冬空の木漏れ日

わしお

文字の大きさ
23 / 29

23

しおりを挟む
案の定、作詞は思うように進まなかった。
少しでも休憩があれば、恭哉さんは紙にペンを走らせている。けれどしっくりこないのか、二重線を引いたり、バツ印を書いてまた一から書き直す。
仕事は普段通りこなすし、何でもないように笑っている。だが少しずつ、顔色が悪くなっているように感じた。
恭哉さんが締め切りとして設けた日まで、あと五日。
この日は翔は事務所で仕事があったが、Chronicle Growthの活動はオフだ。
根を詰めても仕方がないし、ゆっくり休むようにと恭哉さんには言ったが、果たして休んでくれているだろうか。
心配ではあるが、翔が連絡を入れたらそれこそ休息の邪魔だ。何も出来ないのはわかっているが、なんだかもやもやとして、無意識にため息がこぼれる。
「どうしたんだい?心配事?」
仕事の合間、社長にそう聞かれ、翔は慌てて首を横に振る。
「何でもないです!もうすぐ二連休取れるなーと思って……」
「なかなか連休をあげられなくてごめんね。少し仕事をセーブした方がいいんじゃないかってKyoyaくんに聞いたら、なるべく断りたくないって言うから……。これでも無理やり休みを入れているんだけど」
社長はそう言って、申し訳なさそうに眉を下げる。
他のアーティストに比べてオフが少なすぎるのではないかと思ってはいたが、恭哉さんの希望なら納得だ。
恭哉さんは社長に、お父さんに認められたいという思いがとても強い。経緯を聞けばそれは納得できる話なのだが、社長の話を聞いていると、しっかり休んで元気でいることの方が大事なのではないかと思う。
互いに互いを思っているのに、どうしてすれ違ってしまうんだろう。
歩み寄ることは、そんなに難しいことなのだろうか。
「……ねえ翔くん、Kyoyaくん、最近調子悪そうじゃない?」
考えていた内容をちょうど社長に振られ、少々大げさに驚いてしまった。
「え!あ、そう、ですね……」
社長もそう感じているなら、きっと気のせいではなく、具合が悪いのだろう。
恭哉さんに直接聞けば、「大丈夫」と答えが返ってくる。だけど、本当に大丈夫なのだろうか。
明らかに無理をしていると思う。作詞を進めなければならないのに、連日早朝から深夜までスケジュールが埋まっていた。
特にモデルなど、個人の仕事もしている恭哉さんは、他のメンバー以上に休みがない。
翔が暗い顔をしたからだろう、社長も手に持っていたコーヒーを、飲むことなく机に置き、視線を落とした。
「Kyoyaくんは本当に仕事熱心でね、体調不良を隠して頑張りすぎてしまうところがあるんだ。所属してまだ間もないころ、一カ月まともに休みが取れなくて、やっと明日は休みだっていうときに、帰りの車に乗った途端に意識を失ったこともある」
「え……」
どんな仕事でも断らない、多少のオーバーワークでもやり遂げると、恭哉さんは言った。
だが、それは明らかに"多少"のオーバーワークではない。下手をすれば命に関わる。
なぜそこまで、というのはもう聞いたのでわかるが、それにしてもやりすぎではないだろうか。
恭哉さんは元々体が強くないと、耕平さんは言っていた。
無理をしてはいけないと、きっと本人もわかっているはずなのに。
社長も、父親なら知っていていいはずなのに。
「社長はどうして止めなかったんですか?恭哉さん、元々体強くないって……」
そこまで言って、慌てて自分の口をふさいだ。
今のは、社長と恭哉さんが親子だと知っている発言だった。
毎日のように様子を見ている翔が、メンバーの体質を知っているなら不思議ではない。まだお世話になって二か月程度だが、それとなく把握していることはいくつかある。
しかし社長とタレントとなると、そこまで密に連絡を取り合うことは無いだろう。恭哉さんは事務所によく顔を出す方ではあるが、それで体質を把握できるかというと、そんなことはない。しかも所属して間もないころだと言っているのに、"元々"の話が出るのは不自然だ。
しかも、恭哉さんはそういうことを徹底的に隠す人だ。元々人に心配をかけさせないように振る舞う人だし、認めてもらいたい相手の前なら尚更。
社長は驚きに目を見開いた。その場にいた松木さん、畑中さん、碓氷さんも、手を止めて翔に目を向ける。
完全に余計なことを言った。しかし、出てしまった言葉が戻ることはない。
どうしようかと慌てたが、社長は、優しく微笑んだだけだった。
「なんだ、知っていたんだね。恭哉が私の息子だってこと」
恭哉、と、社長は呼んだ。
いつもは「Kyoyaくん」と呼んでいたが、恭哉さんが家を出るまでは、そう呼んでいたのだろう。
社長のその言葉に、松木さんたちは特に驚いた様子は無い。既に知っていた、あるいは気づいていたのだろう。
社長は寂しそうに、申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当に、私は駄目な父親だね……。あの子の願いを叶えたいと思って、意志を尊重してあげたいと思って止めなかったんだ。倒れてからは無理にでも休みを増やすようにしたんだけど、そういうところに、あの子たちはPV撮影とか、単独ライブを挟もうとする。無理はしてほしくない。だけど、恭哉の望むことをさせてあげたい。どうしたらいいんだろうね……」
社長は悔しそうにマグカップを握りしめた。
「……すみません」
無駄に傷つけてしまったことを悔やみ、翔は頭を下げるが、社長は微笑んで首を横に振った。
「ううん。こちらこそすまないね、気を遣わせてしまって」
翔は、それ以上何も言えなかった。社長の気遣う仕草が逆に痛々しい。
本当に、軽率に他者の問題に踏み込んでしまったと反省するしかなかった。
解決したい、仲直りしてほしいと簡単に言うが、九年間も顔を合わせず、連絡も取らず、それ以前から、本当に長い間すれ違ってしまっていた家族が、そう簡単に本心を打ち明けられるわけがないのだ。
家族仲のいい翔にはわからない世界だった。そのことを突きつけられたような気がした。
それでも仲直りしてほしいと、心から笑い合えるようになってほしいと望むのは、傲慢だろうか。
苦しみを背負う親子が、何の屈託もなく言葉を交わす姿を見たいと思うのは、許されないことだろうか。
どうしてここまで干渉しようとしてしまうのか、翔にもわからなかった。ただ、どうしても、肩に感じた恭哉さんの涙の感触が忘れられない。
泣き顔を直接見たわけではない。けれど、綺麗な涙だった。
脆くて儚くて、今にも崩れそうなほど危うい心を持ったこの人を、守りたいと、支えたいと思った。
これ以上傷ついてほしくない。笑っていてほしい。
今までに感じたことのない気持ちだった。数少ない友人にも、家族にも、恋心を寄せていた幼なじみにすらここまでの思いを抱いたことはない。
どうしてこんな気持ちになるのか、翔にもわからない。冷静に考えれば、翔が守らなければならないほど弱い人ではないはずなのに。
わからないが、考えたところで気持ちは変わらない。
傷ついてほしくない。笑ってほしい。
あの寂しい冬の空のような瞳が快晴に澄むことを、心から願っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...