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第5章:それぞれの恋
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しおりを挟むエヴァルトが莉音に何の相談をしたと言うのだろうか。そもそも、エヴァルトがそこまで莉音と親しい間柄になっていることすら深侑は知らなかったので、驚くどころの話ではない。
「ほんっと……矢永さんといると退屈しないな……」
「それって褒め言葉? ありがとー!」
嫌味も何も通じない莉音の屈託ない笑顔を見ると大抵のことはどうでもよくなるな、と深侑は苦笑した。
「それで、小公爵様からはどんなことを相談されたの?」
「んっとね~、あたしらの世界で4歳差はどう思うかとか、同性同士でもみーたんは受け入れてくれるかとかかなぁ」
どうやらエヴァルトは、深侑の世界の基準に価値観を合わせようとしてくれていたらしい。恋愛経験がない深侑に合わせると彼は言ってくれていたけれど、これまでのことを思い返すとエヴァルトが深侑との関係に迷っていた素振りは見られなかったなと深侑は首を捻った。
「でも、みーたんは待ってても絶対に寄ってこないタイプじゃん?」
「う……それは、分からないでしょ……」
「分かる分かる、ちょー奥手そうだもん。だからエヴァルトさんには多少ごーいんに迫ったほうがいいよって言っといた!」
「んなっ」
「みーたんが相手なら、考える時間を与えないほど押して押して押しまくったほうがいーよって!」
「そういうことか……っ」
きっと、マスターになってほしかったのは事実だろう。でもマスター業務にかこつけて触れ合ったりキスをしたり、少しスキンシップが過剰かもと思っていた深侑の感覚は合っていたらしい。いつから莉音に相談をしていたのか定かではないが、今までのエヴァルトの行動は深侑に意識してもらうためのものだったのだ。
「それで、迫られたっ?」
「……内緒」
「えー! てかそれ、迫られたって言ってるようなもんじゃーん。エヴァルトさんもやるねぇ」
「こら、そんなふうに言わない。失礼だって言われるかもしれないから」
「ごめんなさぁい。でも、もしエヴァルトさんとみーたんがくっついたらさぁ……みーたんも、あっちに帰る理由なくなっちゃうね。諦めてあたしと一緒にこの世界で生きていかなくちゃじゃん」
あたしはそのほうが嬉しいけど!と言いながら莉音は眩しい笑顔を深侑に向ける。この世界に召喚された時に『元の世界へ戻す方法を探さなかっただけではないか』とエヴァルトたちに噛みついたことがあるが、今まで召喚されてきた聖女が莉音のように誰かに恋をしてこの世界に留まることを決めたとは考えにくい。
長い歴史の中で一人くらいは深侑のように物申した人がいてもおかしくないのに、元の世界に帰る方法がないなんてあり得るだろうか。
そこまで考えて、もしかすると聖女として召喚される人は何かしらの傷を抱えていたり、家庭環境が複雑だったり、悩みを抱えていたのかもしれないとふと思った。莉音はきっと深侑が一緒に召喚されなくても、ラヴァに恋をしなくても、家から離れられるのであればこちらの世界に留まることを決めていただろう。
そして事故とは言え一緒に召喚されてしまった深侑も、元の世界に戻らなくてもいいと思う『理由』がある。こちらの世界の人たちは温かいし、やりがいのある仕事もある。『聖女のおまけ』としてレイモンド家に保護されているからだが不自由のない生活を送れているし、前よりも健康的になったと自覚しているのだ。
何より、離れ難いと思う人がいるのも、また事実。元の世界に戻ることとエヴァルトのことを天秤にかけるくらいには、深侑の中で彼の存在は大きなものになっていた。
「でもさ、あたし……こっちの世界にいるみーたんのほうが、前よりもっと好き」
「え?」
「前はさぁ、辛そうだったもん。目が死んでて、毎日きょーとーからイヤミ言われてたじゃん」
「はは……」
「みーたんが学校で笑ってるところって見たことなかったけど、エヴァルトさんとかレアくんと一緒にいる時、ちょー優しい顔して笑ってんの。そんなみーたん見たら、あたしまで嬉しくなっちゃって」
「矢永さん……」
「みーたんは笑ってるほうがサイコーに可愛いよ!」
学校で笑顔を見たことがなかったのは莉音も同じだ。この世界に来て初めて、莉音が心から笑っている顔を見て安堵したのを深侑は覚えている。もしかすると自分たちにとっては、このアルテン王国が居場所なのかもしれないと、そう思えた。
「……俺も、笑ってる矢永さんのほうが可愛いと思うよ」
「えへへっ、あたしら両想いじゃーん!」
危ないことに巻き込まれているし、また大人の汚い陰謀に巻き込まれることもあるだろう。それでもこの世界で莉音と一緒にいる限り彼女の笑顔を守っていこうと、深侑は改めて誓った。
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