47 / 56
第7章:愛とは
3
しおりを挟むあまりに突然の出来事に深侑は反応できず、自分の喉元に突きつけられている鈍色のナイフがまるで他人事にも思えた。
でも、目の前にいるレアエルたちが全員立ち上がって驚いた顔をしているので、現実なのだろう。
「居場所を教えてくれさえすればセンセーのこと解放してあげる」
メリルの声が室内に響き渡る。王都に戻ってきたメリルの行動に違和感を抱いていたのは事実だが、最初から受け入れるべきではなかったと深侑やエヴァルトは後悔した。
「本当は聖女サマのほうを人質にするつもりだったけど、まさかレイン殿下までセンセーにご執心だったなんてラッキーだなぁ。色々と手間が省けましたよ」
「……戻ってきているとエヴァルトから聞いていたが、本当だったとは。しかもこんな馬鹿げたことをしにわざわざ帰ってきたと?」
「はい。馬鹿げたことだと思うのは勝手ですけど、オレにとっては重要なことなんですよ~」
気が抜ける間延びしたメリルの声を耳元で聞くと、あまりの嫌悪感に深侑は鳥肌が立った。この男は何の躊躇いもなく深侑の喉に刃を突き立てるだろうと思うような声と態度で、思わず生唾を飲む。
聖女として召喚された莉音が怪我をしないか、危険なことを強要されていないか、そればかりを深侑は心配したきたものだ。まさか自分がこんな状況に陥るとは思わなかったが、これが莉音やレアエル、それにレインではなかったことに心の底から安心した。
「……なぜ女神様の居場所を知りたいんですか?」
深侑が一生懸命声を振り絞ると、メリルがくすっと耳元で笑うのが分かった。
「愛のために」
――…愛?
それが何に対しての『愛』なのか、メリルの言う『愛のために』なぜ女神の存在が必要なのか、深侑には何も理解できない。ただ、メリルはそれ以上話をする気はないらしく、ナイフをぺちぺちと深侑の首筋に当てて弄んでいた。
「何にしても、とりあえず落ち着きましょう。刃物を下ろして、先生を解放してください。あなたの話は王宮で、陛下や大臣たちと話をしてこれからのことを決めましょう」
「ほんっと、レイン殿下はそのままいい子に育ったんですねー! 王妃様みたいに悪役を貫くかと思ってたのに、もうレアエル殿下と仲良しこよしになったんですか?」
「は? 悪役?」
「……やめてください、メリルさん。今はまだその話をする時ではないんです」
「えー? 言っちゃったほうが楽になりますよ! ぜーんぶレアエル殿下の被害妄想だって! 本当は誰も悪くないのに、おとぎ話みたいに自分が悲劇の主人公ぶってるだけだって教えてあげるのも兄の役目なんじゃないですか?」
どうやらメリルもカリストラトヴァ兄弟の真実について知っていたらしい。ただ一人、この場で目を丸くしているレアエルだけは口をぽかんと開けてレインを見つめていた。
「な、なんの話だ……? どういう意味……」
「キャンっ、キャンキャンッ!」
難しそうな顔をしているレインを問い詰めようとしているレアエルを、小さい体の『アルト』になっているエヴァルトが必死に止めようとしている。その様子を見たメリルは「ほんっと面白い!」と深侑の耳元で盛大に笑っていた。
「エヴァルト、そんなポンコツな姿でどうするつもりなの? レイモンド公爵家の次期当主がそんな情けない犬の姿で……このまま戻らなかったら国中の笑いものだね」
「……エヴァルト?」
「エヴァルトさんが一体どこに……」
「その足元にいる毛玉がそうだよ。醜い犬の姿に変えられる呪いをかけられた、カワイソーなエヴァルト・レイモンド小公爵様」
今度は三人の視線が一斉に、エヴァルトに注がれる。ポメラニアンになっている彼は丸い瞳に動揺の色を浮かべ、しゅんっと項垂れた。
「……調子に乗るのもいい加減にしてください」
「い、ったぁ……!」
深侑が冷静にかつ冷酷な表情を浮かべ、メリルの足を思いっきり踏みつける。予想外の衝撃に驚いたのか一瞬腕の力が緩んだ隙をついて離れようと試みたが、ぐいっと髪の毛を引っ張られて阻止された。
「調子に乗ってんのはどっちだよ。エヴァルトからあまーい言葉かけられて、自分が特別だと勘違いしてる異世界人のほうじゃん? どうせただの興味で側に置かれてるだけなのに、本気になっちゃってバカじゃないの? エヴァルトはオレみたいにキレーな顔が好みなんだよ、ブサイク!」
「………ブサイクなのはそっちだろ。小公爵様の綺麗な気持ちを持て余した挙句に捨てて、ブサイクなのに頭も弱くて可哀想。心から同情します、本当に」
「は…………?」
髪の毛を掴まれたままだった深侑は勢いよく床に投げ飛ばされ顎を掴まれると、メリルの激怒した顔が目に入る。自分の顔は綺麗だとか何とか言っていたけれど、深侑には悪魔や魔物のようにしか見えなかった。
「あはは。人型の魔物って存在するんだ……今まで見た何よりも醜い顔」
なんて呟いたのが運の尽き。瞳から光がなくなったメリルが振りかぶる動作がスローモーションに見えて、深侑はぎゅっと目を瞑った。
53
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
お人好しは無愛想ポメガを拾う
蔵持ひろ
BL
弟である夏樹の営むトリミングサロンを手伝う斎藤雪隆は、体格が人より大きい以外は平凡なサラリーマンだった。
ある日、黒毛のポメラニアンを拾って自宅に迎え入れた雪隆。そのポメラニアンはなんとポメガバース(疲労が限界に達すると人型からポメラニアンになってしまう)だったのだ。
拾われた彼は少しふてくされて、人間に戻った後もたびたび雪隆のもとを訪れる。不遜で遠慮の無いようにみえる態度に振り回される雪隆。
だけど、その生活も心地よく感じ始めて……
(無愛想なポメガ×体格大きめリーマンのお話です)
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
【完結】異世界転移で落ちて来たイケメンからいきなり嫁認定された件
りゆき
BL
俺の部屋の天井から降って来た超絶美形の男。
そいつはいきなり俺の唇を奪った。
その男いわく俺は『運命の相手』なのだと。
いや、意味分からんわ!!
どうやら異世界からやって来たイケメン。
元の世界に戻るには運命の相手と結ばれないといけないらしい。
そんなこと俺には関係ねー!!と、思っていたのに…
平凡サラリーマンだった俺の人生、異世界人への嫁入りに!?
そんなことある!?俺は男ですが!?
イケメンたちとのわちゃわちゃに巻き込まれ、愛やら嫉妬やら友情やら…平凡生活からの一転!?
スパダリ超絶美形×平凡サラリーマンとの嫁入りラブコメ!!
メインの二人以外に、
・腹黒×俺様
・ワンコ×ツンデレインテリ眼鏡
が登場予定。
※R18シーンに印は入れていないのでお気をつけください。
※前半は日本舞台、後半は異世界が舞台になります。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載中。
※完結保証。
※ムーンさん用に一話あたりの文字数が多いため分割して掲載。
初日のみ4話、毎日6話更新します。
本編56話×分割2話+おまけの1話、合計113話。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる