冬空の木漏れ日

わしお

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時間が遅いこともあり、温泉には人はほとんどおらず、がらんとしていた。
潮風に当たったからしっかり体を洗おうと、ガシガシと頭を洗う。

それにしても、今日の撮影は凄かった。あんなに寒い中で、メンバーは誰一人寒いと言わず、全力のパフォーマンスをしていた。
はっきり言って、人間技ではないと思った。ダウンジャケットを着ている翔でも寒かったのに、薄い衣装で何故あれだけのパワーが出せるのか。

一人余韻に浸かっていると、横から「あれ?」と声がした。
振り向けば、里津さん、真人さん、耕平さん、クロユリさんがいた。

「かけるっち!そんなにゴシゴシ洗っちゃ駄目だよ!」
「え、ごめんなさい!」

いつもゴシゴシ洗ってしまうが、考え事をしていたせいか、いつも以上に力加減が疎かになっていた。
里津さんは翔の隣に腰掛け、自前であろうシャンプーを取り出す。

「いい?正しい髪の洗い方はね」

そのまま髪の洗い方講座が始まり、翔は戸惑いながらも言われたとおりに髪を洗う。
その様子に苦笑しながら、耕平さんは後ろを通り過ぎて離れたところに座る。その隣、一番端になるところに、クロユリさんが腰掛けた。
真人さんは里津さんの隣に座り、里津さんが実践したものと同じ手順で体を洗い始めた。

体を洗い終わり、何となくみんなが終わるのを待ってしまう。少しして、真人さんが立ち上がって翔たちの元に来た。
が、その真人さんの顔を見て、翔は驚いた。

普段前髪で隠れている、顔の右側。そこに、大きな火傷痕のようなものがあった。

「真人さん、顔どうしたんですか!?」

翔がそう言うと、真人さんは少し驚いて、顔の右側に触れる。

「言っていなかったか。幼い頃に家が火事になって、火傷を負ったんだ」
「普段はメイクで多少隠してるしね。気付かなかったでしょ」

里津さんが自慢げにそう言い、翔は激しく頷いた。
何故里津さんが得意げなのかはわからないが、こんなに大きな火傷を隠してしまえるのだから、メイクとは凄いものだ。

「気持ち悪いだろう」と真人さんに言われたが、全然そうは思わず、翔は首を横に振る。折角綺麗な顔をしているのに勿体ないとは思うが、別に不快とは思わない。
真人さんは翔の様子に、安心したようにほっと息をついた。

耕平さんとクロユリさんも合流し、みんなで温泉に浸かる。
思わず「はぁ~」と声が漏れ、心地よい湯に体を委ねる。

大きな窓からは海が見えるはずなのだが、案の定暗くて何も見えなかった。少し残念ではあるが、さっき散々見たからいいだろう。

「きもちぃ~。きょうちゃんも入ればよかったのにね」

里津さんの意見に、クロユリさんがうなずく。

「なんで来なかったんだ?」
「理由は聞いてませんけど……多分、コンタクトを人前で外したくないんだと思います」

翔がそう言うと、クロユリさんは可愛らしく首を傾げた。

「コンタクトしたまま入っちゃ駄目なのか?」
「目の病気になる可能性があるんだとさ」

クロユリさんの疑問に、耕平さんが答える。翔も知らなかったが、それは恐ろしいことだ。

しかし、クロユリさんも相当変わった目の色をしているが、これはコンタクトではないということだろうか。
紫の目なんてあり得るのだろうか。しかしクロユリさんの様子からして、コンタクトではなさそうだ。不思議なこともあるものだ。

「でもさー、きょうちゃんが一番疲れやすいんだから、お湯に浸かって代謝上げた方がいいよ。倒れてもかけるっちじゃ対処できないでしょ?」
「え……。そんなによく倒れるんですか?」

里津さんの言葉に、翔は不安になる。
今日は特に寒かった。疲れやすいのなら、確かにしっかり体を休めるべきだし、何かあっても翔では対応できない。
翔の質問に、耕平さんが苦い顔で答える。

「恭哉は元々、そんなに体が強くないんですよ。寒さには強いので、今日は大丈夫だと思いますけど。毎年夏バテは酷いし、ライブ後に酸欠で倒れたこともありましたね」
「疲れが溜まってるときにライブやると倒れるよねー。事務所入って一カ月後くらいもそれで倒れて、それからライブのタイミングすんごい気ぃ使うようになった」

里津さんが、少々呆れたようにそう言う。

今日は大丈夫そうならひとまず安心だが、それならあまり仕事は詰めすぎない方がいい。これからはスケジュールにゆとりを持たせた方がいいだろう。
だが、グループの仕事は翔が管理しているが、個人の仕事は松木さんが調整している。数カ月先までスケジュールが埋まっているから、今から調整するのは難しいかもしれないが、一回相談してみてもいいかもしれない。

「目の色ってそんなに気になるか?オレこの目でこの髪色だけど、気にしたことないぞ」

クロユリさんがそう言って、自分の髪をもてあそぶ。少し暗めではあるが、大輪の薔薇のように赤い色をした髪は、かなり人目を引くだろう。

「見られたくないのもあるだろうけど、自分でも見たくないんだろうな。それだけあいつにはコンプレックスなんだよ」

耕平さんが、少し寂しそうにそう言う。
一体、どんな瞳をしているのだろうか。肌も白いし、瞳も薄い色なのだろうか。それとももっと濃い色なのだろうか。それとも、クロユリさんみたいに変わった色をしているのだろうか。

「皆さんは、恭哉さんがコンタクト外したとこ見たことあるんですか?」

翔の問いに、耕平さんだけがうなずき、他の三人は一様に首を横に振った。

「俺は高校が同じで、染髪もカラコンも禁止だったから知ってますけど……。高校卒業してからは見てませんね」
「僕が会った時はきょうちゃん大学生だったけど、もう今のスタイルが完成してたな―。姉なら元カノだし、知ってるかもしれないけど」
「え、彼女さんだったんですか!?」

翔が驚くと、里津さんは「元ね。元」と強調するように言った。

「そもそも僕ときょうちゃんが会ったきっかけが、姉がきょうちゃんに僕を紹介したことだからね」
「へえ……」

そういえば、今までメンバーの出会いについては聞いたことがない。
恭哉さんと耕平さんが高校の同級生なのはプロフィール見て知ったが、あとのメンバーは共通点もなく、年齢もバラバラだ。
里津さんはお姉さんからの紹介とわかったが、他の二人はどのように出会ったのだろうか。

「真人さんとクロユリさんは、どういう風に出会ったんですか?」
「マサは倒れてるのを僕が拾った」
「クロユリは倒れてるのを俺が拾いました」

里津さんと耕平さんが順番にそう言い、真人さんとクロユリさんも頷いた。

「え、倒れ、えぇ!?」

予想外の答えに、翔は思わず大きな声を出してしまった。
思いのほか反響して、他のお客様の迷惑になっていないだろうかと慌てて周りを見たが、温泉には翔たちしかいなかった。

「倒れてたって、どういうことですか……?」

深刻な顔になってしまう翔に対し、里津さんはカラッとした笑顔で笑う。

「ちょっと怪我して動けなくなってたんだよねー。で、うちの病院に連れて行ったの」

怪我の理由は言わなかった。真人さんは黙ったままだ。なんとなくそれ以上聞かない方がいい気がして、翔はクロユリさんに目を向ける。

「クロユリさんは……?」
「家出して腹減って倒れただけ」

クロユリさんはあっけらかんとそう言ったが、耕平さんと里津さんと真人さんは複雑な表情をしている。
一体どんな家出だったのだろうか。気になりはしたが、なんとなく話したくなさそうなので、追究しないでおいた。

「話戻すけど、きょうちゃんの目の色ってどんな色なの?そんな変な色なの?」

里津さんが耕平さんに尋ねるが、耕平さんは渋い顔をした。

「本人が見せたがらないのをむやみに話すわけにはいかないからな……。でもまあ、特殊な色だとは思うよ」

里津さんとクロユリさんが首を傾げる。翔も、特殊な色とはどんな色だろうかと思った。
特殊とは言っても、流石に人間にはありえない色ではないとは思う。

ふと、社長の息子さんの写真が頭をよぎった。
あんな青い色もきっと似合うだろうな、なんて、勝手な想像をした。
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