね。高木さん」

その目には一切光が点っておらず、口は笑っているのに全く笑って見えない。
小心者の翔に断る勇気などあるはずもなく、震えながらその手を取ることしかできなかった。
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