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第一章 大迷宮クレバス
9話 修行①
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「おかえり父さん、母さん!!」
いつも決まった時間に帰ってくる両親を、決まった時間に出迎えた。
「ただいまファイ! いい子にお留守番できた?」
「うん!」
「わっ……と。こらファイ、お母さん汚れてるからくっついたら汚れるわよ?」
いつも全身を土や泥、モンスターの返り血で汚した母の胸に飛び込んでは怒られた。
「あはは、まだまだ甘えたさんだもんなぁ~、なあファイク?」
それを見て父さんが茶化してくる。
「そ、そんなんじゃないよっ!」
「はは、そうやって強く否定するとますます怪しいなぁ~」
「……もう知らない! 今日は父さん、ご飯抜きね!」
「えっ!? お、おいファイク~、冗談だって~」
いつまでもこんな日々が続くのだと思っていた。
「あなたの父メイガス・スフォルツォと母エリーネ・スフォルツォはクレバス大迷宮第37階層で亡くなりました」
いつまで経っても帰ってこない父さんと母さんは迷宮の中で骨も残らずモンスターに殺された。
唯一俺の手元に残った父さんと母さんの思い出は誕生日にくれたなんて事のない懐中時計だけだった。
「え……」
初めて両親の死を聞かされた時は不思議と涙は出てこなかった。
足の力が途端に抜けて、上手く立つことができなかった。
ただ呆然とその場で座り込むのみ。
悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか、怒っているのか、よく分からなかった。
たまたま一緒に付いて来ていたメリッサが横で俺より先に泣きじゃくっていた。
その姿を見ていると居てもたってもいられず俺は泣きじゃくる彼女の手を掴んで探索者協会を急いで出たのを覚えている。
そのあと狂ったように一人で泣いた。
・
・
・
"起きろクソガキ、いつまで寝腐っているつもりだ"
声が聞こえる。
それはココ最近で随分と聞きなれた嗄れた老人の声だ。
直接脳に響くその声は、耳から音として聞くよりも嫌にうるさくて不思議と意識が覚醒していく。
「うるせえな……その起こし方止めろって昨日も言ったよなクソジジイ」
重たい瞼をうっすらと上げて棚に置いた懐中時計を探す。
"む、そうだったかなあ? 俺はクソジジイだからなぁ、最近物忘れが酷くて覚えておらんわい"
態とらしく声をなよなよとさせて老人口調で喋る。
「クソ……都合のいい時だけジジイぶりやがって……」
忌々しく呟きながらも時刻を確認すると時刻は午前5時40分。
だいぶ……いやかなり早いモーニングコールだ。
「おい、まだ6時前じゃねえか。もう少し寝かせろよ、迷宮に潜るのはいつも通り8時位でいいだろうが」
懐中時計を持ったまま再び毛布をしっかりと被り、目を瞑る。
"何を腑抜けたことを言っている! さっさと起きて準備をしろ、今日は少し早く潜るぞ!"
スカーと契約をしたあの日からから一週間が経った。
今俺はこいつの手伝いをする報酬としての『魔法技術』を教えこまれていた。
スカー曰く、何をするにもまずは俺に最低限の魔法の習得は必要不可欠なのだとか。
まあ俺の夢のためにもさっさと魔導具が無くてもあの時のスカーみたく魔法を使えるようにならなければいけない。
手伝いをする前に報酬が貰えるのはとても好都合だと思っていたのだが……。
「なんで今日に限って早起きして行くんだよ?」
スカーの魔法の修行はとにかく厳しかった。
毎朝早くに迷宮に潜り、夜遅く人が迷宮内から殆どいなくなるまで延々とモンスターとの実践的な戦闘をこなしながら魔法の習得となる。
まだ修行が始まって一週間だが、この時点で俺の体はマネギル達と迷宮に潜っていた時よりも疲弊していた。
"今日は少しばかりレベルを上げて修行を行う。いつも通りの時間に起きて迷宮に向かっていては時間が圧倒的に足りん。これからは毎朝この時間に起きて貰うぞ"
「マジかよ……」
冗談を言ってる風ではないスカーの言葉に俺はゲンナリする。
しかし、文句ばかり言っていられる訳でもない。
夢を自分の力で叶えられるのだ、その可能性を手に入れたのだ、それにはコイツの協力が必要不可欠だ。それならば文句は言えど従うしかない。
「はあー、わかったわかった。起きる、起きますよ!」
完全に覚醒した思考により、二度寝は不可能だ。
俺は諦めて勢いよくベットから飛び起きる。
"うむ、それでいい。さっさと準備して行くぞ"
「へいへい」
適当に返事をして寝間着から、迷宮へと潜るための装備に着替える。
今まで大事に使っていた装備は死にかけた時に駄目にしてしまったので、決して多くはない貯金を切り崩して装備を新調した。
俺の場合ソロで迷宮に潜るので、全身鎧のガチガチの装備よりも身動きの取りやすい軽装備となる。
ストレッチの効く黒い布地のインナーにその上に気持ち程度の鉄の胸当て、その上に火や電気に最低限の体制がある紺色のジャケット。下も同様にストレッチが効いてそこそこ耐久力のある初心者探索者に人気の黒のズボン。そしてブーツだ。
しめて全部で10万と5千メギル。
一般的な夫婦がこの迷宮都市で3ヶ月は余裕で暮らせるぐらいの金額だ。めちゃくちゃに高い。
しかし、俺の場合はまだこれだけで済んでいいほうだ。
普通ならばこの他にこの全装備よりも数十倍はする魔道武器や荷物を運ぶ道具入れ、その他もろもろの必需品が必要となる。
俺は元々属性にあった魔道武器なんてないし、荷物入れは影の中で済む、それにその他の必需品もこれまでの活動である程度は揃っているので問題ない。
この必要な物の多さや値段の高さ、道具の持ち運び方法などを考えて、普通はソロで迷宮に潜るということはありえない。
だがどういう訳かこの一週間、何の問題もなく迷宮を探索できている。
冷静に考えてなんで?
"うむ、何度見ても思うが馬子にも衣装だな"
着替えながら考えを巡らせていいるとスカーがそんなことを言ってくる。
「うるせっ」
一々余計な事を言う老人だ、なんて思いながら着替えを終え部屋を出る。
そのまま階段を降りて下に着くと真っ直ぐに表の飯場兼受付の方へと向かうのではなく、階段をおりて直ぐ横にある裏庭へと繋がるドアを開ける。
そのまま水を組むための井戸からバケツ一杯の水を組んで顔を洗う。
影の中からタオルを出して顔を拭き、そこから表の受付へと向かう。
「あらファイ、おはよう。今日は随分と早起きなのね?」
表に出るとそこには掃除をする制服に身を包んだメリッサが出迎えてくれた。
「おう、おはようメリッサ」
「こんな時間から出かけるの? まだ6時だけど……?」
軽く手を挙げて挨拶するとメリッサはもう一度聞いてくる。
「まあな。ちょっとやることが増えたから」
俺がソロで迷宮に潜り始めてから毎朝のようにメリッサは冴えない表情でこんな感じのことを聞いてくる。
クランを抜けたが探索者は続ける。
このことをメリッサはとても心配してくれていた。
それは彼女の口から直接聞かなくても毎日の質問で分かった。
魔導具もろくに使えない荷物運びが無謀にも一人で迷宮探索。
まあ心配してくれる条件は揃っていた。
メリッサにはスカーの事を話していないし、これまでの俺の修行を知っている訳では無い。
今のところスカーのことや修行の事を彼女に話すつもりは無い。
多分これまでのことを話せば彼女をさらに心配させてしまう。
それは幼馴染として本望ではない。
彼女は普通の宿屋の看板娘だ、知らなくていいこともある。
「……そう、あんまり無理しないでね? 最近帰りが遅いし、前より疲れた顔してるから……」
ハッキリとしない言葉で彼女は持っていた箒を強く握る。
「ああ、ありがとう。そんじゃあ行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」
これ以上何かを勘ぐられないように誤魔化して俺は足早に箱庭亭を出る。
去り際に見えたメリッサの表情はとても悲しそうだった。
・
・
・
迷宮内に入ってから三時間ほど経っただろうか?
俺は今、大迷宮クレバス第9階層に着いてすぐにあるセーフティポイントで休憩を取っていた。
"ふむ、だいぶ魔力の扱い方は慣れてきたようだな。初歩的な影魔法ならもう殆ど使えるな"
地面に座り込んで息絶え絶えに水分補給する俺はスカーの言葉に返答できず、頷くことしかできない。
"……とは言ったものの体力はまだまだだな。こんな事でバテてたら迷宮の完全攻略なんて夢のまた夢だぞ?"
「ふ、ふざけんな……三時間ノンストップで階層下るだけでもキツいのに……加えて見つけたモンスター全部と戦闘してたらそりゃ疲れるわ。こんな無茶苦茶な探索、マネギル達でもしねえぞ……」
何とか息を整えてスカーに反応するが勢いは全くない。
"ふん! あんな三流以下の奴らと比べられては困るな。俺の魔法を全て習得すると言ったのならば幾ら時間があっても足りん! これでも遅いペースぐらいだ、感謝するんだな"
「……」
スカーの言葉に思わず絶句する。
これで遅い?
ふざけんなよ。今でさえいっぱいいっぱいなのに……コイツの理想高すぎるだろ……。
普通、探索者が一日に探索する階層というのはその探索者の力量にもよるが1~2階層が一般的だ。腕利きともなれば一日に3~4階層を探索することもあるそうだがそんなのは滅多にない事だ。
そんな一般的なペースから見て、俺は今日だけで1~9階層という区間を三時間で下っていた。普通にオーバーペースな訳で、加えて出会ったモンスター全てを討伐、さらに加えてそのあいだ全く休み無し。どんなスパルタ特訓だよ。
階層がまだ浅く、出てくるモンスターも弱いと言ってもソロでこのペースはありえない事だ。
だが、俺の中に住み着いている影は何食わぬ顔でこんなデタラメな修行を「やれ」と言ってくる。
そりゃあこんなの毎日やってりゃ疲れきってメリッサにも心配されるわ。
しかし、そんなスパルタすぎる修行も考え無しと言う訳ではなく。事実、俺は初歩的ではあるが『影の中に物を入れる』以外の影魔法を使えるようになっていた。
それも1~9階層のモンスターぐらいならばある程度は倒せるぐらいに。
いやまあ、こんだけハードな事やらされて全く魔法が使えてなかったらキレ散らかしてたけどもね?
逆に魔法が使えるようになってるから今まで耐えてこれたわけで……。
とにかく俺はこの一週間めちゃくちゃ頑張ったって事だ。
"よし、そろそろ休憩は終わりだ。このまま一直線に10階層まで行くぞ"
「え! もう休み終わり!?」
休憩終了の言葉に俺は正気を取り戻し、スカーに抗議の声を上げる。
まだ10分も休んでいない。
修行時間と休憩時間の比率がおかしすぎる。
"何言ってる! もう十分に休んだだろうが! ほら、さっさと立て! 今日はまだ始まってすらないんだからな!!"
脳に直接響く怒鳴り声に嫌々ながらも従い、俺は立ち上がる。
こんのクソジジイ……いつか覚えてやがれ……。
いつかこのスパルタジジイをギャフンと言わせることを胸に誓って俺は迷宮内を走り出す。
修行はまだ始まったばかりだ。
いつも決まった時間に帰ってくる両親を、決まった時間に出迎えた。
「ただいまファイ! いい子にお留守番できた?」
「うん!」
「わっ……と。こらファイ、お母さん汚れてるからくっついたら汚れるわよ?」
いつも全身を土や泥、モンスターの返り血で汚した母の胸に飛び込んでは怒られた。
「あはは、まだまだ甘えたさんだもんなぁ~、なあファイク?」
それを見て父さんが茶化してくる。
「そ、そんなんじゃないよっ!」
「はは、そうやって強く否定するとますます怪しいなぁ~」
「……もう知らない! 今日は父さん、ご飯抜きね!」
「えっ!? お、おいファイク~、冗談だって~」
いつまでもこんな日々が続くのだと思っていた。
「あなたの父メイガス・スフォルツォと母エリーネ・スフォルツォはクレバス大迷宮第37階層で亡くなりました」
いつまで経っても帰ってこない父さんと母さんは迷宮の中で骨も残らずモンスターに殺された。
唯一俺の手元に残った父さんと母さんの思い出は誕生日にくれたなんて事のない懐中時計だけだった。
「え……」
初めて両親の死を聞かされた時は不思議と涙は出てこなかった。
足の力が途端に抜けて、上手く立つことができなかった。
ただ呆然とその場で座り込むのみ。
悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか、怒っているのか、よく分からなかった。
たまたま一緒に付いて来ていたメリッサが横で俺より先に泣きじゃくっていた。
その姿を見ていると居てもたってもいられず俺は泣きじゃくる彼女の手を掴んで探索者協会を急いで出たのを覚えている。
そのあと狂ったように一人で泣いた。
・
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・
"起きろクソガキ、いつまで寝腐っているつもりだ"
声が聞こえる。
それはココ最近で随分と聞きなれた嗄れた老人の声だ。
直接脳に響くその声は、耳から音として聞くよりも嫌にうるさくて不思議と意識が覚醒していく。
「うるせえな……その起こし方止めろって昨日も言ったよなクソジジイ」
重たい瞼をうっすらと上げて棚に置いた懐中時計を探す。
"む、そうだったかなあ? 俺はクソジジイだからなぁ、最近物忘れが酷くて覚えておらんわい"
態とらしく声をなよなよとさせて老人口調で喋る。
「クソ……都合のいい時だけジジイぶりやがって……」
忌々しく呟きながらも時刻を確認すると時刻は午前5時40分。
だいぶ……いやかなり早いモーニングコールだ。
「おい、まだ6時前じゃねえか。もう少し寝かせろよ、迷宮に潜るのはいつも通り8時位でいいだろうが」
懐中時計を持ったまま再び毛布をしっかりと被り、目を瞑る。
"何を腑抜けたことを言っている! さっさと起きて準備をしろ、今日は少し早く潜るぞ!"
スカーと契約をしたあの日からから一週間が経った。
今俺はこいつの手伝いをする報酬としての『魔法技術』を教えこまれていた。
スカー曰く、何をするにもまずは俺に最低限の魔法の習得は必要不可欠なのだとか。
まあ俺の夢のためにもさっさと魔導具が無くてもあの時のスカーみたく魔法を使えるようにならなければいけない。
手伝いをする前に報酬が貰えるのはとても好都合だと思っていたのだが……。
「なんで今日に限って早起きして行くんだよ?」
スカーの魔法の修行はとにかく厳しかった。
毎朝早くに迷宮に潜り、夜遅く人が迷宮内から殆どいなくなるまで延々とモンスターとの実践的な戦闘をこなしながら魔法の習得となる。
まだ修行が始まって一週間だが、この時点で俺の体はマネギル達と迷宮に潜っていた時よりも疲弊していた。
"今日は少しばかりレベルを上げて修行を行う。いつも通りの時間に起きて迷宮に向かっていては時間が圧倒的に足りん。これからは毎朝この時間に起きて貰うぞ"
「マジかよ……」
冗談を言ってる風ではないスカーの言葉に俺はゲンナリする。
しかし、文句ばかり言っていられる訳でもない。
夢を自分の力で叶えられるのだ、その可能性を手に入れたのだ、それにはコイツの協力が必要不可欠だ。それならば文句は言えど従うしかない。
「はあー、わかったわかった。起きる、起きますよ!」
完全に覚醒した思考により、二度寝は不可能だ。
俺は諦めて勢いよくベットから飛び起きる。
"うむ、それでいい。さっさと準備して行くぞ"
「へいへい」
適当に返事をして寝間着から、迷宮へと潜るための装備に着替える。
今まで大事に使っていた装備は死にかけた時に駄目にしてしまったので、決して多くはない貯金を切り崩して装備を新調した。
俺の場合ソロで迷宮に潜るので、全身鎧のガチガチの装備よりも身動きの取りやすい軽装備となる。
ストレッチの効く黒い布地のインナーにその上に気持ち程度の鉄の胸当て、その上に火や電気に最低限の体制がある紺色のジャケット。下も同様にストレッチが効いてそこそこ耐久力のある初心者探索者に人気の黒のズボン。そしてブーツだ。
しめて全部で10万と5千メギル。
一般的な夫婦がこの迷宮都市で3ヶ月は余裕で暮らせるぐらいの金額だ。めちゃくちゃに高い。
しかし、俺の場合はまだこれだけで済んでいいほうだ。
普通ならばこの他にこの全装備よりも数十倍はする魔道武器や荷物を運ぶ道具入れ、その他もろもろの必需品が必要となる。
俺は元々属性にあった魔道武器なんてないし、荷物入れは影の中で済む、それにその他の必需品もこれまでの活動である程度は揃っているので問題ない。
この必要な物の多さや値段の高さ、道具の持ち運び方法などを考えて、普通はソロで迷宮に潜るということはありえない。
だがどういう訳かこの一週間、何の問題もなく迷宮を探索できている。
冷静に考えてなんで?
"うむ、何度見ても思うが馬子にも衣装だな"
着替えながら考えを巡らせていいるとスカーがそんなことを言ってくる。
「うるせっ」
一々余計な事を言う老人だ、なんて思いながら着替えを終え部屋を出る。
そのまま階段を降りて下に着くと真っ直ぐに表の飯場兼受付の方へと向かうのではなく、階段をおりて直ぐ横にある裏庭へと繋がるドアを開ける。
そのまま水を組むための井戸からバケツ一杯の水を組んで顔を洗う。
影の中からタオルを出して顔を拭き、そこから表の受付へと向かう。
「あらファイ、おはよう。今日は随分と早起きなのね?」
表に出るとそこには掃除をする制服に身を包んだメリッサが出迎えてくれた。
「おう、おはようメリッサ」
「こんな時間から出かけるの? まだ6時だけど……?」
軽く手を挙げて挨拶するとメリッサはもう一度聞いてくる。
「まあな。ちょっとやることが増えたから」
俺がソロで迷宮に潜り始めてから毎朝のようにメリッサは冴えない表情でこんな感じのことを聞いてくる。
クランを抜けたが探索者は続ける。
このことをメリッサはとても心配してくれていた。
それは彼女の口から直接聞かなくても毎日の質問で分かった。
魔導具もろくに使えない荷物運びが無謀にも一人で迷宮探索。
まあ心配してくれる条件は揃っていた。
メリッサにはスカーの事を話していないし、これまでの俺の修行を知っている訳では無い。
今のところスカーのことや修行の事を彼女に話すつもりは無い。
多分これまでのことを話せば彼女をさらに心配させてしまう。
それは幼馴染として本望ではない。
彼女は普通の宿屋の看板娘だ、知らなくていいこともある。
「……そう、あんまり無理しないでね? 最近帰りが遅いし、前より疲れた顔してるから……」
ハッキリとしない言葉で彼女は持っていた箒を強く握る。
「ああ、ありがとう。そんじゃあ行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」
これ以上何かを勘ぐられないように誤魔化して俺は足早に箱庭亭を出る。
去り際に見えたメリッサの表情はとても悲しそうだった。
・
・
・
迷宮内に入ってから三時間ほど経っただろうか?
俺は今、大迷宮クレバス第9階層に着いてすぐにあるセーフティポイントで休憩を取っていた。
"ふむ、だいぶ魔力の扱い方は慣れてきたようだな。初歩的な影魔法ならもう殆ど使えるな"
地面に座り込んで息絶え絶えに水分補給する俺はスカーの言葉に返答できず、頷くことしかできない。
"……とは言ったものの体力はまだまだだな。こんな事でバテてたら迷宮の完全攻略なんて夢のまた夢だぞ?"
「ふ、ふざけんな……三時間ノンストップで階層下るだけでもキツいのに……加えて見つけたモンスター全部と戦闘してたらそりゃ疲れるわ。こんな無茶苦茶な探索、マネギル達でもしねえぞ……」
何とか息を整えてスカーに反応するが勢いは全くない。
"ふん! あんな三流以下の奴らと比べられては困るな。俺の魔法を全て習得すると言ったのならば幾ら時間があっても足りん! これでも遅いペースぐらいだ、感謝するんだな"
「……」
スカーの言葉に思わず絶句する。
これで遅い?
ふざけんなよ。今でさえいっぱいいっぱいなのに……コイツの理想高すぎるだろ……。
普通、探索者が一日に探索する階層というのはその探索者の力量にもよるが1~2階層が一般的だ。腕利きともなれば一日に3~4階層を探索することもあるそうだがそんなのは滅多にない事だ。
そんな一般的なペースから見て、俺は今日だけで1~9階層という区間を三時間で下っていた。普通にオーバーペースな訳で、加えて出会ったモンスター全てを討伐、さらに加えてそのあいだ全く休み無し。どんなスパルタ特訓だよ。
階層がまだ浅く、出てくるモンスターも弱いと言ってもソロでこのペースはありえない事だ。
だが、俺の中に住み着いている影は何食わぬ顔でこんなデタラメな修行を「やれ」と言ってくる。
そりゃあこんなの毎日やってりゃ疲れきってメリッサにも心配されるわ。
しかし、そんなスパルタすぎる修行も考え無しと言う訳ではなく。事実、俺は初歩的ではあるが『影の中に物を入れる』以外の影魔法を使えるようになっていた。
それも1~9階層のモンスターぐらいならばある程度は倒せるぐらいに。
いやまあ、こんだけハードな事やらされて全く魔法が使えてなかったらキレ散らかしてたけどもね?
逆に魔法が使えるようになってるから今まで耐えてこれたわけで……。
とにかく俺はこの一週間めちゃくちゃ頑張ったって事だ。
"よし、そろそろ休憩は終わりだ。このまま一直線に10階層まで行くぞ"
「え! もう休み終わり!?」
休憩終了の言葉に俺は正気を取り戻し、スカーに抗議の声を上げる。
まだ10分も休んでいない。
修行時間と休憩時間の比率がおかしすぎる。
"何言ってる! もう十分に休んだだろうが! ほら、さっさと立て! 今日はまだ始まってすらないんだからな!!"
脳に直接響く怒鳴り声に嫌々ながらも従い、俺は立ち上がる。
こんのクソジジイ……いつか覚えてやがれ……。
いつかこのスパルタジジイをギャフンと言わせることを胸に誓って俺は迷宮内を走り出す。
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