元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

18話 攻略開始

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「……なんの騒ぎだこいつは?」

「さあ……一体なんなんでしょう?」

 39階層~42階層を一気に攻略するため、4日間に渡る久しぶりの遠征。
 持ち込んでいた物資も心許なくなり、大迷宮クレバス42階層の攻略に一旦区切りを付けて、久しぶりに訪れた探協はいつにも増して騒がしかった。

「あれじゃない? みんな私たちが最深層を更新したのを聞きつけてこんなに騒いでいるんじゃない?」

「……」

 ロールの呑気な言葉に一瞬思考し、直ぐに俺たちの事で騒いでいるわけではないと結論付ける。

 もし、ロールの言う通りならば俺たちが探協に入った時点で多かれ少なかれそれなりの人集りができるはずだ。自画自賛ではないが、それなりに大きな功績を打ち立てた自負はある。

 しかし、それがないということは俺たちと重なるようにして何かとんでもない事をしでかした探索者がいるということになる。

「……とりあえず素材の換金と攻略階層の更新だ。三人はサブカウンターの方で換金を頼む、俺はメインカウンターで更新をしてくる」

 いったいどんな理由で探協が騒がしいのか気になりはしたが、とりあえず先にやることをやってしまわなければいけない。

 俺はロウド、ロール、ハロルドの三人に簡単に指示を出す。

「了解です!」

「わかったわ!」

「あいわかった」

 三人も俺と同様、理由を直ぐにでも知りたいようだったが素直に頷いてサブカウンターの方へ向かう。

「……さて──」

 それと同時に俺もメインカウンターの方へ向かおうとする。

 幸い、帰ってきた時間が午後の中途半端な時間帯ということでいつもは大行列ができるメインカウンターも今は少人数しか並んではいない。
 カウンターを選ばなければ直ぐに対応をしてもらえるだろう。

 騒がしいのは主に併設してある飯所の方だ。今日は探索に出ていないのか、昼間から酒を煽っていた探索者達が酒の入った馬鹿騒ぎとはまた違う騒ぎ方をしている。

 俺はそれを横目に適当に空いているカウンターへと向かう。

「あらマネギルさん、お帰りなさい! 大迷宮クレバス第42階層の解放おめでとうございます!!」

「……ありがとう」

 カウンターに着くなり受付嬢が満面の笑みで、祝福をしてくれる。

「今日のご要件は……攻略階層の更新ですね?」

「ああ、クラン『獰猛なる牙』は大迷宮クレバス第41階層を完全攻略し42階層へと到達した。トレジャーバッジの確認を頼む」

 受付嬢の質問に頷き、俺は首にぶら下げた長方形の黒い板を差し出す。

 トレジャーバッジとは探索者の証。
 探協で探索者登録をした時に貰える身分証明書みたいなものだ。

 括りとしては魔導具の一つで、トレジャーバッジ単体では殆ど意味をなさないがもう一つの魔導具を用いることで魔導具として機能する。

 このトレジャーバッジの役割としては持ち主の強さ、モンスターの討伐数や攻略の功績の記録・保存となる。その強さ、功績に応じて探索者ランクが定められる。
 これがなければ迷宮内に入ることができないのはもちろん、攻略した階層の記録もしてくれて、最深層に到達した探索者はこうして探協に申請しなければいけない。

 情報操作は不可能でセキュリティの面でも信頼性がある。

「……確認終了しました。この度は最深層の到達おめでとうございます。これからもその御実力を存分に奮って迷宮の完全攻略にご協力ください」

「ああ……」

 数分と経たずに確認を済ませた受付嬢は深くお辞儀をするとトレジャーバッジを返してくれる。

「久しぶりの遠征でお疲れでしょう? 今日はゆっくりと休んでください。なんなら探協ウチの中にある酒場で是非ご飯でも食べてってください、割引のクーポンを差し上げるので……どうぞ!」

 受付嬢は下げた頭を上げるとその真面目な表情から一転して明るく笑顔で数枚の紙切れを渡してくる。

「その酒場は随分と騒がしい様だが何かあったのか?どうやら俺達が久しぶりに最深層を更新した事についてではなさそうだが……」

 簡単な手続きが終わり、ずっと気になっていた事を受付嬢に質問する。

「あー……それはですね──」

 俺の口振りに受付嬢は苦笑いすると言葉を続ける。

「──あの『静剣』アイリス・ブルームさんがちょうど本日、新クランの申請をなさったんです」

「……あの一匹狼の『静剣』が?」

「はい……どうやらメンバーは『静剣』さんともう一人の二人だけのようなんですが……」

 受付嬢は言葉を付け加えると困ったように笑う。

「……あっ!」

「どうした?」

 少しの間を置いて受付嬢が何かを思い出したように声を上げる。

「いえ……えーと……その『静剣』さんとクランを組んだ人がマネギルさんのお知り合いと言うことを思い出して……」

「俺の知り合い? 誰だ?」

 歯切れ悪く答える受付嬢に俺は首を傾げる。

 余り友好関係の広くない俺に『静剣』とクランを組めるほど親しい人間がいた覚えがないため、思考を巡らせても受付嬢が誰のことを言っているのか分からない。

「えーと……この前までマネギルさんのクランにいた『荷物持ち』の……」

「ッ!! ……ファイクか?」

 受付嬢の口から出てきた名前に思わず目を見開く。

「あ、はいその方です。そのファイクさんが『静剣』さんとクランを組んだと他の探索者さんが知って、噂が広がったみたいで」

「そうか……あいつが『静剣』と……」

 そうして別に久しぶりでもないというのに、感慨深く思える名前にふと笑みがこぼれる。

「あの~……?」

「ああ、悪い。この騒がしさの理由は分かった、ありがとう」

「あ、いえいえ、またのご利用お待ちしてます!」

 俺が突然笑いだしたのを不思議そうな顔で見ていた受付嬢に一つ断りを入れて、カウンターを後にする。

 ……そうか、あいつが『静剣』とか。

 何が面白いのか自分でもよくわかってはいないが、何かが起こる予感がして胸が騒いだ。

 そんな胸騒ぎとともに俺は貰ったクーポンを持って仲間が待つ酒場へと歩みを進めた。

 ・
 ・
 ・

「……」

 "おい、サボってないでお前も戦闘に参加しろ。あの女ばかりに戦わせていては修行にならん"

 静寂。

 まさにその一言に尽きた。

 眼前には音も無く白金の長髪を煌びやかに揺らして、舞うように犬頭人型モンスター『アサルトコボルト』十体を蹂躙する女性が戦闘中だと言うのにこちらに妖艶に微笑んでくる。

「いや……どう見てもあの中に混ざれるわけないだろ。邪魔でしかないぞ? むしろ邪魔すぎて間違ってアイリスが俺の事を斬り殺すまであるな」

 赤子の手をひねるように『アサルトコボルト』と戦闘を繰り広げるアイリスに手を振って答えながら俺は不機嫌気味な嗄れた声に反論する。

 "……何わけのわからん事を言っている。あの女の実力は十分に分かった、次からはお前も戦闘にまざれ"

「……」

 迷宮に入ってから8時間が経過しただろうか。
 現在俺たちがいるのは大迷宮クレバス第24階層、その最奥。もう少しで下の25階層へと続く階段が見えてくるところまで来ていた。

 マネギル達よりも早く迷宮の完全攻略をするために長期間に渡って迷宮に潜ることにした俺たちは、体力温存に重点を置いた、最低限の戦闘、最速最短距離で各階層の探索をしていた。

 上層(1~19階層)から中層(20~35)へと入った事でそこに生息するモンスターの強さは数段、格が上がった。加えて今回は修行と言うよりも攻略がメインということで今までしてきたデタラメな迷宮探索ではなく、慎重を期した探索をするということになった。

「お待たせしてしまい申し訳ございませんファイク様」

 汗一つかかず『アサルトコボルト』との戦闘を終えたアイリスが細剣型の魔導武器を鞘に収めながらこっちに駆け寄ってくる。

「待たせた……って早すぎるぐらいだろ。あの数の『アサルトコボルト』を一人で余裕で討伐とはさすがSランク探索者って感じだな……」

「そんなことはありません、あれぐらいの雑魚ならあと数分は速く倒すことができました……」

 自身の力不足を恨むようにアイリスは悔しそうに歯噛みする。

「そ、そうなのか……」

 ……いやいや、今より早く倒すってどんだけ強いの?今のでも本気じゃないってバケモンすぎませんかね。『アサルトコボルト』って結構強い部類に入るからね?

 彼女のトンデモな発言に内心度肝を抜かれる。

「あー……次からの戦闘は俺も参加するからな? そろそろ何もしないでアイリスばかりに負担を掛けるのは──」

「いえ、その必要はありません。この程度の上層でファイク様のお手を煩わせるわけにはいきません」

 そうして俺は何食わぬ顔で細剣を腰の鞘に収めているアイリスに、本日何度目とも分からない提案をするが食い気味に拒否される。

「……はあ……」

 分かりきっていた反応が返ってきたことに俺は呆れながら、ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

 迷宮に入ったのが昼過ぎ──正確に言えば午後1時丁度だ。大まかな体感で8時間以上は経っていると思っていたが、俺の予想通り懐中時計は午後9時を回ろうとしていた。

 ここまでに来るのに最低限の戦闘のみで階層を下ってきたが、それまでに俺が関わった戦闘は0回で、全ての戦闘をアイリスが一人でこなしていた。

 今の俺の提案から分かるように、勘違いして欲しくないのは俺は決して全ての戦闘をアイリスに押し付けて楽をしようとしている訳ではないこと。

 Sランクのアイリスならばここら辺のモンスターとの戦闘は朝飯前、戦闘とすら呼べない一方的な蹂躙に等しい。いくら肉体的、精神的にも疲労が皆無だからと言ってもその全ての戦闘を彼女に任せていれば、今後の攻略に少なからず悪い影響を及ぼしてくるのは目に見えている。

 だから少しでも後々出てくるであろう負担を減らすべく、今のように俺も戦闘に参加すると言っているのだが尽くそれは拒否される。

 頑なに俺に戦闘をさせたがらない『静剣』様に理由を聞いてみれば彼女は『お手を煩わせるわけにはいきません』の一点張りだった。

 アイリスのその言葉は心から俺を気遣ったものだと言うのは分かる。分かるのだがこの場合、その気遣いは不必要で、捉え方によっては俺は頼りにされていないことになる。

『こんな上層の雑魚を任せるのも気が引ける』と間接的に言われているようなものだった。

 確かに最近まで『荷物運び』だった奴とクランを組んだのだ、そう思われていても仕方がないがさすがにこれ以上のおんぶにだっこ状態は我慢の限界だった……主にスカーが。

 もちろん俺もそれなりに精神的にキテいる。今のこの状況はマネギル達とクランを組んでいた時と何も変わっていない。彼女に信頼されていないというのはとても嫌だった。

 次の階層はターニングポイントの25階層。これまで以上にモンスターは強くなり、負担が大きくなりこのままアイリスに戦闘させる訳にはいかない。寧ろ二人の連携が攻略の鍵を握る。

 だからここで考えを改めさせる必要がある。

「すぅ……はぁ……なあアイリス、俺はそんなに頼りないかな?」

「……えっ?」

 呼吸を整えて放った問いにアイリスの表情は固まる。

「確かに俺はこの前まで『荷物運び』をしていた底辺探索者でアイリスからしたら戦闘初心者もいいところかもしれない。君が俺が怪我をしないように、疲れないようにと気を遣って戦闘から遠ざけてくれているのは有難いよ──」

 それを気にせず俺は言葉を続ける。

「──けどね……俺は決して君一人だけに戦闘をさせるためにクランを組んでくれと頼んだつもりは無いし、『荷物運び』としてこのクランにいるつもりでもないんだ」

「……っ!!」

 アイリスは何とも読み取れない表情を悲痛の色に歪ませる。

「あまり女の人にこう言った強い言葉を使いたくはないけど、あえて今は使わせてもらうよ──」

 そんな彼女を見て胸が痛むが言わなければいけない。

「──『疲れるから』だとか『お手を煩わせる』だとかそんな余計な気遣いは必要ない。次の階層からはモンスターの強さが数段上がって攻略が今以上に難しくなってくる。アイリスからすれば大したことない相手なのかもしれないけど、後のことを考えればこのまま今みたいな戦闘を続ける訳にはいかない。俺とアイリスはどっちが上でどっちが下だとか決めたつもりは無いし。俺と君は対等な関係だと思っていたんだけど……それは俺の勝手な思い上がりだったのか?」

「ちっ、違いますッ! そんなことは決してありません! 私はファイク様の事を──」

 語尾を強めた俺の言葉にアイリスは慌てて被りを振る。
 彼女の瞳には少なからず涙が溜まっており、今にもそれはこぼれ落ちそうだ。

「うん……分かってる、アイリスは本当に俺の事を考えて行動していたのは分かってる。今の言い方は少し意地悪だったな」

 彼女の目に溜まった涙を見て罪悪感を感じながら、ハンカチを手渡す。

「けど俺の言いたいことも分かってくれたら嬉しいかな」

「……はい」

 アイリスは俺からハンカチを受け取ると、それを目尻に優しく充てがうと申し訳なさそうに頷く。
 その汐らしく悲しそうな彼女の表情は親に叱られ自らの過ちを反省する幼子のようだった。

 ……少し言いすぎたか?

 予想以上のアイリスの落ち込み具合に俺の胸中はさらに罪悪感が襲ってくる。

「……」

「……」

 暫くの間、気まづい沈黙が続く。

 ……この状況どうしよう。
 アイリスは依然として反省モードで喋ろうとしない。
 いつかは絶対に言わなければいけないと思っていたことではあるが、少し言うのを遠ざけすぎてしまったな。

 もっと早くこの話をしっかりとしていればこんな事にはならなかった。
 今度からこう言った話はなるはやで、変に拗れないうちにしなければいけないな。反省点だ。

「……」

 なんて反省会をしてみるが状況が一変する訳もなく。
 アイリスはまだ顔を俯かせたままだ。

 先程の戦闘から運良くモンスターとは接敵していないからいいものの、現在地はセーフティポイントでもなければ、24階層の最奥とはいえまだ途中だ。無防備にこのまま居座るのは危険すぎる。

 とりあえずは移動か。

「……とりあえずこのままここで突っ立てるのもなんだし、移動しよう」

「……あ、はいそうですね……申し訳ございませんファイク様……」

 俺の提案にアイリスは俯いたまま頷く。

「……それだ」

 そこで俺はふと思いつく。

「……え?」

 俺の突拍子もない言葉にアイリスは顔を上げて小首を傾げる。

「呼び方だよ呼び方」

「……呼び方ですか?」

「うん、呼び方。アイリスは俺のこと『ファイク様』って呼ぶだろ? なんか距離感じない?」

「そ、そうでしょうか?」

「うん……まあ俺の個人的な意見なんだけど俺が呼び捨てでアイリスが『様』ってのはなんか距離を感じる」

「はい……?」

 付け加えた説明を聞いても要領を得ないのか彼女の表情は晴れない。

「だから呼び方を変えよう。アイリスは呼び方から無意識に俺に気を遣いすぎだと思うんだ。やっぱり意識付けって大事でさ、そういう細かいところから変えていくだけでも違うんじゃないかな?」

「……それでは何とお呼びすれば?」

 さらに付け加えた説明でようやく俺の言いたいことを理解してくれたアイリスは聞いてくる。

「なに、そんな難しく考えなくていいって、普通に『ファイク』って呼び捨てでいいよ」

「ふぁ……ファイク……でしょうか?」

 アイリスは少し戸惑った様子で俺の名前を呼ぶ。その表情は軽い朱色に染まっている。

「うん。最初は慣れないと思うけどこれからはそれでいこう、改めてよろしく頼むよアイリス」

「は、はい! よろしくお願いします、ファイクさ……ん」

「あはは……やっぱいきなり呼び捨ては厳しいしよな。まあ少しづつ慣らしていこう」

 ぎこちないアイリスと力強く握手をする。

 それは本当の意味で仲間になるための初めの一歩だ。

 自然と先程まで暗かったアイリスの表情は柔らかくなっていき、照れながらも優しく笑う。

 ……うん。
 やっぱり別嬪さんは笑顔が似合う。

 なんてことを無意識に考えながら俺たちはやっとこさ下の階層へと歩みを再開させる。
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