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第一章 大迷宮クレバス
13話 『静剣』の来訪
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昔から人付き合いと言うのが苦手だった。
……いや、苦手と言うよりも全くと言っていいほど誰かと関わりを持ったことがなかった。持つことがてきなかった。
一人は嫌だった。誰かと何かを食べたり、遊んだり、くだらない話をして笑い合いたかった。
でも何を話していいのか分からなかった。どうやって話しかければいいのか分からなかった。
誰かと顔を見合せる度にどうしていいのか分からなかった。
言葉が詰まって何もできなくなった。
剣の扱い方、モンスターの殺し方、魔導具の使い方、魔力の扱い方、死体の剥ぎ方、体力の作り方、効率的な狩りのやり方、気配の消し方、殺気の出し方、大迷宮で生きていくためのやり方。一人で生きていくための方法をずっとずっとずっと、狂ったように凶悪な獣しかいない山の中で教えこまれてきた。
11年という長い修行が終わって分かったことは今言ったことができたからと言って私が望んだモノは手に入らなかったということ。
誰かと話そうとする度に逃げたくてしょうがなかった。
モンスターと対峙したところでそんな恐れは感じたことがないのに。
何を考えているのか分からなくて、怖くて仕方がなかった。
効率的な狩りのやり方、気配の消し方、大迷宮で生きていくための方法は分かっても人間が何を思い、考えているのか分からなかった。
苦しくて仕方がなかった。
私のことをジロジロと何かを値踏みするように見てくる視線が、苦しくて耐えられなかった。
「最強になれ」
私にずっと稽古をつけてくれた祖父が最後の別れの際に言ったのはそのたった一言だけだった。
分からなかった。
『最強』とは何なのか?
『最強』になったからなんだと言うのか?
私は別にそんなモノ欲しくなかった。
でも私にはそれしか無かった。
それしか与えられなかった。
それしかできることがなかった。
だから頑張った。
一人で迷宮に潜ってモンスターを殺し続けた。
ずっとずっとずっと、一人で、悲しいという気持ちを隠して強さだけを求めた。
そんな何も満たされない毎日を送っているといつからか『静剣』なんて呼ばれるようになっていた。
音一つ立てない静寂なる剣技。
どこかの誰かがそんなことを言って、いつしか敬意と畏怖を込めてそう呼ばれるようになった。
少しは祖父の言っていた『最強』には近づけたのかもしれない。
けれど私は全く嬉しくなかった。祖父の言う通りにすれば何かが満たされるかと思ったが何かが満たされることは無かったから。
満たされるわけなんて無い。
私が欲しかったモノは唯一つだから。ずっと決まっていのだから。
でも最初から間違っていた。
私はずっと勘違いをしていた。ずっと期待していたのだ。
小さい頃、まだ父様と母様が生きていた頃によく読み聞かせてもらった絵本のように。ある日突然、白馬の王子様が現れて私を明るい世界に連れ出してくれるのだと。
手を差し出して「一緒にいてください」と「私と行きましょう」と誰かに言われるのをずっと待っていたのだ。
けれど間違っていた。
そんな強請るだけでは欲しいものなんて手に入るわけがないのに、私は強請り続けてしまった。
私には絵本で読んだような人は現れないし、もう頑張ったところで出会えないのだと思っていた。
あの時までは。
本当に気まぐれで入った酒場だった。
何となくあの日は飲みたい気分だったのだ。
周りの人間は私を見つけると何か小声で話し出す。
「静剣だ」「あの静剣がきたぞ」
「殺されたくなかったら関わるのはやめておけ」
一斉に物騒な言葉が飛び交う。
誰かを殺した覚えなんてないのに、いつからからか根も葉もない噂が飛び交い、謂れの無いことを言われるようになった。
別にそれに対して何も感じなかった。
もう慣れてしまっていた。
誰かに陰口を言われるということに、何も満たされないということに、欲しかったものは手に入らないということに。
「お、俺と結婚してくださいッ!!」
だからそう言われた時は何が起こったのか分からなかった。
突然で訳が分からなかった。
誰が誰に言っているのか分からなかった。
その人が何を考えているのか分からなかった。
とても頼りなくて、発せられた声は震えていて弱々しかった。
けれどその人は私のずっと欲しかった言葉を言ってくれた。
そう分かった瞬間に世界が変わったのだ。
恐れがなくなり、苦しさがなくなり、内側の奥深くから満たされていくような心地よい感覚が沸き起こった。救われた気がした。
その人は私を『明るい世界』に連れ出してくれたのだ。
とても偏屈でおかしな話だと思う。
誰がどう聞きても納得できる要素なんてない。
けれどそれでいい。
私と彼が……旦那様が分かっていればそれでいい。
この気持ちは私たちだけのものなのだ。
「いま会いに行きますね旦那様……」
あの時のことが遠く昔のことのように感じる。本当はアレは夢で全部なかったのではないかとさえ錯覚してしまう。
けれど夢ではない。
彼がくれた『フィルマメントダイアモンド』で作ったペアリングが揺るがない証拠として存在してくれる。
「ふふっ、早くできたペアリングをお届けに行かないと」
進む歩みは軽やか、これ程までに心躍る気持ちは生まれてから初めての経験だった。
世界とはこんなにも美しかったのか。
そう思わずにはいられなかった。
・
・
・
「お食事の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえいえ! お気になさらず……」
これは一体全体どういうことなのか、俺の頭は全く理解が追いついていなかった。
とりあえず急いで昼食を取り終え、適当に飲み物を注文して俺は『静剣』アイリス・ブルームの対応に取り掛かっていた。
突然のSランク探索者である彼女の登場に現在『箱庭亭』の店内には異様な空気が漂い、他の客たちは一定の距離を開けてチラチラと俺たちの方に視線を向けてくる。
簡単に言えばとても注目されている。
異様な空気感を作り出した張本人はこの現状を全く気にした様子もなく、ちょうど空いた俺の隣の席へ嬉しそうに座っている。
マジでどういうこと?……てか、そんな警戒する必要ある?
あからさまに彼女を避けようとする客たちの反応に疑問を抱くが、それよりももっと疑問に思うべきことがある。
どうして彼女がここにいる?
……いや理由はわかっている。
この前有耶無耶にして逃げ出してきたプロポーズの事で彼女が俺のところへ訪れてきたのなんて分かりきっている。
それでもまだ疑問が残る。
それは時間と場所だ。
時刻はまだ午後2時を回ったところ。普通の探索者ならばまだ迷宮の中にいても全然おかしくは無い時間帯だ。もちろん横で楽しそうに座っている『静剣』様も常識的に考えれば迷宮に潜っている時間帯のはず。俺はもし仮に『静剣』と遭遇するのならば夜だと高を括っていたのだがどういう訳か彼女はこんな真昼間に姿を現した。
たまたま今日が休みだった可能性は無くはない。しかしわざわざ貴重な休みを使ってまで俺に会いに来るだろうか?それほどまでに彼女を突き動かすものとは何なのか?
まあこの時間の問題が解決したとしても二つ目に場所の問題が出てくる。
彼女はどうやって俺がこの『箱庭亭』にいるという情報を手に入れたのだろうか?
Sランククランに所属していたとは言え、所詮はただの『荷物持ち』だ。俺がどの宿を拠点にしているか何て情報は出回らないだろうし、それを知っている人間はマネギルぐらいだ。マネギルに俺の居場所を聞いた可能性もあるがそれならばもっと早く『静剣』は俺の元に現れただろう。
助けて貰った日からもう一週間が経つ、その線は薄いように思えた。
「……」
「……」
一言二言言葉を交わしたところで互いに無言になる。
……気まずい、とてつもなく気まずい。あと吐きそう。
こんな綺麗な女性が隣いるだけで緊張で吐きそうだと言うのに、気の利いた会話どころか、これから解かなければいけないであろう誤解をどうやって解けばいいのか全く分からず、脳が思考を放棄したがっている。
『静剣』は『静剣』で席に座ってから何か話す気配はないし、何が楽しいのか嬉しいのかずっとニコニコと満面の笑みを浮かべながら俺の方をチラ見してくるばかりである。というか今気づいたが今日はこの前のように探索の装備や魔導武器は身につけておらず、白地の胸元にフリルがあしらわれたブラウスに紺色のロングスカートと、とても女性らしい服装だ。
無意識に『静剣』の服装に目線をやっていると少ししたところで彼女と目が合う。『静剣』は少し驚いたように目を見開くと顔を真っ赤にさせて目を直ぐに逸らす。
……これどういう状況よ?
疑問に思ったところで返ってくる答えはない。
そんな自問自答をしていると静寂をぶち壊す救世主がやってくる。
「お待たせしました、レモンティーでございます」
その救世主とは頼んだ飲み物を持ってきたメリッサであった。
作り込まれた営業スマイルでティーカップをテーブルに置いてくれるが、俺の分のカップを置く瞬間に俺にだけ見える角度で物凄い睨みを聞かせてくる。
……え?俺なんかやっちゃいました?
何に対してメリッサが怒っているのか俺は検討が付かず、首を傾げる事しか出来ない。
「俺の奢りなんで遠慮なく飲んでください」
「はい、ありがとうございます旦那様」
とりあえず持ってきてもらったお茶を『静剣』様に勧めて、時間を稼ぐ。まだ俺の脳内はこの状況をどう打破するか会議中である。
「……旦那様?」
スッキリとした味わいのレモンティーで喉を潤し、脳をフル回転にどうするか考えていると後ろからまだメリッサの声が聞こえる。
……何でアナタがまだいるんだい?
後ろに振り返り質問をしようとした瞬間、直ぐに俺の口は喋ることを止めた。
理由はまるで般若のようにその綺麗なご尊顔を怒りの色に染めて、俺の事を睨みつけていたからだ。
「ひっ……!!」
それを見て思わずそんな情けない声が出てしまってもしょうがない。
だってマジで怖いんだもん。
「ファイ……『旦那様』ってどういうこと? あんたもしかしてそこにいる『静剣』さんと結婚でもしようって言うの?」
表情とは裏腹にとても落ち着いた声音でメリッサは詰問してくる。
「えっ!? い、いやっ! 何言ってんだよメリッサ! そんなわけないじゃないか! 誤解っ! 誤解ですよ!!」
俺はその有無をも言わさぬ威圧感に耐えきれず立ち上がって必死に誤解をとこうとする。
「誤解? 誤解とはどういうことですか旦那様? 私と旦那様は結婚するんですよ? というかそこの女性は旦那様の何なんですか?」
それに被せるように席に座ったまま『静剣』様は爆弾発言をかましてくる。
「何が誤解ですって? アンタの婚約者さんはああいってるけど?」
「………」
ああ……詰んだわこれ……。
どんどん修正が面倒になっていく場に俺は考えることを完全に放棄する。
何でメリッサさんはそんなに怒っていらっしゃるんですか?
彼女がどうしてこの話にこれ程まで怒って、首を突っ込んでくるのか理由が分からない。だが「お前には関係ない話だ」と言った瞬間に今よりももっと面倒くさくなるような気がしたので口にはしなかった。
偉いねファイク。
……いや、苦手と言うよりも全くと言っていいほど誰かと関わりを持ったことがなかった。持つことがてきなかった。
一人は嫌だった。誰かと何かを食べたり、遊んだり、くだらない話をして笑い合いたかった。
でも何を話していいのか分からなかった。どうやって話しかければいいのか分からなかった。
誰かと顔を見合せる度にどうしていいのか分からなかった。
言葉が詰まって何もできなくなった。
剣の扱い方、モンスターの殺し方、魔導具の使い方、魔力の扱い方、死体の剥ぎ方、体力の作り方、効率的な狩りのやり方、気配の消し方、殺気の出し方、大迷宮で生きていくためのやり方。一人で生きていくための方法をずっとずっとずっと、狂ったように凶悪な獣しかいない山の中で教えこまれてきた。
11年という長い修行が終わって分かったことは今言ったことができたからと言って私が望んだモノは手に入らなかったということ。
誰かと話そうとする度に逃げたくてしょうがなかった。
モンスターと対峙したところでそんな恐れは感じたことがないのに。
何を考えているのか分からなくて、怖くて仕方がなかった。
効率的な狩りのやり方、気配の消し方、大迷宮で生きていくための方法は分かっても人間が何を思い、考えているのか分からなかった。
苦しくて仕方がなかった。
私のことをジロジロと何かを値踏みするように見てくる視線が、苦しくて耐えられなかった。
「最強になれ」
私にずっと稽古をつけてくれた祖父が最後の別れの際に言ったのはそのたった一言だけだった。
分からなかった。
『最強』とは何なのか?
『最強』になったからなんだと言うのか?
私は別にそんなモノ欲しくなかった。
でも私にはそれしか無かった。
それしか与えられなかった。
それしかできることがなかった。
だから頑張った。
一人で迷宮に潜ってモンスターを殺し続けた。
ずっとずっとずっと、一人で、悲しいという気持ちを隠して強さだけを求めた。
そんな何も満たされない毎日を送っているといつからか『静剣』なんて呼ばれるようになっていた。
音一つ立てない静寂なる剣技。
どこかの誰かがそんなことを言って、いつしか敬意と畏怖を込めてそう呼ばれるようになった。
少しは祖父の言っていた『最強』には近づけたのかもしれない。
けれど私は全く嬉しくなかった。祖父の言う通りにすれば何かが満たされるかと思ったが何かが満たされることは無かったから。
満たされるわけなんて無い。
私が欲しかったモノは唯一つだから。ずっと決まっていのだから。
でも最初から間違っていた。
私はずっと勘違いをしていた。ずっと期待していたのだ。
小さい頃、まだ父様と母様が生きていた頃によく読み聞かせてもらった絵本のように。ある日突然、白馬の王子様が現れて私を明るい世界に連れ出してくれるのだと。
手を差し出して「一緒にいてください」と「私と行きましょう」と誰かに言われるのをずっと待っていたのだ。
けれど間違っていた。
そんな強請るだけでは欲しいものなんて手に入るわけがないのに、私は強請り続けてしまった。
私には絵本で読んだような人は現れないし、もう頑張ったところで出会えないのだと思っていた。
あの時までは。
本当に気まぐれで入った酒場だった。
何となくあの日は飲みたい気分だったのだ。
周りの人間は私を見つけると何か小声で話し出す。
「静剣だ」「あの静剣がきたぞ」
「殺されたくなかったら関わるのはやめておけ」
一斉に物騒な言葉が飛び交う。
誰かを殺した覚えなんてないのに、いつからからか根も葉もない噂が飛び交い、謂れの無いことを言われるようになった。
別にそれに対して何も感じなかった。
もう慣れてしまっていた。
誰かに陰口を言われるということに、何も満たされないということに、欲しかったものは手に入らないということに。
「お、俺と結婚してくださいッ!!」
だからそう言われた時は何が起こったのか分からなかった。
突然で訳が分からなかった。
誰が誰に言っているのか分からなかった。
その人が何を考えているのか分からなかった。
とても頼りなくて、発せられた声は震えていて弱々しかった。
けれどその人は私のずっと欲しかった言葉を言ってくれた。
そう分かった瞬間に世界が変わったのだ。
恐れがなくなり、苦しさがなくなり、内側の奥深くから満たされていくような心地よい感覚が沸き起こった。救われた気がした。
その人は私を『明るい世界』に連れ出してくれたのだ。
とても偏屈でおかしな話だと思う。
誰がどう聞きても納得できる要素なんてない。
けれどそれでいい。
私と彼が……旦那様が分かっていればそれでいい。
この気持ちは私たちだけのものなのだ。
「いま会いに行きますね旦那様……」
あの時のことが遠く昔のことのように感じる。本当はアレは夢で全部なかったのではないかとさえ錯覚してしまう。
けれど夢ではない。
彼がくれた『フィルマメントダイアモンド』で作ったペアリングが揺るがない証拠として存在してくれる。
「ふふっ、早くできたペアリングをお届けに行かないと」
進む歩みは軽やか、これ程までに心躍る気持ちは生まれてから初めての経験だった。
世界とはこんなにも美しかったのか。
そう思わずにはいられなかった。
・
・
・
「お食事の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえいえ! お気になさらず……」
これは一体全体どういうことなのか、俺の頭は全く理解が追いついていなかった。
とりあえず急いで昼食を取り終え、適当に飲み物を注文して俺は『静剣』アイリス・ブルームの対応に取り掛かっていた。
突然のSランク探索者である彼女の登場に現在『箱庭亭』の店内には異様な空気が漂い、他の客たちは一定の距離を開けてチラチラと俺たちの方に視線を向けてくる。
簡単に言えばとても注目されている。
異様な空気感を作り出した張本人はこの現状を全く気にした様子もなく、ちょうど空いた俺の隣の席へ嬉しそうに座っている。
マジでどういうこと?……てか、そんな警戒する必要ある?
あからさまに彼女を避けようとする客たちの反応に疑問を抱くが、それよりももっと疑問に思うべきことがある。
どうして彼女がここにいる?
……いや理由はわかっている。
この前有耶無耶にして逃げ出してきたプロポーズの事で彼女が俺のところへ訪れてきたのなんて分かりきっている。
それでもまだ疑問が残る。
それは時間と場所だ。
時刻はまだ午後2時を回ったところ。普通の探索者ならばまだ迷宮の中にいても全然おかしくは無い時間帯だ。もちろん横で楽しそうに座っている『静剣』様も常識的に考えれば迷宮に潜っている時間帯のはず。俺はもし仮に『静剣』と遭遇するのならば夜だと高を括っていたのだがどういう訳か彼女はこんな真昼間に姿を現した。
たまたま今日が休みだった可能性は無くはない。しかしわざわざ貴重な休みを使ってまで俺に会いに来るだろうか?それほどまでに彼女を突き動かすものとは何なのか?
まあこの時間の問題が解決したとしても二つ目に場所の問題が出てくる。
彼女はどうやって俺がこの『箱庭亭』にいるという情報を手に入れたのだろうか?
Sランククランに所属していたとは言え、所詮はただの『荷物持ち』だ。俺がどの宿を拠点にしているか何て情報は出回らないだろうし、それを知っている人間はマネギルぐらいだ。マネギルに俺の居場所を聞いた可能性もあるがそれならばもっと早く『静剣』は俺の元に現れただろう。
助けて貰った日からもう一週間が経つ、その線は薄いように思えた。
「……」
「……」
一言二言言葉を交わしたところで互いに無言になる。
……気まずい、とてつもなく気まずい。あと吐きそう。
こんな綺麗な女性が隣いるだけで緊張で吐きそうだと言うのに、気の利いた会話どころか、これから解かなければいけないであろう誤解をどうやって解けばいいのか全く分からず、脳が思考を放棄したがっている。
『静剣』は『静剣』で席に座ってから何か話す気配はないし、何が楽しいのか嬉しいのかずっとニコニコと満面の笑みを浮かべながら俺の方をチラ見してくるばかりである。というか今気づいたが今日はこの前のように探索の装備や魔導武器は身につけておらず、白地の胸元にフリルがあしらわれたブラウスに紺色のロングスカートと、とても女性らしい服装だ。
無意識に『静剣』の服装に目線をやっていると少ししたところで彼女と目が合う。『静剣』は少し驚いたように目を見開くと顔を真っ赤にさせて目を直ぐに逸らす。
……これどういう状況よ?
疑問に思ったところで返ってくる答えはない。
そんな自問自答をしていると静寂をぶち壊す救世主がやってくる。
「お待たせしました、レモンティーでございます」
その救世主とは頼んだ飲み物を持ってきたメリッサであった。
作り込まれた営業スマイルでティーカップをテーブルに置いてくれるが、俺の分のカップを置く瞬間に俺にだけ見える角度で物凄い睨みを聞かせてくる。
……え?俺なんかやっちゃいました?
何に対してメリッサが怒っているのか俺は検討が付かず、首を傾げる事しか出来ない。
「俺の奢りなんで遠慮なく飲んでください」
「はい、ありがとうございます旦那様」
とりあえず持ってきてもらったお茶を『静剣』様に勧めて、時間を稼ぐ。まだ俺の脳内はこの状況をどう打破するか会議中である。
「……旦那様?」
スッキリとした味わいのレモンティーで喉を潤し、脳をフル回転にどうするか考えていると後ろからまだメリッサの声が聞こえる。
……何でアナタがまだいるんだい?
後ろに振り返り質問をしようとした瞬間、直ぐに俺の口は喋ることを止めた。
理由はまるで般若のようにその綺麗なご尊顔を怒りの色に染めて、俺の事を睨みつけていたからだ。
「ひっ……!!」
それを見て思わずそんな情けない声が出てしまってもしょうがない。
だってマジで怖いんだもん。
「ファイ……『旦那様』ってどういうこと? あんたもしかしてそこにいる『静剣』さんと結婚でもしようって言うの?」
表情とは裏腹にとても落ち着いた声音でメリッサは詰問してくる。
「えっ!? い、いやっ! 何言ってんだよメリッサ! そんなわけないじゃないか! 誤解っ! 誤解ですよ!!」
俺はその有無をも言わさぬ威圧感に耐えきれず立ち上がって必死に誤解をとこうとする。
「誤解? 誤解とはどういうことですか旦那様? 私と旦那様は結婚するんですよ? というかそこの女性は旦那様の何なんですか?」
それに被せるように席に座ったまま『静剣』様は爆弾発言をかましてくる。
「何が誤解ですって? アンタの婚約者さんはああいってるけど?」
「………」
ああ……詰んだわこれ……。
どんどん修正が面倒になっていく場に俺は考えることを完全に放棄する。
何でメリッサさんはそんなに怒っていらっしゃるんですか?
彼女がどうしてこの話にこれ程まで怒って、首を突っ込んでくるのか理由が分からない。だが「お前には関係ない話だ」と言った瞬間に今よりももっと面倒くさくなるような気がしたので口にはしなかった。
偉いねファイク。
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