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第一章 大迷宮クレバス
4話 影は動き出す
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「ふんっ。見ておれ、この世界最強の魔法使いスカー・ヴェンデマンがお前に本当の魔法というものを見せてやろう」
自信に満ちた老人の声ははっきりと俺の耳に聞こえた。
「最強……?」
ただの影が何を言っているのだろうか?
どうやら老人の声は俺から伸びている影を使ってゴーレム達の猛攻を防いでいるようだがここからどう逆転するつもりだ?
「そう、最強だ。やはり俺の予想は正しかった。あんなところで死んだのが悔やまれる……後もう少し生きていられれば俺はこんな停滞した世界を見ることは無かっただろうに」
「な、何を言っているか全く理解できないけど……お前は俺の影を使ってこの状況を打破しようとしているんだよな? なら無理だ! 俺は影魔法の魔導武器を持っていないし、魔導武器を介さない影魔法は物の出し入れしかできない!」
悲しそうに嘆く老人に俺はそう返す。
現代の魔法は全て魔導具を使用してやっと実践レベル、モンスターと戦える強さの魔法を使うことが出来る。そのため探索者達はそれぞれ自分の属性に適した魔導具を最低一本は装備している。
しかし俺の影魔法は歴史的に見ても使用者の圧倒的少なさ、希少性から影属性の魔導具と言うものが存在しない。
まだ魔導具が存在しなかった一昔前、それこそ1000年ほど前まで、魔法使いとは己が身一つで強大な魔法を行使していたと聞くが今の現代魔法と比べればそれはとても効率が悪く、現代の魔法とは魔導具の使用を前提として構築されており、魔導具を使わない原初の魔法技術は廃れて行った。
現在では学術的文献は存在せず、御伽噺だけの話となっている。
「ふんっ。クソガキ、お前は前提として間違っている。魔導具などというあんな玩具など俺は使わない。影を使ってどうやってこの状況を打破するか? 簡単だな! 世界最強と謳われたこの影魔法があればこんな状況、危機でもなんでないわッ!!」
老人の覇気のある声とともに影はその姿を更に蠢かせ、躍動する。
「折角の良い機会だ、お前に影魔法の素晴らしさを教えてやろう。使用者が違えばこの魔法は何処までも行けるのだと!!」
影は次第にその形を長身のロングコートを羽織った人の形に成っていく。
俺とは全く違う人の姿に変わった影は偉そうに腕を組み仁王立ちして、ゴーレムと対峙する。
「「「グギギギギッ!!」」」
依然として延々と攻撃を影の壁によって防がれていたゴーレムたちは突然の状況の変化に戸惑いはしているものの、先程よりも視界が開け、隙間ができたことを見かねて雄叫びを上げながら突進してくる。
「く、来るっ!!」
俺は地面に座り込んだまま蹲り怯えることしか出来ない。
「情けない声を出すな! こんな奴ら取るに足らん雑魚だ」
影は仁王立ちをしたまま動こうとはしない。
あと十数歩、ゴーレム達は俺達を取り囲み一斉に殴り殺してくるだろう。
そう想像するだけで体がまた震え出す。
「お、おい! 何やってんだよ! このままじゃころされるぞ!!」
「……黙って見ていろ」
俺は影に向かって叫ぶが、影は微動だにしない。
あと数歩、ゴーレムの攻撃の射程範囲内に入ろうとした瞬間に今度こそ駄目だと確信する。
だがそれはまた杞憂に終わる。
「影遊 ──潜影剣」
老人の嗄れた声に呼応して影から計56本の真黒な剣が生み出される。
「行け」
空中に浮遊した剣たちは主の合図とともに駆け出す。縦横無尽に部屋中を跋扈し、剣はあのロウド達が苦戦したゴーレムたちを一撃で殲滅する。
「「「グガガガガガッッッ!!」」」
瞬く間に次々と細々とした瓦礫に切り刻まれるゴーレム。
呆然とただその光景を見つめながら俺は不思議とこんな言葉がついて出た。
「圧倒的だ……」
それは正に強者。
最強と自負するには充分な強さであった。
こんな魔法は今まで見た事がない。これが本当に俺の影なのか?
最後に部屋に残ったのはさっきまでゴーレムだった瓦礫と地面に突き刺さる大量の剣だった。
「他愛ないな」
老人姿の影は無感情に呟くと、指を鳴らして地面に突き刺さった剣を全て影に戻す。
「見ていたかクソガキ、これが影魔法の本当の力だ! しかも影魔法はこんなもんじゃない! 今使った魔法は俺が戦うことだけの為に作り出した魔法『影遊』の初歩中の初歩の魔法で──」
全て終わったと確信して老人の影はこちらに振り向くと楽しそうに語り出す。
「……」
しかしそれに反応できるほど今の俺の精神状態は安定していない。
「た……助かった……?」
先程までこの部屋を蹂躙していたゴーレムたちだった瓦礫の数々を見て俺は激しい脱力感に襲われる。
「見てわからんのか? どう考えても終わっただろ」
老人は馬鹿にしたように首を傾げる。
「助かった……!!」
「だからどう見てもそうだろうが!!」
繰り返される俺の言葉に老人はキレる。
だが俺はそんな老人を無視して自分が助かったことを噛み締めるように喜ぶ。
「助かったッ!!!」
「だから……あーもう! そうだな助かったな!!」
自然と目から涙が零れてくる。
助かった。命拾いした。俺はまだこれから人生を謳歌できるのだ。
そう思うと涙が止まらなかった。
生の実感がこれほどまで喜ばしく、嬉しいものなのだとは知らなかった。
「何を泣いているんだお前は!? こんなの危機でもなんで無いって言っただろう! 男がこんなことで泣くんじゃない!!」
ついに歯止めが聞かず号泣しだした俺に影は驚き、慌て始める。
「いや……だって……ぼんどうに助がるどば……俺……ほんどうにじぬかど……」
感極まって助けてくれた老人の影に抱きつく。
「ええい! 自分の影に感謝するバカが何処にいる! さっさと離れろ! それからこんなところで泣いてないでさっさと上に戻った方がいいんじゃないか?」
老人はしがみついて離れない俺を無理やり引き剥がす。
「ぞ、ぞうだっだ……早く帰らないと……きっと心配している……」
俺は鼻水を勢いよくすすり、我に返る。
「む? 心配しているとはさっきの仲間か? そんなにお前たちは仲が良かったのか? ……ああ宿屋の娘たちか……」
老人が少し考えたように顎に手を当てると納得したように頷く。
「なんで分かったんだよ……」
「さっきも言っただろう、俺はお前を見てきたと……まあその話は後だ。まずは帰るぞ」
どうして老人が俺の交友関係を知っているのか疑問でしかないがとりあえずは言うとうりだ。
帰らなければ……。
「……アンタの言う通りなんだがまずはこの岩をどうにかしないと……」
ゴーレムからの脅威は去った。それはとても喜ばしいことなのだが、まだ問題がある。
立ち上がって俺は未だ出口を塞いでいる大岩に手を当てる。
「アンタ、この岩壊せる?」
俺は後ろを着いてくる老人に聞く。
「可能だ……と言いたいところだがまだ制御が完璧ではないか……」
先程までの威勢はどこへやら。老人の声は少し疲れを帯びている。
「え? どういうことだよ?」
「それを詳しく説明している暇もない……とりあえずお前が正気に戻ったのが一番の理由だと今は言っておこう……」
俺の問に老人は意味不明な事を言う。
「……もう駄目だ……私は一旦落ちるぞ」
「え! 落ちるって何処に!? いや、この岩どうすればいいんだよ!」
老人の形だった影はその形を段々と歪ませていき、地面の中に元の俺の形となって戻っていく。
「知るか。自分で考えろ、もう力の使い方を影は覚えた。後はお前次第だ、誰かに頼るばかりではなく自分の力で成し遂げて見せろ」
老人は最後にそう言い残して完全に気配を消し去る。
「えっ! いや……ちょ……えー……」
目の前にいた影は完全に元いた地面に戻り俺の動きに合わせて形を変える。
何度か地面に移る影を触ってみるが老人の反応はなく、そのまま意識を集中すれば影の中に入れた物を取り出すことができた。
「こんなのあっても全然意味ないんだよなぁ~」
何となく取り出した宝石を取り出して独り言ちる。
見ているだけで吸い込まれそうな深い蒼色の宝石を見てもため息しか出てこない。この状況じゃあ影の中にある大量の宝石なんてゴミ同然だ。
換金所に持っていけば高値で売れるのは分かる。しかしその換金所に行けないのでは意味が無い。
「これからどうしよう……」
視線を宝石から岩に戻す。
助けを待つか?
……いや、マネギル達が助けを呼ぶはずがない。それにここは迷宮最深層。そんじょそこらの探索者が来れるような所ではない。望み薄だろう。
緊急時用の避難食は一応影の中にある。マネギル達の分もあるので一週間ほどは余裕で凌げる……がその間にこの岩を壊せる気はしない。
探索者とは常に死と隣り合わせの仕事だ。一週間もこんな所でグズグズしていればそのうち探索者協会から死んだことにされるだろう。望み薄の助けがさらに薄くなる。
「どうするべきか……」
座り込んで考えるが俺の脳みそは良い案を何も出そうとはしない。
グゥ~。
どこかから間抜けな音が鳴る。
いや、発生源は分かっている。俺の腹だ。さっきまで死ぬか生きるかの瀬戸際だったというのに俺の体は呑気に食事を要求してくる。
「まあ生きてるってことか……」
しかし俺はそれを悪い事だとは思はない。むしろ当然の事だろう。「生きていれば腹が減る」当然のことだ。
「どれどれ……ああ、これだ」
俺は影の中に手を突っ込んで、持ってきているはずの食料を探す。直ぐに食料は俺の手の中に収まり、それを確認すると影の中から手を出す。
手に納まっているのは安くて硬い、まったく美味くない干し肉だ。
好んで食べたいとは全く思わない物だが今は貴重な食料だ、ありがたくいただこう。
「……ふむ、これはなかなか……!」
硬い干し肉を無理やり噛みちぎってよく咀嚼する。すると意外にも干し肉のうまさに感動する。
噛めば噛むほど溢れる肉の旨みとほのかな油、塩梅の良い塩っけで食欲はさらに刺激される。
「馬鹿にしてごめんよ」
食べかけの干し肉を見て俺は謝る。
マジで美味くないと馬鹿にしていたが今ここでそれを改めよう。死に際を経験したあとの干し肉は格別にうまい。
改めて思い知る干し肉の美味さに感動していると背後から何やら物音が聞こえる。
「ん? なんだ?」
後ろに振り向き出口の方を見るがそこには誰もいない。
だが僅かに岩の向こうから何かで岩を叩くような音が聞こえる。
「……もしかして冒険者か!?」
しばらく音の原因を考え込みその考えに思い至る。
まさかこの深層を探索している探索者がマネギル達の他にも居たなんて!なんて幸運なんだ!!
「助けてくれ! 閉じ込められて困ってたんだ!!」
干し肉を投げ捨てて俺は慌てて岩を叩く。
このチャンスを絶対に逃しては行けない。ここに人がいるとアピールしなければ、今度はいつこのような奇跡が起こるか分かったものでは無い。
「ッ! ……っ! ッッ!!」
岩の向こう側にいるであろう人は俺の声が聞こえたのか、岩を壊そうと剣か何かで攻撃する音が激しくなる。
両側から岩を一生懸命に叩く音が聞こえるがしばらくすると向こう側からその音が途絶える。
「……え!? ちょ……ちょと待ってくれよ! 諦めないでくれよ! いや、諦めないでください!!」
その想像したくない未来を拒むように俺はさらに声を大きく上げて、岩を叩く。
………。
何度かそれを続けるが一向に返事は返ってこない。
「マジか……マジかよ……終わった……」
折角希望が見えたかと思ったが向こうに居た人が居なくなったことを確信して俺は膝から崩れ落ちる。
やっと助かったと思ったのに……どうしてこうも上手くいかないんだ。
絶望し、したくもない悪い想像が頭の中を駆け巡る。
「結局死ぬのか?」
天国から地獄。
正に気分はソレだ。
血の気が引いていく、何も考えられない。一日で二度の絶望を味わうとは思いもしなかった。悪いことの後は良いことが有るのだとどこかで盲信していた。
だがそれは違う。
往々にして運命とは残酷なのだ。
それならもう自分で死んでしまおうか?
「……」
今ならできる。気がする。
こんなに辛い思いをするのならば死のう。
徐に影の中から短剣を取り出す。
何の変哲もない普通の短剣だ。この短剣とは探索者を始めた頃からの付き合い。いつもモンスターの死体を漁る時はコイツで角や皮を剥いだ。
この短剣で全てを終わらせよう。
「最後がこんな仕事で悪いな」
自分に向けるようにして短剣を両手で持ち、首元に持っていく。
刃先が首元に当たったのを確認して呟く。
後は一思いに突き刺すだけだ。
恐れはない、寧ろ晴れやかですらある。この絶望感から開放されるのだと思うと報われるような気がした。
そうして短剣を首元に差し込もうとした時だった。
「ドンッ!!」と目の前で何かが割れる音がする。
それはいくら押しても叩いてもビクともしなかった出口を塞いでいる大岩だ。
「旦那様ッ!!」
真っ二つに割れた岩からハッキリと声が聞こえる。
それは鈴の音のようによく通る女性の声だ。
女性は焦っていたのだろうか、顔色を真っ青にして部屋の中へと入ってくる。
「こちらです、旦那様!!」
女性は俺の方を見ると青ざめていた表情を安堵のものに変えて俺の腕を掴むと引っ張るようにして宝部屋を後にする。
俺は女性にされるがままに部屋を連れ出される。
「え……どうしてあなたが?」
俺は助かったことよりもどうしてこの女性がここにいるのか分からなかった。
ウェーブのかかった綺麗な白金色の長髪を揺らし、その美しい姿の女性を俺は知っている。いや、忘れるはずがない。昨日、とても失礼な事をしてしまったのだ。
俺はどういう訳か『静剣』アイリス・ブルームに助けられた。
自信に満ちた老人の声ははっきりと俺の耳に聞こえた。
「最強……?」
ただの影が何を言っているのだろうか?
どうやら老人の声は俺から伸びている影を使ってゴーレム達の猛攻を防いでいるようだがここからどう逆転するつもりだ?
「そう、最強だ。やはり俺の予想は正しかった。あんなところで死んだのが悔やまれる……後もう少し生きていられれば俺はこんな停滞した世界を見ることは無かっただろうに」
「な、何を言っているか全く理解できないけど……お前は俺の影を使ってこの状況を打破しようとしているんだよな? なら無理だ! 俺は影魔法の魔導武器を持っていないし、魔導武器を介さない影魔法は物の出し入れしかできない!」
悲しそうに嘆く老人に俺はそう返す。
現代の魔法は全て魔導具を使用してやっと実践レベル、モンスターと戦える強さの魔法を使うことが出来る。そのため探索者達はそれぞれ自分の属性に適した魔導具を最低一本は装備している。
しかし俺の影魔法は歴史的に見ても使用者の圧倒的少なさ、希少性から影属性の魔導具と言うものが存在しない。
まだ魔導具が存在しなかった一昔前、それこそ1000年ほど前まで、魔法使いとは己が身一つで強大な魔法を行使していたと聞くが今の現代魔法と比べればそれはとても効率が悪く、現代の魔法とは魔導具の使用を前提として構築されており、魔導具を使わない原初の魔法技術は廃れて行った。
現在では学術的文献は存在せず、御伽噺だけの話となっている。
「ふんっ。クソガキ、お前は前提として間違っている。魔導具などというあんな玩具など俺は使わない。影を使ってどうやってこの状況を打破するか? 簡単だな! 世界最強と謳われたこの影魔法があればこんな状況、危機でもなんでないわッ!!」
老人の覇気のある声とともに影はその姿を更に蠢かせ、躍動する。
「折角の良い機会だ、お前に影魔法の素晴らしさを教えてやろう。使用者が違えばこの魔法は何処までも行けるのだと!!」
影は次第にその形を長身のロングコートを羽織った人の形に成っていく。
俺とは全く違う人の姿に変わった影は偉そうに腕を組み仁王立ちして、ゴーレムと対峙する。
「「「グギギギギッ!!」」」
依然として延々と攻撃を影の壁によって防がれていたゴーレムたちは突然の状況の変化に戸惑いはしているものの、先程よりも視界が開け、隙間ができたことを見かねて雄叫びを上げながら突進してくる。
「く、来るっ!!」
俺は地面に座り込んだまま蹲り怯えることしか出来ない。
「情けない声を出すな! こんな奴ら取るに足らん雑魚だ」
影は仁王立ちをしたまま動こうとはしない。
あと十数歩、ゴーレム達は俺達を取り囲み一斉に殴り殺してくるだろう。
そう想像するだけで体がまた震え出す。
「お、おい! 何やってんだよ! このままじゃころされるぞ!!」
「……黙って見ていろ」
俺は影に向かって叫ぶが、影は微動だにしない。
あと数歩、ゴーレムの攻撃の射程範囲内に入ろうとした瞬間に今度こそ駄目だと確信する。
だがそれはまた杞憂に終わる。
「影遊 ──潜影剣」
老人の嗄れた声に呼応して影から計56本の真黒な剣が生み出される。
「行け」
空中に浮遊した剣たちは主の合図とともに駆け出す。縦横無尽に部屋中を跋扈し、剣はあのロウド達が苦戦したゴーレムたちを一撃で殲滅する。
「「「グガガガガガッッッ!!」」」
瞬く間に次々と細々とした瓦礫に切り刻まれるゴーレム。
呆然とただその光景を見つめながら俺は不思議とこんな言葉がついて出た。
「圧倒的だ……」
それは正に強者。
最強と自負するには充分な強さであった。
こんな魔法は今まで見た事がない。これが本当に俺の影なのか?
最後に部屋に残ったのはさっきまでゴーレムだった瓦礫と地面に突き刺さる大量の剣だった。
「他愛ないな」
老人姿の影は無感情に呟くと、指を鳴らして地面に突き刺さった剣を全て影に戻す。
「見ていたかクソガキ、これが影魔法の本当の力だ! しかも影魔法はこんなもんじゃない! 今使った魔法は俺が戦うことだけの為に作り出した魔法『影遊』の初歩中の初歩の魔法で──」
全て終わったと確信して老人の影はこちらに振り向くと楽しそうに語り出す。
「……」
しかしそれに反応できるほど今の俺の精神状態は安定していない。
「た……助かった……?」
先程までこの部屋を蹂躙していたゴーレムたちだった瓦礫の数々を見て俺は激しい脱力感に襲われる。
「見てわからんのか? どう考えても終わっただろ」
老人は馬鹿にしたように首を傾げる。
「助かった……!!」
「だからどう見てもそうだろうが!!」
繰り返される俺の言葉に老人はキレる。
だが俺はそんな老人を無視して自分が助かったことを噛み締めるように喜ぶ。
「助かったッ!!!」
「だから……あーもう! そうだな助かったな!!」
自然と目から涙が零れてくる。
助かった。命拾いした。俺はまだこれから人生を謳歌できるのだ。
そう思うと涙が止まらなかった。
生の実感がこれほどまで喜ばしく、嬉しいものなのだとは知らなかった。
「何を泣いているんだお前は!? こんなの危機でもなんで無いって言っただろう! 男がこんなことで泣くんじゃない!!」
ついに歯止めが聞かず号泣しだした俺に影は驚き、慌て始める。
「いや……だって……ぼんどうに助がるどば……俺……ほんどうにじぬかど……」
感極まって助けてくれた老人の影に抱きつく。
「ええい! 自分の影に感謝するバカが何処にいる! さっさと離れろ! それからこんなところで泣いてないでさっさと上に戻った方がいいんじゃないか?」
老人はしがみついて離れない俺を無理やり引き剥がす。
「ぞ、ぞうだっだ……早く帰らないと……きっと心配している……」
俺は鼻水を勢いよくすすり、我に返る。
「む? 心配しているとはさっきの仲間か? そんなにお前たちは仲が良かったのか? ……ああ宿屋の娘たちか……」
老人が少し考えたように顎に手を当てると納得したように頷く。
「なんで分かったんだよ……」
「さっきも言っただろう、俺はお前を見てきたと……まあその話は後だ。まずは帰るぞ」
どうして老人が俺の交友関係を知っているのか疑問でしかないがとりあえずは言うとうりだ。
帰らなければ……。
「……アンタの言う通りなんだがまずはこの岩をどうにかしないと……」
ゴーレムからの脅威は去った。それはとても喜ばしいことなのだが、まだ問題がある。
立ち上がって俺は未だ出口を塞いでいる大岩に手を当てる。
「アンタ、この岩壊せる?」
俺は後ろを着いてくる老人に聞く。
「可能だ……と言いたいところだがまだ制御が完璧ではないか……」
先程までの威勢はどこへやら。老人の声は少し疲れを帯びている。
「え? どういうことだよ?」
「それを詳しく説明している暇もない……とりあえずお前が正気に戻ったのが一番の理由だと今は言っておこう……」
俺の問に老人は意味不明な事を言う。
「……もう駄目だ……私は一旦落ちるぞ」
「え! 落ちるって何処に!? いや、この岩どうすればいいんだよ!」
老人の形だった影はその形を段々と歪ませていき、地面の中に元の俺の形となって戻っていく。
「知るか。自分で考えろ、もう力の使い方を影は覚えた。後はお前次第だ、誰かに頼るばかりではなく自分の力で成し遂げて見せろ」
老人は最後にそう言い残して完全に気配を消し去る。
「えっ! いや……ちょ……えー……」
目の前にいた影は完全に元いた地面に戻り俺の動きに合わせて形を変える。
何度か地面に移る影を触ってみるが老人の反応はなく、そのまま意識を集中すれば影の中に入れた物を取り出すことができた。
「こんなのあっても全然意味ないんだよなぁ~」
何となく取り出した宝石を取り出して独り言ちる。
見ているだけで吸い込まれそうな深い蒼色の宝石を見てもため息しか出てこない。この状況じゃあ影の中にある大量の宝石なんてゴミ同然だ。
換金所に持っていけば高値で売れるのは分かる。しかしその換金所に行けないのでは意味が無い。
「これからどうしよう……」
視線を宝石から岩に戻す。
助けを待つか?
……いや、マネギル達が助けを呼ぶはずがない。それにここは迷宮最深層。そんじょそこらの探索者が来れるような所ではない。望み薄だろう。
緊急時用の避難食は一応影の中にある。マネギル達の分もあるので一週間ほどは余裕で凌げる……がその間にこの岩を壊せる気はしない。
探索者とは常に死と隣り合わせの仕事だ。一週間もこんな所でグズグズしていればそのうち探索者協会から死んだことにされるだろう。望み薄の助けがさらに薄くなる。
「どうするべきか……」
座り込んで考えるが俺の脳みそは良い案を何も出そうとはしない。
グゥ~。
どこかから間抜けな音が鳴る。
いや、発生源は分かっている。俺の腹だ。さっきまで死ぬか生きるかの瀬戸際だったというのに俺の体は呑気に食事を要求してくる。
「まあ生きてるってことか……」
しかし俺はそれを悪い事だとは思はない。むしろ当然の事だろう。「生きていれば腹が減る」当然のことだ。
「どれどれ……ああ、これだ」
俺は影の中に手を突っ込んで、持ってきているはずの食料を探す。直ぐに食料は俺の手の中に収まり、それを確認すると影の中から手を出す。
手に納まっているのは安くて硬い、まったく美味くない干し肉だ。
好んで食べたいとは全く思わない物だが今は貴重な食料だ、ありがたくいただこう。
「……ふむ、これはなかなか……!」
硬い干し肉を無理やり噛みちぎってよく咀嚼する。すると意外にも干し肉のうまさに感動する。
噛めば噛むほど溢れる肉の旨みとほのかな油、塩梅の良い塩っけで食欲はさらに刺激される。
「馬鹿にしてごめんよ」
食べかけの干し肉を見て俺は謝る。
マジで美味くないと馬鹿にしていたが今ここでそれを改めよう。死に際を経験したあとの干し肉は格別にうまい。
改めて思い知る干し肉の美味さに感動していると背後から何やら物音が聞こえる。
「ん? なんだ?」
後ろに振り向き出口の方を見るがそこには誰もいない。
だが僅かに岩の向こうから何かで岩を叩くような音が聞こえる。
「……もしかして冒険者か!?」
しばらく音の原因を考え込みその考えに思い至る。
まさかこの深層を探索している探索者がマネギル達の他にも居たなんて!なんて幸運なんだ!!
「助けてくれ! 閉じ込められて困ってたんだ!!」
干し肉を投げ捨てて俺は慌てて岩を叩く。
このチャンスを絶対に逃しては行けない。ここに人がいるとアピールしなければ、今度はいつこのような奇跡が起こるか分かったものでは無い。
「ッ! ……っ! ッッ!!」
岩の向こう側にいるであろう人は俺の声が聞こえたのか、岩を壊そうと剣か何かで攻撃する音が激しくなる。
両側から岩を一生懸命に叩く音が聞こえるがしばらくすると向こう側からその音が途絶える。
「……え!? ちょ……ちょと待ってくれよ! 諦めないでくれよ! いや、諦めないでください!!」
その想像したくない未来を拒むように俺はさらに声を大きく上げて、岩を叩く。
………。
何度かそれを続けるが一向に返事は返ってこない。
「マジか……マジかよ……終わった……」
折角希望が見えたかと思ったが向こうに居た人が居なくなったことを確信して俺は膝から崩れ落ちる。
やっと助かったと思ったのに……どうしてこうも上手くいかないんだ。
絶望し、したくもない悪い想像が頭の中を駆け巡る。
「結局死ぬのか?」
天国から地獄。
正に気分はソレだ。
血の気が引いていく、何も考えられない。一日で二度の絶望を味わうとは思いもしなかった。悪いことの後は良いことが有るのだとどこかで盲信していた。
だがそれは違う。
往々にして運命とは残酷なのだ。
それならもう自分で死んでしまおうか?
「……」
今ならできる。気がする。
こんなに辛い思いをするのならば死のう。
徐に影の中から短剣を取り出す。
何の変哲もない普通の短剣だ。この短剣とは探索者を始めた頃からの付き合い。いつもモンスターの死体を漁る時はコイツで角や皮を剥いだ。
この短剣で全てを終わらせよう。
「最後がこんな仕事で悪いな」
自分に向けるようにして短剣を両手で持ち、首元に持っていく。
刃先が首元に当たったのを確認して呟く。
後は一思いに突き刺すだけだ。
恐れはない、寧ろ晴れやかですらある。この絶望感から開放されるのだと思うと報われるような気がした。
そうして短剣を首元に差し込もうとした時だった。
「ドンッ!!」と目の前で何かが割れる音がする。
それはいくら押しても叩いてもビクともしなかった出口を塞いでいる大岩だ。
「旦那様ッ!!」
真っ二つに割れた岩からハッキリと声が聞こえる。
それは鈴の音のようによく通る女性の声だ。
女性は焦っていたのだろうか、顔色を真っ青にして部屋の中へと入ってくる。
「こちらです、旦那様!!」
女性は俺の方を見ると青ざめていた表情を安堵のものに変えて俺の腕を掴むと引っ張るようにして宝部屋を後にする。
俺は女性にされるがままに部屋を連れ出される。
「え……どうしてあなたが?」
俺は助かったことよりもどうしてこの女性がここにいるのか分からなかった。
ウェーブのかかった綺麗な白金色の長髪を揺らし、その美しい姿の女性を俺は知っている。いや、忘れるはずがない。昨日、とても失礼な事をしてしまったのだ。
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規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
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本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
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例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
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