元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

10話 修行②

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 9階層に降りて移動を再開してからおよそ30分後、俺は何とか無事に大迷宮クレバス第10階層の中間地点まで足を運んでいた。

 "よし、それじゃあここからが今日の修行のメインだ。心してかかれ"

 セーフティポイントでも何でもないモンスターがうじゃうじゃ湧いているこの場でスカーは呑気に教鞭を執り始める。

「いやいや、呑気に言ってくれるけど状況をよく見てから言えよ!?」

「「「バウバウッ!!」」」

 俺はそんな呑気なクソジジイに一言物申して、雄叫びを上げながら殺しにかかってくるモンスターから必死に逃げる。

 現在、狼型のモンスター『スパイキーウルフ』5匹に絶賛絡まれている俺はスカーの魔法授業を聞いていられる状況ではなかった。

 "何を甘ったれたことを言ってるんだ? こんな雑魚ぐらい片手であしらって俺の話に集中しろ"

「数が数だろうが! 1匹、2匹ぐらいなら俺でも何とかできるけど流石に5匹を相手取るのは無理だ!!」

 情けないと言わんばかりに煽ってくるクソジジイに反論するが、状況は悪くなる一方だ。

 魔法が使えるようになったと言ってもそれは初歩の初歩であって複数のモンスターを一人で対処できるほど実力はまだ俺には全然ない。

 それに今ちょっかいを掛けられている『スパイキーウルフ』は群れで行動するモンスターの代表格であり、一体一体の戦闘力はそこまでだが雄叫びで仲間を呼び集めながら標的として捉えた獲物を数で圧倒して絶対に逃がさい。

 今も先程まで後ろには5匹だったはずの狼が10匹程に増えている。

 一般的な対処法としては接敵した瞬間、仲間を呼ばれる前に倒すのがセオリーなのだがそれは複数人での対処の仕方であって、ソロで最近やっとまともな魔法が使えるようになった俺ではそんな一般的な対処は無理だ。

 "今のお前ならあんな雑魚余裕で倒せるわ! 一々モンスターと接敵しただけでビクビクしやがって! そろそろ慣れろってんだ! ほら、いつまでも逃げてないで迎え撃て!!"

「……!!」

 このジジイ、簡単に言ってくれる。

 こちとら今まで荷物持ちしかしてこなかった戦闘初心者だぞ?1週間やそこらで簡単になれるわけが無いだろうが!
 それにお前の教えるペースが圧倒的におかしいんだよ!!

 胸の内にふつふつと湧き上がる文句の数々。
 しかし、そんなことを口にしたところでこの状況がどうにかなる訳では無い。

 殺らなければ殺られる。
 そんなの探索者ならば誰でも覚悟している事だ。

「クソがッ!!」

 全速力で走るのを止めて勢いよく背を向けていた方に体を向ける。

 そこにはいつの間に増えたのか息を荒らげて涎を垂らす、合計14匹の『スパイキーウルフ』たち。
 薄ぐろい灰色の毛並みに頭には太い釘のような角。まじまじとその姿を視界に収めるだけで身震いがしてくる。

 "よし、それでいい"

 満足そうなスカーの声がするが上手く聞き取れない。
 呼吸はどんどん浅くなって、何度も吸って吐いてを繰り返す。

 ふと無意識にフラッシュバックするあの時の記憶。

 宝部屋でゴーレム達に殴り殺されそうになったあの時の光景。
 モンスターと接敵する度にあの時の事が脳裏を過ぎって離れない。

 モンスターと接敵する度に萎縮してしまうのは間違いなくあの時に植え付けられたトラウマの所為だと言うのは分かりきっていた。

 だがいつまでも過去のことを怖がっていては埒が明かない。
 スカーの言う通りだ、そろそろ慣れなければいけない。

 殺し合うということに。

 "落ち着け、何も臆することは無い。さっきも言ったが今のお前ならばこの数は余裕だ。この一週間でやったことを思い出せ"

 今度はハッキリと嗄れた声が脳に響く。

 自然と不規則だった呼吸は落ち着きを取り戻していく。

 深く、深く、意識を目の前の狼たちに集中させる。

 内側に眠った力を起こす。

 スカー曰く、魔法とは己が身一つで行使する力だと言う。
 いつからか与えられ、感じることができるようになった魔力という未知の根源を凡百の方法へと心像イメージすることによって新たな力へと昇華させる。
 魔法とは心像イメージ、無限の可能性なのだと。

 故に現代の魔導具有りきの魔法とはとても不完全で原初たる魔法の名残が微塵もないのだという。

 初めてこれを聞いた時は意味が全くわからなかった。俺にとって魔法とは魔導具を用いることを前提としたものだったからだ。心像イメージするだけで魔法が使えたら苦労しないと思った。それなら魔導具を使うのと何ら変わりないじゃないかと。
 ……がこの一週間の修行でスカーが何を言っているのか少しわかった気がする。

 魔法とは心像。
 無限の可能性。
 あのクソジジイが何を言いたいのか身を持って体感した今ならば少しは分かる。

 心像イメージしろ。
 暗い過去の心像イメージでは無く、目の前の敵を圧倒するほどの強さを……そうすれば俺は無限の可能性最強を手に入れることができる。

 "良い集中……良い心像イメージだ。コレは何も命令はしない、好きにやれ……ファイク"

「……ああ」

 返事をした次の瞬間、地面を蹴って14匹の『スパイキーウルフ』が前に飛び出し一直線に俺に迫ってくる。

 目測にしておよそ50m。
 あと5秒もすれば狼の牙は俺に届く。その前にアイツらの健脚を潰す。

 心像イメージするのは地面から這い寄る無数の影手。何をも逃さず束縛する魔法。

「……集え──」

 祈るようなその言葉で体の奥が熱く湧き上がる。
 血液とはまた別の、不明瞭な力の波が全身を駆け巡る。頭からつま先、全身にそんな不安定な力が漲ったのならば準備は整う。

 後は不自然に溜まったその力と、今想起した心像イメージを混じり合わせ具現させるだけだ。

「──深淵なる招き手ッ!!」

 自分の影を触るように勢いよく地面に右手を当てて叫ぶ。

 瞬間、俺の足元にある影が不気味に歪み、地面を這って近づいてくる狼達の足元まで伸びる。
 そしてそのまま伸びた影は地面から黒い手を伸ばして狼達の健脚を絡め取る。

「キャウンッ!?」

 咄嗟の出来事に情けない声を上げ狼狽える狼達。

「少しは可愛げがあるじゃないか」

 "無駄口はいい。次はどうするんだ?"

「……少し喜ばせろよ……」

 上手く魔法が使え喜んでいたところを嗄れた声に水を刺され、不機嫌になりながらも新たな心像イメージをする。

 心像イメージするのは全てを貫く針……いや、奴らの象徴とも言える金釘だ。

「集え──」

『スパイキーウルフ』は何とかして影の拘束から逃れ、自由を得ようと藻掻くがそれは直ぐに無意味になる。

「──数多なる断罪の金釘ッ!!」

 詠唱と共に狼達の脚に絡み付いていた影の手はその姿を丸太程度の太さはある一本の黒い釘に変貌する。

 釘へと成り変わった影は一直線に『スパイキーウルフ』の体躯を貫く。

「アオォォォォォォォォォォンッ!!!」

 と、同時に絶命の雄叫びが迷宮内に鳴り響く。

 それは終わりを告げる雄叫びでもあった。

「ッ……!!」

 強く打ち付けるような雄叫びに思わず目を瞑り、耳を塞いでそれが収まるのを待つ。

「お、終わった……?」

 やっと雄叫びが収まり目を開け、どうなったかを確認する。
 そこには一つの大きな風穴が空いた『スパイキーウルフ』の死体が無数に転がっていた。

「やっ……やった!!」

 思わず拳を握りして、狼達に勝ったことへの嬉しさが溢れる。

 ……しかし、その嬉しさも束の間のものとなる。

 "誰が気を抜いていいと言った馬鹿ッ! まだ一匹残ってるだろうが!!"

「……え?」

 突然脳内に鳴る怒鳴り声に理解が追いつかない。

「ギャウッ!!!」

 すると頭上に一つの獣の声が聞こえる。

 視線を声のする方に向けるとそこには体に大きな風穴を開けて大量の出血をしながらも決死の思いでこちらに噛み付こうとする『スパイキーウルフ』の姿があった。

「ッ……!?」

 スパイキーウルフの生命力を舐めていた、完全に殺したものだと思っていた。
 だが目の前のモンスターは最後の命を振り絞り俺を殺しにかかって来る。

 やばい、死んだ。

 そう直感する。

 自然と体は硬直して上手く魔法を心像イメージすることができない。
 思考が停滞していく。

 その間も一匹の『スパイキーウルフ』の牙は俺の喉元まで迫り来る。

 "全くもって詰めが甘い! 誰が気を抜いていいと言った!!"

 しかし、実際にその牙が俺にまで届くことは無い。

「……」

 今まで戦闘に手を貸してこなかった老人が俺の影の支配権を奪い取り、影で一本の剣を作る。
 その剣は具現すると直ぐに俺に襲いかかってくる狼を真っ二つに斬る。

「ギャウンッ!!」

 断末魔と共に目の前で狼が今度こそ死ぬ。

「スカー……」

 無意識に老人の名前を呼ぶ。

 "馬鹿なお前に一つ教えてやる。文句や弱音ならいくらでも吐け、それぐらいなら許してやる。だがな、迷宮……いや、死線の真っ只中にいる時は一切気を抜くな。油断するな。万が一お前の気が緩んだのならば……その時は死ぬ時だと今魂に刻み込め"

「わ、わかった……助かったよ、ありがとう」

 いつもこちらを馬鹿にしてくる呆れたような声音ではなく、重たく脳裏に残る声に俺は素直に頷く。

 "ふん! 分かればいい。ほれ、新しいのが来るぞ"

 スカーは嗄れた声で素っ気なく答えると俺の影で前の方を指す。

「新しいの……?」

 促されるままに影が指した方向を見るとそこには新しいモンスターの姿があった。

「うげ……もう次の相手がお出ましかよ……」

 遠くてまだその全貌はよく見えないが確実に動いているそのモンスターの姿に気が滅入る。

 正直休みたい。
 肉体的にと言うよりは精神的に疲れた。さっきの今で戦う方に気持ちを切り替えるのはなかなか難しい。

 "さっさと切り替えろ、休憩は終わりだ"

「……いや、全然休まってねえよ」

 またも文句が口から出てしまうが、いつまでも呑気にはしていられない。モンスターは着実にこっちに近づいてきている。

「てか結構デカいよな? 何だあれ?」

 ゆっくりと近づいてくるのは四足歩行のモンスター。こちらに近づくにつれてその姿ははどんどんと大きくなっていく。それこそ先程対峙した『スパイキーウルフ』より何倍も大きい。

 "ありゃあ狼たち親玉と言ったところか"

 スカーの囁くような呟きに嫌な予感がすると同時に暗がりから出てハッキリとそのモンスターの全貌が顕になる。

「ウルガァアアアアアア!!」

 モンスターも俺が視界に写ったのだろう、威嚇するように耳を劈くような雄叫びをあげる。

 見上げるほど巨大な体躯に逆立つ漆黒の毛並み、鋭い銀色の牙は鋼鉄をも噛み砕くことだろう。逞しく伸びた豪脚は一蹴りで簡単に地面を抉るほどだ。その何処を見ても凶悪としか思えない容姿を一層際立たせているのは頭上に付いた金色の太い釘のような角。

 目の前に現れたモンスターは先程戦って勝利した『スパイキーウルフ』の上位種。『キングスパイキーウルフ』だった。

「親玉と言ったところかって言うか、コイツは正真正銘アイツらの親玉だよ……」

 かなりの間を置いてスカーの先程の呟きに突っ込む。
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