冬空の木漏れ日

わしお

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ピピピという規則的な音と、ブーブーとものが震えるような音で目が覚める。
すぐにそれがスマートフォンの目覚ましであることを理解するが、いつも聞くものとは違う音に一瞬戸惑った。
音を止めなければと身じろぐが、しっかりと体を拘束されていてそれは叶わない。

そこでようやく、いつもと状況が大きく違うことを認識する。

ゆっくりと目を開けるが、頭からすっぽり覆われている掛布団と、温かく大きな壁に囲まれ、視界は暗闇に覆われている。
温かい壁が規則的に膨らんだり縮んだりしているのを見て、それが人間の胸板であることを認識し、同時に昨夜の出来事を思い出す。

途端に恥ずかしくなってきて、拘束するようにがっしり抱きしめる腕から這い出そうとするが、全くビクともしない。

何とか顔だけ這い出すことができ、未だ健やかな寝息を立てている恭哉さんの顔を覗き込む。
相変わらず恐ろしいほど整った顔は、目元だけ少し腫れている。

少し冷やしてから寝た方が良かっただろうかと思いながら眺めていたが、鳴りやまない目覚ましが、いい加減起きろと伝えてくる。

起き上がろうにも、恭哉さんの腕に抱きしめられて出られそうにない。
どうしようかともがいていると、恭哉さんがうっすらと目を開けた。

神秘的な青い瞳は、どこか遠くを映していたが、ゆっくりと眼球が動き、翔を映して止まる。

「あ、おはようございます……じゃない。おはよう」

翔はいつものように話しかけてから、敬語を使うなと言われたことを思い出し、少しむずがゆく感じながらも言い直す。
恭哉さんは柔らかい笑顔で微笑んだ。

「……おはよう」

少し掠れた声にドキッとする。妙な色気があって、男の自分でさえときめいてしまった。

恭哉さんは片腕で翔をホールドしたまま、サイドテーブルに置いていたスマホに手を伸ばす。
目覚ましの音が止み、恭哉さんが掛布団をめくる。
恭哉さんが翔から腕を外し、ようやく解放された翔は急いでベッドから降りた。

なんだか、朝から凄く恥ずかしい時間を過ごしてしまったような気分だ。挨拶をしただけなのに。

着替えて寝間着を畳んでいると、恭哉さんが翔の名前を呼ぶ。

「昨日の話、社長には黙っててくれないか」

どうして、と聞こうとしたが、恭哉さんの真剣な表情に、翔は何も言えなくなった。

「翔に頼るのは楽だけど、やっぱり、俺から話すべきだと思うから」

真剣に、しかしまだ不安そうに、空色の瞳が揺れる。
それでも向き合おうとしている。自分から向かい合いたいのだということがわかる。
きっと彼らの中にある感情は複雑で、翔が簡単に口を出すべきではないのだろう。

「……うん。わかった」

それだけ言うと、恭哉さんはほっとしたように表情を緩めた。

準備を整えて朝食に向かおうとしたが、恭哉さんに呼ばれて洗面所に連れてこられる。
鏡を見れば、翔は目元が大きく腫れていて、とてもそのまま外に出られる顔ではなかった。

恭哉さんがメイク道具を取り出し、翔の目元にそっとメイクを施す。メイクに詳しくない翔には何をしているのかよくわからないが、段々と腫れが目立たなくなっていく。

ふと恭哉さんの目元を見れば、腫れているようにはほとんど見えない。化粧でここまで変わるものかと翔は驚いた。
こんな至近距離で顔を見られることに、かなり恥ずかしさを感じる。カラーコンタクトに覆われた瞳は感情が読めず、きっと翔の顔なんて大して気にしていないのだろうと思いながらも、心臓がバクバクと脈打ってしまう。

AD時代に女性たちが話しているのを聞いた、毛穴やシミという言葉を思い出す。そんなに気にすることかと不思議だったが、今ならそれがわかる。こんなゼロ距離で見られたら気にして当然だ。
彼女らも彼氏からこんな距離で見つめられていたのだろうかなどと考える。恭哉さんは彼氏ではないが。

メイクが終わり、今度こそ朝食へ向かう。高鳴った心臓はいまだ治まることはないが、翔は極力いつも通りを心掛けた。恭哉さんが気にしている様子は無いから、きっと大丈夫だろう。
バイキング形式の朝食を取り、既に集まっていたメンバーのもとに向かった。

「はよ。朝からよく食うな」

先に恭哉さんが席に着き、翔も「おはようございます」と言って、恭哉さんの正面に座る。

里津さんはそんなに食べられるのかと疑うほどの量の食べ物を、美味しそうに頬張っている。
真人さんはバランスの取れたメニューを、綺麗に順番に食べている。栄養面を気にするタイプなのだろうか。
クロユリさんは食べ終わったところなのか、お皿は空で、口元を拭いている。

そのクロユリさんの正面は空席になっていたが、翔が着席したのとほぼ同時に、デザートを乗せた皿を持って耕平さんがやって来た。

「あ、来てたんですね。おはようございます」

翔は「おはようございます」と返し、恭哉さんはパンを食べながら片手を上げて答える。
耕平さんは持ってきたデザートの皿をクロユリさんの正面に置き、席に着いた。

「あ、耕平さんの分じゃないんですね……」

翔がそう言うと、恭哉さんが「耕平は甘いもの食えないから」と教えてくれた。そう言われてみれば、新年会の時も激辛スナックばかり食べていたかもしれない。

翔はADの頃の癖で早々と朝食を終え、コーヒーを飲みながら周りの会話を聞いていた。
今日はもう帰るだけだから、カップル組は午後の予定を話していた。出かけようか、家でのんびりしようか。その話はとても楽しそうで、恋人のいない翔には少々羨ましく感じた。

誰よりも喋っている里津さんは、なぜか食べる速度が人一倍早く、大量の食事が吸い込まれるように無くなっている。一体あの細い体をどうやって維持しているのだろうか。

最後に食べ終わったのは恭哉さんだった。まだ時間はあるが、予定があるならもう出ようかなどと考えていると、お手洗いに立っていた耕平さんが戻って来た。
その手には、またもやデザートをたくさん乗せた皿が乗っている。

「ほい」と、耕平さんはそれを恭哉さんに手渡した。
恭哉さんは「サンキュ」とそれを受け取り、甘そうなチョコレートケーキを口に運ぶ。

表情にはあまり出ないが、味わって食べるその様子に、相当デザートが好きなのだということがわかる。
そういえば甘党だと言っていた。早く食べ終わったのだから、気付いて持ってこればよかった。

なぜだかさっきから、恭哉さんの一挙一動が気になってしまう。昨夜は色々あったし、自分のせいで泣かせてしまったから、恭哉さんが少しでも幸せそうにしていると、なんだかほっとしてしまう。

ふと、恭哉さんと目が合った。あまりにもぼーっとしていたから自分で気づいていなかったが、周りから見ればずっと恭哉さんを観察しているように見えたかもしれない。
きっとあまりいい気はしなかっただろうと思って慌てたが、恭哉さんは不思議そうに翔を見ただけだった。

「どうした?何かついてる?」

純粋に不思議に思っただけのようだ。それでも何だか申し訳なく感じて、翔は慌てて否定する。

「ううん。ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

翔がそう言うと、里津さんが「あれ?」と声を上げた。

「かけるっちが敬語じゃない」
「俺がやめてくれって頼んだから」

翔が答える前に、恭哉さんがいちごムースを食べながら返答する。チョコレートケーキはもう胃に納まったらしい。
翔もそれにうなずくと、里津さんは「えーーーっ!?」と声を上げた。

「いいなー!いいな―――!!かけるっち、僕にも敬語禁止ね!」
「えぇ!?」

突然の申し出に驚くと、耕平さんとクロユリさんが声をそろえて「俺(オレ)も」と言う。

「翔も仲間なんだから、気楽に話せばいいと思う」

クロユリさんの意見に、耕平さんも頷く。
それまで全くしゃべっていなかった真人さんも口を開く。

「そもそも、俺とクロユリは年下だ。気を使う必要はない」
「いや、でも……」

仲間と言ってくれるのはありがたいが、まだ出会って一カ月程度だ。そこまで馴れ馴れしくするのはどうなのだろうと思い躊躇してしまう。
その翔の様子を見て、里津さんは翔に向かって、ビシッと人差し指を向けた。

「今から僕らには敬語禁止!!僕のことは"りっちゃん"と呼ぶこと!!いいね!!?」
「ええ――――!?」
「ほら、リピートアフターミー!りっちゃん!!」

急にそんなことを言われてもと思いつつ、小さく「りっちゃん」と口にする。
しかし、「声が小さい!!」と言われてしまった。

「り、りっちゃん!!」

何とかそう絞り出すと、里津さ……りっちゃんは満足そうに笑った。

そのままなんとなく駄弁ってしまったが、時間のことを思い出し、全員部屋に戻った。
荷物を持って部屋を出て、フロントに全員揃ったことを確認し、ホテルを後にした。
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