冬空の木漏れ日

わしお

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年末年始は生放送に追われ、ようやく休みが取れたのは三が日も過ぎた五日のことだった。

この日は社長も休みで、なんと社長の娘さん二人が遊びに来るのだという。元お嫁さんは来ないらしい。
正月はおせちを食べる暇もなかったし贅沢しようと、社長が寿司を買ってきた。めちゃくちゃ豪華だ。いくらするのだろう。

息子さんが帰ってくる気配は、今のところ無い。

昼前になり、インターホンが鳴る。翔が出たら驚かないだろうかと思ったが、説明してあるので大丈夫らしい。
それならばと、翔は玄関を開ける。そこには、何とも綺麗な二人の女性が立っていた。

一人は、胸まである髪を緩く巻き、ふわふわとした可愛らしい白いコートを纏っている。
もう一人は、腰まである真っ直ぐな黒髪に、細身の紺色のコートを纏い、スタイリッシュな雰囲気だ。

大きく雰囲気は違うが、全く同じとしか思えないほど似た顔をしている。

ふわふわとした女の子は、翔を見ると、にっこりと笑った。

「あなたが同居人さん?初めまして!柏木 桃花かしわぎ ももかです!」

続いて、スタイリッシュな女の子が頭を下げる。

「神澤正行の娘の、柏木 柚葉ゆずはです。いつも父がお世話になっています」

丁寧な挨拶に、翔もつられてお辞儀をする。

「は、はじめまして!高木翔です!オレの方こそ、お父さんにはいつもお世話になっています!」

予想以上の美人姉妹に、動揺して何度もお辞儀をしてしまう。
そのうちに、後ろから社長の声がしてきた。

「いつまでそんなところにいるんだい?寒いから早く上がっておいで」

そう言われて、道を塞いでしまっていることに気づいた。何とも情けない。

「す、すみません邪魔ですよね!どうぞ上がってください!」

翔が慌てて壁際に寄れば、桃花さんはおかしそうに笑った。

「翔さんって面白い人ね!」
「えぇ!?」

どの辺が面白いと思われたのだろう。そういえば、Kyoyaさんにも変わっていると言われた。

またも動揺する翔を無視して、二人は玄関を上がっていった。

早速テーブルにつき、四人で寿司を食べる。姉妹は食べる所作まで綺麗で、育ちの良さが伺える。
そういえば、Kyoyaさんも凄く綺麗に食べる人だった。名門大学を出ているし、やはり育ちがいいのだろうか。

食事をしながら、姉妹と社長は近況について話している。社長の会社のこと、別れたお嫁さんのことなど、とても楽しそうに話していた。

ふと、桃花さんが辺りを見渡した。

「今年もお兄ちゃんは帰ってないの?」

社長は残念そうに眉を下げた。

「そうだね。でも最近は元気そうにしてるよ」

その言葉に、翔は驚く。

全く家に寄り付かなくなったと言っていたから、もうしばらく会っていないんだと思っていたが、社長の口ぶりからすると、息子さんの様子を知っているように聞こえる。

「え……。息子さんと会ってるんですか?」

きょとんとする翔に、三人は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑みを返した。

「そっか。翔さんは知らないんだね」

そう言って桃花さんが笑い、柚葉さんもうなずく。

「兄は、お父さんの事務所に所属しているんです」
「え……えぇ―――!?」

翔は驚いて椅子から落ちそうになった。
なんとか踏ん張るが、驚きは隠せない。

てっきり会っていないものと思っていた。ずっと会えなくて寂しい思いをしているのだと。

しかし、事務所に所属しているとなれば何度も顔を合わせているはずだ。
所属している、という言い方からして、きっとタレントの誰かだろう。しかし、金色の髪に青い瞳の人なんていなかった気がする。色を変えているのだろうか。

「事務所の……アーティストさんですか?」

翔の問いに、社長はうなずいた。

「断られるかと思ったんだけどね、誘ったら所属してくれたんだ。でも……」

温かいお茶が入った湯呑を手に持ちながら、社長は寂しそうな目をした。

「私のことは、父親だと思っていないみたいでね。再会してから、親子として話したことは一度もないよ」

桃花さんと柚葉さんも、同じように寂しそうに目を伏せる。
その表情があまりにも切なくて、それ以上何も聞けなかった。

食事が済むと、社長たちは毎年恒例なのだというボードゲームを取り出した。
就職から退職までの人生をルーレットで進むゲームだ。翔も昔友達の家でやったことがある。

「えっと……アイドルになる!やった!桃花アイドル!」
「火災で家を失う。はぁ……」
「ゆず、気を落とさないで。お父さんは株が大暴落だよ」
「1!また1かぁ……。エンジンが故障。一回休み。えぇ!?」

翔が小さい数字ばかり出したせいで三時間くらいかかったが、終わってから手元に残っている金額は社長が一番低かった。社長は「ゲームでも人生は上手くいかないねぇ」と笑った。

テレビを見て、夕飯を食べれば、あっという間に夜だ。翔は二人を駅まで送ることにした。

二人は翔の前を歩き、なおも楽しそうに会話をしている。まあ、主に桃花さんが喋って、柚葉さんは相槌をする程度だが。

「……あの」

もう数秒で駅、というところで、翔はずっと、聞くか聞かざるか迷っていたことを、とうとう口にした。

「二人はお兄さんのこと、どう思ってるのか、聞いてもいいですか」

翔は今まで先入観で、息子さんを「家に寄り付かない放蕩息子」だと思っていた。
けれど、二人の口から聞く「お兄ちゃん」は、悪い人ではなさそうに思えた。

きっと深刻な話で、あまり他者に話したい話題ではないだろうと思っていたのだが、予想に反して、二人は翔の問いに嬉しそうに答えた。

「とってもかっこいいんだよ!」
「優しい人です。凄く」

表情の乏しい印象があった柚葉さんまで、年相応の幼さを見せて微笑む。
翔は声が出ないほど驚いた。それは翔が今まで勝手に作ってきた息子さん像と、あまりにもかけ離れた答えだった。

「翔さんもきっと好きになるよ!」

桃花さんの弾むような声に、柚葉さんも笑顔でうなずく。
その様子に、翔もつられて笑みが零れた。

翔も息子さんに、二人にとってはお兄さんに、会ってみたいと思った。

駅に着くと二人は去りながらいつまでも手を振り、翔も見えなくなるまで手を振り返した。

「ただいま帰りましたー」

もはや実家のように馴染んできた社長の家に戻ると、翔は社長に手招きをされた。
社長は温かいお茶を淹れ、テーブルに座る。コートを置いて手を洗った翔も席に座り、お茶をいただく。

「気になっているんだろう、息子のこと」

そう言われ、翔は俯く。二人には聞いてしまったし、思いのほか明るく返ってきたとはいえ、社長にとってはそうではないかもしれない。というか、そうでない気がしてならなかった。
だから聞かずにいようと思っていたのだが、どうやらバレてしまっていたようだ。

社長は湯呑を置き、申し訳なさそうに話し出す。

「具体的に誰なのかは、申し訳ないけど言えないんだ。あの子にとって、私は父親ではないようだからね」

そう話す表情は本当に切なそうで、翔の方が胸が苦しくなった。

「私が、昔アイドルをしていたことは知っているかい?」
「はい」

社長は前を向き、どこか遠くを見るような目をする。

そして社長はゆっくりと、息子さんとの物語を話し始めた。
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