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一章
第28話 奴隷に噛み付く犬を優しく躾けた
しおりを挟む自分の奇行が余程恥ずかしかったのか顔の前で両手の人差し指をツンツン合わせながらモジモジしているウィスタシアに俺は言う。
「まぁこれが片付いたらお前はヴォグマン領に帰るだろうし、その服は餞別だ」
「……」
実家で農業をやるんだろう。
軌道に乗るまでは技術支援してやるつもりだ。ゴロウズ一体を派遣すれば良いだろう。
それからウィスタシアは一呼吸して自分を落ち着かせると真剣な表情で口を開く。その瞳には闘志が宿っている。
「大六天魔卿に謁見する場合、事前に文で日時と会話内容を決めるのが常識だ。だが、私が文を送ったところで相手にされないだろう。だから行こう奴のところへ」
「そうだな。この世界の常識なんて糞食らえだ」
権力者や力の強い物が弱者から搾取するのがこの世界の常識。はっきり言って狂っている。
それから俺は彼女にドクバック卿のこれまでの悪事や今、彼が何をしているかを簡単に伝えた。
「ゴロウ、出発前に一つだけ頼みを聞いてくれるか?」
「ああ、構わないぞ」
「交渉は私がする。ゴロウはここに残ってくれないか?先の戦で旧敵国の大将格であったお前が代理人として立ったとなればヴォグマン家と大六天魔卿の戦になりかねん」
「その頼みは聞けない。君に何かあったら心配だからね。ならこうしよう」
俺は次元魔法で姿を消した。
【聞こえるか?】
【頭の中に声が……、どこにいる?】
【ウィスタシアの影に潜んだ。交渉は任せる。でも、危なくなったら出るからな】
【ああ、わかった。せっかくもらった千載一遇のチャンスだ。そうならないよう、なんとか話を付けてみるよ】
ドクバックの5年間の行動を見ると交渉は無理だとは思うが……。
【では出発するぞ】
【頼む】
俺は転移魔法を発動させた。
◆
俺達が転移したのは天井の高い広い部屋。
地面にアラビアンっぽい刺繍が入った赤い絨毯が敷かれ、柱や天井には見事な彫刻が刻まれている。天井から吊るされた豪華な金のシャンデリアに蝋燭の火が灯っているが、窓の外に見える空は茜色に染まっていて今が日暮れであることが窺えた。
部屋には赤や青や黄色のドレスを纏った女達が十数人いて、豪華な白い背広を着た男を囲んでいる。
男はオオカミの獣族。身長は2メートル以上あり筋肉隆々としている。歳は32才と若く濃い顔に濃い髭面。
この部屋に男は彼一人しかいない。
男の名前はピストン・ドクバック。大六天魔卿の一人である。
それまで賑やかだった会場はウィスタシアの突然の登場で静まり返った。
皆彼女に注目している。
「誰かと思えばウィスタシアではないか」
そう言うとドクバックは立ち上がりウィスタシアの元へゆっくり歩み寄る。
身長差は50センチ以上あり華奢なウィスタシアとの体格差も凄い。
そんな二人が部屋中央で向き合った。
「何故お前がここにいる?」
狼族は魔力を闘気に変えて纏い殴り合う近接戦闘を得意とする種族だ。鉄板をも貫通する拳で相手の首をへし折る。そんな彼等は接近戦では大魔帝国軍随一の強さを誇った。その長たるドクバックもかなり強い。王国兵が何百人もこいつに殺されている。
ただこの狼部隊、俺とは相性が悪くて俺は接近される前に魔法で焼き払って殺していた。
ドクバックはウィスタシアがこの部屋に現れた瞬間、闘気を纏い警戒と殺気をむき出しにしている。
そんな獣をウィスタシアは見上げ真っ赤な瞳で睨み付けた。
さて、俺の見立てでは交渉は決裂する。この隙に回廊魔石を奪っておくか。
影の中に隠れている俺は誰にも気付かれないレベルの薄い魔力で探知魔法を発動させた。俺を中心に魔力の波紋が音速で広がっていく。奴隷商会でも使っていた魔法だ。
回廊魔石はドクバックの部屋の金庫に保管してあるのはわかっているから、正確な位置を特定して……あった。第四位階転移魔法で回廊魔石だけを俺の手元に転送させた。この間約3秒。
「ドクバック閣下、ご機嫌麗しゅうございます。無礼を承知で参りました。我が家族の幽閉期限はとうに切れております。回廊魔石を返していただきたい」
あ、ごめん、それもう回収しちゃった。
「ぐぁはっはっはっはっ!!奴隷のお前がどうやってここに来たのかはわからんが、これはついているぞ!天魔首脳会議でお前も含めヴォグマン一族全員を幽閉すると決定されたが、お前だけは俺の一存で封印しなかった。何故だかわかるかぁ?」
ドクバックは汚い笑みを漏らし舌なめずりしている。
「いえ全く……。それより、その会議で幽閉期間は1ヶ月と定められたのに、もう4年以上が過ぎている。そんなデタラメがありますか!?」
「あ゛?うるせー女だな。お前を封印しなかったのはな、俺がお前の体を楽しむためだ。なのにマデンラの野郎、ヴァンパイアの処女は高く売れるとか抜かしてお前を連れて行きやがった。が、しかしこうして戻ってきた。くくくく、これからたっぷり可愛がってやる」
人身売買の商売相手だから従うしかなかったんだよな。小さい男だ。
因みにさっき使った全知全能の目でウィスタシアの過去も見ている。彼女は終戦から約2年後、グラントランド王国のマデンラ奴隷商会で売りに出された。当時15歳。値が高過ぎて買い手が付かず、3年間あのコテージのような檻の中で一人で過ごしていたようだ。
何を考えていたのかは知らないがボーっと外を見て眠くなったら眠る。そんな気が狂いそうな生活を送っていた。
俺のつまらない農業の話を理解しようと真剣に聞いていたのはこれが原因かもな。
ウィスタシアの体に力が入った。
「……か、回廊魔石を返してください!」
「おっと、魔法は使うなよ。魔力の収束を感じた瞬間、首を跳ね飛ばす。この距離で躱せる奴はいねー。あっそうだ。くくくくっ、返してやってもいいな。俺は黒い服が嫌いなんだ。その薄汚い黒服を脱いで裸で地べたに額を擦り付けろ。そうすれば考えてやる」
「この服は大切なもので、それはできません。あ、貴方の不正は全て知っていますよ……」
「俺を脅しているつもりかぁ?証拠のない小娘の戯れ言を誰が信じる?チッ、てめぇ生意気だなぁ。その服ひん剥いてここで犯してやるッ!」
闘気を纏ったドクバックがウィスタシアの胸ぐら目掛けて手を伸ばした。余りの速さにウィスタシアはそれを視認できていない。
こいつの圧倒的な力で胸倉を掴まれたら服は紙切れのように破け俺のおっぱい、じゃなくてウィスタシアの胸が露わになってしまう!
「はい、茶番はここまで」
俺は二人の間に割って入り、ドクバックの手首を掴んだ。
服はどうでもいいけど胸タッチはだめだ。
「だ、誰だお前ッ!!」
こいつとは戦場で戦ってないから初めましてなんだよな。ニナとマリアの仇。
すると会場にいた女の一人が叫んだ。
「あっ、あぎゃぁあああああ!む、無限魔力の悪鬼ぃいぃいいいッ!!」
「っ!!??大賢者ゴロウ・ヤマダかッ!!」
ドクバックはそう叫ぶと俺に掴まれていない反対の拳を振り上げる。
「魔法使いが、この距離で何ができるッ!!」
岩をも砕くであろう闘気を纏った圧倒的質量の拳が弾丸の如き速さで俺の顔目掛けて飛んできた。
俺はそれを敢えて食らってやった。
拳が俺の頬にぶつかった瞬間、そのインパクトで爆風が起こる。ドクバックの足元の床は割れて沈み、絨毯は風で捲れ、テーブルの上の皿も吹き飛んだ。
「ゴロウッ!!」
後ろでウィスタシアが俺の名前を叫んだ。
衝撃波が収まり誰もが俺の顔に刮目する。
「嘘……だろう?俺の全力の一撃だぞ……」
ドクバックは目を剥いて驚いている。
それもその筈、拳が当たった俺の顔は微動だにせず、しかも傷一つ付いていなかった。
第五位階防御魔法――、こんな犬ころパンチで貫通するわけないんだよな。
そして俺の体も吹き飛ばされず、微動だにしなかったのは――。
「おいイッヌ。お前なんか勘違いしているな?俺が魔法を使っていたのは人を殺すのに効率が良いからだ」
俺は左手でイッヌの手首を握ったまま、右手の拳を振り上げる。
さっきの一撃で実力差がわかったのか、俺が拳を繰り出す体制になると、イッヌは怯え、焦って俺に握られた手首を振り解こうとする。が、しかし、圧倒的なパワーの差で振り解くどころか1ミリも動かすことができない。
「ひぃいぃぃいいいいいッ!」
「パンチってのは、こうやるんだよッ!オラッ!」
ボフンッッッ!!!――「がはっ!」
腹にアッパーを食らわせてやった。衝撃でイッヌの体は宙に浮き、爆風が起こって天井のシャンデリアが吹き飛ぶ。
実はこの魔王アウダムさんの体、肉体も化物級に強いのだ。イッヌがどうこうできるレベルではないってオチ。
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