冬空の木漏れ日

わしお

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恭哉さんと社長の関係は、すぐには変わることはなかった。

事務所でいきなり父と呼ぶのは躊躇われるのだろう。だからといって他に会う機会もなく、ただ時間だけが過ぎていく。

社長と共に住んでいる翔は、何度も社長に恭哉さんの気持ちを言いたくなった。だが、そういうわけにはいかない。
恭哉さんが言ったように、これは恭哉さんと社長が直接話さなければ意味がないのだと思う。翔が仲介することで、間違って伝わってしまう可能性もある。

見守ることしかできないのは本当に歯痒かった。

なんとかしようとして、社長とランチに行くときに恭哉さんを誘ったこともある。恭哉さんは応じてくれて、翔は途中電話と称して5分くらい席を立った。
けれど、親子の会話はできなかったらしい。「せっかく誘ってくれたのにごめん」と、恭哉さんに謝られた。

やっぱり、そんな簡単に埋められる溝ではないのだろうか。
そんなことはないと思っているのは翔だけなのだろうか。

状況は進展しないまま、二月も一週間が過ぎてしまった。

そんな時、Chronicle Growthに、アニメ映画の主題歌のオファーが来た。
求められたテーマは、「家族の絆」。

「今月中に、仮段階でいいから曲を送ってほしいとのことなんだけど……。受ける?」

こういう依頼が来た時、普段ならみんな受けるというし、翔もそのつもりで話をする。
しかし、今までメンバーの誰からも、家族の話を聞いたことはない。りっちゃんがたまに愚痴をこぼす程度だ。
恭哉さんが語らないのはわかる。もしかしたら他のメンバーも家庭に問題があるから、酒の席でさえ語らないのかもしれないと、翔は考えていた。

会議室のようになっている恭哉さんの家に集まり、恐る恐る概要を伝えれば、案の定全員が難しい顔をした。

「……こうちゃん、書ける?」
「無理」

りっちゃんが尋ねれば、作曲担当の耕平さんは即答した。

「うちの家庭環境冷めすぎて、絆とか言われても全くわからない。最後に会ったのがいつかも覚えてないし」

「だよねー……」とりっちゃんがうなだれる。
「うちはそこそこ仲いい方だと思うけど、僕には作詞も作曲もできないもんなぁ……」

クロユリさんは腕を組んで、眉間にしわを寄せている。

「オレは親らしい親はいないし、書類上の父親は捕まった参考にならないと思う」

予想以上の答えに、翔は驚きの声を上げそうになる。なんだか深入りしてはいけない予感がして、何も言えなかった。
真人さんも、難しい顔をして唸っていた。

「俺は小さい頃に両親が死んでいるから、家族は兄しかいない。兄のことを考えたらいい、と言われたらそうかもしれないが……」

真人さんの答えに、話を振った翔の心が痛くなる。嫌なことを思い出させてはいないだろうかと心配になった。

「どの道、作曲担当のこうちゃんか作詞担当のきょうちゃんが書けないことにはどうにもならないね」

そう言って、りっちゃんが恭哉さんを見る。

恭哉さんは腕を組んで、考える姿勢を取っている。
しかし翔の視点から見る限り、恭哉さんも「家族の絆」を知らずに育った人だと思う。
確実性を取る恭哉さんなら断るだろうと思って、翔は意見を聞かずに結論を出した。

「じゃあ、この話は断っとくな」

翔は断りのメールを入れようとスマホを取り出す。
だが、それを制止したのは、意外にも恭哉さんだった。

「いや、受けよう」

みんなが驚いて恭哉さんを見る。しかし恭哉さんは、いつも通り冷静な表情をしていた。

「いつもは曲先行だけど、作詞先行でやってみよう。できるか耕平」

耕平さんはうなずきつつも、驚いているようだった。

「そりゃできるけど……。恭哉、書けるのか?」

翔も、一番気にしているのはそこだった。

経験していないことを書くのは難しいだろう。書いたとしても、薄っぺらい歌詞になってしまうかもしれない。
書き上げるには、父親である社長と向き合う必要が必ず出てくる。

できるのだろうか。書けるのだろうか。相当無理をしてしまうんじゃないだろうか。

翔以外も、みんなきっと同じ心配をしている。二カ月しか行動を共にしていない翔でさえ不安なのだ。他のメンバーはもっと不安に思っているだろう。
だが、恭哉さんは意見を曲げなかった。

「納期の一週間前までには書く。七日で作曲できるか?」

恭哉さんは強い眼差しを耕平さんに向ける。耕平さんは諦めたようにため息をついた。

「そんなギリギリで提出したら迷惑だろ。一日で作るよ」

「一日は無理でしょ」とりっちゃんが言うが、クロユリさんは「いつも一日でできてる」と言う。
作曲ってそんなに簡単にできるものなのかと翔は疑うが、そこを言及するのは今でなくてもいい。

本来なら、不安があるものをクライアントに提出するわけにはいかない。だが、翔は恭哉さんを信じることにした。

「じゃあ、先方には受けるって連絡するな」

翔がそう言えば、恭哉さんは強くうなずいた。
カラーコンタクトレンズに隠された瞳は、本心が読み取れない。だけど何故か、その瞳が不安そうに揺れているように見えた。

きっと、本当は怖いのだろう。歌詞が書けるかではなく、家族というものに正面から向き合うことが。
乗り越えなければならない壁だから受けようと言ったのか、それともこれまでのように、社長に、父親に認めてもらいたいという思いから、断る選択をしたくなかったのか。

どちらにせよ、翔は全力で恭哉さんをサポートしようと決めた。
マネージャーとして、友人として、ただ一人の人間として、恭哉さんを支えたい。

何か特別な感情が、翔の中に芽生え始めていた。
だがこの感情が一体何を表しているのか、翔にはまだわからなかった。
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