冬空の木漏れ日

わしお

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温泉から戻ると、恭哉さんはベッドに腰掛けて、スマートフォンを見ていた。
まだシャワーを浴びてきた形跡はない。やはり、人前でコンタクトを外したくないのだろう。翔もさっさと寝た方が良さそうだ。

恭哉さんは翔に気づくと、スマートフォンをサイドテーブルに置いて、充電ケーブルを差した。

「おかえりなさい、俺シャワー浴びてきますね。先に寝ててください」

そう言って、バスタオルとルームウェアと、何やら小さいポーチを持ってシャワールームに向かった。

コンタクトレンズを外さなければいけないし、きっとシャンプーやスキンケア道具なども持ってきているのだろう。
流石、モデルもするタレントは意識が違うなどと思いながら、確かに疲れているしお言葉に甘えて寝てしまおうと布団をめくると、洗面所の方から「あ」と声がした。

何か忘れ物かと思ったが、恭哉さんが戻ってくる気配はない。カタカタと音が聞こえてくる。
どうしたのだろう。何かトラブルだろうかと思い、洗面所に向かい、ドアをノックする。

「恭哉さん、どうしました?」
「ああ、すみません。コンタクト落としただけです」

カラーコンタクトだから、なくても視力に影響はないかもしれないが、恭哉さんが自分の目の色が嫌いだと言っていたことを思い出す。
コンタクトのいらない翔に予備という概念はなく、見つけ出さなければ大変だとつい慌ててしまう。

「え、大丈夫ですか!?探すの手伝いますよ!」

そう言って扉を開ける。恭哉さんは右目を手で押さえていて、左目にはまだコンタクトが入っていた。

「すみませんね……。この辺りだと思うんですけど……」

恭哉さんが洗面台の方を探す。翔は目を皿のようにして床を見た。
すると、赤茶色っぽい丸いものが、隅の方に落ちていた。

「あ、これじゃないですか?」

手を伸ばし、それをそっと摘まむ。手のひらに乗せれば、若干グロテスクにも見える目玉のようなものだった。
間違いないと思い、立ち上がろうとする。その時、足元がつるりと滑った。

「うわっ!」
「危ない!」

後ろに転倒し、床に頭をぶつけた……かと思いきや、床との間に何かが挟まっているように、固い衝撃は訪れない。
感触からそれが人間の手だと認識して、慌てて目を開けた。

「すみませ……」

謝ろうと言葉を発したが、目に入った美しい輝きに、思わず言葉を失った。

冬の空のような、澄んだ青色。
雲がかかったように若干グレーを帯びてはいるが、儚くも華やかな、美しい色だった。

この色に、翔は見覚えがあった。社長の家で見た、天使のような少年の写真。
その面影を残した輝きが、恭哉さんの右目に浮かんでいた。

恭哉さんは、翔が頭をぶつけないように咄嗟に手を伸ばしてくれたのだろう。右手が翔の頭と床の間に挟まり、翔に馬乗りになるような体勢になっている。
おかげで顔の距離が近くなり、いつもより細かいところまで目に入る。

茶色く染められた前髪の生え際が、若干金色に輝いているのがわかる。
眉毛も、よく見れば睫毛まで根元が金色をしている。
なんとも美しい、この世の神秘のような光景だった。

翔は思わず魅入ってしまい、硬直していたが、恭哉さんの眉間に皺が寄り、はっと我に返った。

「す、すみません!!まじまじと見てしまって!!えっと、その……」

何と言ったらいいかわからずしどろもどろになっていると、恭哉さんが翔の上から体を起こし、翔の上体も起こしてくれる。
握ったままだったコンタクトレンズを手渡せば、恭哉さんは無言のまま洗面台に向かった。

聞くべきではないかもしれない。だが、どうしても聞かずにはいられなくなった言葉を、翔は恐る恐る恭哉さんの背中に向けて発した。

「あの……。恭哉さんが、社長の息子さん、なんですか……?」
「……そうですよ」

恭哉さんは左目のコンタクトレンズも外し、翔の方を振り返る。

「後でちゃんと話します。あの人からどう聞いているかは知りませんが、気になるでしょう?」

その顔は悔いているような、悲しんでいるような複雑な笑顔で、翔は申し訳ない気持ちになりながらうなずいた。

本当は、首を突っ込むべきではないのかもしれない。けれど、どうしても気になってしまう。
翔から見た恭哉さんは、社長を嫌っているようにはとても見えない。

そういう顔を作っているだけかもしれないが、本当に嫌っているのなら、事務所に入ろうとはしないんじゃないだろうか。最初に翔に向けてきた態度から考えると、嫌いな相手の利益になりそうなことをするタイプではない。

知りたくなった。恭哉さんの心を。どうして、黙って家を出て行ってしまったのかを。

眠気も吹き飛んでしまい、翔はベッドに腰掛けて恭哉さんが戻ってくるのを待つ。
ふと、恭哉さんの鞄から、長財布が顔を出しているのが見えた。しかもファスナーが開いている。
中身を落としてはまずいと仕舞おうとするが、免許証が目に入り、好奇心に負けてそっと取り出す。

書かれていた名前は、神澤恭哉。
紛れもなく、社長と同じ苗字だった。

新年会の時、恭哉さんの苗字は聞かなかった。もしかしたら、里津さんは意図して話題を逸らしたのかもしれない。
いつだったか耕平さんが話した、恭哉さんがファミーユミュージックにこだわる理由。
全ての点と点が、ようやく繋がったような気がした。

免許証をそっと仕舞ってファスナーを閉じ、財布を鞄の中に入れる。
しばらくして戻って来た恭哉さんは、元々着ていた服とポーチを鞄に仕舞うと、翔と向かい合うようにベッドに腰掛けた。

「何から話しましょうか。社長からはどう聞いてます?」

社長が息子さんのことを語った時と同じように、恭哉さんは落ち着いた口調でそう言った。
社長から聞いた長い話を、どうまとめたらいいかわからず、しどろもどろになりながらも伝えようとした。

「えっと……。最初の奥さんとのお子さんで、西洋の血が入ってて、次の奥さんから、虐待を、受けていたと……。でも社長はそれをずっと知らなくて、息子さんが出て行ってから、娘さんに奥さんと息子さんの不仲を聞いて……」
「桃花と柚葉が話しちゃったんですね。口止めしたのに」

恭哉さんはそう言ってため息をついたが、その顔は非常に穏やかで、怒っているわけではないことがわかる。
桃花さんと柚葉さん、そして社長のことも、嫌っているわけではないように見える。桃花さんと柚葉さんの名前も、大切そうに口にする。

「……どうして、黙って出て行ってしまったんですか」

納得できなかった。社長は幸せな家庭を信じていた自分への当てつけだと言った。けれど、どうしてもそうは思えない。

恭哉さんと出会ってから、まだ一カ月も経っていない。だが当てつけをするほど嫌いなら、他の事務所に入って、見せつけるようにファミーユミュージックのアーティストたちを蹴散らしていくだろう。嫌いな相手には攻撃をするタイプだと思う。

社長を嫌ってはいないんじゃないか。本当は恭哉さんは、社長を大切に思っているんじゃないか。希望的観測かもしれないが、そう思えて仕方がない。

恭哉さんは、青い瞳に寂しさをたたえて笑った。

「少し、長い話になりますよ」
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