元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

12話 遅めの昼食

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 意識を完全に失ったコイツの体の支配権を奪うことはとても簡単にできた。

 それこそ俺がコイツの影に住み着いてから何度試してもダメだったことが今この瞬間にとてもあっさりと呆気なくできてしまったのだ。

「今までの苦労はなんだったんだろうな……」

 独り言ちる声は身に覚えのある嗄れたものではなく、ハリのある若い男の声だ。

「やはり影から体に乗り移る事はできたな」

 自身が立てた仮説がやっと証明できた。

 スカー・ヴェンデマンという男の意識は確実にファイク・スフォルツォの影を依代に存在していた。しかし今まで俺はただその影に居るだけで特に何が出来るという訳ではなかった。

 それこそ居座っている影を好きな形に変えたり、操ることなんてできなかったし、考えや意志を音として発することもできなかった、脳内に直接伝えることもできたことがなかった。

 初めてそれができたのはココ最近の話で、今まで十数年と試行錯誤をしてもできなかった。
 それならば現在はどうしてそんなことができるのか?

 俺は仮説を立てた。
 ファイク・スフォルツォという男は『自我を保つ力』が物凄く強いのではないか?と。

 それこそ十数年と俺が持てる知識を持ってしても影の一部たりとも支配権を奪えたことはココ最近まで無かった。
 影の賢者であるこの俺がだ。

 どういうわけでこのクソガキがこれ程までに『自我を保つ力』に長けているのか知らないが俺に取ってこの事実は面倒でしか無かった。

 影に意識を定着することができたのならば、そのまま影を経由して体の支配権を奪うことも可能だとは思っていた。
 実際に今成功している訳だが、如何せんクソガキが安定した精神状態を保っているうちはそれが微塵もできる気配がない。

 影だけならば一度俺の意識を主張出来れば後は自由にすることができたのだが、本体である身体の支配権を奪うことは今この瞬間までできなかった。

「今ならコイツの体を俺のモノにできるか?」

 何度も伺っていた機会が思わぬ所で舞い降りてきた。
 今のこの衰弱しきった奴の意識からならば体の支配権を奪えるかもしれない。

 そんな考えが過ぎるが直ぐにそれを無かったことにする。

「……いや、難しいな。完全に意識を失ってるはずなのに軽くアイツから抵抗されている感覚がある。何処まで執念深い奴なんだ……」

 体の奥底から感じる不快な感覚に顔を顰める。

「……それにしても体を乗っ取って初めて気づいたが、コイツかなりの魔力総量だな。てっきり魔力切れで意識を失ったのかと思っていたが単なる魔力操作の不慣れか。今まで使ってなかったものを使って体がその負荷に耐えれなかったと言ったところだな……」

 精神を統一させて大まかではあるが体の中に残った魔力量を調べてみるとそんなことが分かってくる。
 魔法を使う分にはまだ潤沢すぎるほどの魔力が体の中には残っていた。

「これなら上に戻るのは簡単だな。いや……まだ全然修行を続行できるな」

 魔力残量からそんな考えが浮かぶ。

「……まあ今日は勘弁しといてやるか、いきなりぶっつけ本番でできるとは思ってなかった『影遊』を一発で成功させたしな。感覚はアイツ自身も影も覚えただろう」

 が、直ぐに気まぐれの優しさでそう結論づけ、俺は倒したモンスターの残骸を影の中にしまい込み、上の階層へと戻るべく地面蹴って駆け出す。

 俺が思ったよりもクソガキは魔法の潜在適正があるのかもしれない。

 全速力で迷宮内を駆け抜ける中、ふと無意識にそんなことを考えてしまう。

 ・
 ・
 ・

 目が覚めるとそこは迷宮の暗い天井ではなく見慣れた部屋の天井だった。

「……帰ってきた?」

 ご丁寧に寝かされていたベットから起き上がり周りを見回すが、そこは確実に俺が間借りしている『箱庭亭』の部屋だった。

「……スカーがここまで俺の体を運んだのか?」

 腕を組み、誰がここまで運んでくれたのか考え込むが直ぐにその結論に至る。というかそれしか考えられないだろう。

 大迷宮クレバス10階層で不運にも遭遇してしまった『キングスパイキーウルフ』をスカーから無理矢理な状況で教わった影魔法『影遊』で何とか倒すことができたのは覚えている。

 その後は急に意識が無くなって、無防備に迷宮内で倒れてしまった。

 普通に考えればそこで俺の人生は終了しているはずなのだが、この状況を見て察するにスカーが影魔法か何かを使って上手いこと俺をここまで運んでくれたらしい。

 たまにはあのクソジジイも人のために親切を働くんだな。

「おーいスカー?」

 その件の爺さんに形だけでも礼をしようと呼んでみるが返事は一向に返ってこない。
 いつもならば直ぐに不機嫌な声が聞こえてくるというのにどうしたのだろうか。

「……寝てんのか?」

 少し待っても返事は帰ってこない。

 なんでこのタイミングで寝ているんだあの爺さんは……。
 さっきの迷宮での戦闘のことで色々と聞きたいことがあったのだが……。

「……てか今何時だよ?」

 ポケットから懐中時計を出し、時間を確認すると時刻は午後1時15分。
 迷宮に入ったのが朝の6時過ぎで、10階層に着いたのはその3時間半後。そこから『キングスパイキーウルフ』との戦闘が始まって……。

「時間の感覚が狂うな」

 アレだけのことがあると体感時間的にはもう夜ぐらいの感覚なのだが、実際はまだ昼過ぎという事実に違和感を覚える。

 グゥ~。

 そんなことを考えていると次に腹が間抜けな音を立てて何かを主張してくる。

「そういや昼食ってねぇな」

 朝は適当に済ませたが昼は当然まだ食べてない。
 修行が始まってからは夜以外まともな食事は取っておらず、今日も適当に影の中に入ってる干し肉や乾パンを小休憩の間に食べるものだと思っていた。

 が、今日は珍しく気を利かせたスカーのおかげで普段は絶対に迷宮の中にいる時間だと言うのに俺は今自分の部屋にいる。

 これは久しぶりに昼もまともな飯にありつける滅多にないチャンスではなかろうか?
 スカーはどういう訳か声を掛けても返事はないし、これまた運のいいことにすぐ下に降りれば美味い飯所もある。

「食うしかねえよな」

 選択肢は一択だ。そうと決まれば後は行動するのみ。
 俺はベットから完全に起き上がり、部屋を後にする。

「……む?」

 部屋を出る直前、何となく見た姿見鏡に映った自分の姿に足が止まる。
 鏡に映った自分の姿は顔や体の所々に土汚れが付いており、とても小汚く見える。

「……まずは風呂からだな」

 幸いランチが終わるまでまだ時間がある。
 風呂に入ってから行けばちょうど客の入り具合も緩やかになってきている頃合だろう。

 ということで歩みを戻し、適当なタオルと着替えを取り出しまずは風呂に入ることにする。

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「ふう……さっぱりさっぱり」

 部屋に備え付けであるシャワールームで汗や汚れを綺麗に流し落とし、今日の探索の疲れを癒すと、スッキリと気持ちの晴れた面持ちで下の階へと降りる。

 そのまま真っ直ぐ表の方に行くと美味そうな料理の匂いとその料理に舌鼓を打つ客の楽しげな声が出迎えてくれる。

 時刻は午後01時37分。
 昼のランチタイム終了まであと一時間を切っているが店の中は未だたくさんのお客で賑わっている。

「お? なんだファイク、今日は帰ってくんのが早いな!」

 適当に席が空いてないか周りを見回しているとちょうどテーブル席に料理を運び終えて厨房に早足で戻ろうとするパトスに見つかる。

「あ、おはようございますパトスさん。今日も盛況ですね」

 軽く会釈をして俺はパトスに挨拶をする。

「おうよ! 有難い限りだぜ!」

「席空いてます?」

 快活に答えるパトスに俺は続けて聞いてみる。

「席なら奥の方が空いてるぜ。ファイクがうちで昼飯なんて久しぶりだな!」

「そうですね。普段ならこの時間帯はまだ迷宮にいるし、かなり久しぶりですね」

「まあマネギル達のところ辞めてからも忙しそうにしてたけどやっと一段落着いた感じか?」

「はは、まあ……そんな感じですね」

 から笑いをしながら俺は答える。

 メリッサ伝いでハイルング夫妻にも俺が『獰猛なる牙』を辞めたことは既に知れ渡っている。
 元探索者なだけあってこういった探索者同士のいざこざにもそれなりの理解があり、クランを辞めてからは今まで以上に声を掛けて心配をしてくれた。

「そうか、そりゃ良かったぜ! んじゃ久しぶりのウチの日替わりランチを思う存分味わってくれ! すぐに持ってくるから、ちょいと待ってな!」

「はい、ありがとうございます」

 楽しそうに笑みを浮かべながらパトスは厨房の方へと戻っていく。

 それを何となく見届けて、俺もパトスに指された奥の空いてるカウンター席へと向かいそのまま座る。

「お水どうぞっ!!」

 数分と経たずにそのままボーッと料理が来るのを待っていると小さい女の子の元気な声が聞こえてくる。

 声のする方へ視線を向けると水の入ったコップを両手で大事そうに持った女の子が満面の笑みでコップをこちらに手渡してくる。

「おお、ありがとうなメネル。今日も店の手伝い偉いな~」

「えへへっ!」

 素直にコップを受け取りテーブルに置くと女の子の頭をワシャワシャと勢いよく撫でてやる。
 女の子は気持ちよさそうに目を細めて嬉しそうだ。

 その何とも無垢な笑顔に心が洗われるような、ホッコリと優しい気持ちになる。
 別に俺がロリコンとかそういう訳では無い。他のこの店にいる客もだいたい俺と同じ反応をするだろう。

「ファイ君がお昼にお店にいるのなんか不思議だね!」

 どうでもいいことを考えていると女の子は頭を撫でられながら元気な声でそう言う。

 彼女はこの『箱庭亭』の二人目の看板娘、メネル・ハイルングだ。メリッサの実の妹で歳は今年で10歳。
 綺麗な金色の長髪を一つ結びにしてお店の制服ではなく普通の服に赤色のエプロンをしている。実の姉妹なだけあって顔立ちはメリッサと似て整っており、将来は別嬪さんになること間違いなしだろう。

 天真爛漫で『箱庭亭』の元気印、彼女のその明るくも健気な接客に『箱庭亭』を訪れる人々は毎日癒されている。
 生まれた時から知っている所為か俺は彼女を実の妹のように接し、つい甘やかしてしまう。だから今の一連の流れはロリコンだからとかそういう訳では決してない。

「あはは! そうだな、この時間はいっつも迷宮の中だからな~」

 一頻り頭を撫で終わると俺はコップに入った水を一口飲む。

「今日はもう冒険は終わりなの?」

「まあそんなところだ。んでちょうどいい時間に帰ってこれたから久しぶりにメネルの父さん母さんの超絶うまい料理を食べようと思ったわけだ!」

「おー! お仕事お疲れ様ですファイ君!」

「おう! サンキューな~」

 純新無垢なメネルの笑顔が再び俺の荒みきった心を癒し、思わず彼女の頭をまた撫でてしまう。

「こらメネル! 水を運びに行っただけなのに全然戻ってこないと思ったらファイのところでサボってたのね?」

 ワチャワチャと楽しくメネルとじゃれあっているとそんな少し怒気のこもった聞きなれた声が聞こえる。

「ぶー……別にいいんでしょ。お姉ちゃんだってこの前ファイ君とイチャイチャしてたじゃない。私もファイ君とお話したいよ!」

「なっ……! べ、別にイチャイチャなんかしてないわよ!!」

 声の主はもちろん『箱庭亭』のもう一人の看板娘、メリッサ・ハイルングだ。彼女は両手で料理の乗ったお盆を持ってこちらに近づいてくる。

 朝に見た時は少し元気がなさそうだったが今はすっかりといつものツンツンと覇気のある様子だ。

「どうだか~? お姉ちゃん最近ずぅ~っと上の空って感じだよ~? 誰のことを心配してるのかはわかんないけどぉ~?」

 メリッサのお叱りを受けてもメネルは何一つ怯むことなく、寧ろわざとらしく意味ありげなことを言って逃げるように厨房の方へと戻っていく。

「あ、こらっ! 待ちなさいメネルっ!!」

 それをメリッサはすぐさま追いかけようとするが自分が料理を運んでいる最中だと思い出しギリギリのところで踏みとどまる。

「はあ~……たくっ、一体いつからあんな口を聞くようになったのかしら?」

「それは姉であるお前の後ろ姿を見て育ったからじゃないか?」

 深くため息をつく彼女に冗談交じりに言ってみる。

「なに? 私が悪いって言うの?」

 運んでいた料理は俺のものだったらしくメリッサはわざと雑に料理の乗ったお盆をテーブルに置く。

「……おいおい冗談じゃないですかメリッサさんや」

 勢いよく目の前に置かれた料理たちは少しずつ盛り付けられた形を崩し、汁物も軽く飛び散っている。

「ふんっ、知らない!」

 それに対して抗議の眼差しを向けるがメリッサは全く気にした様子はない。

「……わあ、今日も美味しそうな料理の数々だなぁ~」

 彼女の反応でこれ以上言っても無駄だと俺は察して、わざとらしく料理の感想を言う。

 本日の日替わりランチの献立はこうだ。
『ストライクチキン』の半身を丸々一枚使った竜田揚げに、『スカイキャベツ』や『ロックトマト』ほか数種の野菜サラダ、スープはこれまた野菜具たくさんのコンソメスープで最後にしっとり柔らかな丸パンが二つ。
 このボリュームでたったの500メギルだと言うのだから安すぎる。
『箱庭亭』の企業努力が感じられる。

「朝早く出てって、今度はどれだけ遅く帰ってくるのかと思ってたけど随分早いお帰りじゃない」

 俺が目の前の料理に恍惚としていると、お盆を大事そうに抱えたメリッサがそう言ってくる。

「まあたまには早く帰ってきてもいいかなぁ~ってね」

 俺は目の前の料理に夢中で適当にそう答えるとナイフとフォークを握りしめる。

「……よかった……」

「ん? 何か言ったか?」

 さあいざ料理をいただこうとするとメリッサが何か小さな声で呟いたのが聞こえて反射的に振り返って聞き返してしまう。

「べっ、別になんでもない! 熱いから気をつけて食べるのねっ!!」

 メリッサは顔を真っ赤にさせると何やら慌てた様子でその場を離れようとする。

「お、おう?」

 彼女の謎の慌てっぷりに俺は首を傾げながら頷く。

 よくわからんがまああれだろ。
 お喋りしすぎてまたパトスに茶化されるとでも思って焦ってたのだろう。

 そう適当に結論づけて俺は久しぶりのまともな昼食に集中する。

 まずは何から食べる?
 ……やはりここは肉からだろう。男なら肉一択だ。
 見ろ、この肉厚な『ストライクチキン』の竜田揚げをナイフの刃を少しとうしただけで溢れんばかりの肉汁だっ!!

 あまりにも暴力的なその料理の美味しそうな見た目に俺の脳内はもう食べる前からつい実況してしまうほど大歓喜だ。

 適当に食べやすい大きさに切り分けた竜田揚げをフォークで一刺ししてゆっくりと口に運ぶ。
 美味そうな熱々の湯気がじっくりと口に近づいてくる感覚が何ともたまらない。

 そしてさあいざ食べるぞ!
 と、言ったところでその人物は現れた。

「よかった……ここに居られたのですね旦那様っ!!」

「……え?」

 真後ろから聞こえるその声に竜田揚げの刺さったフォークを口に運ぶ寸前で止め、振り返る。

「やっとお会いすることができました旦那様!」

 振り返ったその先には俺に満面の笑みを向ける『静剣』アイリス・ブルームが立っていた。

 アレ?なんか前にもこんな事があったような?

 彼女を視認した最初の感想がこれだった。
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